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Four(2)★
ごくりと喉を鳴らす音がはっきりと届く。この室内だけやたらと湿気が増えたように思えるほど暑い。媚薬のせいなのか、それとも切なげな声を上げるユーリを前に、ふたりが興奮している証なのか。ブラウの熱がユーリの喉奥を突いたのか、呻き声と共に体がしなったが、逃れようと突っ張った足はソファーの生地を掴むこともできずに滑り落ちる。衣擦れの音と、ユーリの鼻から抜けるような甘くねだるような声が耳に絡む。
「ああくそ、我慢ならねえ」
イギンがユーリの後ろを解す指を乱暴に引き抜き、服が汚れるのも構わずにベルトと、デニムのトップボタンを外した。興奮に震える手でファスナーを下ろすと同時に、下着とデニムを中途半端にずりおろして、猛った熱を解放する。既に凶悪なほど張り詰めた凹凸がぬらりと光り、エグイほどに血管が浮き出て脈打つそれを、スキンもせず、サイドテーブルに置いてあったサルターレの瓶と思われるものを乱暴にまぶして、はあはあと息を荒らげながらユーリのくぼみにもなじませるようぐいぐいと腰を動かす。
「んあんんっ!!」
突っ込まれたのは自分じゃないというのに、体が反応してビクンと震えた。サルターレを使ってのセックスは、快感が異様に高まる。チェリオはあれが嫌いでイギンに抱かれるのを拒否するようになった。もう抜けたと思っていたけれど、イギンが使うサルターレには、別の媚薬かなにかが混入されているのか、においだけであの行為を想起してしまうほどだ。
イギンに突っ込まれて、詰まったようなエロい声を上げたユーリの声に相当中てられている。ガチガチだ。抱かれ慣れているユーリには、薬の効果がどう出るのかがわからないが、モルテードに犯されているときよりも甘い声で、全身に快感に似た痺れが纏うような感覚が訪れるからか、さっきからずっと甘イキしている。これはやばい。自分がユーリを抱いているわけでも、イギンに抱かれているわけでもないのに、顔が真っ赤になっていく。
ユーリの反応のせいか、ブラウの腰の動きが激しくなる。はあはあと息を荒くして腰を振っていたが、やがてユーリの顔を掴んでさらに奥へとペニスを突き込んだ。
「んっ、んぐっ!」
「ああっ、喉がうねってっ。出るっ」
ブラウがぶるぶると体を震わせた。ユーリの口の中でイッているらしい。ユーリが苦しさにうめくがお構いなしだ。びくびくと何度か震えたあと、ユーリの口からずるりとペニスを引き抜いた。すぐさまユーリの口を塞ぎ、少し上を向かせる。
「飲み込めよ。イかせてくれたご褒美だ」
「はは、ずいぶんはええなあ、ブラウ」
「だってこれ、反則だろ。褐色の肌ってきたねえと思ってたけど、こいつのは肌理が細やかだし、胸も、腹も、脚もラインがエロいしさ。背は高いけどごつくねえし。むしろ少し筋肉質な女を抱いてるみたいで」
ブラウが空いた手でユーリの乳首をカリカリと引っ掻く。ごくんと音がした。ユーリがブラウの精液を飲み込んだらしい。乳首をいじられるのが気持ちいいのか、刺激が強すぎるのか、体が反射的に跳ねる。
「つっ。ああ、やばい。俺もイキそうだ」
イギンはユーリの足を引っ張って腰を持ち上げると、そのままガツガツと激しく腰を揺さぶり始めた。ソファーがきしむ音がすごい。半端じゃない。片足を床に下ろし、ユーリを上から穿つようにしているからか、成人男性が3人も乗っているソファーがガタガタと音を立て、少しずつ移動しているようにも見える。
以前イギンに抱かれたときに、2,3日腰が痛くてたまらなかったことを思い出す。こんなえぐい腰の振り方で抱かれてたんだなあと思うと、なんだか複雑な気分になってきた。こいつにだけはもう絶対抱かれたくないと思うほどにしつこかったし、出す量も半端ない。後処理なんてしてくれるような奴ではないから、処理も大変だったし、本当に一週間くらいずっと腹が疼いていたような、妙な感覚を味わった。
「たまんねえな、くそっ。すげえ絡んでくる」
イギンがぐっと唸った。
「ブラウ、手ぇのけろ。こいつの喘ぎ声聞いてみてえだろ?」
イギンに言われ、ブラウがユーリの口から手を放した。どすどすと重い音がするほど強く腰を打ちつけられているというのに、ユーリは気持ちよさそうに声をひっくり返してよがっている。やべえ。くっそ気持ちよさそう。いいなあ、俺もユーリを抱いてみたいと一瞬頭をよぎったが、いまはそれどころじゃないと自分の腹を殴って落ち着かせた。
「ふあっ、あっ、ぁあっ」
