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One.(2)
気が付くと、チェリオはベッドに寝かされていた。いいにおいがする。ふわふわした感触。こんなにゆったりと体を預けて眠れたのは何年ぶりだろう。
心地よさに浸る間もなく、激しい頭痛が襲ってきた。瞼が重い。体の異常な怠さに呻き声をあげると、聞き覚えのある声がした。
「気が付いたか?」
どこか安堵したような声だ。この色っぽいハスキーな声には聞き覚えがある。確か、ユーリと言ったっけ。額に手が触れる。ひんやりとしていて気持ちがいい。体を動かそうとすると、すぐさまあの嘔気が襲ってきた。思いきりえずくが、なにも出ない。横にむかされていた理由がわかった。吐しゃ物での窒息をふせぐためだ。
背中を撫でられる。暖かくはないが、心地よい。めまいと吐き気のせいで逃げようという気にもならない。気持ち悪さのせいで忘れていたが、尻の違和感や不快感がなくなっている。どうやらきちんと処理をしてくれたらしい。
「俺はユーリ・オルヴェ。あんたの処置を任された。ここは北側の診療所だ。喋らなくていいからじっとしてろ」
チェリオたちが北側で治療を受けられることはまずない。クラッカーを鳴らしたらアグエロがやってくる手はずになっていたが、ユーリたちに先に出会ったことが幸いした。いや、幸いだったのか、災いなのかはまだわからない。もしもチェリオがユーリたちとつながりがあることが分かれば、イギンの気持ちがどう転がるかわからないからだ。
「警戒しなくてもいい。ピエタは遠ざけてある」
ユーリとよく似ているが、別の声がした。ユーリよりも少し声が低く、口調が穏やかだ。
「彼はサシャ。俺の兄貴だ。“何事か”があったときに対応できるよう呼び寄せた」
じろりとユーリを睨む。体を動かすのもおっくうだ。チェリオはじっとしたままただ背中を撫でられていた。
「あんたが打たれたのは、『ユーフォリア』といういわゆるセックスドラッグだ。少しでも体に回ると三半規管に影響が出るうえ合わない者にはとことん合わないし、様々な副作用が出る。その嘔気も、倦怠感も、すべてそれだ」
チェリオは返事をしなかった。声を出すと吐きそうだからだ。カチャカチャとガラス製のものを扱う音がする。ユーリは返事を求めているわけではなかったようで、チェリオに声をかけ顔を自分のほうへと向けさせると、チェリオの口をこじ開け、固く小さな物体を舌の裏に押し込んだ。
「間に合わせでしかないが、ユーフォリアの中和剤だ。吐き気とめまいくらいなら治まる」
チェリオの口から指を引き抜きながら言って、ユーリはまたチェリオの背中をさすった。
どのくらい経ったのだろうか。吐き気と妙な疼きが本当に軽減してきた。重たい瞼をこじ開ける。視界がぼんやりとしているが、目に支障があるわけではなさそうだ。
体を起こそうとすると若干のめまいがするが、さっきみたいに嘔気付くわけではない。間に合わせと言っていたけれどすごい効果だなと思いながら仰向けになる。ふとユーリと目があった。
「発見が早くて幸いしたな」
言いながら、ユーリがニッと笑って見せる。
「ユーフォリアなんてものを使いたがるヤツが富裕層にいたんじゃ、この国の差別意識はいつまでも消えないな」
辛辣な口調で言いながら、サシャがバイアル瓶の中身を注射器に移し、ユーリに手渡した。ユーリがチェリオの腕をアルコールを含んだ綿球でチェリオの腕を消毒し、止血帯を装着後に血管の位置を確認する。
「なに、すんだよ?」
ようやく声を絞り出せた。
「ユーフォリアは接種者の呼気からも成分が流出する。鼻がいいやつはにおいでも酔うくらいなんだ。原液を直接接種するなんて一歩間違えば殺人罪でもおかしくない用法だから、対策は練っておいたほうがいい」
チェリオの腕に針を挿入し、注射をしながらユーリが言う。
