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第117話 ありがとう
「将生、結婚しようね」
だから香月さん、日本の法律ではできません。ああ、もうどうでもいいことですね。
きっと最初にあのバンに乗ってしまった時から僕の運命は香月さんに向かって走りだしてしまっていたのでしょう。
お母さん、あなたの息子の将来は心配いりません。就職より先に永久就職先が決まりました。
「この先ずっと一緒にいてくれるのですか?」
「もちろん、一生だよ」
もうここまで来たら怖いものなんてありません。でも、この状況でのプロポーズって、それも求婚される立場というのはどうなのでしょう。
「できれば、後でもう一回きちんとお願いします」
ああ、そうではありません。僕は何を口走っているのでしょう。
「何回でも誓うよ、それよりご両親に正式に挨拶いなくちゃいけないね」
やっぱり運命だと思うしかないのですね。そうですね。あれ?カメラが回ってます。編集でどうにでもなるのでしょうけれど、これノンフィクションになっていませんか。
「香月ちゃん、斎藤ちゃん、そろそろ次にいくよ」
監督の雰囲気を壊す台詞で、目が覚めました。そうでしたね今は撮影中。それも引退記念でした。
ん?あれ?何がかおかしいです。そう言えば今思い出しましたが、僕が引退記念作品を作りたいとお願いしたのではありませんでした。
確か、香月さんがもう辞めていいよと......?あれ何かがおかしいです。今更、本当に今更ですが、もしかしてこれは出演しなくても良い作品だったのではないでしょうか。
考え出すときりがないです。
「将生?どうしたの?気もそぞろだよ?」
「え?あの、僕の契約書ってどうなっているのですか」
「何の話?契約書って……ああ、最初のやつね。あれはあの作品一本分だよ」
「ちょっと待ってください!専属契約って言われたのは」
「うち以外のレーベルにはこの先二年は出ないという契約書に最初にサインしてたね」
出なきゃいけないじゃなくて、他に出ない契約?まあ、出なきゃいけないなんて、脅迫めいた契約だとは思っていましたが。騙されたわけではないですし、僕の確認不足だっただけのことでしょうか。気が付いたらいつも巻き込まれていました。今更です、もういいです。
「将生?どうかしたの?」
「いいえ、これも運命かなって」
「もちろん、将生は俺と出会うために生まれてきたんだよ」
運命論になってきました。もしかして外れクジだらけの人生がこれで相殺されたのでしょうか。一番の当たりが香月さんって、世間の一般常識からは外れていますが。
「香月さん、今週末に両親に会ってくれますか。できれば香月さんのご家族にもきちんと挨拶したいかなと思っているのですが」
「ありがとう」
なぜか香月さん泣きそうです。
「将生、俺の家族に......つまり、一緒に墓参りに行ってくれるんだね」
なぜかその表情に心が痛くなりました。寂しかったのですね香月さん。もう大丈夫です、これからは支えます。ご両親の分まで。
「香月ちゃん、そろそろ次行ってもらえないと困るんだけどなあ」
監督のあきれた声に現実に引き戻されました。
「あのっ、できればこの続きはベッドの上でお願いします!」
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