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Four ★

「あー、クソ。あの野郎、次出会ったらぶっ殺す」  ユーリたちが言っていたように、字を覚えて自衛するのはここで生きていくには必要不可欠だと痛感した。  無理やり抱かれてまだ腰が痛いし違和感しかない。  ――ある程度金がたまったら、転居の話をしに来るように。アグエロ経由でイギンの知人からの伝言を受け取り、会いに行った結果がこれだ。貯めた金まで根こそぎ持っていかれた挙句に散々な抱き方をされた。  トントンと腰を叩きながら闇市の裏路地を抜け、東側と北側を隔てる関所へと向かう。きな臭いとは感じていたし、ユーリも転居の件を訝しんでいたことから、半信半疑ではあったものの、もし本当に転居できるならラッキー程度に軽く考えてついて行ったことをいま死ぬほど後悔している。  転んでもただでは起きないし、いつか目にもの見せてやると腹の内で誓いながら、関所前までやってきた。北側では軍医団が炊き出しをやっているし簡易式の風呂を設けてくれている。この時間ならまだ間に合うのだけれど、やけに物々しい警備だ。珍しいことに門が閉まっている。 「なあ、北側に行きたいんだけど」  口元まで覆い隠すタイプのフードマントを被っている門兵に声をかける。このくそ暑いのにこの装備ということは、何事かあったときしかない。チェリオに気付いたのか、男がどこかぎこちない様子で腰をかがめ、声を潜めた。 「悪いことは言わない、いまはやめておいた方がいい」  はっ? と思わず尖り声があがる。 「どういうこと? 炊き出しに行きたいんだ、腹減ってるし風呂に入りたい」 「隊長の命令なんだ。食事なら後でこちらから居住区に届ける」  いままでは一度だってこんなことはなかった。一体何があったんだと思いつつ、門兵の腕章を横目で見る。雄々しいレオの紋章――アリオスティ隊だ。思わず舌打ちをする。ナザリオの命令とあれば、アリオスティ隊は頑として動かない奴が多い。 「なんかあったの?」  情報だけでも掴んでやろうとチェリオが問うと、門兵は驚いたような顔をした。 「おまえは無関係なのか?」 「はっ? 意味わかんねえんだけど。さっきまで真面目に仕事してたってのに、妙な疑いをかけんなよ」  ふざけんなよと罵ってやる。「そもそも自分が一枚噛んでいたならのこのこと顔を出すかよ」と付け加える。すると門兵は東側の様子を伺い、チェリオに手招きをした。 「行くなら回り道をしていけ。おまえなら壁を上っていけるだろう。隊長が相当業を煮やしていて、たぶんおまえが噛んでいないとしても、参考人として確保される可能性がある」 「参考人だぁ?」  声を尖らせたら、門兵から口を塞がれた。 「おまえは本当にユーリ・オルヴェを襲っていないんだな?」  真剣なまなざしで門兵がいう。ユーリ・オルヴェと言われてもピンとこない。きょとんとしたのが分かったのか、門兵が「東側に診療所を作ったイル・セーラだ」と教えてくれた。  聞き間違いでなければ、こいつはいま襲ってないのかと聞かなかっただろうか。不穏な気配がしたのはこのことだったのかと思う。急に転居の話が来たり、スカリア直々に「もうあのイル・セーラを追い払おうとしなくていい」と命令が下ったり、この数日おかしなことばかりだった。  いままでご苦労だったと、スカリアから金をもらったが、その時の表情、言い方、すべてがあんまり気持ち悪いんで、その金はすぐにロレンに預けに行った。結果それは正解で、イギンの知人に金を巻き上げられはしたものの、ロレンに預けたあの金がある。