堪えきれずに漏れ出る甘い声は、意思を持っていない。ただいいところを突かれる反射で出ているような、そんな声だ。一気に体が熱くなるのを感じたが、いかんいかんと邪な気持ちを振り払う。切なげで甘ったるい声が、イギンに揺さぶられるたびに上がる。殊更に奥を暴くようにイギンがユーリの奥を穿ち、そのままあぐっぐっと腰を動かすと、ユーリの脚が跳ねた。まだ逃げようとする意識があるのか、それとも快感から逃れるために身体が反応しているのか、続きをねだるように婀娜めいた声を上げながら背中が反るのを見て、イギンが気を良くしたのか快感に酔い痴れるような息を吐いた。
「さすがに、パーチェの野郎が執着するだけのことはある」
ぼそりと言ったのを、チェリオは聞き逃さなかった。ぐりぐりと奥を刺激するようにイギンが腰を回すのに合わせ、甘ったるい鼻にかかった声が大きくなる。吹き抜けの二階によく響き、チェリオはぱんぱんに膨らんだ前を押さえてくそっと悪罵を吐いた。
イギンの腰を振る動きが激しくなる。ギシギシとソファーが激しく軋み、そのたびにユーリの甘ったるく媚びたよがり声が聞こえる。びくびくと腰が反ったかとおもうと、腹につきそうなほど反ったペニスからどろどろと精液が滲み出るのが見えた。
エロすぎだろと口の中で呟き、チェリオは熱を帯びた股間をすりすりとこすりながら、自分の目の前で甘くよがるユーリを想像した。
ピストンするたびに吐息に交じって短く喘ぐだけかと思ったら、弱いところを突かれると途端にいやらしく腰をくねらせて、切なげに喘ぐ。普段とはギャップがありすぎるその姿が妙に色っぽくて、鳴かせているのが自分だったらなあと唇を噛んだ。
「おら、エロい顔見せてみろ」
ユーリの髪を引っ張り、顔を上げさせる。もうほとんど意識が飛んでいるのか、はあはあと苦しそうに息をするだけで、抵抗するそぶりもない。イギンは低く笑ってユーリの体を掻き抱き、ガタガタと腰を振る。
「くそっ、なんなんだこいつ。腰が止まんねえっ」
「んっ、んんんっ!」
ユーリが鼻に抜けたような声を上げ、びくびくと身体を跳ねさせる。足に力が入っていないけれど、イギンの腰遣いの激しさと、何度も背中をしならせるせいか、身体がずれて少しずつ上がっていく。イギンは興奮を色濃くさせた荒い息遣いのまま、ユーリの両足を抱えて自分のほうへと引きずり寄せた。うぐっと痛みに呻くような声が上がったが、イギンは構いもせずにユーリの頭を片手で押さえつけ、身体がずれていかないように固定した状態でずんと奥を突いた。
「あぅンンっ……!」
ユーリの口から濡れた声が上がったのを聞いて、イギンが嗜虐的に笑った。「エロい声出すじゃねえか」と言いながら、身体を固定した状態で何度も、何度もユーリが鳴く場所を責める。イギンに圧し掛かられているというのに何度も腰が跳ねる様は、淫らに誘うように動かしているようだ。イギンが少し腰を引いて、今度はユーリの浅いところを刺激するように動きを替えた。下から突き上げるようにそこを穿ち、小刻みに抜き差しを繰り返すだけで、ユーリが逃げようと身を捩る。喉が詰まったような、喘鳴にも似た呼吸に混じって甲高い声が上がった。ユーリの腹の上とイギンのシャツは、ユーリが出したものでびちゃびちゃになっている。傍でそれを見ていたブラウは、たまらずガチガチになった自分のものを扱きはじめた。
「声がヤベえっ」
「なあ、たまらねえよなあ。くそっ、スカリアに渡さず、こっちで躾けりゃよかったぜ。そうすりゃ毎日こいつを抱けたのによお」
イギンが低く唸った。ユーリの中に出したのか、ぶるぶると体を震わせ、最後まで出し切ろうとしているらしい。引きつったような声を上げるユーリをよそに、離すのが惜しいとばかりにぐっぐっと腰を動かして、また唸った。
ユーリの身体が小刻みに震える。快感に濡れた声はいやらしく、ただの吐息だというのによがっているようにしか聞こえない。イギンの熱にすら感じているような、とろんとした表情は見たことがないし、サルターレの威力は半端じゃねえと口の中で呟いた。
「ああっ、やべえなほんとに」
ユーリからペニスを抜き去った後、はあはあと息を荒らげながらもそれを扱く。イギン自身もサルターレの効果で興奮しているのか、それとも自身が暴いたそこからごぽりと白濁が呼吸に合わせて零れ落ちるのを目の当たりにして堪らなくなったのか、イギンはユーリの髪を引っ掴んで身体を起こさせた。ほとんど反応がない。びくんと体が震えたものの、甘く鳴くだけで抵抗するそぶりがなかった。うおっとイギンが声を上げる。
「なんだこりゃ、血まみれじゃねえか」
「お、俺はなにもしてねえぞ」
ブラウが慌てた様子で弁解する。イギンは奥の部屋へと顔を向け、少しの間様子を見ていたが、ふんと鼻を鳴らしてブラウを呼んだ。
「ゾラとバウルがしくじりやがったらしいから、どうせその時の傷だろ。くそ、あいつら。連れてこいっつったのになにを聞いていやがった」
