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One.【出会い】

 同じスラムに暮らしているとはいえ、地下街出身者への風当たりは強い。腕っぷしが強ければいいが、そうでなければスラムのマフィアたちの食い物になるのが常だ。  そのなかではチェリオ・ベルナスコーニは異色と言えるかもしれない。ここいらを仕切っているイギンというマフィアに取り入って、スラムの東側のなかでも比較的治安の悪いノーヴェ地区一帯を稼ぎの場として与えられた。けれど少し前にスパツィオ大学の栄位クラスのエリート様が診療所なんてものを作ってくれたおかげで、こちら側と繋がっているピエタではない、悪事を見つけると問答無用で捕獲してくる性質の悪いピエタがうろつくようになった。  それをよしとしないイギンが、診療所を潰せとチェリオに命令した。チェリオは長いものに巻かれる性格ではあるものの、割と視野を広く持つタイプだった。エリート様たちもなにか考えがあってのことだろうし、イギンたちマフィアや東側の住人は金さえ出せばまだマシな治療をしてもらえるが、チェリオたち地下街出身者にとっては怪我や病気は致命的なのだ。条件はいざ知らず、それを救ってくれると言っている人物を襲撃するなんて真似は自分にはできない。そう息巻いて作戦そのものを中止させたらかっこよかったが、チェリオはイギンから預けられた鉄砲玉みたいな男――アエグロにその診療所の襲撃を頼んだ。  その報酬がこれだ。  イギンの手下から渡されたのは、それこそ半年は食い扶持に困らないほどの大金だった。何度も数える。間違いなく50リタス(日本円にして50万円)はある。 「なあ、マジで? 診療所を襲撃しただけでこんなにもらえんの?」  割と…いや、かなりがめついチェリオは、自分の手を汚さずして舞い込んできた大金に目を白黒させた。それなら自分がやればもっと儲かったんじゃないかと邪な考えがよぎる。 「カポからの謝礼だ。今度抱かせてくれとも言っていたぞ」  手下に言われて、空笑いをした。チェリオは東側と北側のスラムを行き来して、血の気の多い男たちに売春することで生計を立てている。イギンにも何度も抱かれたことがあるが、あれは地獄だ。冗談じゃねえと内心しながら機会があればなとごまかした。  二、三言葉を交わして、手下が後にする。それを見計らったように崩れかけた小屋の中からチェリオの仲間たちが姿を現した。 「すっげえ。こんな大金見たことねえ」  地下街の同地区出身の少年――ロッカが目を光らせる。ロッカの母親は病弱で、最近調子が悪いらしい。父親はいない。だからまだローティーンだっていうのにチェリオたちの仲間になることを志願してきた。 「ロッカの取り分はこれな」  ロッカに10リタス渡すと、元々大きな目が零れ落ちそうなほど大きくなった。 「いいのっ?」 「俺はアエグロに任せただけだからな。それなのにこれだけの大金もらっちゃ寝覚めが悪い」  ほかの仲間にも10リタスずつ渡す。仲間内で一番お調子者のエルネストが興奮気味に鼻を鳴らした。 「お、俺もイギンに言って診療所を襲撃してみようかな。あそこに時々来るイル・セーラって、むちゃくちゃ別嬪らしいじゃん。前に裏路地でやられてたの見たことがあんだけど、もうアソコが爆発しそうになるほどエロくてさあ」 「やめろよ、エル。ロッカの前だろ」  常識派のダニオが声を尖らせる。当のロッカはきょとんとしていた。やるだのなんだの、地下街出身者なら正直日常茶飯事の光景だ。ロッカみたいなローティーンでも何十回とそういう場面に出くわしているだろう。  チェリオはどこか納得がいかないような表情で眉を顰めた。