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two.(3)

 一通りまわされたころ、ユーリはすっかり抵抗すらしなくなっていた。敢えての策だ。幸いまだ意識はあるし、多少いつもより感覚が敏感になってはいるものの、この程度なら少し休めば動けるようになる。カデーレをローション代わりにされたときには意識が飛ぶのを覚悟したが、どうやらカデーレをローションで薄めただけと粗悪品のようだ。粘膜に直接塗り込まれたせいで吸収率は高く身体が弛緩しているが、摂取量が少ないため飛ぶほどではないのが不幸中の幸いだった。  射精の余韻を楽しむかのように、男がゆるゆると腰を動かしている。蕩けきったユーリの粘膜に精液をこすりつけて捏ねるようにして、まるで自分のものであるかのように主張しているかのようだ。  力の入らない声でユーリが喘ぐ。感じ入って快楽に浸っているのが声だけでわかるほどのいやらしさに、周りにいた男たちから歓喜の声が上がった。  意識のない状態を装っているが、実際にはきちんと意識があり、会話も聞こえている。だが男たちはユーリが完全にトンでいると思っているようだ。 「ブラウがずっとコイツとヤリたがってたんだ。あの野郎、いつも偉そうにしやがって。イギンの腰ぎんちゃくのくせによぉ」  もう一発と、ユーリを乱暴に抱いている男が射精する。最初ほどのほとばしるような勢いではないものの、いまはもう奴隷ではないイル・セーラを犯しているという背徳的な状況に興奮しているためか、それともカデーレを摂取しているためか、やけに量が多い。ぬめったそれを粘膜で受け止め、ユーリが呻くような、それでいて恍惚としているようななまめかしい吐息交じりの声を出す。男は笑いながらユーリからペニスを抜き去り、ユーリの髪を引っ張って顔を上げさせた。 「夢みてえだ。こんなのが安価で買えていたんなら、先代の王を殺すって話に乗るんじゃなかった」   「迂闊なことを言うな。あれに生きてもらっていては困るから乗ったのだ」  そう言ったのはモルテードだ。ユーリの目の前にしゃがみ込む。顎を掴んでユーリの顔をあげさせ、ぼんやりと視線の合わない状態であることを確認する。 「そもそもは卿がこれらを欲しがったのが発端だ。我らは話に乗っただけに過ぎず、理由を追究するのは得策ではない」  まるで注意を払うかのように言って、モルテードはユーリの唇に親指を触れた。 「これを味方につけさえすれば、いくらでも抱く方法はある。ごろつきどもから守ってやる名目で対価として抱くか、或いは兄を死なせたくなければと応じさせるか」  モルテードのセリフを受け、野太い声が楽しそうに笑った。 「いつも一緒にいる女を回されたくなければ…とかな」  同じ声が継ぐ。すぐさまモルテードが声の主を非難した。 「危ない橋は一人で渡れ。彼女に手を出してみろ、アリオスティ隊とぶつかるだけではすまんぞ」  以前ユーリとキアーラが暴漢に襲われた際に、キアーラが無事に逃れることができた理由がはっきりした。やはりこの男も関わっていたようだ。ふと外から物音がする。かすかに煙のにおいが漂ってくる。独特なこのにおいには覚えがある。ユーリは比較的鼻が良い。だからこそ気づいたが、男たちはこのにおいに気づいていないようだ。  モルテードがユーリを解放し、手を伸ばす。たどり着いた先はユーリの臀部だった。汗ばんだ手でユーリの締まった尻を撫でる。散々男たちになぶられ、ぽかりといやらしく開いているそこは、ユーリの呼吸とともにひくひくと誘うようにみえる。野太い指に引かれ暴かれると、男たちの精がしとどに零れ落ちた。 「こいつを輪姦している時点で、アリオスティ隊は我らを許しはしないだろうが、バレなければいい」  声色だけで下卑た笑いを浮かべているのが分かる。ベルトを寛げる音がする。地下街で起きた暴動も、おそらくスカリア隊が噛んでいるのだろう。 「ドナ、ガキを連れてこい」  モルテードの声のあと、ロッカが抵抗する声と無理やり引きずられる音が続いた。ロッカが履いていた薄汚れてところどころ破れたシューズがユーリの視界に入る。ユーリの後ろ髪を鷲掴みにされたかと思うと、無理やり顔をあげさせられ、ロッカの股間に押し付けられた。 「うわっ!?」  ロッカが慌てて腰を引くが、ロッカを捕えているドナがそれを許さない。笑いながらロッカの腰をユーリの顔に押し付ける。 「遠慮すんなよ、しゃぶってもらえ」  言いながらドナがロッカのズボンを無理やり引き下げ、小さなペニスを露出させる。何度か射精したのではないかと思うほど濡れそぼっていた。それを見てドナが声を上げて笑った。 「よかったじゃねえか、ガキ」  ユーリの後ろにいる男が顔を動かないように固定する。ロッカが戸惑う様子が聞こえてきたが、ドナは構わず勃起したロッカのペニスを半開きのユーリの口に無理やりねじ込ませた。 「っ!」  ロッカが声にならない声を上げ、ビクンと体全体を震わせた。悪乗りした背の高い男がユーリの後ろ髪を掴んでわざと顔を前後させる。ユーリのうめき声があがる。視覚的にも扇情的だが息苦しさに口の中に潜り込んできた異物を押し出そうとうごめく舌がロッカの亀頭にざらりと触れた途端、ロッカが呻いて吐精した。