言いながら、ブラウにユーリの身体を支えるような形にさせ、ソファーに仰向けになった。リクライニングを倒してフラットな状態にさせると、自分の上にユーリを寝かせ、既にガチガチになっているペニスをぐんと挿入した。
「ううんっ、っ、んっ」
ビクンと腰がしなると同時に、ユーリのペニスからどろりと白濁が漏れた。
「おい、ブラウ。てめえもこい。すげえぞ」
「ひゃはっ、マジかよ兄貴。たまらねえっ」
言って、ブラウがソファーに上がってしどけなく開かれたユーリの脚を肩に担いだ。既にイギンのものが埋まっているそこに、渇望の蜜を垂らすほど張ったものを擦り付ける。息を弾ませるだけのユーリの秘孔を少し指で開いて隙間を作ると、ブラウはユーリが逃げないように片方の手で腰を押さえながら、徐々に熱を埋めていく。
「っ、っう、っんう」
つんと尖った胸をイギンが指で擦ったからか、ユーリが震えながら甘い声を上げた。背中がしなる。きゅっと後ろが閉まったのか、ブラウがうぐっと唸った。
「あ、兄貴っ、邪魔すんなよっ」
「とっとと入れろよ、間抜け。スカリアの野郎もだが、アリオスティ隊が踏みこんできたらどうすんだ」
イギンに厳しい口調で言われ、ブラウは情けない声を上げながらユーリに埋めていく。ユーリの背中がしなり、びくびくと震える。かすれた喘ぎ声が上がり、吐息に交じって漏れる声がなんとも言えず扇情的で、チェリオは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
こいつは自分が連れてきたんだと主張すれば、このままヤラせてくれるんじゃないかと期待に胸を膨らませる。
肌が爆ぜる音に交じって、まるで振動が伝わってくるかのようなソファーのきしむ音がする。長年イル・セーラを抱くことを夢に見てきたというブラウだ。たまらず全力で腰を振っているのが分かる。
「ああっ、すげっ、奥がっ」
ぐうっと唸って、ブラウの腰が痙攣する。
「あっ、っあぁっ、ふっ、ンぁっ、はっ」
与えられる快感から逃れようとしているのか、ユーリの身体がびくびくと跳ねたかと思うと、全身がしなった。足がぴんと伸び、震えるのが分かる。イギンは小刻みに腰を揺することしかしないせいで、ユーリのいいところがずっと押しつぶされている状態なのに、ブラウが無遠慮に別の場所を突くせいか、ユーリが腰を捩って逃げようとするけれど、それも叶わない。一瞬、いやだとユーリが悲鳴にも似た声を上げた。
「お、まだ意識あったのか? さすが、抱かれ慣れているイル・セーラは違うな。大抵あの薬を嗅がせたらぶっ飛んじまうのに」
「そうじゃねえよ、兄貴。トリップしてやがんだ」
オラとブラウが腰を動かすと、またユーリの身体が跳ねた。腰を前後するたびにどろどろと白濁が漏れ出て、そうかと思うと身体をしならせてあられもない声を上げながらびちゃびちゃと別のものが吹き出る。その様をブラウが興奮と独占欲に染まった異様な目で見て、べろりと舌なめずりをした。
ユーリがあられもない声を上げてよがる場所を、何度も、何度もしつこくブラウが責める。かわいそうになるくらい痙攣する腰を押さえつけ、ブラウが奥をぐりぐりと突いたとき、ユーリがまた悲鳴にも似た声を上げた。今度はノルマ語ではなく、別の言語だ。ブラウが興奮したように笑い、手錠で繋がれているユーリの腕を取った。
「辞めてほしけりゃ、ちゃんと言えよ、おい」
言いながら、ユーリの腕を掴んで揺らす。嗜虐的な顔だ。ユーリが陥落した証明をさせたいのだろう。ブラウはこういう奴だ。イギンの腰ぎんちゃくだのなんだのと言われているが、“あの”イギンがそばに置くということは、敵に回したくないからだ。もう意識がないのか、ユーリはブラウやイギンが腰を振らなければ声も出さない。胸が上下するほど浅い息を繰り返し、開きっぱなしの口から唾液が筋を引く。イギンがそのままの状態で軽く腰を動かして、くくっと笑った。
「どうした、ブラウ。そんなにイル・セーラを抱きたきゃ、ほかにもいるだろ」
「そりゃそうだけど、こいつのこの具合は、ヤバすぎてっ」
ああ、くそと言って、ブラウがパンパンと音が鳴るほど腰を振り始めた。ユーリからまた甘い声が漏れだすが、がくがくと体が震え、手錠で拘束されている手で顔を覆った。
「ぅあっ、ぁ、っあ、ァっ」
微かにすすり泣くような声がしたと思ったら、ユーリのくちびるが動いた。遠すぎて見えないが、ノルマ語の動きではないことだけはわかる。まるで助けを求めるかのような掠れた声を聞いて、ブラウがたまらねえと言いながら腰を振り、やがて快感と感情を爆発させるかのようにパラロッチャを吐きながらペニスを抜き去り、ユーリの腹の上に白濁をぶちまけた。はあはあと息を荒らげる様を見て、イギンが笑う。
「はええな」
「こ、こいつの中、やべえって。兄貴、よく我慢できるな」
