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Six(4)★

 手術を終えた二日目の夜のことだ。麻酔が切れたミカエラが意識を取り戻した。脈も、鼓動も、呼吸も安定している。しかし覚醒したのは短時間だった。手術の負担もあるだろう。資料になかっただけで、元々貧血気味だったのかもしれない。ノルマ族は輸血をせず、輸血が必要なほどの大手術は受けないのが通常だ。そのために輸血の道具がない。ミカエラの貧血症状を改善させるためにユーリは生理食塩水で補うことにした。アルカの丸薬を定期的に飲ませることも忘れない。  こっそりと育てていた薬草のおかげで、感染症のリスクはないに等しい。ほとんど寝ていないせいで目がしょぼしょぼする。ユーリはリズが差し入れに持ってきてくれたカフェラテを啜った。すっかり冷めてしまっているが、砂糖の甘さが体に染み渡る。名残惜しそうにそれを少しずつ飲み下しながら、ユーリはミカエラへと視線を向けた。  本当に自分が眠っているかのようだ。それほどよく似ている。髪の色が違うくらいで、背丈もほとんど変わらない。気分転換にバッサリと髪を切り、十数年ぶりにショートカットになった自分の髪を触る。ミカエラとは違い、短く切っても少し癖のある、角度によってはトゥヘッドに見えなくもない色素の薄い銀髪だ。  身体の特徴もほとんど同じだ。データを見たが、身長もほぼおなじ、体重はミカエラの方が少し重く、筋肉質で、ユーリよりも少し骨が太い。細身ではあるものの、締まった身体だ。特殊部隊を率いる者として、よく訓練されている証拠だとニコラが言っていたのを思い出す。  こんなにも似ている人間がいるものなんだなとぼやく。もしもミカエラの中でサシャの意識を保っていたら、あまりに似ていて驚くんじゃないかと想像するほどだ。  ユーリはミカエラの左胸に手を宛てがった。規則正しく鼓動を打っている。このなかに、サシャが、ーー。そう思ったら急に目頭が熱くなってきた。  床に座り込み、ミカエラの鼓動が聞こえる位置まで耳を近づける。元々のミカエラのものとは異なる力強い音だ。やや忙しない呼吸音がそれに混じる。 「サシャ」  返事などあるわけがない。ユーリはミカエラの鼓動を聞きながら、目を閉じた。  ーー彼の死は国際問題に発展する。  学長の言葉が不意に脳裏を掠めた。ミカエラはオレガノ軍の特殊部隊を率いる准将だと聞かされた。准将と唐突に言われても、なにがなんだかわからずきょとんとしていたユーリをよそに、学長から「ユーリやサシャとは立場のかけ離れた存在であり、本来ならば触れることはおろか、言葉を交わすこともできない」という旨をざっくりと説明された。  それなら大学に連れてくる理由はなんだったのだろうか。ドン・フィオーレのいる北側の診療所で対処ができなかったのであれば、こちらに連れてくるのはリスクしかない。  ユーリは体勢を変え、ミカエラが眠っているベッドに上半身だけ預けるように伏せた。  そもそも国際問題に発展しかねない相手なら、あんなに無造作なカルテの書き方はしない。もっと慎重に扱うべき案件だというのに、まるで他人事のように投げやりだった。あんな状態なら普通は見限るとニコラも言ったが、東側や北側の物資では無理だが大学側なら助かる可能性があると判断してこちらに連れてこられたと小耳に挟んだ。もしそれがほんとうなら、ーー。  ユーリはすっくとたちあがり、ミカエラの所持品が置いてあるサイドテーブルに近付いた。ニコラがいたら、勝手に所持品に触れるなと文句を言うだろうが、いまはいない。サイドテーブルには、軍服についていた軍章がいくつも転がっている。そのなかにはシンプルなデザインのプラチナリングがついたネックレスがあった。