ただ、上納金云々を考えてこちらに流れてきたのが一発で500リタスを越えるということは、――。 「襲われたって、どういうことだ? 無事なのか?」 「知らないならいい、行け。隊長に問われたら俺が通したと言ってくれて構わない」  言ってそいつが口元のマスクを取ってみせる。炊き出しの時にいつもこっそりピアディーニを分けてくれるあの兵士だ。たしかナンドと呼ばれていた。  こいつは話が分かる。炊き出しの時に知り合ったドン・クリステンとかいうお偉いさんと話していても嫌な顔ひとつせず話に加わるような気さくな男だ。それがここまで警戒するのだから、ナザリオの怒りは相当なものなのだろう。  チェリオは短く礼を言って、北側と東側を隔てる壁を越えるために、少し目立たない位置に移動した。辺りを注意深く見渡す。誰もいない。鉄塔台付近の裏側は、北側のクワトロ地区だ。できればもう少しウーノ地区に近いほうがいいとも思ったけれど、屋根の上を抜けていけばさほど問題にもならない。もう一度辺りを見回し、誰もいないことを確認したうえで、チェリオは無造作に置かれた木箱が壊れないかを何度か荷重をかけて確認した。やや助走を付けて、その木箱を踏み台代わりに飛び上がる。ひらりと壁の上に一度飛び移り、下にも人がいないことを確認して、陸屋根に飛び降りた。  北側は相変わらず長閑だ。壁を隔てただけだというのに殺伐さがない。とはいえスラム街に変わりがなく、スリも多いしちょっと奥まった路地に入れば強盗も普通にいる。ピエタの巡回が多い分みんな猫被っているが、ピエタがいない時には普通に殺人も起こるような場所だ。  ナザリオに見つからないようにとなると、下流層街と北側を隔てる壁付近まで一気に行った方が無難だ。むしろふらふらと歩いていたらナザリオに遭遇しかねない。ぐるると腹がなる。  ナンドのセリフといい、ユーリが襲われたっていうことといい、なんか不穏な空気を感じる。まさかイギンたちがなにか企んでるんじゃないだろうなと感じたが、首を突っ込むほど馬鹿じゃない。見て見ぬふりをするのが一番だ。そうしなければここでは命がいくつあっても足りない。  炊き出しをやっているウーノ地区周辺まで、民家の屋根伝いにやって来る。裏路地にひょいと降りて、何食わぬ顔で炊き出しをやっている広場に抜け出ると、時間も時間だからなのか、人がまばらなことに気が付いた。普段は騒がしい連中もいないし、よく見ると炊き出しに来ているのはほとんどが北側の連中ばかりだ。 「頼むからここを開けてくれ!」  静かな広場に切羽詰まった男の声が響く。少しハスキーで耳に馴染む声には聞き覚えがある。街と北側を隔てる門へと視線を向けると、門兵と押し問答をしているユーリの姿があった。 「誰も通すなと言われているのだ、大人しく街へ帰れ!」  門兵に押し飛ばされ、ユーリが勢いよく地面に倒れ込む。割と頑丈そうだと思っていたから意外だった。痛みに呻くような声がして、起き上がれない様子のユーリに別の門兵が慌てて駆け寄るのが見えた。 「なんかあったか知ってる?」  炊き出しに来ていた連中に声をかける。いつもなら割と和気藹々と食事を楽しんでいる奴らの表情は暗い。この騒動に動揺しているのかと思ったがたぶんそうじゃない。みんななんらかの事情を知っているのだ。  関わり合いにならない方がいい。頭では分かっている。 「開けてくれ、スラムに行かなきゃいけない用があるんだ」  いつも余裕そうな声色なのに、か細く震えている。切羽詰まったような表情も初めて見た。前にモルテードたちにマワされた時だって、こんな表情はしていなかった。チェリオは思わず眉を顰めた。 「だから駄目だと言っているだろう。