「俺ぁおまえと違ってヤる相手に事欠いてねえからな」
くくっと笑って、イギンがユーリの腹をぐっと押した。ソファーがガタンと音を立てるほど、ユーリの身体が反りかえる。
「おい、腹ぁ押してやれ」
このあたりだと、イギンがブラウに命令する。そんなんアリか? とチェリオが眉を顰めた。イギンは舌なめずりをして、ユーリの胸をぴんぴんと指ではじきながら、軽く腰を前後し始める。ブラウが躊躇うようにユーリの腹を押すと、イギンが腰を動かすと同時にまたがくんと反り返って、萎えたペニスから白濁が漏れた。
「うっわ、すげ。イキッぱなしじゃねえか」
「っ、すげえ。想像以上だ」
上擦った声で言いながら、イギンが腰を振る。後ろから両方の胸を押しつぶすようにしたり、指で弾いたり、捏ねたりしながら煽るのも忘れない。ユーリがなにかを訴えるようによがっているけれど、言語が異なるせいでなにを言っているかまったくわからない。その様にも興奮するのか、ブラウがユーリの肌に爪が食い込むほど腹を強く押した。ユーリの腰が上がるが、ブラウに押さえ込まれているせいでそれも叶わず、逃げようにも逃げられない状況で、ユーリの萎えたペニスからどろどろと白濁が零れ落ちる。イギンが唸り、粘膜にまで自分が放った欲望を塗り込むようにぐっぐっと腰を動かした。
離れろと言われ、ブラウがユーリの腹を押さえる手を退けた。ブラウがソファーから降りると、イギンはふうふうと息を弾ませながらユーリからペニスを抜き去り、その身体を乱暴にソファーに転がした。イギンの服は血に濡れている。それを見て、イギンが舌打ちをした。
「まさか死なねえだろうな、この量」
「死にゃしねえよ、兄貴」
言いながら、ブラウが横向きに寝かされたユーリの腰を掻き懐き、反り立ったペニスをねじ込んだ。チェリオは「次、俺!」と立候補しそうになる手を押さえこんで身を顰めた。ここにはスカリアもいる。それにおそらく、それ以上の存在も。なにが潜んでいるかわからないのに、のこのこと顔を出せるほどチェリオは大胆でも馬鹿でもない。ふうふうと荒くなる息を押さえ、階下の様子を窺う。
ユーリの弾むような吐息交じりの喘ぎ声がはっきりと聞こえてくる。それを聞き付けたのか、別の男の声がした。
「派手にやっているじゃないか」
チェリオははっと目を見開いた。聞き覚えのない男の声だ。息を顰め、覗き見る。そこにいたのはやはりスカリアではなかった。
ノルマらしいダークブロンドの髪を丁寧に撫でつけ、見るからに品のよさそうな男だ。上流階級か、それ以上だと一目でわかる。纏っているのはピエタの制服だが、腕章はアリオスティ隊ともスカリア隊とも異なっている。遠くてはっきりとは見えないが、あれは蠍ではないだろうか。とすると、――。
勢いに任せて腰を振りたくり、吐精したものをユーリの粘膜に刻み込むかのように掻き回すからか、泡立ったものがピストンするたびに押し出される。もはや喘ぐだけでなんの抵抗もしないユーリの頭もとに腰を下ろすと、男は気色ばんでブラウを呼んだ。
「おい、替われ。ヴェルノートが来る前にヤッておかないと、使い物にならなくなる」
「はは、まだあの時のことを根に持ってるんで?」
イギンがまるで機嫌を取るかのように問う。男はふんと鼻を鳴らして胸ポケットから小瓶を取り出すと、その中身をユーリの口の中に流し込んだ。ユーリの下顎を持ち上げて口を閉じさせ、液体を飲み下したことを確認すると、男はまたブラウを急かすように呼ぶ。
「早くしろ。スカリアとヴェルノートの野郎、この俺に黙ってイル・セーラを抱くなんて趣味が悪すぎる」
「しょうがねえですよ、あちらさんのほうが年上だし、収容所があったころ旦那はまだ兵役中だったんですから」
兵役中と口の中で呟いて、チェリオは頭の中にある彼らの相関図をたどる。スカリアやヴェルノートよりも年が若いけれどやや立場が上で、且つ4年以上前には兵役中だった――。蠍の紋章がついた腕章をしていることから察するに、もしかすると彼はドン・ジェンマではないだろうか。爬虫類のようなぎょろりとした目の男は、幹部連中のなかでは見たことがない。
ブラウは名残惜しそうにユーリからペニスを抜き去り、中にしこたま出したものを指で掻き出し始めた。ユーリはピストンされるよりも指で捏ねられるほうが弱いのか、腰をくねらせて短く喘いでいる。それを見た男は、興奮したようにベルトを寛げてブラウにどけと強い口調で言った。
興奮ですでに反り立ったペニスにスキンを被せ、胸ポケットからさっきの小瓶を取り出して、ペニスに絡ませる。よほど期待に胸を膨らませているのか、肩で息をしている。ここまでイキっておいて三擦り半でイッたら笑い死にしそうだなと想像して、チェリオは吹き出しそうになって口元を押さえた。わりとヤリ慣れている自分ですら、ユーフォリアの効果もあったとはいえユーリに入れただけでイキそうになったのだ。ブラウ同様イル・セーラを抱きたくてしかたがなかったのなら、期待だけでイケるのではないかと想像したらおかしくて、チェリオは声を殺して笑う。