びくびくと体を震わせながら気持ちよさそうに喘ぐ。 「ちっ、使えねえな。もうイッちまったのかよ」  ドナはロッカの身体を引っ張ってユーリの口からペニスを引き出した。半開きの口の隙間から白濁したものがとろりと零れ落ちる。誰かがごくりと喉を鳴らす音がはっきりと聞こえた。ユーリの視界にはまだしっかりと角度を保っているロッカのペニスがある。 「おら、よく見ろ」  ユーリの後ろにいたのはスキンヘッドだったようだ。ユーリの足を左右に大きく開かせるようにして抱え上げる。露わになったユーリの秘孔を目の当たりにしたロッカがやめろと非難の声を上げたが、ドナがロッカを羽交い絞めにしてペニスを握り、ユーリの秘孔に宛がった。 「昔は地下街のガキも、イル・セーラに筆おろししてもらっていた。エルネストやチェリオたちもそうだ。娼館に売り飛ばす前のイル・セーラを好きにさせてやる代わりに、こちらの仕事を請け負ってもらっていたんだ。  だからおまえにも味わわせてやろう」  ロッカが待ってと声を上げたが、ドナがユーリの腰を無理やり押し出した。開いた秘孔がロッカの先端をぬるりと飲み込む。ロッカが喉を引きつらせ、びくびくと震えた。 「筆おろしがほかの連中のおさがりで申し訳ないが、殊にこいつは輪姦されたあとのほうが具合がいい。イギンたちも、チェリオすら味わったことのないものだ。意味が分かるか?」  モルテードがロッカに問う。ロッカは眉を顰め、ふうふうと息を荒らげる。蕩けきったユーリのそこは、行為を知る大人たちすら夢中にさせるものだ。なにもしらないロッカには刺激が強すぎる。ドナはロッカが動けないようにがっしりと体を固定しているが、スキンヘッドがロッカを煽るようにユーリの腰を軽くゆする。  地下街では仲間を裏切ることは二度とかの地に戻れないということを意味する。バレなければいいと思うかもしれないが、地下街出身者は特に横のつながりが深く、裏切り者は排斥されるのが常だ。ロッカがそれを何度も目にしていることを知らないモルテードではない。知っていて揺さぶっているのだ。 「なにを、すればいい?」  ロッカは目に涙を浮かべながら尋ねた。本能的に腰を振ろうとしているのを大男が押さえている。 「よろしい。チェリオを見張れ」  ロッカが頷く。モルテードはニヒルな笑みを浮かべ、大男にロッカを解放するよう指示した。  ユーリから甘い吐息が上がる。解放されたロッカが必死に腰を振りたくった。揺さぶられるリズムに合わせて吐息が漏れる。喘ぐまでに至らないのはロッカのが小さいからだと男たちが揶揄した。 「おいおい、いい声聞かせろよ。男だろ」  スキンヘッドがユーリの足を後ろから持ち上げて、角度を変える。ユーリの腹を押さえ、ロッカにここを狙えと告げた。ぐったりとスキンヘッドにもたれかかるユーリに視線を落とし、ロッカが言われた通りにユーリの浅いところをえぐるように突く。びくんとユーリの身体が跳ね、ロッカがうめいた。 「そうだ。そこを何度も突いてやるといい声で鳴く」  ロッカは戸惑いの色を見せながらも、ユーリの浅いところを狙って腰を振った。揺さぶるたびに漏れていた吐息がねだるような喘ぎに変わり、腰をくねらせる。 「んんっ、んっ、っ」  ロッカが息を荒らげながら夢中で腰を振る。甘い声で喘ぐまでには至らないものの、ユーリが自らいいところにロッカを招き入れようとしているかのように身を捩った。そのいやらしい動きとあらゆる興奮のせいか、ロッカが苦しそうに呻いてびくびくと体を震わせる。男たちが笑う。まだ興奮冷めやらないと言った様子のロッカが、ユーリの足を開かせて更に奥を暴こうとしたが、ロッカのそれはあっけなくユーリの中から抜けていった。 「その奥を知るのは事が済んでからだ」  ロッカの腕を掴んで乱暴に引き倒す。小さな体が床にたたきつけられるような音が響いた。モルテードはユーリが抵抗しないのをいいことに、後孔に指を押し込んで散々中だしされたものを掻き出すが、それはユーリの快感を高めるような動きで、ユーリが甘い声を漏らした。 「ぅあっ、ぁ、っ、は」  抵抗はない。もはや意識すら朦朧としているのだろうと喉の奥で笑うと、モルテードは怒張したペニスにスキンを被せ扱きながらドナに声をかけた。 「おい、もっと足を開かせろ」  スキンヘッドが言われた通りにユーリの足をより開かせ、腰を突き出すような姿勢にする。ぐったりとしたままスキンヘッドに体を預けるような状態のユーリを笑い、モルテードが濡れそぼった後孔に熱を宛がった。 「最初から素直に応じていれば犯されることもなかったというのにな。貴様はやはり父親同様ノルマを甘く見すぎている」  モルテードの亀頭がユーリの後孔を押し広げ、ずぷりと埋まっていく。ユーリが背中を捩らせ、はあっと色っぽい息を吐いた。 「んんっ、ぁ、あっ」 「なんだ、感じているのか? 昔と変わらんなあ。昔からおまえはぐずぐずに犯された後のほうが反応がいい」  めでるように言いながらゆっくりとユーリの奥を暴いていく。そして誰も触れなかったユーリの腹にぴたりと手を宛がった。ざらついた感触だ。興奮のせいか汗ばんでいて気持ちが悪い。その手がシャツに潜り込み、するすると目的の場所にたどり着いた。