ところどころに血が付着して汚れているが、そのデザインには見覚えがある。キアーラが大事そうに持っていたものだ。  彼女から直接聞いたわけではない。でも、キアーラは自分の婚約者はユーリに似ていると言っていた。女性にそういうことを聞くのは失礼かと思い尋ねたことがなかったけれど、もしその相手がいつか言っていた『街で偶然出会ったイル・セーラ』で、且つ自分に似ているのだとしたら、――。  ユーリは部屋に置きっぱなしにしていたミカエラの軍服を漁った。乱暴に逆さまにして振ってみたがなにも落ちてこない。胸ポケットや内ポケットを次々と漁る。指先にこつんと固い感触があった。インク式のペンだ。そのペンはただのペンではない。ユーリとキアーラがこっそりと情報交換をするために使っていたものだ。  恐る恐るペントップを回し、解体する。そこにはやはりキアーラがよく使っていた紙が挟み込まれていた。 『親愛なるユーリ  Sig.ベルダンディへの術式はあなたに一任します  万が一があった場合の一切の責任は  キアーラ・セラフィマ・ディアンジェロが負うことの証明書です  大学側や栄位クラスが司法による責を負う必要はありません』  紙にはそうとだけ書かれている。左下の端に、ミカエラが運ばれてきた日の日付と、おそらく東側のスラムの診療所にいた時間。そしてキアーラのサイン。バツ印がふたつ。ユーリは鼻で笑った。キアーラからの合図だ。  やはりそうだ。どこかがおかしいと思っていた。ミカエラほどの立場のある人間になにかがあった場合、誰かが責任を負わなければならない。ミカエラがミクシアで死んだとなると、オレガノが黙っていないだろう。だからキアーラは彼女なりの『予防策』を張った。  ユーリはその紙をインク式のペンに押し込んで、ポケットに入れた。これは切り札に使える。ミカエラの所持品をすべて元に戻し、軍服をたたむ。  ふうと息を吐いて、ユーリは処置に使ったものをトレイに乗せ、ミカエラの左胸に手を当てた。 「行ってくる、サシャ」  そう告げて、ユーリはミカエラが寝かされている部屋を後にした。  ユーリは自分の甘さに辟易した。軍部もピエタも昔から信用に値する組織ではない。なかにはまともな隊員もいたかもしれないが、ほとんどは汚職と色にまみれたろくでなしだ。それは自分の身を以て、痛いほど思い知らされていたはずだ。彼らに媚びを売ったつもりはない。ただユーリは自分たちの生活を支えてくれていた住民たちのために、そしてスラム街の住人たちのために、できることをしたかっただけだ。それすらもかなわないとなると、なんのために自分がここにいるのかが分からなくなる。  一人になりたくて、ふらふらと大学を出た。一人で大学の外に出るなと言われていたが、今更だ。こんなにも混乱しているさなかでわざわざこんなところに出向いてくる者などいないだろう。ユーリは大学と外部を隔てるフェンスにもたれかかって、ふうと大きな息を吐いた。  ここはユーリが時々訪れる場所だ。ほとんど人目につかないうえに、裏山近くには収容所もあり物騒だという理由からほとんど誰も近付かない。それをいいことにユーリは勝手にここを憩いの場所にしていた。ぼんやりと空を眺め、体を撫でていく清かな風を感じる。  本当によかったのか? というニコラのセリフを反芻し、ユーリはふんと鼻で笑った。 「いいもなにも、どうせいまの医学じゃ救いようがなかった」  ぽつりと呟いたあと、やり場のないなんとも言い難い気持ちを発散させるかのようにガシガシと頭を掻いた。こんな風に落ち込むなんて柄ではない。けれどぽっかりと大きな穴が開いている。心の底からあれでよかったと思えるほどドライではない。自分では納得していたし、そうするのが最適解だと信じて行ったことだったが、時間が経てば経つほどにそれは後悔というかたちに姿を変え始めた。  