“あの”イギンが地下街出身者に報酬を払ってでもどうにかしたい相手だ。いったいどんな理由でそう仕向けたのかが気になった。ただ追い払いたいだけなら自分の部下を使うだろう。違法薬物の出所が自分たちだと気づかれたくないから部下を使わなかったのか、或いは地下街出身者に報酬を払っても余りある潤沢な資金源を手に入れたのか。  考えたところで想像の域を出ないが、チェリオにとって東側の診療所は決して邪魔な存在ではなかった。 「なんで診療所ができると都合が悪いのかな?」  ぽつりとロッカが言う。診療所ができたおかげで、わざわざ北側の炊き出しに行かずに済むとガキどもが喜んでいるし、チェリオたち地下街出身者にはメリットしかない。 「そりゃあイギンたちが合成麻薬を売れなくなるからだろ。特に地下街出身者とか、ディエチ地区の出身者はまともな治療が受けられない。そういうやつらに合成麻薬を高値で買わせて痛みを取り除くのがあいつらの仕事だ。まあ、正確に言うと痛みを取り除くんじゃなくて、痛みを感じなくさせてのた打ち回って死ぬのを見るのが酒の肴になるんだとさ」  悪趣味だよなと、ダニオ。ダニオには歳の離れた兄が二人いた。チェリオは二人とも面識がある。彼らはマフィアとのいざこざに巻き込まれて負傷し、その怪我が元で薬物中毒になって死んだ。だからダニオはイギンたちのやっていることにいい顔をしないのだ。 「母さんの風邪を治してくれたのは、そのイル・セーラだ。往診にも来てくれて、そのあとで仲間からかなり絞られてたみたいだけど、説得して薬を処方してくれたんだ」 「ロッカの母さんの風邪、治ったの?」  エルネストが素っ頓狂な声を上げる。それはそうだ。もう半年も臥せっていた。日に日に弱る一方で、ロッカは母親の死を覚悟していたくらいだ。  ロッカの母親にはチェリオも恩義がある。小さいころ両親を殺されて孤児になったチェリオにとっては母親代わりなのだ。チェリオの叔父であるロレンと共に育ててくれた大事な存在だ。ロッカの母親――アリエッテが救われる前は診療所がどうなろうが関係ないと思っていたが、状況が変わったのも確かだ。 「診療所がなくなると俺たちはマフィアのカモに元通りだ。ある程度稼げるようになってきたけど、地下街出身のガキどもを養うにはまだ足りない。エリート様にはイギンたちの標的になってもらう。俺の仕事はそのほうがやりやすい」 「助けてやれないってこと?」 「襲撃を辞めさせる方法なんてないよ、ロッカ。それこそその方法を煽動した首謀者を捜されて、見つかったら殺されるだけだ。  地下街には地下街の、スラムにはスラムのルールがある。いくらエリート様でもそのルールに反したことをするとしっぺ返しが来るんだよ」  心配そうな面持ちのロッカに、ダニオが順序だてて説明していく。スラムのルールを理解するにはロッカはまだ幼すぎるのだ。いくら母親の命の恩人であっても、自分たちが生きていくにはそれすら餌にするしかない。それが嫌なら資金を貯めて下流層街に土地を買うか、最悪イギンたちを追い出す以外に方法などないに等しい。そう伝えると、ロッカは眉を顰めてわからないという顔をした。 「いまはまだわからなくていい。それに俺はおまえらに汚ねえ仕事をさせるつもりなんてねえよ。金は俺がなんとかするから、おまえらは引き続きエリート様たちの動きを探れ。特に噂のイル・セーラを見つけたら、逃走ルートを確保しておいてやれ」  逃走ルートとチェリオが言った途端、ロッカが目を輝かせた。 「勘違いすんな。助けてやるんじゃなくて、恩を売るんだ」  あくまでも善意ではないと強調する。チェリオはイギンを敵に回すことを良しとしない。下手を打つと地下街ごと消されかねないからだ。 「俺はそろそろ仕事の時間だから行ってくるな。