爪先でかりかりと引っ掛かれた。 「ふあっ!」  ひと際甲高い声が上がり、男たちがどよめいた。 「これはこうしてやるとより喘ぐ」  モルテードがユーリの乳首をカリカリと引っ搔くたびにユーリが甘い声を上げる。びくびくと腰がしなり、萎えたペニスからとろりと糸が引く。それを見たモルテードが喉の奥で笑った。 「おまえのいいところはここだろう」  モルテードの怒張がユーリの急所を捕えた。ごりごりと浅いところばかりを狙って突かれ、ユーリがあられもない声を上げてよがる。さっきまであれだけ喘ぎ声をかみ殺していたというのに、まるで人が変わったかのように喘いだ。 「ああっ、ぁ、あっ、だめっ、だめっ!」  声が上ずり、ところどころひっくり返る。しゃくりあげるような呼吸をしながら背の高い男の腕にしがみついて、いやいやと首を振った。すがるような声で喘ぎながらもモルテードから与えられる快楽を余すことなく受けいれるかのようにいやらしく腰がくねる。モルテードはユーリのシャツを胸元までたくしあげ、褐色の肌の上にぷっつりと立ち上がり、いやらしく色づいた乳首を指で押しつぶすように引っ掻いた。 「ひあっ!」  ユーリがのけ反った。モルテードが突くたびにユーリの足が壊れた人形のように撥ねる。片方の手で乳首をいじめ、もう片方は舌先でじらすように舐める。ユーリは体をくねらせて快楽から逃れようとするが、スキンヘッドにがっちりと捕まえられているせいでかなわなかった。その体の動きがやけに淫靡で、男たちが嬌声をあげてよがるユーリを抱くモルテードをうらやましげに眺めているのが見える。  ユーリの乳首を指でこすり合わせるようにいじる。後ろがきゅうと締まり、モルテードが唸った。肉が爆ぜる音が激しさを増す。ユーリの声が更に甘さを増し、絶頂を迎えた。ピンと足先が伸びあがり、がくがくと体が跳ねる。スキンヘッドのジャンパーを必死につかんで腕に顔をうずめながら、腰をそらせながらモルテードに突かれるたびにイっている。 「うあっ、ぁっ、ああっ!」 「くそっ、締まるっ」    ユーリは否定の言葉を繰り返しながら首を横に振っていやがる。それでもモルテードは腰の動きを止めない。やがてモルテードが唸り、ユーリの奥をえぐるように腰を突き出した。  ユーリががくんとのけ反り、そのまま何度も痙攣しているかのように体を撥ねさせた。ユーリの身体が跳ねるたびに萎えたペニスから白濁が飛び散る。ユーリの腹の上は透明な液体にまみれていた。スキンヘッドのジャンパーを握りこみ、びくびくと震えながらか細い声で喘ぐ。うめきとも喘ぎともつかないが、色を孕んだ情婦のようなそれは、再び男たちを興奮させた。  男たちがユーリの喘ぎに合わせて自らの怒張を扱く。異様な光景だ。モルテードは蔑むようにそれらを一瞥し、鼻で笑った。 「やはり貴様はどこにいようが、なにをしていようが、男を悦ばせる奴隷でしかない。現実を見ろ。誰もおまえを憐れんではいない」  モルテードはユーリがひと際甲高い声で鳴く場所を何度も何度も突いた。そのたびに腰をそらしたり体を捩ったりと快感から逃れようとするが、スキンヘッドに捕まれている為にそれすらかなわない。スキンヘッドはガチガチに怒張したペニスをユーリに握らせ、その手に重ねて自らを扱き始めた。 「やめっ、そこぉっ」  嫌だと叫ぶユーリの声は涙に濡れている。薬が効いているせいかいままでにない乱れ方だ。パンパンと肉が弾ける音と共に、粘着質な音が鳴る。スキンヘッドはまるで自分が後ろからユーリを犯しているとばかりに腰をゆすっている。そのためモルテードから与えられる刺激がより深い場所まで届き、ユーリは足をばたつかせて逃げようともがく。 「ああっ、ダメっ、だめぇっ! あた、ってっ、っ!」 「これか?」  声を裏返して喘ぐ場所を見つけ、モルテードが何度もそこを突く。 「んっ、っ! んううっっ!」  ユーリが体をのけぞらし、喉を突き出した。ユーリの痙攣に合わせてモルテードが息を詰める。ユーリのペニスからはなにも出ていないが、反応を見るにイっているのは明白だった。  モルテードがユーリの中からペニスを抜き出すと、スキンを外してそれをユーリの眼前に突き付けた。そして半開きになった口元にスキンを宛がい、指を差し込んで舌を押さえる。 「褒美だ、飲み込め」  言って、ユーリの口の中に出したばかりの精液を流し込んだ。指を引き抜き、ユーリの口を塞いで少し上を向かせる。喉をさするように手を動かす。ごくりと嚥下する音がした。 「さて、と」  モルテードは汚れたペニスをユーリの口に押し込み、ゆるゆると腰を振った。ぐったりと動かないユーリの舌は意思をもって動かない。それを知っているかのように喉に押し込もうとすると、反射的に舌が押し返してくる。まるでユーリをいたぶる様を楽しむかのように、何度もなんどもユーリの喉を犯す。  一瞬表の喧騒が止んだ。同時に裏口のほうから先ほどの独特なにおいが漂ってきた。何か月かここに通ってきているが、喧騒が止むことはほとんどない。あるとしたら、何事かが起きた時だけだ。 「モルテードさん」  ドナが不審そうな声でモルテードを呼んだ。 「ここいらの連中が静まり返るなんざ、近くに“息のかかっていない”ピエタがいるときくらいしかねえ。