4 / 108
Zero(4)★
ふうふうと興奮したように息を弾ませながら、ジャンカルロがズボンを寛げて勃起したペニスを軽く扱いた。ジャンカルロのペニスはでかい。他の男たちよりは気持ちよくイケたのを覚えている。テクニックの差か、それとも相性がいいのかはわからないが、ただ乱暴に抱かれるだけではなかった。
ぐぐっと熱が割り込んでくる。自然と甘えるような声が上がった。マリーツィアの効果なのか、ジャンカルロの熱を感じるだけで背筋に痺れるような感覚が走る。
「ふっ、ううんっ」
「ああ、すげえ、うねって」
ジャンカルロの腰の動きに合わせてテーブルが軋む音がする。ジョガーパンツが邪魔でいいように動けないのか、ユーリの右足を無理やり曲げてジョガーパンツを引き摺り下ろす。レッグホルスターがあるせいで左足にだけそれが引っ掛かっているような恰好のまま、ユーリの腰を掻き抱き、肌が爆ぜる音がするほど腰を振り始めた。
「んっ、んあっ、あっ」
激しい抽送に合わせてユーリのねだるような甘い声があがる。
「エロい声あげやがって。おまえがいた収容所の看守長はたしかエヴァルドの野郎だったな。あいつの趣味でここまで開発されたってのは気に入らねえが、さすがにいい仕事をしてくれる」
「あ、ぁ、はっ」
エヴァルド。聞き覚えのない名前だ。非合法化された際に復讐をされないよう偽名を用いていた可能性もある。そうでなければ末端の自分たちには本当のことが知らされていなかったのかもしれない。抱かれながら冷静に考えた。
ジャンカルロが喜ぶように自ら腰を振り、煽る。呼吸に合わせて腰の動きが早くなっていく。そうかと思うとジャンカルロが勢い任せにペニスを抜いた。乱れた髪を引っ張られ、体を起こされる。視界が反転し、すぐさまテーブルにうつ伏せに倒された。余裕がないのかかなり乱暴だ。
ねじ込むようにペニスが入ってきた。くぐもった声が上がる。突然の衝撃に息が詰まりそうになった。
荒い息遣いだ。耳や首筋を甘噛みされながら激しく揺さぶられる。胸がこすれて痛い。体をよじって胸元に隙間を開けると、ジャンカルロの手が滑り込んできた。
「乳首こねられるの好きだよな? ここだけでイッたのを見た時には驚いたぜ」
シャツ越しに胸をいじられ、反射的に身がすくんだ。ジャンカルロのうめき声があがる。あんまり締め付けんなと掠れた色っぽい声で言いながら腰を振る。そろそろ限界が近いらしい。
ジャンカルロの動きが激しくなるのに伴って、ユーリの喘ぎ声が大きくなった。声を殺そうと思っても体のコントロールが利かない。弾むような短い呼吸に快感に濡れたかすれた声が混じる。たまんねえなとジャンカルロが呻いたと同時に乳首をひねられた。
電撃でも流されたかのような衝撃が体中に走る。不意に与えられた快感に婀娜めいた声が上がる。息を荒らげながらユーリの奥を突きあげるように腰を振るジャンカルロは、ユーリのうなじに噛みついた。
「んんっ、あ、あっ」
無意識に体が震える。痙攣が止まらない。体の奥底から次々に快感が押し寄せる。喉の奥が詰まったような感覚に見舞われ、意識が遠のくのを感じた。
***
気が付いたらジャンカルロの顔がすぐそばにあった。額には玉のような汗が滲んでいるのが見える。ギシギシとなにかが軋む音がする。すこしざらついてはいるものの柔らかなものに包まれている感覚を覚え、すぐに状況を理解した。テーブルではなく、ベッドに移動させられているらしい。ジャンカルロは口元を持ち上げると、汗で額に張り付いたユーリの髪をさらりと撫でた。
「死んだかと思ってひやひやした」
「はっ。死んだかと思った人間を抱き続けるなんて、随分いい趣味してるじゃねえか」
「離すなとせがんだのはおまえだからな」