ユーリはまた深く息を吐き、両手で顔を覆った。サシャは死んだ。自分が殺した。けれどそれはミカエラというべつのイル・セーラを助けるための唯一の方法だった。それがミクシアに於いて違法だということは知っていたし、ジャンカルロからも手の内を見せるなときつく言われていた。生体移植以外ミカエラを救う方法などなかっただろう。だからその方法を知っているであろうアナスターシャに助けを求めた。それが正当な理由だとしても、この国はそれを良しとしない。  手術をしたことに関しては後悔はない。ミカエラは救われた。サシャも最良の形で人助けをすることができた。けれどいくつかの疑問が生まれては消える。それは自分が勝手に思っているだけだと意識を振り払おうとするが、罪悪感にも似たものがふつふつとこみあげてくる。  サシャにとっては最適解だったかもしれない。けれどミカエラにとってはどうだったのだろうか。もしもきちんと意識を取り戻し、会話ができるようになったとき、ミカエラは生きていることに絶望をしたりはしないだろうか。ふいに頭に浮かんでくるのだ。  ニコラを通じてミカエラの経歴を調べた。ミカエラはオレガノの軍医免許を持っている。ミクシアに来てからは特殊部隊を率いている准将という立場だ。軍医であるならば余計に自分が置かれた状況を理解していなかったはずがない。急性ショックを起こすほどの異変を体に感じていながらも退避をしなかったというのは、死ぬつもりだったのか、或いは退避命令がおりなかったのではないかとか、そんな考えがよぎる。そんなことを考えるのは本当に柄ではない。  一人になることを望んだのは自分だが、一人になるとろくな感情しか生まれない。矛盾している。けれど大学にいると取り乱しそうだった。もうサシャもいない。ナザリオも、キアーラも戻ってこない。それはユーリのせいではないと二コラたちは言うけれど、ピエタも、軍部も、ユーリのせいだと思っている。それが悔しかった。  不意に人の気配がした。  顔を上げると、そこには見知らぬ男が二人立っていた。一人になりたくて敷地外に出たのが災いした。そう思ったが、ユーリはぼんやりと二人を見つめた。なにも考えたくない。どうせこの男たちの目的などひとつしかないのだ。このまま殺されてもいいとすら思った。 「おっと、先客がいたのか。それも上玉のイル・セーラじゃねえか」  男がユーリに嫌らしい視線をぶつけてくる。じろじろとユーリを眺め、舌なめずりをした。  もう一人の男がユーリの前にしゃがみ込み、武骨な手で顎を掴んできた。いつもなら男を誘うように演技をして見せるが、そんな気分じゃない。 「なあ、こいつ」  訳知り顔で後ろの男がユーリの顎を掴んでいる男に声をかける。その男に目配せをした後で下卑た笑みをこちらに向けてきた。 「あんたのおかげで豚箱にぶち込まれちまってなあ。つい数日前に出所したばかりで溜まってんだよ」  顎を掴んでいる男が無理やりユーリの顔を上げさせる。この男の顔を見た記憶などない。きっとミカエラと勘違いをしているのだろう。髪の色まで同じだったとしたらニコラでも間違うほど似ているのだ。頭ではそう思っていてもユーリは抵抗しなかった。違うと否定したところで男たちには通じないだろうし、なによりユーリにはその気力すらなかった。  ユーリが抵抗しないのをいいことに、もう一人の体格のいい男がベルトを寛げ始めた。衣擦れの音。独特の金属音。この後に言われることはもうわかっている。 「殺しはしねえよ。おまえが大人しくしていればの話だが」  目の前の男がくっくっと喉の奥で笑う。男は体格がよく、腕もかなり太い。ベルトを寛げている方はやや小柄ながらしっかりとした体つきをしている。