手際よく処置をした後でいろいろと教えてくれた。ユーフォリアを摂取した後の処置は基本的には中和されるのを待つしかないが、開発中の方法があり、それをやらないよりはマシなのだそうだ。血中の成分が輸液で薄まれば少しは楽になるが、泥酔した後のような倦怠感と強い疲労感に襲われるのは避けられない。ユーリ自身はユーフォリアを原液のまま接種した経験がないものの、薬が抜けていないのに立て続けに嗅がされた経験ならあるらしい。離脱症状が酷くて3日間寝込んだということはあとから仲間に聞かされ、その間の記憶はないと言っていた。チェリオにはよく理解のできない内容だったが、自分に危害を加えるわけではなく助けてくれるつもりであることはわかった。
「イル・セーラの解放につながったきっかけも、ユーフォリアの乱用からくる急性憎悪で仲間が亡くなったことだったんだ。これでかなり多くの仲間を亡くした。国医や旧軍部の見通しの甘さが彼らを死に至らしめたようなものだ」
「だよなァ。二コラに、さっきのやつには殺人未遂も追加して収監しとけって伝えとくか。そもそもの用法が間違いだし、あんなハイブリッドなんてそこいらで手に入るようなシロモノじゃない。調べたら芋づる式に胴元釣れるかも」
ユーリがそう言ったあとで、鈍い音とほぼ同時にいてっと声を上げた。サシャに蹴られでもしたのか、尻のあたりを撫でながらサシャを恨めしそうに見ているのが分かった。
「だって胴元釣れたらスラムもちょっとは安全になるかもだし、俺が飲まされた薬だってそれだったかもしれないじゃん」
「それは軍部の仕事だろうが、たわけ」
スラム街における薬物関係で軍部が動くことはあまりない。管轄外だからだ。大抵はスラム街で起きるいざこざはピエタが介入してくる。それなのに軍部というワードがあがったことにより、チェリオが怪訝そうに眉を顰めた。
「そんなにヤベえの?」
チェリオが問うと、ユーリは「俺はよく価値を知らないけど」と言って、サシャのほうに視線をやった。
「売値ってどのくらいだっけ?」
「今回使用されたハイブリッド型は、およそ10000リタスだな」
「10000……っ!?」
とんでもない金額だ。大声を出した途端、ぐらりと視界が回った。すぐに目を塞がれる。
「落ち着け。ゆっくり呼吸をして」
今度はサシャの声だ。ユーリの手よりも大きく骨ばったそれは、肉厚で柔らかい。決してふくよかな体系ではないが、チェリオの筋張った手とは大違いだ。イル・セーラがいまは手厚い庇護を受けているというのがまざまざと見せつけられたような気がして、喉の奥が苦くなる。手を払いのけようとした矢先にふわりと心地の良い香りがした。続けてまたガラス製の容器の音がする。独特なにおいがしたかと思うとユーリに口を開けろと言われ、素直に応じると中になにかを放り込まれた。甘い。さっきは味が分からなかったが、こんなに甘くておいしいものならもっと味わっておけばよかったと思う。
「最初に飲ませたものと味が変わっていたら、薬が中和されている証拠だ。物資が余っているわけではないからふんだんに使えなくて悪いな」
申し訳なさそうにサシャが言う。チェリオは「別に」とぶっきらぼうに吐き捨てた後、目を覆っているままのサシャの手を払いのけてベッドに横たわった。
「目ぇつぶってりゃいいんだろ」
「あまり動かないほうがいいぞ」と、サシャの穏やかな声がする。チェリオはふんと鼻を鳴らすだけにとどめた。
薬がきちんと作用するまでの間、様々な話をした。
と言っても、ユーリが一方的に喋ってきた。
サシャとは4歳違いの兄弟。両親ともに死別。
ミクシア郊外の遙か西側の出身。
好きなものはアップルパイとシナモンケーキ。嫌いなものは犬とピエタ。食べ物ならひよこ豆が死ぬほど嫌い。
髪を伸ばしているのはキアーラとジャンカルロの趣味で、自身はものぐさだから本当は短く切りたい。
自身の趣味は植物の栽培と研究。歴史は嫌いだけと遺跡は好き。デリテ街に自生する植物があったら教えてくれ、――。
ユーリの言葉にチェリオは敢えて反応しなかったが、楽し気に言葉を紡ぐユーリの声だけは聴いていた。耳になじみ心地よい。収容所でひどい目に遭っただろうに、そんなことは微塵も感じさせない態度に興味がわいた。
「嫌いなものがピエタってのは同意する」
チェリオがつぶやくと、ユーリは声を弾ませて「だよな」と言った。