ロッカ、ダニオたちの言うことをよく聞け。絶対イル・セーラに近づくんじゃねえぞ」  ロッカは分かってると口を尖らせて、地下街のほうへと走って行った。 ***  チェリオの仕事――すなわち売春だ。チェリオが稼ぎ場として与えられた中でも最もトラブルが多い裏路地で相手を待つ。男の素性は調べ上げた。ステファーノ(チェリオはステフと呼んでいる)。町の商工会議所で働いている下流階級だ。チェリオには中流階級だと嘘をついたが、そんなものはにおいでわかる。チェリオはトラブルが起こった時のネタとしてそれらを温めているのだ。  裏路地の木箱に腰を下ろして相手を待つ。向かい側からステフが歩いてくるのが見えた。相変わらず冴えない表情だが、チェリオの顔を見るなり目に生気が戻った。  ステフはかなりの長身だがひょろりとしていて細長い。きちんと仕事をしていて、1日3食食いっぱぐれのない生活を送れているだろうにいつも顔色が悪い。割と質の良いシャツに身を包んでいる。スラム街の住人とは違い、自分の体形にフィットした見栄えの良いものだ。下流階級なのに中流階級に扮しているせいで生活が困窮しているのではないかとチェリオは推測している。町の暮らしはそんなの厳しいのかと尋ねてみたくなるが、相手の気分を損ねるようなことはご法度だ。 「久しぶりだな、チェリオ」  ステフが言う。チェリオは甘えたようにステフに寄り添って首筋にキスをした。 「また買いに来てくれるのを待ってたぜ。今回はちょっと間が開いたんで、飽きられたかと思った」  ステフはまさかと笑いながらチェリオの尻を撫でてくる。間が開いた理由は簡単だ。売春していることを性質が悪いほうのピエタに嗅ぎつけられた。それでスラムに降りてくることをためらっていたのだ。  イル・セーラの買売春禁止令が出されて以降、スラムに相手を買いに来る男たちが増えた。不衛生だが地下街の娼館など相当な人気だ。対して美人でもない女たちが次々に使用人として街に上がったおかげでイギンたちへの上納金が一時期とんでもない額になったことを思い出す。 「なあ、チェリオ。試してみたいことがあるんだが」  ステフの頼みは正直あまり気のりはしないが、見た目だけなら好みで、つい言うことを聞いてしまう。こういう無茶ぶりをしてきたときの報酬がまたおいしいのだ。 「いいぜ。そのかわり、いつもみたく報酬をはずんでくれよ」  路地裏においてある木箱に寄りかかり、ステフに言う。地下街出身のチェリオにとって、スラムで男に体を売るのが生きていく術だ。ステフは名前を知っているが、名前も知らない、素性も分からない男に抱かれることだってある。  ぶっちゃけよほど乱暴なことをされない限り痛むのは尻と腰だけだし、気持ちよくされて、金までもらえるなら、これほどいい商売はない。ときどき食べ物だってもらえる。チェリオたち地下街出身者はスラム街の中でも特に立場が低いため、スラムの住人に仕事をあっせんしているピエタに頼み込んだところで、ろくな仕事がもらえない。律儀にピエタの頼み込んで仕事をもらっていた時期もあったが、一日中朝から晩まで働いて5000ラレ(日本円にして5000円)しかもらえないうえに死体処理などの汚れ仕事だった。毎日風呂に入れるとも限らない生活をしているのにそういう仕事はごめんだ。だからこそ手っ取り早く賃金を稼ぐことができる売春を選んだ。 「それで、試したいことって?」  チェリオが問うと、ステフは人のよさそうな笑みを深め、近付いてきた。チェリオの肌に触れ、首筋にキスをしてくる。  ほかの男たちとは違い、ステフはわりとチェリオを丁寧に扱ってくれる。そのわりに金払いがいいことをチェリオはことのほか気に入っていた。 「それは後で説明するよ。