ふたりとも腕にいくつもの接種痕があるのが見えた。おそらくは薬物の中毒者だろう。それに手首にはリストベルトが残っている。本当に釈放されたのであればリストベルトは除去されるはずだ。冷静に二人の男を観察していると、ユーリの唇に男の指が触れた。 「ほら、飲めよ。最高に気持ちいいセックスをしようぜ」  歯に固いものが当たった。薬物だ。水がなくても飲めるように粉末状のものをコーンスターチで固めただけの粗悪品だろう。こういう輩が入手して加工できる薬物は安価で手に入るヴェローネの類だ。丁度いい。なにも考えたくないと思っていたところだ。  男はユーリの口をこじ開けて錠剤を喉の奥に押し込んできた。独特の苦みが口のなかに広がる。 「やべえ、もうがちがちだぜ。早くぶち込ませてくれよ」  荒い息遣いのままで男が言う。男の股間はあきらかに膨らんでいる。男はユーリの体を引きずり倒すとジョガーパンツを下着ごとずりおろした。ひゅうと男が口笛を吹く。 「じゃあ俺はしゃぶってもらうとするか」  やや小柄な男がユーリの髪をひっぱって四つん這いにさせると、口元に無理やりペニスを押し付けた。しゃぶれと鬼気迫るような低い声で命令される。ユーリはぼんやりとした思考の中で言われたとおりに舌を突き出しペニスを舐めた。男たちの歓喜の声がする。その声はこの場所ではない別の場所から聞こえるような感覚だった。男に媚びて抱かれていた時とは違う。自分の身に起きていることだというのにまるで他人事のようだ。別の誰かが抱かれている声をよそで聞いているかのような、――。  ふいに動悸が打った。喉が詰まる。ぐっと呻くような声が上がって我に返った。違和感を覚えて慌てて振り返ると、小さい方の男が無遠慮にユーリの尻たぶを広げて滾ったペニスを擦りつけているのが見えた。 「なんだぁ? いれてくださいって可愛くおねだりしてみせろよ。そうすりゃ流血沙汰だけは勘弁してやるぜ」  下卑た笑い声があがる。ふざけんなと罵りたかったがうまく息が吸えずに言葉にならない。喉の奥でひゅうひゅうとつまったような音がする。さっきの薬物は粗悪品だったのかもしれない。ヴェローネではなくユーリの体に合わない薬物――マリーツィアが含有されていた可能性がある。ともすれば彼らは正規のルートで薬物を手に入れているわけではない犯罪者だ。ここで彼らを捕まえておけばピエタにも軍部にも恩が売れる。  そう考えたが意識とは裏腹に体は覚束ない。抵抗しようと思っても力が入らず、辛うじて上半身を支えていた腕が言うことを聞かずに地面に崩れ落ちた。図らずも尻を突き出すような格好になり、男たちが下品なヤジを飛ばしてきた。けれどひどい頭痛にさいなまれなにを言われているのかすらわからない。  男はユーリの尻たぶを開いて乱暴に指を抜き差しし始めた。異物感しかない。快楽を与えるつもりなどみじんもないなと冷静でいるユーリとは逆に、男たちは楽しそうにユーリの後ろをもてあそぶ。男を抱く経験がないのか、それとも壊滅的にへたくそなのか、ユーリを慮るような愛撫ではない。痛みと異物感、そしてなんともいえない苦しさに引きつったような声を上がる。男の嬉しそうな声が聞こえたかと思うと肉厚な舌でべろりと頬を舐められた。 「きもちいいか? おまえらはこうやって俺たちに抱かれているのがお似合いなんだよ」  男の熱がこすりつけられる。ユーリは疼くように頭が痛むのをこらえながら抵抗しようとしたが、ユーリの二倍はあろうかとおもうほど太い腕にがっちりと腰を掴まれているせいで逃げられそうもない。 「っざけんな、放せっ」  なんとか絞り出した声は震えていて、とても凄んでいるようには聞こえなかった。 「エロい声だなあ。もしかしてさっさと犯してほしくて誘ってんのか?」  無理やり顎を掴んで顔を上げさせられた。