「大型犬みたいなピエタに付き纏われて迷惑してんだけど、簡単に撒ける道とか知らない?」
軽口ではなく本当に困っているような口ぶりに、チェリオは吹き出した。サシャがユーリを諌める声がする。「失礼なことを言うんじゃない」と呆れたように言うサシャに、ユーリは「あれは付き纏われた側にしか迷惑さがわからないんだ」とうんざりしたように返す。この二人はいつもこの調子のようだ。
ユーリ曰く大型犬のようなピエタというのは、イギンの手下が束になっても敵わないあの連中のことだろうと思案する。特にあの隊長と子飼いに目をつけられたらまず逃げられない。噂にすぎないが、彼の隊には地下街出身者、それも元々マフィアの指示を聞く伝聞係だったやつがいるのではないかと言われている。まあピエタの成り立ちを考えたらただの噂だとチェリオは取り合わなかったが、あの隊長と子飼いの動き方はどうにもにおう。
「あいつを撒く方法を教えてくれたら街から肉持ってくるって言ったら、誰か食いつくかな?」
「バカかよ」とチェリオが声を出して笑う。ゆっくりと体を起こし、目を眇めてユーリを見る。
「そんなん、人を騙すことをなんとも思ってねえ連中にちょろまかされるだけだぜ」
「そうなの? じゃあ、スラムの住人が喜んで協力してくれるようなことってなにかある?」
「マフィア全員ぶっ殺してくれよ」
「それならいま締め上げられて困っている連中くらいは手を貸してくれるかもな」と、チェリオ。ユーリはきょとんとした表情で目を瞬かせたあと、サシャに視線をやった。サシャが眉を吊り上がらせて首を横に振る。それをみて、ユーリがどこか挑戦的に笑って見せた。
「デリテ街だけを通る井戸とか、その逆とかあったりする?」
サシャが強い口調でユーリを呼んだ。流石にまずいと思ったのか、ユーリは「冗談だよ」と困ったように笑いながら軽くホールドアップしてみせた。
デリテ街だけを通る井戸。口の中で反芻する。チェリオは敢えて態度に出さなかったが、それは確かに存在している。地下街出身者も利用する、比較的水質の良い水場だ。そこでは水を調達するだけで、手洗いも洗濯もしてはいけないと決まりを作っている。デリテ街のすべての住人が気軽に使えるようにと点在しているが、その場所はイギンたちに水源を人質に強請られないようにほとんどの住人が知らないふりをしている。
ユーリはどこまで情報を掴んでいるのだろうか。チェリオは興味がないように装って言葉を紡いだ。
「井戸って、なんかあんの?」
「この馬鹿の話は聞かなくていい」
サシャが呆れたような表情をそのままに、「懲りないやつだ」と言い捨てる。
「本当にもうやめておけ、マフィアやごろつきたちに加え、スラム街の住人にまで目を付けられたいのか?」
語気を強め、サシャが言う。ユーリはまるで悪びれた様子もなく視線を逸らし、少し唇を尖らせながら肩を竦めてみせる。そこまで深刻になる必要がないとでも言わんばかりの表情だ。
「その逆然りって思ったんだけど。デリテ街の住人だけに起こる中毒症状なんて、不自然すぎるだろ。その井戸を見つけて上に報告をして、ハイブリッドを売りつけた胴元を一網打尽にしたら」
期待に胸を膨らませるような声でユーリが言った途端、サシャが持っていた書類でユーリの頭を勢いよく叩いた。「馬鹿になったらどうすんの」とユーリが頭をガードしながら声を尖らせると、サシャは心底呆れたような顔で「安心しろ、それ以上馬鹿にはならない」と辛らつな口調で言ってのける。仲がいいからこそのやりとりなのだろうけれど、サシャが意外に手が早いことに驚いた。
「じゃあ“軍部様”はこのきな臭さにも気づかないんだから、俺より馬鹿じゃん」
「たわけ、突っ込まなくていいところにまで首を突っ込む、無鉄砲且つ短慮なおまえのことを馬鹿だと言っているんだ。それは軍部に任せておけばいい。少しは彼らを信用しろ」
「信用ねえ。それってあちらさんがこっちを信用しているからこそ成立することじゃないか?」
