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第118話 初めまして
結局、最後は華々しく……希望したベッドではなく教会で花びらに包まれてフィニッシュでした。あとで結婚式のシーンを入れると監督は言っていました。なるほど挙式ですね。
……僕はもう何があっても納得するしかないのだと改めて思いました。
香月さんにしろ、監督にしろ、いろいろと新しい扉を開けて知らない世界を見せてくれた人たちですが、そろそろお腹一杯です。
普通の生活に戻りたいです。
あれ?えっと普通ってなんでしたっけ?
「まだしばらくは、売れそうだったのに残念」
監督、それ誉め言葉になっていませんから。
引退して大学生に戻って……この人と結婚しますと親に報告するのでしょう。横に立つ香月さんを見て一瞬自分の置かれた状況を冷静に考えました。親に理解してもらえる?無理ですよね、絶対に無理。
一応、両親には来週帰るからと、もちろん紹介したい人がいると付け加えて電話をかけました。驚いてきっと腰を抜かすと今から心配です。
「明日、俺の実家に連れて行くよ」
「お墓ってご実家のそばですか?」
「庭にね……あるんだ」
そうですか、寂しいものです。翌日、香月さんに連れられて、小さな花束を買って車で郊外にあるご実家へと向かいました。
小一時間ほど走ったところに建っているのは……豪邸!?とても誰もここに住んでいないとは思えません。きちんと手入れされた玄関に人の気配があります。
香月さんの兄弟が住んでいるとか?あ、双子のお兄さんはマンションの隣の部屋でした。
リモコンで車庫の扉が開きます。頭の周りに疑問符をたくさん飛ばしていたら、車庫の奥にある扉が勢いよく開きました。
そこから飛び出してきたのは二十代後半の綺麗な女性。ドアを開けて車から降りたばかりの香月さんの首に抱きつきました。助手席の僕はきっと目にも入っていません。
「柚人、会いたかったわ」
「真理、久しぶりだね」
香月さんは優しくその女性の頬に口づけました。
えっと、これはどういう状況でしょうか。もしかして、香月さん既婚者でしょうか。お姉さんですよね。きっと、そうでなきゃ僕はどういう立場でここにいるのでしょうか。
「香月さん、お姉さんいらしたんですか」
声をかけると、真理さんがこちらを振り返りにっこりと笑いました。
「え俺に姉?いないよ、いない、俺と臣人との二人兄弟だよ」
「あら?あなたは……」
そうなりますよね。そうですよね、やっぱり……。
「斎藤将生です、初めまして」
「香月真理です、よろしくね」
どうよろしくすればいいのでしょうね。
「将生と墓参りに行ってくるから先戻っておいて」
真理さんは微笑むと「じゃあ後で」と家に入っていきました。
僕は香月さんに手をひかれて庭の片隅にある小さな……あれ?
『ジョンの墓』
「あの……つかぬことをお伺いしますが、これって」
「俺の家族、恋人だったジョン……コリーだよ、去年の冬老衰で死んでしまって」
コリーって……犬ですね。犬……。
「俺はもう一生誰も愛せなと、思っていたよ」
まあ、最初からどこかずれてはいましたけれどね。ええ、わかっていたはずです。
「ジョンにそっくりなんだ、長い髪からのぞくその丸い目」
「……何がですか?」
「将生だよ、きっとジョンが会わせてくれたんだよ」
香月さん、犬に似ているって、そんなところに運命を感じていたのですか。あの黒いバンに導かれてここまで来たと思っていましたが、犬でしたか。
「真理も待っているし、みんなに紹介しなくちゃね」
「真理……さ…んって、あの香月さんの……」
「ああ、真理?俺の母親」
「え……」
「とても40代後半には見えないだろ、化け物だよね」
つまり整理すると、先ほどの真理さんは臣人さん柚人さんのお母さんで、亡くなった家族は犬のジョン!?
「あの、お父さんは?」
「家に今日はいるはずだよ、将生連れて行くって電話してあるから」
驚きすぎて、何も言えません。確かに綺麗な人でした、香月さんにそっくりの美人。
「あの……僕が女性じゃないってみんな解っていますよね?」
何を馬鹿なことを言いだすのかと、香月さんは大笑いしていますが。僕だけは全く笑えません。
「初めまして、斎藤将生です」
香月さんのお父さんにおっかなびっくり挨拶をしました。
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