そろそろ行かねえとアリオスティ隊が帰ってきちまう」 「おっと、遊び過ぎたか」  おもむろにユーリの口からペニスを抜きさった。濡れそぼったそれをユーリのシャツで拭い清める。モルテードはユーリの顎を掴んで顔を上げさせると、嘲笑とも憐憫ともつかない笑いを浮かべた。 「卿に目を付けられたのが運の尽きだ。好きなだけ嬲られるだろうが、妙な真似をしない限り殺されることはないだろう」  『まあ、聞こえていないか』と継いで、モルテードがユーリから離れた。すぐさま別の男がユーリに駆け寄ってくる。そして嫌らしい笑いを浮かべながらユーリの身体を撫でまわしはじめた。 「んううっっ、あんっ、ぁっ」  後孔に指を埋められ、ユーリが甘い声を上げる。 「なにをしている」  モルテードの鋭い声が飛んだ。 「か、掻き出してやらねえと。あいつらが戻ってきたらバレちまう」  へへへとごまかすように笑いながら、男がユーリの後孔をぐねぐねと刺激する。掻き出すだけだと念を押すように言うと、モルテードは勝手にしろと呆れたように言いながらユーリから離れていった。 「ドナ、目的のものを回収したらそのガキも連れていけ」  モルテードが目的としていたのは、ユーリが怪しいと踏んでいたあの金庫だった。金庫に手を伸ばし開けようとしたが、金庫のレバーは下がることなく硬い音を立てる。すぐさまモルテードの舌打ちが聞こえた。  薄目で様子を窺うユーリのもとへと戻ってきて、無造作に髪を掴んで顔を上げさせる。かすかに息をしているだけで反応がないことを確認すると、モルテードは再度舌打ちをして今度は別の男の名前を呼んだ。 「シモンよ、そいつを拘束したまま連れていけ。鍵の在処はそいつが知っているだろう」  言いながらモルテードが金庫を抱えた。シモンというのはスキンヘッドの名前のようだ。  掻き出すだけと言いながらもユーリの後孔をべろべろと舐める男の尻を蹴り上げ、シモンと呼ばれた男が声を荒らげる。 「いい加減にしねえか。向こうに連れて行ったあとでしこたま遊んでやればいいだろうが」 「で、でもよお。すぐに貴族様に渡しちまうんだろ?」  一回じゃ足りねえよと男が情けない声を上げる。 「見ろよ、ひくひく動いて誘ってるみてえだ。たまんねえ」  言うや否や、男が自身を扱き始めた。シモンが呆れたようなため息を吐く。放っておけとドナがシモンを呼び、モルテードに言われたとおり撤収する準備を始めた。近くにいるのは熱を吐き出すために自身を扱いている男だけだ。全員の意識が逸れ、誰もユーリを見ていない。さきほどの独特なにおいが一層強くなる。 「うっ、うぐっ」  自身を扱いていた男が絶頂を迎えた。青臭さが充満する。よほど溜まっていたのか、断続的に精が飛ぶ。男は長年つっかえていたものが取れたかのように恍惚とした表情を浮かべた。 「遊んでいる暇があるなら服でも着せてやれ。その状態のままでは連れていけない」  ドナが男に指示をする。男はへいへいと軽く言って、ドナたちが脱がしたユーリのジョガーパンツと下着を捜すために背を向けた。誰もこちらに視線を向けていない。いまがチャンスだ。  その隙を待っていたかのように、ユーリは壁に立てかけられていたアサルトライフルの弾倉をリロードし、ストラップを引いた。弾倉が床に落ちるのとアサルトライフルが倒れるのはほぼ同時だったが、それよりも早く診療所の入り口から男のへしゃげたような声が上がった。一瞬にしてあたりに緊張が走る。 「わあ、すごい。診療所で指名手配犯と前科持ちが集会ですか?」  ドアを蹴破るような派手な音のあと、軽妙なエリゼの声がした。ぐったりとしている男を引きずりながらエリゼが診療所に入ってくる。シモンがすぐさまユーリの前に倒れたアサルトライフルを手にした。 「自供を引き出すというのはいい判断でしたが、それで自分の身を危険に晒すのは詰めが甘いというか、マフィアを甘く見ているというか」 「おまえっ、アリオスティ隊の!」  シモンがトリガーに指をかけた。固い音だけが弾ける。驚いたシモンがアサルトライフルを確認する。弾倉がない。別の武器をと要求する間にエリゼが一気に距離を詰め、シモンの顎目掛けて蹴りを入れた。シモンが泡を吹いて崩れ落ちる。すぐさま後ろ手に手錠をかけ、診療所の鉄柱にもうひとつの手錠で固定した。二人目と、明るく弾んだ場違いな声がする。あまりの鮮やかさに、男たちはあっけにとられているようだ。  マントを脱ぎ、床に倒れているユーリの体を覆うように引っ掻ける。後ろから殴りかかってくる男の動きさえ読めているとばかりに鳩尾にサーベルの束を食いこませる。その男がぶくぶくと泡を吹きながらユーリの真横に倒れこんだ。泡を吹いて完全に伸びているというのに、踵で蟀谷付近に蹴りを入れる。ぐったりと動かない男の腕を掴み、嵌め込み格子に手錠でつないだ。あまりの鮮やかさとそつのなさを目の当たりにしたせいか、ユーリはこみ上げる笑いを押さえきれずにいた。 「笑っていないで逃げたらどうですか、ユーリ」 「変な薬使われて足が立たねえんだ、無茶言うな」  言いながらもユーリが喉の奥で笑い、肩を震わせた。 「ご冗談を。