男はユーリの腰を乱暴につかんで引き寄せると、腰を浮かせて猛ったペニスを埋めていく。ううっと歓喜に呻く声が妙に情けなくて、ツボにはまりそうだ。チェリオは吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。それはイギンたちも同じだったようで、男がユーリにペニスを埋めきってふうふうと息を荒らげるのを見て冷やかすように笑った。
「ほれ、腰振ってやらにゃそいつがイケねえじゃねえですか」
「う、うるさい、黙れっ。こ、これは、すごいな」
息も絶え絶えという様子で男が言う。やべえでしょうとイギンが同意する。入れただけでイクのはなんとか我慢できたといわんばかりに、男が腰を振る。威勢のわりに情けない動きだなと笑いそうになった。
「ぅ、んっ、ぁ、あっ、ああっ!」
ユーリから艶めかしい声が上がる。これは決して男のテクニックではなく、先ほどの液体のせいだろう。ただ腰を振っているだけのまるでセックスドールを相手にしているような動きで、ユーリがここまでとろけた声をあげるわけがない。そう思ったが、ユーリは男が腰を動かすたびに声をひっくり返して喘いでいる。それを聞いたイギンとブラウがごくりと生唾を飲み込む。当然、チェリオもだ。
「くそっ、とんでもないな。いままで抱いたどの女よりも、いい」
男の言葉にユーリの切なげでいて甘い声が混じる。さっきから見ていて思ったけれど、ユーリはもしかして、激しくされるよりもちょっとゆっくりめにいいところを擦られるほうが好きなのか? と思う。快感のせいか全身粟立っていることをブラウが興奮しながらいう。
「すげえな、興奮しすぎだろ、こいつも」
「西側にぶち込まれたうちの親分連中が仕込んだんだ。それもこいつにはご丁寧に“オクスリ”まで使ってな。フィッチの娼館に高値で売り飛ばしたって恥ずかしくねえ」
もっとこのあたり狙ってみてくださいと、イギンがユーリの腹を押す。それだけで男が呻いた。このあたりか? と探るように腰を動かしたら、ユーリがまたさっきのように腰をしならせた。
「スカリアの野郎も、パーチェも、こいつのこと買い叩こうとしているのがちょっと腹立つんすよね。旦那、どうです? 相当仕込んでありますし、薬で酩酊状態にしておけば暴れもしねえでしょ」
イギンが言うと、男は腰を動かしながらじろりとイギンを睨んだ。
「いくらだ?」
イギンが「気に入ったんすか?」と半笑いで言う。
「フィッチから入る金と、あのイカレ野郎から入る金、それから旦那から頂ける金とで比較させてもらえるとありがてえ。旦那、時々こいつ抱かせてくださいよ」
言いながらユーリの胸をはじくと、ユーリがまた甘い声を上げてよがった。ううっと男が唸る。
「フィッチと、ドン・パーチェはいくらと言っている?」
「そっすね、フィッチとパーチェは10万リタス、イカレ野郎は15万リタスって言ってるんすけど、どのみちこっちに入ってくる金はそのうちの3割、そんなに美味しくねえんですよ。
で、旦那ならいくら出してくれます?」
イギンがユーリの胸を揉み込みながら言う。男は少し考える様子を見せたが、ふんと鼻で笑った。
「西側にいる貴様らのボスは、どうやって解放する算段だ?」
チェリオは耳を疑った。西側から解放する? イギンの親分ということは、確かドン・ガルニエだ。あいつが戻ってくるとなると、悪政でまたスラムが大混乱に陥ってしまう。チェリオは苦い顔をして耳を澄ませた。
「地下通路を介して逃がす算段ですよ。まあ見ていてくださいって、そのうちにおもしれえことが起きますから」
男がつまらなさそうな顔をして、ユーリを揺さぶる動きを変えた。
「ぁ、あっ、んっ、んんっ、んっ」
男のピストンに合わせて、ユーリの掠れた声が漏れる。喘ぐというよりは体を揺さぶられる反動で声が出ているという感じだが、わざとらしくなく漏れ出る声が妙にいやらしい。そう思ったのは男も同じだったようで、ごくりとつばを飲み込んだ後で腰を引き、ユーリが殊更腰を撥ねさせる部分を突いた。
「っ、っ! んぅ、ふっ」
はあはあと息を荒らげ、腰をくねらせる。男はユーリの反応に気を良くしたのか、ユーリの足を肩に担ぎ上げるようにして腰を振り始めた。ユーリのいいところを突いたのか、ユーリの足がぴんと伸びて背中がしなる。吐息に交じって堪えられない声が上がり、ユーリがイギンの服を掴んだ。ぎょっとしたようにイギンがユーリを見下ろしたが、それは逃げ場を求めたがゆえの反応だったようだ。
「ちっ、驚かせやがって。そんなにいいかよ、えぇ?」