それより、いつもどおりにしてきたか?」 「あんたのお好みどおり、ローションでぐずぐずにしてきた。すぐにでもできるぜ」  誘うようにチェリオが自分の尻を撫でてみせる。上出来だと声が聞こえたかと思うと、すぐさま体を反転させられ、木箱に押し付けられた。 「腰を突き出して。今日は時間がなくてあまり構ってやれないんだ」 「あっそ。それはいいけど割引はしないぜ」  ステフはわかってるさと笑って、チェリオのカーゴパンツを引き下ろした。固い指が肌に触れる。尾骨から後ろまでを指でなぞるように撫でおろし、後ろを指先でくすぐる。じれってえよとチェリオが揶揄するように言ったが、ステフは既に興奮状態にあるようで、はあはあと息を荒らげながらズボンのファスナーをおろし、自身を露出させた。チェリオの言葉などまるで聞いていないとばかりに、ローションで濡れたチェリオの尻に熱をこすりつけられる。  ステフのペニスを後ろ手に持って扱いてやる。気持ちよさそうに笑って、チェリオの尻をほぐす。いつもと違って動きが乱暴だ。自分で下準備をしてきたからさほど痛くはないが、そんなに気持ちよくもない。こういう商売にムードも減ったくれもないと割り切っているから腹も立たないが、チェリオは妙な違和感を覚えた。時間がないと言っていたが、それでもいつもはもっと丁寧だ。なんだか妙な感じがする。 「そろそろ、入れるぞ」  いそいそとスキンを付けて、猛ったそれにローションをまぶす。チェリオの後ろにピタリと宛がうと、とんとんと腰を叩いてきた。もうすこし尻を上げろという合図だ。チェリオとステフの身長差はかなりある。できる限り腰を高く上げると、ずぶっと先端が割り入ってきた。 「ふっ、うっ」 「ここも随分なじんだよなあ。最初なんかほぐしてやるだけでも時間がかかったって言うのに」  言って、ステフが腰を揺する。ぐいぐいと無遠慮に掻き分けて入ってくる。 「んっ、んあっ。思い出話ぃ? 年取ったんじゃねえの?」 「そうかもな」  いつもなら最初は浅いところを突くようにしてチェリオの快感を高めてから動き始めるのに、今日はあくまでもステフ主導だ。いきなり奥まで叩きつけられ、チェリオが呻いた。色気のねえ声だなと頭の片隅で思ったが、ステフは気にする素振りも見せずにぱんぱんと音が鳴るほど腰を打ちつけてくる。  ガタガタと木箱が音を立てた。それに混じって粘着質な音が響く。  ステフに抱かれるときは大体この場所だ。室内でステフに抱かれたことは一度もない。最初はお上品に室内がいいと言っていたが、チェリオが丸め込んだ。なぜならここでこの音が鳴り始めると、裏路地でチェリオが売春していると周りに悟ってもらえるからだ。  チェリオが売春していることを知っている下種な連中が覗きにやってくる。そういうやつは顔を覚えておいて後から誘ってやると大概チェリオを買ってくれる。スラム街を歩いて客を捜すよりも、覗きに来た奴を煽って買ってもらうほうが手っ取り早いからだ。  いつもはもっと控えめな音から始まるが、今日は時間がないと言っていたからなのかいきなりフルスロットルだった。  木箱の音。肌と肌が爆ぜる音。荒い吐息。ステフが果てるまで、それ以外の音はチェリオのわざとらしい喘ぎ声と、表通りの喧騒が聞こえる。耳を澄ますと足音が近づいてくるのが聞こえた。三人。いや、四人か? チェリオは腰をくねらせ、わざとらしく声を出した。 「あっ、あっ! やべ、きもちいっ」  言いながら自身を扱く。後ろからほかの男たちの嫌らしい笑い声が聞こえてきた。  今日はステフのほかに、あと2人はいけるかもしれない。1人はいつもの覗き魔だ。スラムのなかで最も治安の悪いディエチ地区の浮浪者で、盗みばかり働いて金を持っていない。