そもそもそんな怪我をしているのになにができるというんだ、送ってやるから街に帰るんだ」 「いいから開けろ!」  ユーリの声は震えている。怒りに打ち震えているのか、泣いているのかわからないけれど、その声に思わずぎょっとした。もう一度門のほうへと視線をやる。いまにも泣き出しそうなほどの弱々しい表情だ。“あの”ユーリがこんな表情をするなんて。いつも明るくて明朗なものだったり、挑戦的でいてエロいものだったり、ころころと表情を変えるけれど、こんなふうなのを見たことがない。  チェリオは見なかったことにしようと思い、炊き出しをやっている軍医団の隊員に声をかけた。「チッポラータ(温玉入りのオニオンスープ)はある?」と尋ねると、「ちょっと待っていろ」と隊員の一人が大鍋の蓋を開けた。「ああ、卵がないから、5分ほど待っていてくれ」と言われ、チェリオは空返事をした。  その兵士の顔は見たことがない。たぶん、時々やって来る下部組織の人間だろう。ユーリの声が耳に届いていないわけがないからか、少し沈んだ顔をしている。  みんな見て見ぬふりをしている。そうするのは当然だ。そうしなければ自分が痛い目に合う。そうしてきた。ずっと、みんな、そうやって生きてきた。だけど、どうにもユーリの表情がちらついて離れない。 「関わり合いにならないほうがいいぞ」  ぼそりと誰かが言った。視線だけをさまよわせる。声は後ろのほうから聞こえた。ダニオだ。 「なにがあった?」  声を潜め、チェリオが尋ねる。 「詳しくは知らない。でも、街であのイル・セーラと兄ちゃんが襲われたって」 「誰に?」 「それがさ」  ダニオが一旦言葉を区切った。ひょこりとこちらに顔を出し、炊き出しをしている軍医団の兵士に「後で取りに来るから置いといて」と言って、チェリオを引っ張った。  連れてこられたのは、北側と下流層街を隔てる関所の裏側だった。小高い丘になっていて、ここなら門周辺の様子が良く伺える。それで? と話の続きを促すと、ダニオは言いにくそうに眉を顰めた。 「俺は絶対違うって言ったんだけど」 「なにがだよ?」 「あのイル・セーラと兄ちゃんを襲うように指示したのは、チェリオだって、捕まった下っ端が言ってたらしい」  驚いた。あまりに驚きすぎて、声が出なかった。だからナンドがあんな物言いをしたのかと思う。 「それは誰が?」 「たぶんだけど、セッテ地区とオット地区の堺にある未開発区域があるだろ? あそこに数か月前から溜まっているやつら。ほら、あのイル・セーラを付け狙っていた奴だよ。トレ地区であのイル・セーラがマワされていたときにヤリ損ねたってずっと言っていたし、そのあともハロじいちゃんを診に来てくれているのに付け狙っていたのを見つけて、俺とチェリオで沼にぶち落としてやっただろ」  「ああ、あいつか」と、チェリオが納得したように声を弾ませた。名前は知らないけれど、ドウェインのおっさんをナザリオたちに引き渡したあとで、「あのイル・セーラの抱き心地はどうだった?」と、やたらと鼻息を荒くして聞いてきたやつがいた。デリテ街では見かけない顔だから、セッテ地区以北の住人だとは思っていたけれど、やっぱりそうだったのかと内心する。  もう一度ユーリがいるほうへと視線をやる。 「うおっ、本当にタフなヤツだな」  呑気な声がした。相当な大男だ。確かエリゼと一緒によく東側を巡回しているピエタの隊員、クルスだ。身長もだが年齢も凸凹コンビで、エリゼからよく揶揄われて怒っているのを見かける。クルスはアサルトライフルを背中に回すと、ユーリの前に膝をついた。 「おまえさんの気持ちはわかる。でもここは俺たちに任せてくれ」  差し伸べられた手を払いのけ、ユーリは強くクルスを睨んだ。 