言って、イギンはわざとユーリの腹を押した。がくんと体が反り、腰を振る男が呻いた。
「おいっ、余計なことをするなっ」
イギンはすんませんと悪びれた様子もなく言って、よがるだけのユーリを見下ろした。
「手放すのは惜しいんすよね。親分連中もそう言っていた。旦那、検討していただけませんかね?」
イギンが言うと、男はぴたりと腰を止めた。身体を痙攣させ、微かに喘ぐだけのユーリを見やり、舌打ちをする。
「そうだな、確実に手に入るなら、いくらだ?」
イギンがマジすかと声を上げる。
「親分連中は、20万リタスもあればと。そりゃこっちに取り分が多いほうがいいっちゃいいっすけど、ときどきこいつを抱かせてもらえるなら3割でもいいって事でしたが」
そうかと男がつぶやいて、また腰を動かし始める。
「なら、30万リタスで、貴様らに入る金はそのうちの5割でどうだ?」
「ま、マジすか。さすがジェンマ家の旦那は気前がいい」
「おい、名前を出すな。聞かれていたらどうする」
言って、様子を窺うようにあたりを見た。人の気配がないことを確認し、男がイギンを呼んだ。
「もう少し色を付けると言えば、俺の言うことを聞くか?」
男が言うと、イギンが目を丸くさせた。
「物にもよるけど、受けねえこともねえですが」
「なら50万リタスの、貴様らの取り分が5割。コーサの内部情報とここに関わった連中の情報をよこせ」
「ンなもん、なんに使うんです?」
「馬鹿か? 俺がこのイル・セーラを買い取ったとしれれば、そいつらになにをされるかわからんだろう。先手を打つんだ」
なるほどと、イギンが頷く。頷いた後で、はたと気付いたように顔をあげた。イギンと目があったような気がしたが、あちらからここは死角になっているし、あいつは意外と目が悪い。だからアグエロやほかの連中に実働部隊を任せ、自分は高みの見物を決め込んでいるのだ。
「しかし、妙だな」
不意にイギンが言う。ブラウが不思議そうになにがだよと問い返す。
「うちの旦那はともかくとして、これだけよがらせてんのにドン・パーチェが来ねえ」
それにチェリオだと、イギン。
「あの野郎、ずいぶんと長いことシャワーを浴びてやがる。もしかして金庫室に入ったんじゃねえだろうな」
ドキリとする。
「そりゃあねえと思うぜ、兄貴。ラルゴの野郎にしこたまヤラれたらしくて、中に出されたものを洗ってるだけじゃねえか? こいつの声が上に響くから、シャワー室で一人で盛り上がってたりしてな」
ひゃははとブラウが下品に笑う。男が腰を振りながらイギンを呼んだ。
「そのチェリオとかいう奴は信用できるのか?」
「どっちかって言ったら、できねえ。もしかするとこのイル・セーラをここに連れてきたのも、ナザリオの野郎たちの作戦なんじゃ」
イギンがそこまで言うと、男がそれはないと即座に否定した。
「あいつらは今頃中流階層街の派出所付近のアパートのことで聞き込みをしているだろう。俺がそう指示しておいた」
言いながら腰を振る。冷静な口調とは不釣り合いなほど色に濡れたユーリの声が響く。中をこねるように男が腰を動かすからか、ユーリがまたイギンの服を握りこんでがくんとしなった。足がぴんと跳ね、甘い声がこだまする。
「ああっ、あっ、ぁ、は、っ」
がくがくと震える腰を掻き懐き、逃がさないと言わんばかりに男が穿つ。ユーリの喘ぎ声を聞きながら、チェリオはそろそろ逃げないとまずいなと感じて、身を潜めたまま音もなく金庫室に入った。
ここまで連れてきたのはチェリオ自身だし、助けに入るべきなんだろうが、イギンとは顔を合わせたくない。ビルの前にいるであろうクルスたちを踏み込ませればいいかと開き直り、金庫室の窓を開け、下を確認する。誰もいない。たぶんユーリを捕まえたことでより警備が薄くなっている。これならと窓から飛び降りて、人目のつかない路地に急いだ。
「ユーリには悪いけど、イル・セーラなんてどうせヤられ慣れてるだろうし、犬に噛まれたと思ってもらうしかねえよな」
さすがにイギンの前でユーリを助ける勇気はない。敵対勢力だと認識された瞬間に殺されかねないからだ。イギンのアジトの表側にまわり、クルスたちの様子を伺う。どうやら踏み込むかどうかを躊躇っているようだ。あの男が言っていた通り、そこにナザリオやエリゼの姿はない。
「なにやってんだよ。ナザリオかエリゼならとっくに踏み込んでんだろ。人選ミスったかなあ」
ぼやくように言う。かと言ってエリゼにちょっかいかけて無事で済むわけがないし、ナザリオになんてもってのほかだ。どうしようかと思っているとふと気配を感じた。振り返るとエリゼがいた。思わず大声を出しそうになって口を塞ぐ。エリゼは食えない笑みを浮かべてチェリオの肩に手を置いた。
「誘拐罪でしょっ引かれたくなければユーリの居場所を教えてください」