だからチェリオが抱かれているのをオカズに抜くだけで、積極的に買いに気もしないし、襲ってくることもない。それはご法度だからだ。チェリオはイギンの色だという噂があるため、イギンに睨まれたくない男たちはきちんと金を払ってくれるのだ。 「んっ、んんっ。もっと、浅いとこ、ついて」 「チェリオは好きものだな。ここか?」 「んっ、あんっ! あっ、はあっ、そこ、きもちいいっ」  パンパンと音がするほど強く腰を叩きつけてくる。気持ちいいけど、いつもとは違う。焦り? いや、そういうのじゃない。もっと、こう、タイミングを見計らっているかのような、――。  ステフのペニスがチェリオのいいところを掠った。背中がしなる。 「んんっ!」  声がひっくり返るほど気持ちがよかった。パタパタと木箱にチェリオの精液が散る。体の相性だけならいい。性癖はほぼ合わないが。 「んっ、うんっ、あっ」  ステフが後ろで震えているのがわかる。イッたのか、それともイキそうなのか。 「なあ、さっき言ってた、試したいことって?」  吐息交じりに尋ねると、ステフは後ろを向こうとしたチェリオの顔をグイッと押し返し、頭を押さえつけてきた。衣擦れの音の後、プラスティックの容器のような軽い音がする。何の音だ? ローションか? こないだ軽い媚薬入りのローションがあると言っていたのを思い出す。 「とってもいいことだよ。俺にも、おまえにもね」  ステフが言い終える前に、首筋にちくりと痛みが走った。なにかの液体が入り込んでくる感覚がある。まさかと思って慌ててステフの腕を掴んで引き寄せた。手にしているのは中身の入っていない注射器だ。さあっと顔が青ざめていくのがわかった。チェリオは薬物だけは誰にも許していない。イギンの息がかかっているピエタならまだしも、“悪徳”ピエタに知られたら問答無用で収監される。チェリオは幼いころから薬物依存か薬物の過剰摂取で人が死ぬところを数えきれないほど見てきた。東側のスラムーー特に地下街出身者は適切な医療を受けられる立場にないため、もしも粗悪品をつかまされたら死ぬリスクが高いからだ。  承諾もなく薬を使われたことが頭にきて、ステフを振り払おうと足を蹴り上げた。 「薬は許した覚えなんてねえぞ!」 「そう怒るなよ。じきによくなる」  抵抗するものの、後ろから押さえつけられているせいで力が出ない。ステフの腰の動きが早まった。ガタガタ木箱が揺れ、木箱ごと倒れるんじゃないかと思うほど動きが激しくなる。パンパンと音が響く音がどんどん歪んだ音に代わってきた。  妙なにおいが鼻につく。これはなんだ? 薬のにおい?  頭がぼんやりして、体がじんじんする。それが媚薬の類だと分かって暴れようとしたが、体に力が入らない。ステフの動きの激しさに体を支えきれずに、チェリオはずるりと地面に崩れ落ちた。すぐさまステフがチェリオの腹に腕を回して腰を上げさせると、ガツンと勢いよく奥を突いた。 「ふあっ! ぁ、あっ、あっ!」 「はは、いい声だ。すごいな、中が、うねって」 「っくそ、てめえっ」 「試してみたいと言ったら了承したじゃないか。金なら弾む。一度これをやってみたかったんだ」  チェリオの体に力が入らないのをいいことに、がすがすと勢い任せに突き込んできた。奥にあたって妙な痛みと快感が入り混じった得体のしれない感覚がじわじわとせりあがってくる。びくんと背中がしなった。断続的に精液が漏れている。自分の意思とは無関係にびくびくと体が痙攣し、止まらない。 「あっ、ああっ、なにっ?」  もうやめろとステフの腕を掴もうとするが、ふわふわとした感覚にさいなまれて体の自由がきかない。これはまずい。がんがんと激しくつかれるたびに顔が地面に擦れて痛い。チェリオが痛がるのも無視して、無遠慮に突き込んでくる。 