「ピエタや軍部なんかに任せておいたからこうなったんだろうが」  静かな声は怒りで染まっている。殺意すら感じるほど強い声だ。見ていられない。 「相手はスラム街のマフィアだ。そんな状態のお前が行ったところで、回されるか殺されるのがオチだ。冷静になれ」  マフィアと聞いてピンときた。実行犯はほかにいるだろうが、黒幕の一人はイギンだ。今日はやたらとアリオスティ隊しか見ないと思ったのは勘違いではないらしい。たぶんだけど、スカリアのおっさんの隊員たちはイギンのところだ。 「冷静になったら、すべてが解決するのか?」  ユーリが震える声でクルスに問う。 「答えろよ、冷静に対処したらなにが変わる? 待っていたところで埒が明かないから、だからこっちから出向いてきたんだ」 「落ち着け、その件は隊長とエリゼが洗っている」  ユーリは一体いつになったら状況が変わるんだとクルスを問い詰めている。なにがあったかはわからないが、イギンとスカリアのおっさんたちが絡んでいるのなら、ユーリの言うとおり足場を固めてとっ捕まえるよりも、牙城に乗り込んだほうが手っ取り早い。それには多少の犠牲も必要だが、幸いなことにチェリオの目の前にはユーリという手土産がいる。 「ほら、おっさんのお出ましだぞ。下部組織の奴らにあのイル・セーラを言いくるめられるわけがない」  クルスのおっさんなら、そのまま街まで強制送還だろと、ダニオがホッとしたような顔をする。クルスは2m近く、いや、それ以上身長があるのではないかと思うほどの大男だ。なのに割と機敏で腕も立つ。ただ難点があるとしたら“人が良すぎる”ところだとチェリオは見抜いている。 「いいから通せ!」 「ああもう、うるせえなっ! おいっ、隊長にこの聞かん坊を街まで送って来るって伝えとけ」  言って、クルスがユーリを軽々と抱き上げる。ぎゃあっ! と聞いたことがないような悲鳴を上げたあとで、ユーリが呻いた。 「おわっ、すげえ。あのイル・セーラってそこそこ身長あるのに、あの抱き方かよ」  おっさんヤベえなと、ダニオ。人さらいだのなんだのユーリが騒ぐ声が響く。マジでうるせえとクルスが怒鳴るが、ユーリも引かない。ぎゃあぎゃあ喚いて好き勝手なことをいうのを聞きながら、ダニオが呆れたような視線をチェリオに寄越した。 「あいつ、案外ガキみたいなところがあるんだな」 「大人っぽそうに見えるギャップがすげえんだわ」 「エルが言うように、揶揄って遊んでみたくもなるなあ」  「だろ」と軽口を叩いていたが、このままではユーリが本当に街に連れ帰られてしまう。どうしようかと思っていた時だ。 「いい加減に下ろしやがれ!」  ユーリがどすのきいた声で怒鳴ったあとで、クルスに頭突きをした。周りの隊員たちもさすがに驚きの声を上げたが、それはチェリオたちも同じだった。 「やっべ、なにやってんだ」 「ダニオ、悪いけど北側の壁付近のあちこちに木箱用意しといてくれねえ?」 「いいけど。やるのか?」 「しゃーねえだろ、あいつ、いま街に帰しても絶対に脱走してくるぞ」  「アリオスティ隊の厳戒態勢の中で生活したくねえだろ」と軽口を叩き、チェリオは体勢を低くして北側の門扉前にいる兵士に近付いた。気付いていない。ユーリとクルスのやり取りに目を奪われている門兵の後ろから、アサルトライフルをひったくった。 「貴様、なにをする!?」  門兵が慌てた様子でチェリオを振り返った。 「こっちに任せろったって、アリオスティ隊になにができんだよ?」  大声でクルスを誘くように言ってやる。 「おいチェリオ、面倒ごとを増やすんじゃねえぞ!」  クルスがユーリの時とは打って変わってどすのきいた声で吠えた。