ジャンカルロの動きが早くなる。低く唸ったと同時に熱が広がり、ユーリはその感覚に身震いした。
「ふう。相変わらずいい感度だ。本当にドン・アゴスティに抱かれてねえの?」
ユーリからペニスを抜き、処理をしながら言う。ユーリは面倒くさそうに眉を潜めたあと、ふうと短い息を吐いた。
「あるわけねえよ。そもそも、あの人はイル・セーラを奴隷だなんだって未だに差別しているくらいだ。俺みたいなのを抱くぐらいなら場末の娼館で女を買うさ」
「食わず嫌いは損をするぞって俺が言ってやろうか。一度抱かせてやったらいうことを聞いてくれるようになるかもしれない」
「それならこっちも苦労しねえよ。何回か試したけど、無駄だった。他種族間交際にすら眉を潜めるほどの堅物なんだ。金もらえてもイル・セーラなんて抱くわけがない」
「へえ。俺なら喜んで抱いてやるけどな」
足を広げろとジャンカルロが言う。ユーリが言われたとおりに足を広げると、そこに指を差し入れて中だししたものを掻きだしてくれる。わざと艶っぽい声を出すと、ごくりと生唾を飲む音がした。
「おいおい、まだ欲情すんのか? ネーヴェが性欲魔人だってのは本当だな」
からかうように言ってやると、ジャンカルロはふんと鼻で笑ってシーツで体を拭い始めた。ジャンカルロから渡された服に袖を通し、乱れた髪を整える。ジャンカルロはむき出しになったユーリの腿にキスをすると、そこに頬擦りをした。
「なあ、週一じゃダメか?」
ジャンカルロは真顔だ。冗談を言っているようには見えない。ちゅっと音を立てて吸われる。鼻に抜けるような声が上がると同時にユーリが逃げようとしたが、ジャンカルロは逃すまいとユーリの腰を掻き抱いて腿にいくつものキスマークをつける。やがてジャンカルロの唇がユーリのペニスへと触れた。厚い舌で形を絵取るように舐められ、吐息が漏れる。ユーリはジャンカルロの髪を掴んで、片手で口元を押さえた。
「んっ、ふ、うっ」
ぴちゃぴちゃとわざとらしい音を立ててジャンカルロがユーリのペニスを舐める。ほんのすこし反応し始めたユーリのそこを頬張り、ジャンカルロの手がユーリの臀部へと伸びてくる。快感にほころんでいるそこにジャンカルロが指を触れ、ちゅぽちゅぽと野太い指を出し入れする。
「あと一回だけ」
ジャンカルロが言いながらベッドに仰向けになる。既に膨らんでいる野太いペニスを扱きながら、上に乗るよう指示してくる。ユーリはふんと鼻で笑ってジャンカルロに跨った。
「あんたも大概だよなァ。悪趣味」
「自分のペースでイケるほうがいいのはおまえさんもおなじだろう」
そう言いながらペニスを固定して挿入されるのを待つジャンカルロを見下ろして、ユーリは口元だけで笑った。腰を落とし、ジャンカルロの先端が潜り込む。はあっと色っぽい声をあげたかと思うと、ユーリはわざと腰をうかしてジャカルロのペニスを抜いた。
「おいっ」
そのまま何度か焦らすようにジャンカルロのペニスの上で腰を緩く動かしてやる。ジャンカルロはじれたように舌打ちをして、ユーリの腕を掴んだ。
「俺のペースで、と言ったのはあんただろ?」
「だからと言って、これはないだろうっ」
ジャンカルロが腰を振り、ユーリの中に押し入ろうとするが、ユーリはそれを避けるようにわざと腰を上げて笑った。
ジャンカルロの手に重ねてペニスを固定すると、ユーリは猛ったそれを受け入れた。んっと鼻に抜けるような声が上がると同時に、背筋にぞくぞくと電流のような快感が走る。やはりさっきのマリーツィアが良くない効き方をしている。このままやったら気を飛ばしそうだと内心しながらも腰を落とす。
「んんっ、ふ、う、っ」
ジャンカルロの野太いペニスが腹を抉る。かなりいい角度にたっているせいで、自分の弱い部分に当たっている。ただでさえジャンカルロのペニスは大きく、入れられただけで喘ぎそうになるというのに、マリーツィアの効果が災いして膝が震える。ユーリはふうふうと息を荒らげながらジャンカルロのペニスを挿入する。