普段はただへらへらしているくせに、笑みの奥にある威圧感がものすごい。生唾を飲み込む。クルスと比較にならないほどの怖さを感じて、チェリオはアジトのほうに顎をしゃくった。
「ユーリならアジトの中だぜ。それに誘拐じゃなくて、自分が望んでここに来たいっつったから連れてきてやったまでだ、勘違いすんなよ。そのあとのことなんか知ったことか」
エリゼはなるほどと言わんばかりな顔をして、軽く肩を竦めた。
「クルス、対象はアジトの中です。早急に保護をお願いします」
エリゼが言うと、クルスは部下たちに合図をした。十数名の男たちがアジトになだれ込む。様子次第でさっさと逃げようと思っていたが、エリゼは突入に参加せず冷静に中の様子を伺うだけだった。
「おまえはいかねえの? お友達がやられてんのは見たくねえって?」
エリゼは冷笑を浮かべて頭を斜めに傾けた。
「ユーリの保護は俺の仕事ではありませんから。クルスが北側でミスをしただけのこと。尻拭いは趣味ではないので」
「あっそ。じゃあ俺の言い分は理解できるよな? いましがたおまえも同じことを言った」
「自分の目的さえ果たせられれば彼がどうなろうが関係ない、と言いたいのですね」
「スラムはそういうところだっておまえもよく知ってんだろ? 不用意に人を信じたほうがバカなんだよ」
「一理あります。おまえを助けたから自分を助けてくれるとユーリが思ったかどうかは知りませんが、おまえのような度し難い下衆野郎の口車に乗ったのは些か浅慮というもの。
こちらにユーリの居場所を知らせたことに免じて今回は見逃しますが、ユーリの身に万が一のことがあれば命はないと思え」
エリゼの目は本気だ。ゾッとする。こいつはやると言ったらやる。ある意味ナザリオより手段を選ばない分こいつの方が怖いくらいだ。チェリオはふんと鼻で笑った。
「万が一ってのはヤられてないからどうかってこと? それなら手遅れと思うけど。俺に牙剥いてないでさっさと助けてやれよ。ああ、なんか変な薬を飲まされて散々犯されているから、違法薬物とか麻薬に詳しい医者を呼んでやったほうがいいかもしれないぜ」
そう言ってやったら、エリゼは額を押さえて深いため息を吐いて徐に通信機を取り出した。
「隊長、オズヴァルドです。いまクルスを突入させました。北側のディエチ地区、ハルマの11ー9です。
それと対象はなんらかの薬物を接取されているとのこと。ニコラが適役かと」
2、3会話を交わし、通信機を切る。そうかと思うとエリゼは腰に下げているサーベルを外し、チェリオに向かってきた。まさに電光石火だ。勢いよく壁に叩きつけられる。サーベルが鞘から抜けていないからよかったものの、抜身なら首が飛んでいた。
「見逃してくれるんじゃなかったのかよ?」
喉元にサーベルを押し付けられたせいで咳き込んだ。いつもの薄ら笑いのほうがまだマシだがエリゼは真顔だ。マズい。これは殺されるかもしれないと肌で感じる。
「ひとつだけ確認させてください、返答次第では殺すかもしれませんけど」
「なんだよ、俺がユーリの襲撃に関わってないかって言いたいんだろ? さっきナンドからも聞かれたけど、知らねえよ」
「本当だな? 計画自体もおまえは知らないと?」
エリゼから伝わってくるのは明確な殺意だ。返答次第では殺すと言っていたのは嘘ではないと感じて、素直にうなずいた。
「前に下流階級の男に俺が切りつけられたときにおまえらが介入してきたことで、俺が情報を漏らす可能性があると睨まれてんだ。なんの計画があったかなんて知らねえよ。それに知っていたとしてもおまえらに伝える義務なんてねえ」
「裏で誰が絡んでいるかも知らないというわけか」
「スカリアのおっさんとパーチェ以外に誰がいんだよ?」
そう答えた後で、ふとイギンの羽振りの良さを思い出す。スカリアもたいがいの金持ちだがケチで有名だ。とすると、――。
「知っているのか?」
チェリオの変化に気づいたらしく、エリゼが問うてくる。しまった、顔に出ていたか。知らねえと吐き捨てるように言ったら、首元を押さえつけているサーベルに力が加わった。
「吐け。これは冗談で言っているのではない」
吐けと言われても明確に相手を知っているわけではないのだから無理だ。首を横に振る。喉が変な音を立てるほどサーベルを押し付けられた。
「エリゼ、やめておけ」
ナザリオだ。エリゼはじろりとチェリオを睨んだ後で言われた通りにサーベルを退けた。ゲホゲホと咳き込むチェリオをよそに、エリゼはナザリオに会釈をしてからアジトへと向かった。ナザリオはなにも言わない。ただチェリオに視線を向けただけだ。てっきりしょっ引かれるかと思ったが、そんなそぶりを見せずにエリゼのあとを追っていった。