エリゼたちと違って挑発に乗りやすいのも、クルスのおっさんの弱点だ。 「はんっ、門の向こうにいたって怖くねえっつの」  クルスがずかずかとこちらに歩いてくる。門扉を開け、チェリオに睨みを利かせながら手をバキバキ鳴らす。 「言ってくれるじゃねえか」  ずんずんとクルスがこちらへやってくる。さすがにすごい迫力だ。力では絶対に勝てないが、チェリオは恵まれた身体能力のおかげで逃げ切れる自信があった。 「俺は正直な感想を述べたまでだぜ。スカリアのおっさんの隊の方が人数が圧倒的に多い上に支持者も多い。ナザリオみたいな真面目一辺倒じゃ、スラムの連中からの支持は得られないしむしろ煙たがられる」  クルスの意識は完全にチェリオに向いている。ユーリと目が合う。今のうちに抜けろと顎で合図をしてやると、ユーリが勢いよく走り出した。  意外に足が速い。慌てて阻止しようとした門兵をふたり躱し、ユーリが北側にやってくる。それを見計らってアサルトライフルをクルスに投げつけ、チェリオはユーリの手を引いて走った。  やっぱり意外と足が速い。風に乗って血と消毒液のにおいがする。白衣の右腕あたりにじわりと血が滲んでいるのが見えた。  後ろを見るとクルスたちが追いかけてきている。どさくさに紛れてさっきの門兵から手錠をスッたことに気が付いたらしい。すごい形相だ。 「なあ、このままイギンたちのアジトまで行けるか?」  ユーリからの返事はない。辛そうに眉を潜めている。止まってやりたいところだけど、ここで捕まるわけにはいかない。  北側の住人ですらほとんど入らないディエチ地区に入り込む。このあたりはイギンの手下たちのたまり場だ。今日は珍しく誰もいない。たぶん中枢幹部たちはイギンのアジトへ、ほかの下っ端たちは面倒を起こさないように自宅待機が命じられているのだろう。この路地に入ったら必ずいるはずのカディスの野郎がいないのがまずおかしい。  ふと抵抗を感じて振り返ると、ユーリがはあはあと肩で息をしているのが見えた。思わず立ち止まり、ユーリの額に手を当てる。 「おまっ、熱あんじゃねえの!? こんな状態でよくスラムにこようとか考えたな!」  馬鹿じゃねえのと罵ったが、返事はない。息を弾ませて、時々詰まったような咳をする。けれど目には怒気と殺意が孕んでいて、パッと見た感じの弱々しさなんて少しも感じられない。見たこともないほど鋭い視線にぞくりと悪寒がしたほどだ。 「どこに連れて行くつもりなんだ? 俺は用事が」 「おまえこそ、マフィアの根城がどこかわかってんのか? 息の掛かった相手がいなきゃ入れねえし、こんな状態のおまえが行ったら、据え膳だぞ」  ユーリが眉根を寄せる。肩で息をしているせいで荒い呼吸が妙に色っぽく感じるが、それどころではない。どうせイギンに渡すのだから、その前に連れ込み宿に引きずり込んで犯してやろうかとよこしまな考えがよぎる。  詰まったような咳をするユーリを見上げ、チェリオは肩を竦めた。 「まあ、ちょうどいいや。どうせ腕は使い物にならないだろうし、おまえ囮になれよ」  ユーリの返事を待たずに門兵から盗んだ手錠をユーリの手首にかける。すぐにおいと鋭く突っ込まれた。 「さっき助けてやったろ。言うこと聞けよ」  したり顔で言ってやると、ユーリは渋々と言った様子で手首を眺めた。これじゃ暴れられないとでも言わんばかりの表情だ。 「ノルマは拘束がお好きだなァ」 「おまえはイギンたちへの手土産だからな。ずっとヤリたがってたイル・セーラが手錠掛けられて連れてこられるなんてシチュエーション、あいつらにとっちゃ俺がのこのこアジトに来たことなんてなんも気にならなくなるくらいのインパクトだ」 「俺になんかメリットあるか、それ」 「さあ。