目の前には滾ったペニスがある。ただでさえうまく呼吸ができない時に両方責められたら窒息するかもしれない。その恐怖が頭をよぎった。 「すげえ、ひくひくして吸い付いてくるみてえだ」  ぐっと男のペニスが押し付けられる。 「おら、力を抜け」  男がユーリの尻を叩く。大げさなほど体が跳ねた。ひゅうひゅうと喉が鳴る音が大きくなる。涙のせいだけではなく靄がかかったかのように不明瞭な視界のなかでなんとか逃げようともがいたが、それは男たちを喜ばせるだけだった。 「口開けろ。噛んだらぶっ殺すぞ」  息をするのもやっとだというのに男に口をこじ開けられる。こうも体がまともに動かなくては逃げようもない。せめてもの抵抗とばかりに男の指に噛みついた。 「ってえな、この野郎!」  男が激高しユーリの前髪を乱暴に掴みあげる。頭皮が剥かれるような強い痛みが引き金となり遠のく意識を手繰り寄せて男の指に犬歯を食い込ませた。口の中にさび臭さが広がる。かと思うと男はユーリの体が浮くほど強い力で髪を引っ張り上げたあとで脇腹に踵をめり込ませた。またも強い動悸が打つ。ひゅっと喉が鳴り、一瞬で目の前が真っ暗になった。  意識を取り戻したとき、ユーリの口の中には青臭さが広がっていた。粘ついたものとやたら熱を持った塊が口の中にある。それが男のペニスだと気付いたが、噛みつくような気力は残っていない。後ろには違和感があるものの、ひどい痛みではなく、かなり念入りにほぐされたのかぐちゅぐちゅと粘着質な音がする。 「いまから犯そうってのにご丁寧だなあ」  ユーリの口を犯している男がのんきな口調で言う。 「俺ぁこいつが派手に喘ぐさまを見てえんだよ。なのに先に口塞いじまったのはおまえだろうが」  あからさまに不満を吐露する男は、どうやらユーリの後ろを解しているようだ。無遠慮さに変化はないものの、ユリウスやニコラのものとは違う武骨な指がユーリを刺激する。最初は違和感しかなかったが徐々に快感に変わってきているのか、腹の奥がずんと熱くなるのを感じた。  鼻に抜けるような声が上がる。口を犯している男の動きが一瞬止まった。ぐしゃりと髪をつかまれ、喉の奥を突き破りそうな勢いで熱が潜り込んできた。ぐぼぐぼと呻き声なのか粘膜の音なのかわからないほどえげつない音があがるほど激しい動きにユーリは思わず男の腿に爪を立てた。 「うっ、くそ、出るっ」  男が呻いたかと思うと口の中に青臭さが広がった。粘ついたものが喉に絡みつく。男の熱が抜けたと同時にユーリはそれを反射的に吐き出してしまった。嘔吐が付きそうなほど激しく噎せこむユーリの尻に、今度は後ろの男の熱が宛てがわれた。 「ははあ、やっと俺の番だな」  いやらしく笑いながら男がユーリの後ろに熱をこすり付けてきた。自分はなにをやっているのだろうとはたと正気に戻る。どうかしていた。もう奴隷ではないし、こんなことをしている暇などないはずだ。  自分が決めたことだ。それにサシャのことに関していえば、アナスターシャだって、フレオだって巻き込んでいる。それなのになぜ自分だけが逃げようとしているのか。責任を取る覚悟があったからこそ、ああしたのではなかったのか。  なにを弱気になっていたのだろうと自分を奮い立たせ、ユーリは男をはねのけようともがいたが、飲まされた薬の影響か力が入らない。 「やめろ、触んなっ!」 「はあっ? こんなぐずぐずにさせといてなにいってんだ」  男のペニスがユーリの中に入り込んでくる。いやだと必死で叫んだ。自分が犯されることで事が済むなら手っ取り早いと投げやりになり、一瞬でも“逃げ道”を探った自分が情けなくて鼻の奥がつんとする。口の中でサシャの名を呼びながら訪れる衝撃に目をつぶった。  破裂音がした。圧迫感が急に失せ、どしゃりとなにかが音を立てた。