なるほど、一理ある。チェリオはそれをふんふんと聞きながらも、言葉を紡ぐユーリの唇の動きに目を奪われていた。目眩や吐き気が薄れてきた分、やたらとユーリやサシャから香る甘いにおいが気になってくる。ごそりと体を動かしたからか、ユーリがこちらに視線を向けた。
「案外大丈夫そうだな」
ユーリが言う。どこをどう見てそう言いたいのかと突っ込みたいが、さっきの話を聞くにまだマシなほうなのだろうと思う。
「割と耐性があるのか、生食かなにかで薄めた粗悪品だったのかもしれないな。ユーリが打たれたのは旧型のものではあったけれど、離脱症状がすごかったし、回復にも時間がかかった」
ぽつりとサシャが言う。
「だよなァ。あっれは酷かった」
眉間にしわを寄せ、大げさに両手を広げながらユーリが言う。
「1週間以上頭痛とめまいが消えないし、おまけに腹が疼いてどうしようもなくてさあ。あんまり酷くてわざとチョロそうな看守を煽ったり」
あっけらかんと話しながら腹を擦るユーリに聞こえるように、サシャがわざとらしく咳払いをする。ユーリはなにが悪いのかわからないと言った表情で言葉を止めて小首を傾げた。
「え、それよりマシだって話だったんじゃ?」
「嘔気と眩暈のことを言ったんだ、たわけ」
「そこまで明け透けに話すバカがどこにいる」とサシャが語気を強める。それもそうだ。アソコが破裂しそうとかならまだしも、腹が疼くなんて言ったら抱かれる側だったと自白しているようなものだ。なかには逆を好む好き者もいたかもしれないけれど、イル・セーラは基本的には娼婦以下の扱いだったなと思い返す。腹がむずむずとする感覚が徐々に強くなるのを感じ、チェリオは俯いて腹を押さえた。
「寝ていたほうがいい、無理は良くない」
「あー、おかげさんでだいぶ楽になったし」
言いながら、チェリオは若干視界が歪むのを感じて片手で両目を塞いだ。ふうと細く息を吐く。吐き気も眩暈もだいぶ治ったが、やはり今度は違うところに違和感がある。
もぞもぞと片手で布団をずらし、もう一度細く息を吐く。心配そうなサシャの声がする。
ユーリとサシャは兄弟だと言う割にあまり似ていない。同じなのは髪、肌、目の色だけで、性格が正反対だ。見た目も雰囲気なら似ているような気がするが、普通にしていて色気がダダ漏れのユーリと、見るからに品の良いサシャ。決してユーリに品がないと言うわけではないが、奔放で明け透けな性格のせいか、それとも白衣を着ているというのに際立つスタイルのせいか、エロいという印象しかない。
手慣れたユーリに抜いてもらうのもいいけど、なにも知らなさそうなサシャを丸め込むのも楽しそうだ。いまならサシャを襲ってもユーフォリアのせいだと情状酌量の余地があるかもしれないとバカなことを考えながら、近付いてきたサシャの腕を掴んだ。骨格のせいか、見た目よりも細い。肉付きがいいわけではなく、かといってチェリオのようにガリガリでもない。それよりもなによりも、微かに香る甘いにおいが情欲を誘い腹の底からなにかが疼き始める。
「どこか具合が悪いのか?」
警戒などしていなさそうな声だ。確か枕元のサイドテーブルに医療用の鋏が置いてあったはずだ。あれを使ってサシャを殺すと脅せばユーリも大人しくしているはず。そう目論んでサシャの腕を引いた時だ。
「サシャ、二コラと軍部への報告を頼めるか?」
チェリオが顔を上げると、そこにはユーリがいた。革製のファイルを片手にサシャの腕を引く。チェリオは獲物を盗られまいとする獣のようにユーリを睨んだが、我に返ってサシャの腕から手を離した。
「いいけど、ほかの見張りの者を呼ぶぞ」
「彼の具合が悪そうなんだ」と、サシャが言う。まさか素で心配されているとは思わなかった。サシャとは逆に、ユーリはチェリオの考えに気づいているかのように冷たい視線を浴びせてくる。
「見張りは要らない、ユーフォリア不耐性の人間なんて邪魔なだけだ」
「だめだ、なにかあったらどうする。悪化した時に対処できなかったら、ピエタの思う壺だぞ」
サシャが語気を強めたが、ユーリは白けた表情で肩をすくめて、手にしているファイルをサシャに突き出した。
「じゃあジャンカルロに言って、下で待ってもらってくれ。それならいいだろ?