イギンたちは摘発防止策で銃を所持してない。ただ、スカリアのおっさんの隊員は銃を持ってるだろうから、あんまし暴れんなよ」  で? と、ユーリに話の続きを促すように、チェリオ。 「スラムに用事って?」  チェリオが尋ねると、ユーリはべつにとぶっきらぼうに言ってのけた。 「盗まれたものを取り返しに来た」 「盗まれた? なにを?」  ユーリが苦しそうに咳をする。息が上がっているだけではない。さっきから呼吸に変な音が混じる。大丈夫かよと声をかけたが、ユーリはふうふうと荒い呼吸を繰り返すだけで返事をしなかった。 「やっぱ辞める? 盗みを働いたのがイギンの手下なら、盗品は大概ここの金庫に押し込まれてる。貴重品なら上流階級へ、そうじゃない粗悪品なら闇市に流れて下流階級か北側の金持ちに流れる仕組みになってるんだ」 「懐中時計と資料は、どこにいく?」  資料? と問い返して、チェリオはがりがりと頭を掻いた。そういったものを欲しがるのは限られているが、今日はやたらとアリオスティ隊が多いのを察するに、指示した連中はイギンのアジトにいるだろうと踏んだ。 「たぶんだけど、ピエタの幹部が絡んでるんじゃね? この中にいるはずだ」  クルスたちの声が聞こえてくる。チェリオはわざと手錠のカギを道端に残して、イギンがアジトにしている廃ビルに入った。ドアの向こうには誰もいない。あまりに無用心だ。奥の部屋から笑い声が聞こえてくる。この声はイギンとスカリアだ。入って右側の部屋にはブラウが待機していた。チェリオに気づいてのそりと現れる。顔が赤い。どうやら酒を飲んでいたようだ。 「やあ、チェリオ」  ブラウはいつになく陽気な挨拶だ。チェリオは空返事をしてユーリをずいっと突き出した。 「表を嗅ぎ回ってたから連れてきた」  ブラウがぎょっとしたように目を開いた。動揺しているのがわかる。 「マワすなり監禁なりして、ナザリオを脅す材料にするか、好きにしたらいい。ちょっとシャワー室借りるぜ。イギンの知り合いの相手したら、ひどい目にあった」 「マワすなりって、俺ら全員捕まっちまうだろ。イル・セーラへの強姦は御法度だ」 「ヤレるならヤってみたいって言ってただろ」  ユーリの服を捲り上げ、ベルトを寛げる。ユーリがぎょっとしたように振り返った。 「なにすんだっ」 「ほれ、見てみろよ。据え膳食わぬは男の恥って言うだろ」  言いながらも若干動揺する。やはりユーリはエロい体つきをしている。これはブラウに渡すより先にヤっておいた方が良かったかななんて下衆なことを思いつつ、ブラウにユーリを押し付ける。 「アリオスティ隊に追われてるのを捕まえてきたから、ヤるならさっさとやったほうがいいぜ。後処理なら俺がしてやるから、存分に楽しんでこいよ」  じゃあなとユーリに告げ、二階に上がる。一旦シャワー室に入りイギンの知人に中に出されたものを掻き出す。いつか絶対ぶっ殺すと唸るように言いながら処理をして、いつものようにさっさと体と髪を洗って適当に身体を拭いて服を着る。  そしてシャワーを出しっぱなしにしたまま静かにドアを閉めて、忍び足で廊下に出た。向かう先は二階の一番奥の部屋――金庫室だ。前にイギンがここに上納金を入れていたのを見たことがある。鍵はイギンが持っているが、スカリアのおっさんが来ているときには開放してある。中身はもうない可能性があるが、一か八か。  金庫室のドアを少し開けて、中を薄目で覗く。今日は本当にどうしたのかと言いたいほど無用心だ。見張りもいない。金庫のレバーを下げてみる。重い金属音。抵抗はない。扉を開くと現金がそのまま置いてあった。