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午後0時のサボタージュ(6)

「この車……」  音もなく滑り出したハイブリッド車の隅々までを改めて見回し、理人さんは唇を尖らせた。 「三枝さんが貸してくれました」 「あのやろう……」 「プッ」  艶やかなアーモンド・アイに、色とりどりの夜の光が反射しては、通り過ぎていく。  黄色から赤へと変化する信号に合わせて車体が停車すると、エンジン音が完全に消えた。  車内に響くのは、ラジオから流れてくる静かなジャズのリズムだけ。 「……だめなんだ」 「え?」 「病院。空気も、匂いも、色も、紐付いてる記憶も……全部」 「そう、ですか」 「壁も真っ白だし」 「理人さん家だってそうじゃないですか」 「そうだけど、なんか違うだろ。温かみがまったくないっていうか、冷たい白っていうか……あと、注射が痛い」 「えっ」 「痛い、し、それに……痛い」 「……プッ」  笑うな、と蚊の鳴くような声が言ったと思ったら、理人さんの両耳が真っ赤に染まった。  話したくないことを一生懸命俺に話してくれたんだと思うと、心の中がじんわりと温まってくる。 「あ、そうだ。三枝さんに……」 「もう連絡した」 「え? いつ?」 「さっき……トイレで」 「プッ」  じろりと睨まれ、ごめんなさいと素直に謝る。  ふたりがどんなやり取りをしたのかは分からないけれど、三枝さんがなんやかんや言いながらも理人さんを嫌いになれない理由は、容易に想像がついた。 「お兄さん、でかいな」 「そうですか? 身長は俺の方が高いですよ」 「そうなのか」 「高いって言っても十センチくらい? だと思いますけど……白衣着てたから、威圧感があったのかも」 「ふぅん……」  ふ、と空気が笑った。 「……いいな」 「え?」 「兄弟」  理人さんの横顔は、穏やかに微笑んでいた。

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