ユーリの頭もとにいた男が喉を引き攣らせるような声が聞こえ、ユーリは力を振り絞って振り向いた。  目の前には男が立っていた。ノルマ族だ。ニコラよりも長身で、ガタイがいい。見慣れない制服を纏ったその男は、逃げようとしたもう一人の男をいとも簡単にとらえてうつ伏せにさせた。 「イル・セーラへの性的暴行は厳罰だ。加えて貴様らは押収物の窃盗および脱獄と三重の刑が科せられる。イル・セーラを味わえなくて残念だったな。生きて再びこの地を踏めると思うな」  バスバリトンの声を尖らせ、制服の男が言う。うつ伏せにされた男は抵抗するそぶりもなく両手両足に手錠を掛けられて地面に転がされた。駆けつけてきた部下たちに、囚人たちを連れていくよう指示する。そして呆気にとられたユーリの前に男が立ちはだかった。 「すまないね、君が彼らの協力者なのではないかと様子を窺っていた」  男がユーリの前に跪く。その対応に驚いていると、そっと頬に手が触れた。びくりと大袈裟なほど肩が跳ねた。驚くほど端正な顔立ちをしている。鼻梁も高く整っていて、それこそ歴史の教科書に載っていた王族のような気品を持つ男だ。ノルマ族には珍しい、夏の植物を思わせるような快活なサマーグリーンの瞳に見つめられ、ユーリは言葉が出なかった。  こんな目立つ人がピエタにいたのかと内心する。ピエタはほとんどが旧軍幹部で構成されていると聞いているが、この男からは彼らと同じような“におい”が一切しない。 「驚かせるつもりはなかったんだ。彼らが使っていたのはフィッチでよく使われるセックスドラッグだ。念のために中和剤を飲んでおくといい」  胸ポケットから出したピルケースを開け黒い丸薬を3粒ほど手に取ると、男がそれをユーリに手渡そうとして来る。手が震えてうまくそれを受け取れずにいると、男はユーリの口をこじ開けてそれを口の中に放り込んだ。 「舌下に入れなさい。苦いし後味は悪いが即効性でよく効く」  言いたいことはわかるがあまりにまずくて嘔気が付く。口を押えながら水を要求するがくぐもって聞こえなかったらしく男は反応しない。苛立ちまぎれに睨んだが男は驚くどころか肩を揺らして笑った。 「ああ、水か。生憎と持ち合わせていなくてね」  大きな手で顎を掴まれたかと思うと男の顔が近づいてきた。かさついた唇が触れる。驚いた拍子に舌が割り込んできた。手馴れているのかあっというまに丸薬を舌下に押し込まれる。ただでさえ息が整わない状態だというのにこんなにもまずい丸薬を口に含まされ、挙句見ず知らずの男に恋人同士でもしないような熱烈なキスをかまされるとは考えもしなかった。息苦しさに男の肩を叩くがガタイのいい男はびくともしない。やがて濡れた音を立てて男の舌が抜けていく。ぼんやりとして思考が定まらない。乱された息を整えようとするユーリをよそに、男はどこか神妙な面持ちでユーリのペニスを掴んだ。 「うわっ!?」  想像しなかった部分に刺激を与えられ、ユーリの声がひっくり返った。 「あの手のセックスドラッグは何度か抜いておかないとあとで苦しむ羽目になる。中和剤のおかげで2,3回抜けば治まるだろうから、我慢しなさい」 「ちょっ、ちょっと待って! 自分でっ」 「手がしびれて使い物にならないだろう。嫌なら目をつぶってくといい」 「ンなことしたら、余計、感覚がっ」  ユーリの体が大げさに跳ねた。鼻に抜けるような声が上がる。色っぽいそれをからかうようなそぶりも見せず、男は大きな手でユーリのペニスを擦った。くちゅくちゅと濡れた音があがる。それにユーリの掠れた喘ぎ声が混ざりあいひどく淫靡だ。 「んんうっ!」  ユーリが前かがみになって体を震わせた。男の手の中に精を放つ。息を乱したまま男の胸に背中を預けたが、男はなにも言わずに空いた手でユーリの髪を撫でた。 