チェリオがアグエロに持っていかれた麻袋もある。中身を確認する。10リタスずつ束ねたものを30束近く入れていたが、パッと見減っているようには見えない。  けれど騙されていたことと、勝手に貯金を持っていかれたのが腹立たしい。金庫の中に無造作に置かれた金を鷲掴みにして麻袋に詰め、予め腹に巻いておいた麻布を解いて落ちないようにしっかりと固定させた。若干、いやかなり腹が出たような感じがするが、いつもわりとゆるいサイズ感の服を着ているから触られない限りわからないだろう。  ユーリが言っていた懐中時計も資料も金庫内には見当たらない。スカリアたちが持っているのだろうか。金庫の扉を閉じ、別の金庫を開けてみるが、そのなかにも資料らしきものはなかった。代わりになにかの薬品が入っているのがみえた。 「なにこれ? べ、ら……? 読めねえや」  もっとちゃんと文字の練習をしておくんだったと舌打ちをする。けれどこの文字はノルマ語ではなく、フォルムラ語だ。なぜそんな文字が書かれたものが、こんなところに? 怪訝に思ったが、チェリオはそれには触れずに金庫を閉じた。ごそごそと別の金庫や戸棚を漁ってみるけれど、ユーリが言っていた資料も、懐中時計も見当たらない。となると、資料はスカリアあたりが、懐中時計はもうどこかに捨てられたか、闇市に流すために売人のところに持ち込まれたかのいずれかに絞られる。  それがわかれば長居は無用だ。とっととブラウを片付けて、ユーリを助けてやろう。そう思って、金庫室を出た。  なんだか下が騒がしい。もしかしてユーリが暴れているんだろうか? 階下の様子がうかがえる場所へと移動し、耳を澄ませる。ブラウではない声がして、思わず舌打ちをした。イギンだ。けれどちょうどイギンとブラウからは死角になっている。ブラウだけならある程度のところで助けてやろうと思ったが、イギンまでいるとなると厄介だ。  イギンはぐったりとして動かないユーリの肩を掴んで体を反転させると、ユーリの胸倉を掴みあげた。 「そろそろサルターレが効いてきて動けねえだろ。じわじわ嬲ってやるから覚悟しとけ」  言って、イギンがユーリの首に手を掛ける。首に指が触れた時、ユーリが鼻にかかった声を出した。くすぐったそうに身をよじる。一瞬耳を疑った。“あの”ユーリがこんなエロい声を出すのかとドキドキしてくる。  それはイギンも同じだったらしい。ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。 「へ、へへ。誘ってんのか?」  言いながらユーリの体に手を這わす。ユーリは鼻に抜けるような甘い声を上げながらイギンを睨んだ。でも涙が滲んだような、潤んだ目では誘っているようにしか見えない。 「やめろ、さわんなっ」 「なに言ってんだ、言葉と表情があってねえよ」  興奮したように言って、イギンがユーリの体を乱暴にソファーに引きずりあげた。ユーリが呻くのにも構わずに仰向けにさせて、ユーリのシャツを引き裂く。ボタンがはじけ飛び、そこかしこに転がる音がした。 「ブラウ、てめえは外を見張ってろ」 「兄貴だけ楽しむつもりかよ」 「後でやらせてやる」  ブラウはしぶしぶと言った感じで部屋を出ようとした。ほぼ同時にイギンがユーリのジョガーパンツを無理やり脱がそうとする。ユーリがまたエロい声を上げながらジョガーパンツを引っ張った。 「やめろっつってんだ」 「嘘つけ、期待してるくせに」  イギンがユーリの喉元にかみつく。鼻に抜けるような声が上がった。衣擦れの音がする。演技ではなく、本当に体に力が入らないらしい。逃げようとするけれど逃げられない。抵抗しようとしているが、そのたびにもどかしそうな声が漏れて、妙な気分になってくる。