イギンのあの剣幕からしてもユーリは大惨事だろう。まあ手酷くされることに慣れてはいるだろうから関係ないけどとぼやくように言って、アジトのある裏路地を抜けた。
ディエチ地区を抜けるころ、見知った相手が手招きしているのが見えた。オルガだ。イギンの手下ではあるものの、チェリオと同じく北側に土地を買えるとだまされて有り金全部持っていかれた被害者だ。オルガに近寄り、ビルとビルの間に滑り込む。
「どうした?」
小声で尋ねると、オルガはしいっと口元に手を当てた。
「やべえぞ、チェリオ。イギンの野郎、あのイル・セーラをヤるだけじゃなくて、上流階級に売り飛ばそうとしていたみたいだ」
耳を疑った。売り飛ばす? チェリオの記憶違いじゃなければ、ユーリは軍部預かりと言っていたはずだ。さっきの算段は、ユーリの権利を買うためのものだと思っていたけれど、そうじゃなかったのかと思う。
「いや、無理だろ。あいつの身元は軍部が引き受けてるはずだぞ。そんなことしたらスラム自体が」
言いかけて、あいつの計画を察してぞっとする。スラム自体をつぶすつもりなのかもしれない。本当にそのつもりなら、みかじめ料を取らなくても十分に食っていける金と後ろ盾を手に入れたということだ。
「その上流階級の素性とかはわかるか?」
「そんなもん俺が知るかよ。おまえがブラウにあのイル・セーラを押し付けた後で、スカリアのおっさん自身があいつを犯そうともしないから妙だと思ってたが、スカリアのおっさんがえっらいへこへこした様子でだれかと通信してたんだ。目的のイル・セーラを手に入れたって言ってたのを聞いた」
まじかとつぶやく。人身売買くらい平気でやる相手だけれど、その対象が軍部預かりのイル・セーラともなると、軍部を相手取っても不足がない存在がいることになる。そんなの藪をつついたようなもんじゃねえかとぼやくように言ったら、オルガは深くうなずいた。
「とにかく身を隠せ。なんならアリオスティ隊に出頭して守ってもらうって手もあるぞ。俺がアジトを無事に出られたのも、クルスのおっさんが見逃してくれたからだ。一緒に逃げようとしたアグエロはとっ捕まってナンドに連れていかれた」
意味が分からない。とすると、エリゼたちはチェリオやオルガが反イギン派だと知っているということになる。スラムの連中でもそれを知っている相手は少ない。誰かが情報を漏らしているか、そうでなければ地下街にナザリオの手下が紛れ込んでいるかのどちらかだ。
「あいつらに出頭するくらいなら別の方法を考える」
ドン・クリステンとかいうお偉いさんならなんとかしてくれるだろう。そう踏んでチェリオは北側と街を隔てる壁付近へと急いだ。
広場にたどり着いたころ、ちょうど炊き出しの片づけをしているところだった。ドン・クリステンはチェリオの姿を見つけるなり気さくに手を挙げた。
ドン・クリステンは見るからに気品のある、男のチェリオから見てもカッコいいと思うほど渋くて端正な容貌の持ち主だ。おまけに無茶くそ背が高い。ユーリの付き添いできていた二コラっていうどう見ても殺し屋としか思えないおっかない兄ちゃんより背が高く、割と体格もいい。軍医団長であり、ピエタのコマンダンテ補佐でもある。絶対に肩書はそれだけじゃないと踏んでいるが、なかなか尻尾を見せない。
「今日はもう来ないのかと思ったぞ。ほら、よけておいたから食べるといい」
言ってふわふわのパンとチッポラータが乗ったトレイを差し出してきた。チッポラータはすっかり冷めているようだ。チェリオはそれを無言で受け取り、ドン・クリステンを上目遣いに見た。
「なあ、頼みがあるっていったら聞いてくれる?」
ドン・クリステンはチェリオを見下ろし、いたずらっぽく肩を竦める。
「事によりけりだな。ローティーンを買う趣味はなくてね」
「だぁから、俺はローティーンじゃねえっつってんだろ。そもそも軍部のお偉いさんに売春なんか持ち掛けねえわ」
なめんなと吐き捨て、さっさとチッポラータを食べてしまおうと簡易椅子に腰を下ろす。ドン・クリステンもチェリオの隣に腰を下ろした。
「それで、頼みとは?」
ドン・クリステンを一瞥する。嫌味なほど整った顔をしている。金持ちで立場もあるなんて言うことなしじゃねえかと毒づきたくなるほどなのに、挙句優しくて面倒見がいいとか反則極まりない。
冷めたチッポラータにパンを浸して食べながらどう言おうかを考える。これ以上イギンたちに目を付けられたくないところだが、背に腹は代えられない。チッポラータとパンを食べ終えたあと、ドン・クリステンへと向き直った。
「俺を保護してくれ。俺が知っていることなら話す」
ドン・クリステンはチェリオから言われることを分かっていたかのように、微塵も驚くことなく笑みを深めた。
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