焦らすように時間をかけ、ジャンカルロのペニスが入った。臀部に触れるざらついた感覚さえ刺激になり、ユーリは声が漏れそうになるのを押さえながら軽く腰をゆすった。ベッドが軋む。ユーリはただ腰を前後に揺らすだけだが、ジャンカルロは気持ちがよさそうに目を細め、ユーリの乳首を爪で弾いた。
「んんっ!」
ユーリがのけ反り、口元を覆った。こうしていないと喘ぎそうだからだ。
「ユーリ、ちゃんと声を聴かせろ」
ユーリが首を横に振る。するとジャンカルロが片手でユーリの腰を掴み、勢いよく腰を振った。
「っあ、ああっ!」
がつんと穿たれる感覚に堪えきれず甘い声が漏れた。くぐもったそれはジャンカルロの興奮を高めるには十分すぎたようだ。ユーリの腰の動きに合わせてジャンカルロが抉るように腰を揺らす。ただでさえ自重でジャンカルロの野太いペニスが根元まで埋まっているというのに昂った箇所を的確に抉るように刺激されると堪らない。ユーリの弾むような吐息と腰の動きが激しくなる。
「んっ、っ、ふ、うっ」
「ユーリ」
ジャンカルロにせがまれ、ユーリは恨みがましくジャンカルロを睨んだ。せめてもの抵抗とばかりに口元を覆い隠した手の下で唇を噛み、意地でも喘ぐまいとするのを見透かされたのか、ジャンカルロの指がユーリの乳首を捏ねる。爪で、指先で、指の腹で丁寧にあやすように弄られ、ユーリは堪らずにジャンカルロのものを締め付けた。唸るような声のあと、ユーリの中に熱が弾ける。その断続的な熱はユーリの中を濡らし、ユーリが腰を振るたびにぬちゃぬちゃといやらしい音が上がりはじめる。
ユーリは腰を前後に振るだけだったが、腰を上下する動きに変えてジャンカルロのペニスが自分のいいところに当たるよう腰をくねらせる。ぱんぱんと肌が爆ぜる音が響く。ジャンカルロもまたユーリを喘がせようと、ユーリのいいところを突くよう腰の動きを変化させた。ふたりの息遣いとともにベッドの軋む音が激しくなる。
「んんっ、っ、ふ、っ」
「ああ、すげえっ。しまるっ」
興奮で上擦ったジャンカルロの声。ユーリをイカそうとジャンカルロの動きが激しくなる。ユーリもまた快感で震える足でなんとか体を支えながらも腰を振る。硬く結ばれた口から吐息だけが漏れる。がつんといいところを突かれ、ユーリは声をひっくり返して喘いだ。
「ああっ、ぁ、あっ、そこっ」
「ん、ここか?」
ジャンカルロがもう一度がつんと大きく腰を揺らす。ユーリがまたも大きく喘いでジャンカルロにしな垂れかかる。ジャンカルロはユーリの腰を掴んで何度も何度もそこを穿った。
「ああっ、っ、あっん、んうっ、っ!」
ユーリの声が大きくなる。ジャンカルロは気をよくしたのか、ユーリの体が跳ねるほど激しく腰を動かした。ぱんぱんと肌がぶつかる音とベッドが軋む音。そしてユーリのあられもない艶かしい声が響く。がくがくとユーリが痙攣する。イっているのは明白だというのに、ジャンカルロは笑いながらユーリを抱きしめてわざとユーリの乳首が自分のシャツに擦れるように押しつける。
「んんっ、んっ、ぁ、ぁあっ、だめっ、それっ」
がくがくとユーリが震える。激しい収縮にジャンカルロが唸り、ユーリの中に熱を放った。はあはあとユーリが息を弾ませる。汗ばんだ額に張り付いた髪を指ですかれたかと思うと、ジャンカルロがふうと快感に酔いしれるような息を吐いた。
「あー、すげえな、おまえは」
ユーリはまだイっている。ガクガクと震えながらジャンカルロのシャツを握り込み、短く喘ぐ。そうかと思うと、勢いよくジャンカルロの胸を叩いた。
「痛えな、照れ隠しか?」
「胸、弱いって言ってんだろ」