「君は随分と敏感なようだな。薬の影響かね。それとも男に遊ばれ慣れているのかね」  ユーリは答えなかった。いや、この男から与えられる快感が強すぎて言葉を継ぐことができなかった。はあはあと息を弾ませるだけだ。男が笑う。続けざまにペニスを擦られユーリは声をひっくり返して喘いだ。 「まだガチガチじゃないか。このままじゃ町に降りることもかなわないぞ」  言いながら男がユーリのペニスを扱く。手際の良い愛撫のせいで二回目だというのにあっという間にイかされた。びくびくと震えながら精を放つユーリを笑いもせず、ただ事務的に済まされる行為には違和感しかない。振り返って男の表情を確認する。色を孕んだ表情をしているものの、ユーリにそれ以上の危害を加えてくる様子はない。それどころか二回目を出してもなお硬度を保っているユーリを見て憐憫すら抱いているように見えた。 「君は後ろをいじらないとイケないのかね?」 「っ、うるさいっ」  ユーリは息も絶え絶えに言って、男の手を払いのけようとしたが、男の手が後ろに割り込んできて、ひえっと情けない声を上げた。 「ちょっ、嘘だろっ?!」 「適切な処置だろう。媚薬はさっさと出すに限る」  イル・セーラは特にそうだろうと言われ、ユーリは男を睨んだ。手際よく男が指にスキンをはめ、ユーリの後孔に指を潜り込ませる。引き攣ったような声が上がるユーリをよそに、男はユーリの身体を自分の身体に預けさせた。でかい。二コラよりもガタイがよく、且つ心地よいかおりが妙に体を蕩けさせる。こいつは絶対に遊び人だとユーリは確信する。 「はなせっ、自分でやるっ! 自分でやるからっ!」 「悪いが待ってやる時間がない」  遠慮するなと男がユーリの後孔を指で犯す。ジャンカルロより大きい手を持つ相手がいるとは思わなかった。野太い指がユーリの粘膜を刺激し、ユーリはあられもない声を上げる。声が響かないように口元を押さえるが、強すぎる刺激のせいで声が漏れる。男は決して激しい動きをしているわけではない。ただ的確に、ユーリがよがる場所を丁寧に何度も擦り、煽るように指がうごめく。長い指がユーリの感じるところを掠め、びくんと体を震わせた。 「あっ、ぁ、ふっ、ぅうっ」  唇を噛み、これ以上喘ぐまいとしたが、男の手管の前にはそんな意図など通じなかった。全身から鼓動が聞こえてきそうなほど脈打つ。耳まで真っ赤なのがわかる。ぐちゅぐちゅとひどい音を立てて男の指がユーリの急所を何度も捕えるせいで、ユーリは両腕で顔を隠した。震える足で地面を蹴って抵抗しようとするが敵わない。後ろで笑う声が聞こえたかと思うと、もう少しだと耳元でささめかれて、背中に甘い痺れが駆け上がった。大げさなほど身体が跳ねる。 「ふあっ、ぁ、っ、っ!」  体全体が痙攣しているような感覚だ。頭がボーっとする。息の根が合わずにハアハアと酸欠の金魚のように息をするユーリとは場違いなほど涼しい顔で、男は更に指を動かし始めた。 「待ってっ、待って、イってる…っ、んんうっ」  甘い痺れがからだ中を駆け巡る。男はユーリが射精したのを確認すると、ユーリの後孔から指を抜いた。腹の上にこぼれた愛液や自分の手に着いた精液を明らかに高級そうな紙でふき取って、その中に指に着けていたスキンも丸め込む。男は汗で額に張り付いたユーリの前髪をすいて、少しはマシになったかねと声をかけてきた。  マシになるどころか、余計に腹が疼く。くそ野郎がと腹立ちまぎれに吐き捨てて、ユーリは快感を紛らわせようと下腹を数回殴る。後ろでイッたおかげか前は落ち着いた。でも、――。ユーリは唸りながら足をばたつかせて、男の腕の中から逃げた。

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