「んっ、うっ、うううっ」 「ああ、すごい。すごいよ、チェリオ」  切羽詰まったような声でステフがうめく。どんどん腰の動きが激しくなってきて、チェリオのいいところを責めようと乱暴に動きを変える。奥を突かれ、チェリオは思わずのけぞった。 「うあっ! んっ、ぁっ、ああっ! やめっ、やめろ!」 「いいだろ、あと少し」 「っくそ! 誰か!」  助けてくれと叫ぼうとしたとき、後ろから口を塞がれた。チェリオのシャツを猿轡代わりにして黙らせようという魂胆らしい。チェリオは必死に声を上げようとしたが、それは周りの男たちをも興奮させるだけだったようだ。  くそ、こうなったら。チェリオは木箱の裏側に手を伸ばし、今朝がた緊急時の為に仕込んでいたクラッカーボールを手に取って、地面に放り投げた。パンパンと銃声に近い甲高い音が鳴る。表通りからどよめく声が聞こえてきた。 「なにをするんだっ!?」 「やめろっつってんのにやめねえからだろうが!」  ステフのペニスが抜けたのをいいことに猿轡をはぎ取り、勢いに任せてどなりつける。ステフはちっと舌打ちをして、胸ポケットからナイフを取り出してきた。 「大人しく言うことを聞いていればいいものを。奴隷風情が」  燃えるような痛みに一瞬なにが起こったかわからなかった。 「気が変わった。息抜きにおまえを抱いていたが、今度からは屋敷の地下で飼ってやろうな。そうしたらなにがあっても逃げられないだろう」  言いながらステフが近づいてくる。しまった。薄々どこかおかしいと思っていたが、ここまで思考がねじくれているやつだとは思わなかった。ずきずきとうずくように痛む脇腹を押さえるが、逃げようにも足に力が入らない。  ああもう。こんなことなら昨日大人しくイギンについて行ってねぐらを提供してもらえばよかった。この男と関わるんじゃなかったという後悔よりも先に、そんなことが浮かんだ。  もういいや。飼われるにしても一人に抱かれるほうが身の危険が少なくて済む。潔く腹をくくろう。そう思った時だ。ごつりと鈍い音が聞こえた。  顔を上げると、ステフは白衣を着た男に思いきり足蹴りを食らっていた。まともにあごに入った。ぐらりと体が崩れ落ち、地面に勢いよく倒れこむ。ぶくぶくと泡を吹いて痙攣しているステフをよそに、白衣を着た男がチェリオの前にしゃがみこんだ。  チェリオたちとは違う褐色の肌。さらさらとしてやわらかそうな、少し癖のある長い銀髪。アイスブルーの瞳。長身で端正な顔立ち。イル・セーラだ。  イル・セーラはつい4年前まで奴隷だった。地下街出身者よりもさらに立場が下だったのだ。ノルマ族に媚びて、股を開いてよがるだけのセックスドール。狩りの練習用の的。そうじゃなきゃ医療用の実験体。  それなのに、目の前にいるイル・セーラは白衣を着ている。しかも白衣の腕章はスパツィオ大学のなかでも栄位クラスしかもらえないものだ。チェリオはあいた口がふさがらなかった。さきほどロッカにイル・セーラには関わるなと言ったばかりだからだ。 「大丈夫か?」  心地よい低さの甘くて少しハスキーな色っぽい声が耳に絡む。見せてみろと言って、チェリオのシャツを捲りあげた。  傷がかなり痛むというのに、チェリオは目の前のイル・セーラの美しさにすっかり意識を奪われていた。いままで見てきた誰よりもきれいかもしれない。しかも色気が駄々漏れだ。胸倉を掴んでキスしてやったらどんな反応をするんだろうとよこしまな考えを持つチェリオをよそに、イル・セーラはたれ目がちな目を吊り上げて真剣そうに傷を見ている。 「応急処置だ。ここじゃろくな処置ができないから」  バックパックから厚手のガーゼと薬液を取り出した。傷口に薬液を吹きかけ、厚手のガーゼをチェリオの脇腹に宛がう。