マジで変なイキかたしたとユーリが喘ぎながら言う。ジャンカルロのペニスはまだユーリの中に埋まったままだ。ユーリの後ろが収縮するのに合わせて何度も出したはずなのに反り立ったそれを締め付け、嫌でもその形を味わされる。ユーリは腹の奥がじんと熱くなるのを感じ、ペニスを抜こうとしたが、その刺激すら快感に繋がりイキそうになる。
「っ、ふ、っう」
「もう一回」
「ばかっ、早く抜けよっ、イクの、とまんないっ」
ユーリは自分がジャンカルロの上に乗ったままでいることを忘れて非難したが、ジャンカルロは明朗に笑いながらユーリを横たわらせてペニスを抜いた。ずるりと抜けていく感覚すら快感で、ユーリは短く喘ぎ口元を手で覆った。
「はー、やば……。あんたの、凶器すぎ」
ジャンカルロはそうだろうと笑ってユーリのなかに出したものを掻き出そうと指を差し入れた。
さっきまで散々刺激されていた場所に新たな刺激を与えられ、ユーリは口元を押さえたまま喘ぎ声を噛み殺す。それを見て気をよくしたのか、ジャンカルロの指は精液を掻き出すものからユーリを喘がせるものへと変化した。ぎゅぷぎゅぷと耳を塞ぎたくなるような音を立ててユーリのいいところを揉み込むようにジャンカルロの指が蠢く。次々に与えられる快感にユーリの後ろが締まるのをジャンカルロが笑う。
「おいおい、締め付けたら綺麗にならねえだろうが」
「っ、ぅ、くっ、ふうっ、っ」
ユーリは声を押し殺して喘ぎ、片方の足でジャンカルロの肩口を蹴った。ジャンカルロはやったなと声を弾ませてユーリのペニスを握り扱き始めた。
「うわっ、ちょっ、バカバカ、やめっ!」
ジャンカルロはユーリが喚くのも聞かずにユーリの後ろとペニスを同時に刺激する。ユーリは片手でシーツを握り込み、ベッドを蹴って逃げようとしたが、ジャンカルロがそれを許さない。ぐちゅぐちゅと音が立つほど刺激され、ユーリはベッドの上でのけ反り、あっけなくイった。胸が上下するほど荒い呼吸のユーリを見下ろして、ジャンカルロがユーリの腿にキスをした。いくつものキスマークをちりばめられる。ユーリは耳まで顔を赤くしてジャンカルロの髪を掴んだ。
「それマジでやめてっ、しつこいっ」
「キスマークが恥ずかしいなんざ、イル・セーラは変わってんな」
「逆になんでこんなんで興奮できるんだよ?」
マジで最悪、異文化に対する差別だとユーリが声を尖らせる。
「俺は満足だ」
「そりゃよかった」
掠れた声で答えるユーリを笑い、ジャンカルロが衣服を整えてくれる。相変わらず少し強引なセックスがお好みのようだなと揶揄するように言って、ユーリは快感のせいでじんと疼く身体に鞭を打ってゆっくりと起き上がった。
「交渉成立でいいんだな?」
ジャンカルロの無精髭を撫でながら、ユーリ。ジャンカルロはその手をとり、手の甲にキスをした。
「毎回騎乗位で攻め立てさせてくれるならなんでもするぞ」
言葉の後で手の甲を甘噛みされる。ユーリはふんと鼻で笑ってわざとらしく肩をすくめた。そしてドアの方へと視線を向ける。
「それなら契約でも結んでおかないと、後ろにいるピエタ様に収監されるぞ」
ジャンカルロがぎょっとしたように目を見開いた。半開きになっていたドアの向こうに、壁に寄りかかっている人影が見える。モスグリーンの迷彩服。ピエタの制服だ。ユーリはその人物が何者かにすぐに気付いた。急いでジョガーパンツを穿き直して立ち上がり、大げさに面倒くさそうな声を上げながらドアに近づいて乱暴に蹴り開いた。
「研究の邪魔だけじゃなくセックスの邪魔まですんのかよ。ピエタってのはよほど暇なんだな」
あからさまに敵意をむき出しにした声色だが、男は怯まない。
「失礼。ドン・アゴスティと契約を交わしているもので」
「契約だ?」