薬なんて既に抜けているでしょう」  モルテードが『馬鹿な』と驚いたような声が上げる。まるで悪役のテンプレートのようなセリフに耐え切れず、ユーリが吹き出した。腹を抱えて楽しそうに笑う。 「まァ、伊達に奴隷生活送ってないんでね」  捕獲しようと近寄ってきた男の顎をアサルトライフルの弾倉で殴り、平気な顔をして起き上がる。急所を強かに殴られた男は顔面から床に崩れ落ちた。信じられないというような表情のモルテードが視線の端に映るのを尻目に、エリゼが投げてよこした下着とジョガーパンツをキャッチした。 「そっちこそ、ずいぶん手間かけたみたいだなァ。あんまり捗らないからって、お上品なアリオスティ隊に似つかわしくない手段でも使ったか?」  悠々と身なりを整えながら、揶揄するように言ってやる。それに構うこともなく、エリゼは5人目の男に後ろ手に手錠をかけ、自害をされないように猿ぐつわをした。その最中に死角からナイフを持った男がエリゼに近づく。ユーリが声をかけるよりも早く、襲い掛かってきたナイフの男をひらりと躱して足元を掬い、いとも簡単に捕獲した。 「それは見当違いというものです。“お上品”なのは隊長とスヴェンだけですよ」  言いながら、エリゼはどこか挑発的な笑みを浮かべた。制服をパタパタと払い、顔についた返り血をぬぐう。この状況を楽しんでいるようにしか見えない。 「なにはともあれ、あなたも子どもも無事だったようでなによりです」  ドナに捕えられているロッカに視線をやり、エリゼが言う。それを受けてユーリが『これのどこが無事なんだ』と鼻で笑いながら言った。 「性行為を強要されたのと、顔の傷以外は問題ないでしょう?」  『無鉄砲を改めないが故の自業自得ですよ』とエリゼが目を細めて淡々と言ってのける。それに対する抗議のために、ユーリは大袈裟に両手を広げて見せた。 「どこが無事なんだ、新調したてのレッグホルスターが壊された。それにシャツだって精液でべたべた。大問題だ」  タダじゃないんだぞとユーリがあからさまに嫌そうな顔をして言ったが、それは深刻なものではなく軽口だ。それを分かっているかのように、エリゼは『この状況下で大した度胸ですよ』と楽しそうに笑って肩を竦めた。 「動くな! 動くとイル・セーラを殺す!」  声高に言ったのは先ほどユーリで抜いていた男だ。アサルトライフルを構え、こちらに照準を合わせている。 「武器を捨てて手を挙げろ」  威圧をするように男が言う。ドナが持っていたものとは違い、旧式でやや扱いにくいものだ。銃器の扱いに慣れていないであろう男が持っていいものではない。アサルトライフルの銃口をこちらに突き付けてはいるが、男が持っているのはグリップではなく弾倉だ。それではトリガーを引くことすらできない。  へえと心底楽しそうに笑うと、エリゼはポケットから取り出したアンプルを男の足元に投げつけた。破裂音と同時にほんのりと甘い香りが立ち込めた。少し遅れてツンと鼻を刺激する酸性のにおいがする。  なにを投げつけられたのかと慌てた男に詰め寄り、エリゼがアサルトライフルをひったくる。いつのまに間合いを詰めたのかと驚く間もなく、小太りの男が勢いあまって床にたたきつけられた。簡素に作られた診療所が派手な音を立てて揺れた。 「おいっ、ちょっとまてエリゼ! 診療所が壊れる!」 「建物の心配より自分の心配をなさっては?」 「この野郎っ!」  ドナがロッカを突き飛ばし、エリゼの腕をつかんだが、エリゼはドナのジャンパーの襟元を掴んで懐に入ると軽やかに投げ飛ばした。背中から床に叩きつけられたところでサーベルの束で鳩尾に一発。えぐい。えぐすぎる。ユーリはぽかんと眺め、賞賛の口笛を吹いた。  エリゼは鮮やかなサーベル捌きと体捌きであっという間にスカリア隊の部下を全員倒してしまった。みんなみぞおちに一発ずつ。シモンとドナに至っては背中にも一発浴びせられて泡を吹いている。  先ほど捕えた男に手錠をかけた後、エリゼはおもむろに胸倉をつかんで顔を覗き込んだ。男がひきつったような声を上げる。男の顔を注視した後、エリゼが人懐っこい表情で目を細めた。表情とは裏腹に纏う雰囲気が一気に冷たいものへと変わった。 「へえ、貴方は先日俺が違法薬物を押収した地下街の売人ですね。そこのスキンヘッドと小太りの男はディエチ地区の出身者。おまけに殺人歴がある“元”ピエタのドナとシモン。  スカリア隊が無頼漢で構成されていたとは知りませんでした」  男の顔色がみるみる青くなる。エリゼは男の胸倉から手を離すと、すいと片眉を跳ね上げて首を斜めに傾けた。 「無頼漢に腕章を貸し与えることは法令違反ですよ、Sig.モルテード。ですが俺は隊長と違って“お上品”ではないので、貴方の言い分くらいは聞きましょう」  モルテードが眉を顰め、舌打ちをする。 「なにが言いたい。小国の奴隷の分際で」 「ええ。それを隊長に救って頂いた恩義があるんです。その隊長が『貴方を殺すな』と言うから言い分を聞くと言ったのですが」  まったく困った様子を見せずに困りましたねと言いながら、エリゼがベルトから鞘ごとサーベルを外す。 「ならばいまの給与の二倍、いや、三倍出す。こちらに来い」  モルテードからは焦りの色が感じられない。エリゼはふうと息を吐いて肩を竦めた。 