離れているチェリオでもそうなのだ。いまユーリを犯そうとしているイギンとブラウは余計滾っただろう。案の定というべきか、ブラウは部屋を出ようとしていたというのに、小走りで戻ってきた。 「おい、なに戻ってきてんだ」 「兄貴、こいつの声やばい。俺たっちまった」 「はあ? しょうがねえな。じゃあ銜えさせて口塞いどけ。それなら喚いても少々のことじゃ人なんて来ねえだろ」  イギンがブラウに言うと、ブラウはごそごそとデニムをくつろげてソファーに上がり、反り立ったペニスをユーリの口元に押し当てた。 「なんだよ、おまえもうギンギンじゃねえか」 「だってイル・セーラを抱く機会なんてもうねえじゃん。俺、一回だけイル・セーラを抱いたことあるけど、気持ちよすぎてさあ」 「ふうん。チェリオの具合より?」  言われて、チェリオは思わず顔が赤くなった。まさかこんなところで名前を出されるとは思わなかったからだ。 「チェリオはチェリオでいいけど、イル・セーラは開発されまくった感じがさあ。あれを安価で買えていたなんて、いまとなっちゃ信じられないくらいだ」 「へえ。あの野郎、最近じゃめっきりヤラせてくれねえからな。こいつに発散させてもらうとするか」  言って、イギンがユーリの手を振り払うと、ジョガーパンツを下着ごと取り去った。無理やり足を開かせて、後ろを指で触れる。ユーリはもう体に力が入らないらしく、開かされた足を閉じようともしない。 「はは、なんだかすっかりキマッたみてえだなあ。すげえとろけた顔しやがって」  ユーリのペニスは薬のせいかほとんど反応していないが、抱かれる側にしたらもったいないほどのでかさだ。イギンがそれを握って扱くと、ユーリがそれに応えるように喘ぐ。身をよじるけれどほとんど体が動いていない。  それを見ていたブラウが興奮したようにユーリの髪を掴んで、無理やりユーリの口にペニスを突っ込んだ。抵抗することなくそれを受け入れているようにも見えるが、どちらかというとブラウがユーリの頭を固定して、逃げられないように腰を振っている。鼻にかかったエロい声と音が響く。やばい。部屋に充満している媚薬を嗅いだせいもあるのか、それともユーリの声がエロ過ぎるからか、勃った。  下種だなと思いながらもごそりと股間を触る。あちらの死角から見ているせいで、覗きをしているのと同じような高揚感を得られるらしい。イギンはユーリのペニスを刺激して一度イかせると、それをローションがわりに後ろに塗りたくった。ユーリの体が軽く痙攣している。イギンはセックスの時に必ずサルターレを使う。体の感覚が敏感になるだけでなく、弛緩して体がいうことをきかなくなった相手を嬲るのがイギンの趣味だ。あの痺れるような感覚を知っているチェリオは、ごくりとつばを飲み込んだ。 「おいおい、もうグズグズじゃねえか。さすがに元奴隷ってだけあるな。抱かれ慣れてるエロい体しやがって」  イギンがユーリの胸をいじる。ひくんと腰が跳ね、吐息交じりの声が漏れる。かりかりと乳首を刺激しながら後ろをほぐすように乱暴に指を動かすたびに、ユーリの口から堪えきれないと言わんばかりのくぐもった声が漏れ出るのを聞いて、イギンが下品な笑い声をあげた。  イギンの股間はデニム越しにも張っているのがわかった。自分自身限界なのだろう。後ろをほぐす指を二本、三本と性急に増やしていった。ユーリが腰をくねらせて喘ぐ。ブラウのペニスに口を塞がれているせいではっきりとした声は聞こえないが、それでも十分に興奮するほどにエロい。

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