「ユーリ・オルヴェの監視、保護を目的とした契約です。貴方は軍部の保護観察下にある。その“保護観察下にあるイル・セーラ”を抱いたそこにいる彼は、本来なら収監対象ですが、貴方の返事次第で手を打つとしましょうか」
「はあっ? 脅しかよ」
「脅しに聞こえましたか?」
ユーリは大きく舌打ちをして、ナザリオの体を押しのけた。状況を飲み込めていないジャンカルロに視線だけを向ける。
「行こう。ピエタなんかと関わってられるか」
「お、おい」
「二コラに言っとけ。俺はジャンカルロと契約した。報酬は月1リタスと法に抵触する無茶をやらかさないこと。あんたが勘ぐってるように条件を餌に抱かれたわけじゃない」
ナザリオの表情は変わらない。ジャンカルロへと視線が向いたのを見て、ユーリはナザリオの胸ぐらを掴んだ。
「あんたはしらないかもしれないけど、ああいうセックスでも俺が奴隷だった頃に比較すれば優しいもんだよ。
俺の身を案じて真正面から話をしてくれる恩人なんだ。へんな勘ぐりをして脅しをかけてくるのはやめてくれ。だから俺はピエタが嫌いなんだ」
そう吐き捨てて、ユーリは乱暴にナザリオの胸ぐらから手を離すと、ジャンカルロが来るのも待たずに診療室を後にした。
***
「いいのか? あいつ、ナザリオ・アリオスティだろう」
一定の距離を置いて後ろから着いてくるナザリオに視線を向けることなく、ジャンカルロが耳打ちする。
「知ってんの?」
ユーリが見上げると、ジャンカルロはナザリオを気にするように目を眇めて、無精ひげを触った。
「8年前の内紛のことなんて知るわけないよな?」
「奴隷生活真っ最中だからなにがなにやら」
あっけらかんとした口調のユーリ。お前は本当にいい根性してるよとジャンカルロが眉を下げた。
「8年前、パドヴァンとの国境付近のフォルスという廃村付近で内紛が起こった」
フォルスとユーリが誰に言うともなくつぶやいた。フォルスはユーリの故郷だ。ずいぶん前にピエタの前身である機関が攻め込んだことにより滅びた。収容所に連行されるときの村の様子はあまり覚えていないが、村の入り口付近にあった、子どもたちの遊び場だった大人たちの手作りのブランコは壊されていたし、どこかから火の手が上がったと叫んでいる大人の声が耳に残っている。
パッと見あまり広くはないが、とても美しい村だった。透き通った碧色の、水底が見える湖。いつだれが作ったのかわからないストーンヘンジに、その先にある秘密の丘。あらゆる場所にあらゆる花が咲いていて、その草花や木々は、“ユーリ”をはじめとした大人たちが適切な時期に収穫しては加工し、村人の治療のために使っていた。
裏の崖を降りると、フォルスとはまた違った種類の草花があった。そこにはうえの湖とは異なる美しさを誇る湖があり、そのほとりに自生している花は万能薬として重宝されていたのを覚えている。その崖の対岸から美しい湖へと流れる大きな滝があった。そこでは子どもたちがよく度胸試しをしていたし、滝裏には秘密の隠れ家があり、その先には小さな集落が存在していた。
滝裏を更に降りてパドヴァンとの国境付近に行くと川が流れている。美しい湖の水源とは異なっているが、よく魚が釣れたし、パドヴァンとの国境付近だと言うのにそこには国境警備隊がいなかった。だから“ユーリ”はフォルスで採れる薬草と、パドヴァンで採れる薬草を秘密裏に物々交換していたが、それは“ユーリ”が国医だからこそ許されたことだと聞かされている。
たった数年しかあそこで過ごしていないが、あの美しさは脳裏に焼き付いている。ミクシア市街からはおよそ18時間近くかかるというのに、秘密の丘から見る夕やけが絶景だと言って、観光客が訪れることも時々あった。
村自体はもうないと思っていたけれど、遺構はあったのかと思う。でもそこが戦場になったということは、きっともうあの美しさを見ることはできないのだろうなと悟る。