この書類をニコラに渡してほしい。関所で中身を確認するよう言われたら、ディアンジェロ家を敵に回したいかとでも言えばかわせるから」
まるで何度も試しているかのような言い回しだ。そう思ったのはサシャも同じだったようで、呆れたように眉を顰めた。
「自重しないといつかディアンジェロ家の使用人から収監依頼が下るかもしれないぞ」
「キアーラの手前、そんなことしないだろ。彼女になにかあったらわからないけど」
サシャが呆れたように息を吐いて、ユーリから書類を引き取った。
「収監されてしまえ」
「そうなれば俺の心労が減る」と、サシャが吐き捨てるように言った。
「そんなことになったら、ピエタの連中を誑かして、自分のいいように動く駒にしてやる」
「収監されたらされたでサシャの心労は増す一方だ」と、ユーリが誘くように言ったとき、サシャがまた手にしていた書類で素早くユーリの頭を叩いた。
「そんなことすらできないように、収監するなら軍部に頼む」
げっとユーリがあからさまに嫌そうな顔をした。
「いい加減にしておかないと、たとえ弟だろうと容赦はしないからな。軍部には素直に従っておけばいい。今日だって彼の治療を頼まれただけだ。それ以上のことはする必要もないし、調査をする必要もない。それは軍部と、ピエタに任せておけばいい」
ユーリが眉根を寄せ、ふうと溜息を吐く。
「サシャはいつもそれだ。そも俺があのクラッカーの音に気付かなかったら、ハイブリッドの中毒症状でこいつは死んでいたかもしれないんだぞ」
ぼやくようにユーリが言う。サシャはユーリが認めた書類に軽く目を通したあとで、チェリオに視線をよこしてふんと鼻で笑った。
「“法の穴”をついているだけで、犯罪は犯罪だ。もしそうなら彼の運がなかっただけの話だろう」
穏やかそうに見えて、案外シビアなことを言う。けれどサシャの言うとおりだ。運がよかった。運よくユーフォリアの対処方法を知っているユーリたちがいた。これがもし予定通りアグエロが助けに入っていたら、マワされた挙句に死んでいたかもしれないのだ。
「はいはい、わかりました。もう詮索しませんよ。
だから、ユーフォリア不耐性の人間をこの部屋に入れてくれるなよ」
ホールドアップしながら言うユーリを不審そうに睨んで、サシャがずいっとユーリに顔を近づけた。
「なにか企んでいる顔だな。逃げるなよ」
「逃げねえって」
両手を軽く上げてユーリが困ったように笑うのを見て、チェリオは心底呆れたような顔をした。チェリオ自身が逃げることを警戒されていたのかと思ったのに、サシャはユーリの行動を心配していたようだ。サシャが「絶対に逃げるなよ」と念を押すように言って部屋を後にした。階段を下りていく音に耳を澄ませる。完全に音が聞こえなくなった。
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