「いままで貴方からいくら積まれようが、女性を宛がわれようが、引き抜きを断ってきたというのに、この期に及んでそれですか」  呆れますねとどこか面倒くさそうに言って、サーベルの束についたフリンジを指で弄ぶ。 「ではこうしましょう、Sig.モルテード。その子どもを解放し、そこのイル・セーラの持ち物を全額弁償してくださるなら、貴方が無頼漢に腕章を貸し与えたことを黙っておきます」  モルテードは顎に手を宛てて、ロッカを捕えている小柄な男に視線を向けた。 「ガキを解放しろ」  命令通りに小柄な男がロッカから手を離した。ロッカが慌ててユーリに駆け寄ってくる。ユーリはそれを抱きとめ、わしわしと頭を撫でた。小柄な男がモルテードのほうへと戻っていくのを眺めながら、エリゼがおどけたように肩を竦めた。 「ところで、そちらの隊長殿は、今日はどちらへ?」  モルテードがピクリと眉を跳ね上がらせる。明らかに苛立ったような表情だ。 「Sig.スカリアの行動までいちいち把握してはいない。我らはあくまでもあの方のご指示に従うまでだ。躾の悪い貴様と違ってな」 「あはは、アリオスティ隊は血統の悪い野良犬ばかりですから」  言いながら、エリゼがほんの少しだけ左足を下げ、体制を変えた。 「特に俺は“小国の奴隷”ですから、飼い主の命令に背くことだってある」  言い終えるよりも早く、エリゼのサーベルがモルテードを襲った。寸でのところでそれをよけ、モルテードがレッグホルスターからリボルバーを取り出そうとした手が空を切る。そこにあるはずのリボルバーがないのだ。 「捜し物はこれかな?」  モルテードが目を見開いた。小柄な男がリボルバーのトリガーホールに指を入れてくるくると回している。  小柄な男がフードを脱ぐ。チェリオだ。モルテードが激高した。 「なぜ貴様がここにいる!?」 「なんでって。ねえ」  ねえとエリゼが返す。モルテードとロッカだけが状況を飲み込めていないようだ。 「俺はあんたの命令通りちゃんと地下街で大喧嘩したぜ。スヴェンを捕えるように命じられたから、捕えもした。でも、そこから先はなんの指示も受けちゃいねえ」  馬鹿も休み休み言えよと、チェリオ。親指と人差し指を擦り合わせ、お金を表すハンドサインをする。 「Sig.モルテード、スラムの連中を手玉に取りたいなら、金ではなく信用を勝ち取ることです。金で動くのは『見通す能力のない者』だけ。  俺を強請るためにスヴェンを襲おうとしたのなら、貴方、どうなっても知りませんよ」  表情に変化はないが、明らかに殺気が増している。モルテードもそれに気づいたらしい。モルテードが制服の内ポケットから見るからに高級そうな長財布を取り出した。 「ガキは解放した。そこのイル・セーラへの謝礼金は、このくらいで足りるか?」  そう言ってモルテードが差し出したのは10リタスだ。エリゼがユーリに視線を向ける。 「足ります?」 「えーっと。4年前のレートから言って、ひとりあたり2回、2人ほど3回分、フェラ4回分。〆てこれだな」  ユーリが両手を出した後で片手を付け加える。 「15です?」 「桁が1個違う」  平然と、ユーリ。あっけらかんとした態度にエリゼが吹き出した。モルテードは舌打ちをしたあとで、財布の中から取り出したやや厚手の紙になにかを書き込み、エリゼに差し出した。 「衣服とレッグホルスター、そして診療所の修繕費用も込みだ」  その紙を受け取り、エリゼが顔色ひとつ変えずにユーリに手渡してくる。小切手だ。200リタスと記載されている。ユーリは目を瞬かせた。 「マジ?」 「アリオスティ隊を敵に回したくないだけだ。もういいだろう、そこをどけ」  エリゼはサーベルをベルトにつけなおし、丁寧な仕草でモルテードに退室を促す。モルテードは襟を正し、やや乱暴な足音を立てて診療所を後にしようとする。 「今日ここで起きたことは黙っておいてもらえるのだろうな」  モルテードが念を押すかのように言う。エリゼはすぐに返事をしない。語気を強め、おいとモルテードが言った時だ。診療所のドアが開く音がした。モルテードがぎょっとする。入ってきたのはナザリオだったからだ。  ナザリオはモルテードに鋭い視線を浴びせたが、軽く会釈をするだけだ。大げさな咳払いのあと、モルテードはテーブルに置いてある荷物を抱え、失礼すると足早に診療所を出ようとした。 「Sig.モルテード、薬品をすり替えるよう指示したのはどなたです?」  ナザリオの鋭い声がする。 「知らん」 「質問を変えましょう。ユーリ・オルヴェを陥れようと画策したのはピエタですか? それとも」 「知らんと言っている。そんなことはSig.スカリアに聞け。我らはあの方の指示に従ったまで」  言って、モルテードがナザリオの横を通り過ぎようとしたとき、ナザリオがモルテードの腕を掴んだ。 「では二度とこのようなことがないよう、上にお伝え願えますか? 俺はともかくとして、“躾の良い”部下がなにをするかわかりませんので」  ナザリオが言った途端、モルテードがすごい勢いでエリゼを見た。エリゼは何食わぬ顔で通信機をちらつかせる。その行動でモルテードはすべてを悟ったようだ。聞いたこともないような強い声で悪罵を吐き、ナザリオの手を振り払った。 