ずきずきと痛む。痛みをこらえるのに歯を食いしばっていたら、そいつがふとなにかに気付いたように、チェリオのズボンを整えてくれた。 「ちょっと気持ち悪いかもしれないが、我慢してくれ」  そう言って、自分の白衣を脱ぎ、チェリオの下半身が隠れるように体に掛ける。いま起きたことの詳細は言うなよと耳打ちをする。どういうこと? と尋ねようとした時だ。ピエタのものでも、このあたりのやじ馬たちのものでもない、別の軽い足音が近づいてきた。 「ユーリ、一人で行動するなと言ったでしょう!」  危ないわと、鈴の音のような綺麗な女性の声がした。  ユーリというのは、このイル・セーラの名前らしい。面倒くさそうに眉をひそめて舌打ちをすると、チェリオの腹の傷を圧迫したまま言う。 「そっちこそ、二コラを撒いてきたんじゃないだろうな、キアーラ」  俺よりも女の一人歩きのほうが余計危ないわと、ユーリが尖り声で突っ込んだ。二コラと聞いて背筋に寒気が走った。トラブルを決して見逃してくれない性質の悪いピエタといつも一緒にいるノルマの名前だからだ。  どうやって逃げようかと思案する間もなく、チェリオの前にキアーラと呼ばれた女性がしゃがみ込んだ。彼女も白衣を着ている。ユーリと同じ腕章だ。ユーリに負けず劣らず綺麗な顔をしているうえ、女性でスパツィオ大学の栄位クラスに入るなんてことは、よほどの金持ち以外いない。 「あんたらだけで来たのっ? ピエタの護衛もなくっ?」  思わず声を荒らげた。チェリオたちがいまいるスラムの東側は、東西南北を合わせたスラムの中でも治安が相当悪い。1位2位を争うほどだ。見た目さえよければだれでも売買される。イル・セーラも危険だが、女性なんてもっと危険だ。キアーラは白衣すら高級なサテンのカーディガンでも着ているかと錯覚するほどにきれいな人だ。しかも一緒にいる相手がノルマ族ならまだしも、イル・セーラと一緒だなんて襲ってくれと言っているようなものだ。 「心配してくれるのね、ありがとう。もちろん護衛はいるわ。ユーリが一人で走って行くんだもの、見失ったら大変だから、追いかけてきただけよ」 「それを撒いたというんだ、でしゃばりめ」  ユーリが揶揄するように言ったら、キアーラはにっこりと笑ってユーリの耳を引っ張った。 「班長はわたしよ、ユーリ。イル・セーラはただでさえ狙われやすいの。単独行動は慎みなさいと言ったでしょう。規律違反のペナルティーはなんにしようかしら」 「ってえな、離せっ」  ユーリが彼女の手を払いのけた。向こうから足音が近づいてくる。普段は何気ない音なのだが、不協和音のように耳障りだ。わんわんと耳の奥に響くように聞こえる。まただ。さっきの妙なにおいが鼻につく。  ぐらりと体が揺れて、思わず地面に両手を突いた。おかしい。動悸がすごい。体の奥からどこどこと音が鳴っているかのような錯覚に見舞われる。 「二コラ、北側に救急用のベッドを用意するように伝えてくれ。それからピエタの警邏隊を。そこで伸びているのはこいつを切りつけた犯人だ」  チェリオの首に手を宛て、なにかを確かめながらユーリが言う。足音はユーリたちの仲間のものだったらしい。規則正しい、やや硬質な音が響く。いつもはなにかやらかしたときにこの足音が過ぎるのを身を潜めて聞いている側だから、なんとなく身の置き所がないような気分になる。  ほかの声も聞こえてくるが、それが頭に響いてずきずきと痛みに変わる。視界がふわふわとしていてなにも考えられない。血の気が一気に引いていくのを感じると同時に、ひどい嘔気に襲われた。それ以降の記憶はない。

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