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後日談(2-3)
脱兎のごとくトイレに逃げていく理人さんの背中を見送り、三枝さんはこれ見よがしに舌打ちする。
「神崎のヤツ、あんなこと言ってますけどね。俺には分かるんスよ」
「なにが?」
「彼女はできてねーかもしれないけど、好きな女ができたんスよ! 絶対!」
「じゃあ三枝くん、失恋だね」
「いやだから先輩、俺のはそういうのじゃなくて……あ、佐藤くん! アイツからそっち系の話、なんか聞いてない!?」
「え!? い、いえ、俺はなにも……」
「なんだ、一緒に恋話とかしねぇの?」
「え、えー……と、昔の話ならちょっとだけ……」
「かー!」
昔ねえ……、と忌々しそうに呟き、三枝さんは大袈裟に嘆いた。
「俺もモテてー、モテてーよー! 真実の愛に溺れたい……!」
「あのさ、三枝くん。今さらだけど、いい加減ウザいからもう言っていい?」
「ウザ……!?」
「いつも神崎くんと一緒にいるからモテないんでしょ」
「えっ……」
「完全に引き立て役じゃない」
「えっ、えっ!? ええぇっ!?」
「ホントに気付いてなかったの……?」
「いや、気づいてました! 気づいてましたよー、アイツがイケメンだってことは! でもね、先輩。アイツの隣ってめちゃくちゃ居心地良いんスよ!」
三枝さんはそのままテーブルに突っ伏してしまった。
なんだこの状況?
だめだ。
ツッコミどころが満載なのに、ツッコミ役がどこにもいない!
「なんていうか……こういう弟欲しかったな、とでも言うんスか!? あんな見た目のくせに、めちゃくちゃほっとけないキャラで押してくるんスよ! だからつい世話焼いちまうし、そんな自分がやるせなくなって距離置こうとしたら絶対追いかけてこないし、なんなんだよって思うじゃないスか!? 反抗期の弟かよ、って!」
「あ、そうなんだ。へー、ふーん」
うわ、藤野さんが完全に興味を失ってる。
もしかして、同じことをこれまで何度も聞かされてきたとか……?
俺も三枝さんがどうやら理人さんのこと好きらしいことにはうっすらと気づいていたし、俺の『好き』とはだいぶ種類が違う感情だってことも分かっていたけれど、いざその思いをここまでぶち撒けられると、なんというか、その……
重い。
「いつも思うんですけど、先輩アイツのこと褒めすぎじゃないスか!? もしかして……」
「うわ、やめて。あんな見掛け倒しな男、絶対に嫌!」
「アイツのことそんな風に言うの、藤野先輩だけッスよ……」
くぐもった声が、ぐちぐちと不満を零す。
藤野さんは三枝さんの後頭部を冷え切った瞳で見下ろしてから、頬杖をついた。
サラサラの黒髪をかき上げる姿が、やっぱり様になる。
「まあでも、母性本能を擽られる気持ちは分かるかな」
「母性本能……?」
「新入社員で入ってきた時、彼、配属先の現場事務所が私の古巣だったの。年次の関係もあって、私が教育係っってことでいろいろ教えてあげてて……気持ちいいくらいどんどん仕事は覚えていくし、そういう意味で手はかからなかったんだけど、どこか抜けてるのよね」
藤野さんの目尻が、なにかを懐かしむように形を変える。
「シュレッダー頼んだらネクタイまで粉々にしちゃうし、携帯で電話しながら携帯がないって騒ぐし、パソコンに向かいながらうっかり居眠りして大事な決裁文書にttttttttttttttttt……って入力しちゃうし」
「ブッ! なんですか、それ」
「あ、ほら! 佐藤くんも萌えてる! あいつのギャップに萌えてるー!」
いやだって、どれをとっても可愛すぎるでしょ。
「ずるいよなー。ずるいだろ?」
「はい、ずるいです」
「あ、分かってくれる!? しかもさー、KKが完璧タイプだったから、余計あいつのドジっ子ぶりが目立ってさー。ギャップ萌え〜って女子たちが大騒ぎ!」
「KK?」
「俺の同期にさー、もう一人いんだよ。神崎レベルで仕事できるやつ」
「そうなんですか」
「そう! んでさー、そのKK……あ、そいつのあだ名だけど、あっちは見た目通りっつーか、つつけばつついただけ浮いた話がわんさか出てくんだよ! なのに神崎はそういうの一切なくて……え、ちょ、待てよ。てことはアイツ、もしかして童貞……!?」
ちょっと、と藤野さんが厳しめにたしなめる。
すんません、と素直に謝ってから、三枝さんはまた唇を歪めた。
「それに酒が飲めねーってのも、ずるいよなぁ……」
「体質だ、バカ」
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