「伝えはする。だが期待はするな」 「ええ。お伝え頂けたら」  モルテードはナザリオを睨んだ後、大きく息を吐いて視線をそらした。 「俺はあくまでもSig.スカリアとドン・パーチェに従ったまでだ」  モルテードが声を潜めて言った。ナザリオはほんの少し頷くと、エリゼに声をかけた。 「街まで送って差し上げろ」 「要らん」 「そのほうが身の為ですよ、Sig.モルテード。少なくとも『今回の首謀者』と疑われなくて済む」  エリゼが言うと、モルテードはまた舌打ちをした。モルテードはエリゼに付き添われるような形で診療所を後にした。 「すみません、思いの外手間取ってしまいました。  ロッカ、貴方のお母様はこちらで保護しています。よく知らせてくれましたね」  ナザリオがロッカの前に跪いて言う。ロッカは恐る恐る顔を上げながらうなずいた。 「それより、なんでチェリオが?」  ロッカが尋ねる。チェリオは両手を頭の後ろで組んだままこちらに視線を向けた。 「俺はユーリとエリゼに借りを返しに来たのと、ついでにドウェインのおっさんを収監してもらおうと思って」 「密売の証拠を掴んだのか?」  ナザリオが問うと、チェリオは人懐っこい笑みを浮かべてみせた。 「じゃなきゃ誰が危ない橋を渡るかよ。ディエチ地区に薬物は要らねえ。フィッチから売買したようなあぶねえもの持ち込もうとするからだ」  チェリオの言葉に、ナザリオの表情が一気に険しくなった。眉間にしわを寄せ、ユーリに視線をぶつける。 「二コラの検診を受けてください」 「冗談。ここで起きたことはあいつらに伝えてくれるな。こんなの奴隷だったころはしょっちゅうだったんだ。いまさら守る貞操もねえよ」 「貴方が違法薬物を使用したとでっち上げられたらどうするおつもりなのです?」 「チェリオがここにいて、無線機を繋ぎっぱなしだったってことは、あんたらの上司に筒抜けだったってことなんじゃねえの? 証拠はそれだけで十分だろ。なにがあったか、ニコラには知られたくない」  きっぱりと告げたユーリに、ナザリオのなんとも言えない視線が注がれる。ユーリはその視線の意味に気づいてふんと鼻で笑った。 「俺がマワされている最中に踏み込ませなかった理由は?」  ぞんざいな態度でユーリが問う。 「至近距離では貴方に危害が及ぶと判断したからです」 「ならそんな哀れんだような顔はやめてくれ。俺はあんたのそういう清廉潔白なところが」  嫌いなんだと言おうとした時だ。外から足音が聞こえてきた。勢いよく扉が開かれる。ニコラだ。ユーリは気まずそうに眉を顰めてガリガリと頭を掻いた。 「誰がそこの堅物にまで報告しやがった」 「おそらくエリゼでしょう。Sig.モルテード以外が証言台に立たされた時のことを考えておいた方がいいと踏んだのかもしれません」  ナザリオが言い終えるよりも早く、ニコラがしゃがみ込みユーリの両頬を包むように手を添えた。 「すまない、ユーリ。薬品の中身がすり替わっていたようだ」  言われて、ユーリは弾かれたように顔を上げた。 「話の筋から察するに、仕掛けてきたのはパーチェ隊で間違いないだろう。俺の知る限りであの癖のある文字を書くのは少ない」 「あの癖字ってどんな意図があるんだ?」 「あれは旧軍幹部内で同部隊の者が使用するものだ。堂々と記名できなくとも癖時で判断できるようにとドン・パーチェが考案したのだと聞いている」  悪かったと二コラに抱き寄せられる。なんとなく腑に落ちなかった。尻尾を掴ませないことで有名なドン・パーチェだ。旧軍幹部でもない人間にまで知れ渡っている癖字をわざわざ使うだろうか?  ユーリは二コラの肩越しにチェリオに視線を向けた。チェリオは訳知り顔だったがすいとユーリから視線をそらした。だが躊躇うような、むず痒いような複雑そうな表情を浮かべたあとで舌打ちをした。 「ドウェインのおっさんにフィッチから流れてきた薬物を売りつけてんのは、ドン・コスタってやつだ。っつってもたぶん横流ししているだけで、大本は別にいる。さすがにそれ以上のことは調べられねえけど、ピエタならなんとかなんだろ」  ぞんざいに言ってのけ、チェリオはロッカの腕をグイっと引いた。 「ほら、帰るぞ。アリエッテが心配してたぞ」 「あ、チェリオ、待って!」  引き止められ、なんだよと不機嫌そうにチェリオが言う。ロッカは心配そうな視線をユーリに向けた。 「身体、大丈夫か?」  ロッカに尋ねられた途端、二コラがすごい勢いでユーリの肩口を押し体ごと引きはがした。勢いで尻もちをつく。さすがのエリゼもマワされたことは二コラに言っていなかったのだろうと、この反応で理解する。 「君、身体が大丈夫かとは、どういう意味だ?」  二コラがロッカに問う。ロッカは引き攣った声を上げ、チェリオの後ろに隠れてしまった。二コラの視線が痛い。ユーリは敢えて視線を合わさず、強かに打った腰をさすりながらなんとか詭弁が浮かばないかと頭をひねる。 「フィッチの違法薬物を使われてマワされてっから、ちゃぁんと隅々まで洗ってやったほうがいいぜ、Sig.カンパネッリ」 「おい、チェリオ!」  慌てたユーリを嘲笑い、チェリオは大袈裟に両手を広げて見せた。 「これで貸し借りなしだ。