「旧軍部はフォルスの遺構を拠点に善戦していたらしいが、内通者により潜伏個所を暴かれてほとんどが殺された。そのとき戦闘に参加して生き残ったのは500名あまりのうちほんの数名。ナザリオはあちらの捕虜になりながら生き残ったって有名なんだ」
「……ふうん」
興味なさげに答えるが、あの尋常ではない強さの秘密を垣間見た。そりゃあ命のやり取りをしていたならあの強さも納得だと内心する。太刀筋、そして動きに迷いがない。相手の動きを読み、的確に相手の攻撃をいなすさまは、ただ訓練で培われたものではないと一見してわかるほどだった。
「ノルマ至上主義者の連中のやり口はいまだ嫌悪されるほど凄惨だったそうだ。処刑される最期までイル・セーラを侮辱する発言をしていたと聞く。
彼は当時未成年で、捕虜になってから約3か月後に解放されたあとは1年間ほどミクシア郊外の衛生病院に収容されていたらしい」
衛生病院と聞いて、ユーリはマジかよと息をのんだ。精神を病んだ兵士が矯正の為に収容される場所だ。矯正とは名ばかりで、そこの出身者はミクシアの都合がいいように洗脳されている者がほとんどだと聞く。それが噂なのか真実なのかはわからないが、衛生病院出身者にかかわるとろくなことがないとリズが言っていた。
「あれを味方につけておかない手はないぞ。ピエタの中でも一目置かれているうえ、差別主義者とは程遠い思想の持ち主だ」
「だろうな。でなきゃ好き好んでイル・セーラの護衛なんて受け入れねえよ。たとえ命令だとしてもだ」
「なら、どうして?」
「ピエタだから」
ユーリははねつけるように言ってのけた。
ナザリオが悪い人間ではないことくらい、顔相でわかる。お人よし。責任感と正義感が強い。そして博愛主義者。そういう相手のなにが一番怖いかと言ったら、目的を遂行する為ならば手段を択ばないことだ。つまり、自分を守る為なら命すら投げ出す可能性がある。そういうタイプの人間をユーリが最も苦手としているのだ。
「でも東側で救ってもらったんだろ? 本人は口が裂けても言わねえだろうが、おまえをというよりもイル・セーラを守りたいのは罪滅ぼしのつもりなんだろうと思う。捕虜になっているときにイル・セーラの協力者ではないという証拠として何人かのイル・セーラを殺したのだと調書を読んだことがある」
「罪滅ぼしねえ。本当にそう思って警護を引き受けたんだったら、俺の視界から消えていてほしいもんだわ」
「おまえはぶれないな。そういう話を聞いたら態度を軟化させるのが普通だろう」
「生憎と俺は自分の目で見て耳で聞いたこと以外信じない質なんだ」
不機嫌そうに言いながらジャンカルロを引き離そうと歩幅を広げるが、歩調を合わせてくれていたのか簡単に追いつかれた。
昼食はどうする? とジャンカルロが暢気に尋ねてくる。
パニーノをおごれ。
おごってやる代わりに素直になれよ。
じゃあいらないなどと軽妙な掛け合いをしながら東側のスラムを抜ける。
その間、ナザリオはずっと一定の距離を保って着いてきていた。どうにかして撒いてやろうとしたが、ジャンカルロがそれを許さなかった。腰に巻いた白衣を捕まれていては、さすがのユーリも逃げられない。白衣につけている腕章がなければ中流層街に入れないからだ。
ジャンカルロがナザリオに視線を向ける。ユーリはそれに構わずに、北側の関所を抜けるための通行許可書を白衣のポケットから取り出した。
「まるで大型犬だな。餌付けすれば案外二コラよりも気の利く相手かもしれないぞ」
まるでナザリオを揶揄するかのようにジャンカルロが言う。ユーリはそれをせせら笑い、大げさに両手を広げて見せた。
「冗談。俺はピエタの次に犬が大嫌いなんだ」
ともだちにシェアしよう!