俺はおまえの要望に応えたし、欲しい情報もやった。俺は俺でドウェインのおっさんを収監できた。  俺は本来おまえをデリテ街から叩き出さにゃならん立場なんだ。今後は気軽に捜し出してくれんなよ」  じゃあなとチェリオがロッカを連れて診療所を後にする。ド修羅場にして行くなと言いたかったが、なによりも二コラとナザリオの視線が痛い。ユーリは気まずそうに視線をそらしたまま空笑いをした。 「転んでもただでは起きぬ……ねえ」  いつかチェリオが言っていた言葉だが、本当にそうだと内心する。ユーリは自分の頬を両手でぱんと叩いた。 「言っておくけど、ロッカがいて暴れられなかったのと、チェリオが作った無線機であいつらの自供を引き出すことが目的だった。まァあんたらに気に病むなって言ったって無駄だと思うけど、べつにどうとも思っちゃいない」  久々に抜けてスッキリしたくらいだと軽口を叩いて立ち上がろうとしたが、膝に力が入らずそのまま顔面からつんのめった。がばっと上半身を起こしたあとで、力なく床に伏せる。 「最悪だ」  ローションで薄めてあったとはいえ、さすがに体に合わない違法薬物を摂取するとこうなるかと内心する。すぐさま二コラに抱き起された。 「大丈夫ですか?」  ナザリオが心配そうにのぞき込んでくる。差し伸べられた手を反射的に払いのけた後、ユーリはバツが悪そうに唇を尖らせた。 「その制服、脱いでくんない?」  ぼそぼそと口の中で呟く。ナザリオは言っている意味が分からないという顔をしていたが、やがて言われたとおりに制服の上着を脱ぎ、インナーシャツだけになった。ショルダーホルスターを装着しているためガタイの良さがありありと分かる。体格差があるため二コラ並みとは言えないものの、かなりたくましい腕だ。ナザリオは制服の上着を腕に掛けると意を決したように口を開いた。 「地下街での暴動はでっち上げでした。あちらにいたごろつきの一人が双頭のレオの腕章を渡す代わりに暴動を起こすよう男に頼まれたとすべて教えてくれましたよ。  ユーリ、貴方がやろうとしていることは、スラムの住人を守ることという反面、善良な住人たちを騙して生きてきたマフィアたちの資金源を奪うことであるということを覚えておいた方がいい。そこはニコラからも口うるさく言われていると思いますが、今回のように無関係の住人が狙われる可能性がないとも言えません。  それでも、この活動を続けるおつもりですか?」  ユーリはすぐには答えなかった。自分だけが狙われるならまだしも、住人が狙われて殺されでもしたらそれこそやっている意味がないからだ。  けれど自分が奴隷だったころ、まともな医療さえ受けることができれば死なずに済んだ仲間が大勢いた。この格差のせいで生き延びることができなかったのだ。それをなんとかしなければいけないと思い始めたことだったが、考えが甘かったというほかない。それこそジャンカルロが言っていたように、自分には到底思い及ばないほどスラムは荒んでいるということだ。  ナザリオの言い分はわかる。けれど釈然としない。ユーリはふんと鼻で笑ってナザリオを睨んだ。 「理屈はわかる。でも今回のことはピエタの分裂が原因だろう。  俺にはピエタのいざこざなんて関係ない。逆に言えばピエタのいざこざがなければロッカが狙われることもなかったんじゃないのか?  自分たちのいざこざすら満足に解決できないくせに、本当に俺の保護なんて遂行できんのかよ?」  ユーリが問うと、ナザリオは意想外な顔をしたあとで口元を綻ばせた。 「命に代えても」 「やめろよそれ、マジで重いから」  ユーリはナザリオの答えを即座に否定し、不満そうな表情で視線をそらした。 「俺を散々マワしたやつらとおんなじ制服着ているし、口を開けば規則だなんだって重いから嫌いなんだよ」 「すみません、配慮が足りませんでした」 「あんたらの隊がスカリア隊ともほかのピエタとも違うってことはよくわかった。  だけど俺を守るために命を懸けるとか、そういうのは好きじゃない。だからそういうことを言わないんだったら、ちゃんとあんたらが無事で守ってくれるんだったら、守られてやってもいい」  ぼそぼそとユーリが言う。こら、ユーリと二コラがすぐさま非難した。気恥しくてナザリオの顔を見れなかったが、穏やかに笑っているのが分かった。 「仰せの通りに、Sig.オルヴェ」  貴方は俺の相乗以上に素直ではない方のようだと、ナザリオが継ぐ。ナザリオが右手を差し出してくる。ユーリはきょとんとしてその右手とナザリオとを交互に眺めた。 「え……っと? どうしたら?」  イル・セーラとノルマ族は文化が異なる場面が多い。挨拶などが顕著だ。目を瞬かせながらナザリオを眺め、彼のするように右手を差し出した。大きな手で握られた途端ユーリの肩が大袈裟に跳ねた。 「ノルマ式の友好の挨拶です。貴方と同等の立場だとお伝えしたかったのですが」  明らかに動揺してしまった手前、そうだったのかとしか言えなかった。まず文化のすり合わせをするところから始めたほうがよさそうだと内心して、ユーリは改めてナザリオと握手を交わした。

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