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Six(5)
「あんた、何者なんだ?」
気を紛らわせるために別の話題を振る。ユーリの問いに少し首を斜めに傾けたあと、困ったように眉を下げて肩を竦めた。
「君とは先日、短時間ではあるものの面会したはずだが」
見覚えなどない。面会した記憶もない。そもそも、こんな雰囲気のある男を忘れるわけがないと思いつつ、否定した。
「生憎人の顔を覚えるのが苦手でね」
男はそうかとどこか満足げな表情で笑う。ユーリを見やり、顎に指をあてて顔をあげさせる。ユーリは怯んだ様子で男を睨む。
「しかし意外だな、君は房中術に頼るよりも拳で解決しようとするタイプだと思っていた」
ユーリがはっ? と声を荒らげる。
「私はレナト・レオナルド・ブラッキアリ。以前にも伝えたはずだが、改めて。
ところで、きみは何故ここに? 一人で出歩ける立場ではないだろう。私は“協力者”と待ち合わせをしていたのだが」
レナトと名乗った男の風貌は確かに巷にいる男たちとは違っている。持ち物もそうだが、なにより制服は並みのピエタが着ているのものではない。ユーリは不思議そうに首を斜めに傾けた。
「あんたの制服って、ピエタのコマンダンテとか補佐官とかの高官が着てるやつじゃないっけ」
まえに一度ピエタにつかまった時に高官と面会したことがある。そのときにいたピエタの一人がレナトと同じ制服を着ていたのを覚えていた。白地で襟に金の刺繍が施された独特のデザインだ。面会した高官は肥えた腹の肉が目立ち、清潔感のある白地の制服がまるで似合っていなかったが、この男のためにこのデザインで誂えたのではないかと思うほどに似合っている。
「おかしなことを言うものだ。以前もこの制服で話しているはず」
服を着たまえと、レナトが男に脱がされたジョガーパンツと下着を手渡してくる。ユーリはそれを乱暴に引き取るように受け取った。ごそごそと衣類を整え、まだ若干熱を持つペニスを無理やり下着に押し込む。
会話の流れで察する。さっきの男たちもそうだったが、レナトも自分をミカエラだと思っているようだ。あれだけ似ているのだ。見紛うのも仕方がない。まだ自分が髪を切る前ならよかったが、ばっさりと髪を切った上に、長い間長髪だったこともあり気が付かなかったが、髪を切ると光の屈折の加減なのかトゥヘッドに見えなくもないほどだった。
だからなのか、さすがにフレオやアナスターシャは事情を知っているから気付いてくれたが、ミカエラを大学に運び込み、聴取を受けていた部下たちは、ユーリを見るなり立ち上がって敬礼をしたほどだ。
俺はミカエラじゃないんだけどと言おうとした時だ。
聞き覚えのある声がした。『ドン・クリステン』と呼ばれたレナトは、何食わぬ顔で声の主に向けて右手を掲げた。エリゼがやって来る間、ユーリは驚いてレナトを見上げた。
ドン・クリステン。一度だけ見たのはかなり遠目だったし、髪型や制服が違っているから気が付かなかったが、言われてみれば確かにそうかもしれない。
「遅いぞ、エリゼ」
こちらに向かってくるのはエリゼだった。怪我をしているらしく、利き腕であるはずの右腕は三角巾で保護されている。
「エリゼ、無事だったのか!」
エリゼが素っ頓狂な声でユーリを呼んだ。まさかここでエリゼと出会えるとは思っていなかった。ユーリと呼ばれたせいか、レナトが明らかに驚いたような視線をユーリに向けてくる。
「きみはミカエラではないのか?」
ユーリは眉間にしわを寄せて、舌打ちをした。「どいつもこいつも勘違いしやがって」と口の中でぼやく。
「ミカエラなら病院。少し前に意識が戻ったばかりだ。
それより、ナザリオは? キアーラを知らないか?」
エリゼは表情を曇らせて首を横に振った。
「俺は隊長の命令で准将を大学にお連れするのに付き添いました。隊長は俺と別れたあとで西側のディエチ地区に向かったと聞いていますが、セラフィマ嬢のことは、なんとも」
そうかとすら言えなかった。言葉が出なかった。そんな状況でもエリゼは事後処理をするために動いているのだ。少しでも自暴自棄になりかけた自分が嫌になる。
「ピエタの一部が暴徒化していて、こちらでも収拾がつかない状態です。もしかすると大学側にも被害が及ぶかもしれません。救命活動はいったん取りやめ、身を潜めたほうがいいかもしれませんよ」
「救命活動をやめる? バカを言うな、俺たちは医者だぞ」
「その医者がやっていることが違法だと騒ぎ立てている連中がいるのです。准将を救った方法が違法手術で、献体の件でも憶測が飛び交っているせいでピエタはまともに機能していません。軍部のなかにも准将の身を案じるどころか、暗殺計画すら持ち上がっています」
どういうことだとレナトが問う。ユーリはミカエラが二日前に東側か北側のスラムの診療所から運び込まれ、学長から最善を尽くせと言われたために、この国では非認可の生体移植を行った旨を掻い摘んで話す。どうやらレナトはミカエラが西側のスラムでなにかに巻き込まれたことを知らなかったようだ。
レナトは驚いたような表情でユーリを見たあとで、まるでおもしろいものを見つけたとでも言わんばかりに笑みを深めた。
「なるほど、そうきたか。ミカエラが救われたことで反オレガノ感情を煽り、且つイル・セーラの救命活動を優先させた大学側もろとも叩くつもりだな。ミカエラは救われたが、オレガノ軍がどうなったのか、情報がない。全滅とも、全員生還ともいえる。エリゼ、これはどちらの案とみる?」
「隊長の話だと、ドン・ヴェロネージとフィッチの密約ではないかと」
エリゼが言うとレナトはふむと納得した様子で顎を触った。
「やはり証拠を掴んだことで殺しにかかってきたと考えた方が正解なのだろう。こちらもなりふり構っていられるような状態ではない。
君は大学側が巻き込まれないように学長にこのことを伝えてくれ。今回のミカエラに対する救命活動はすべて俺の指示であるという命令書を書く。少し待て」
レナトは制服の内ポケットから革製のウォレットケースのようなものを取り出し、それに挟まれていた上質な紙に万年筆でなにかを認め始めた。
ユーリははたと気づいた。エリゼがドン・クリステンと呼んだ男は、元々本来ならば単独行動をしないような立場ではないのか。ピエタにも、軍部にも、おまけに大学にも顔が利く。そこまでの権力を持った人間は限られている。もしやと思い、ユーリはわざとせがむようにレナトに声をかけた。
「あんたの命令書が元でミカエラに生体移植を施したという証拠があれば、俺のしたことは違法にならないのか?」
ユーリの問いを受け、レナトが薄く笑みを描く。
「それともこれは、あんたの立場をもってしても覆せないことなのか?」
レナトはユーリの様子を窺うように視線をよこし、さして動揺している様子もなく『大学側が巻き込まれないようにするためだと言っただろう、きみ個人のことは関係がない』と端的に言ってのける。
「ユーリ、ドン・クリステンは本来ならば貴方が口を利けるようなお立場ではありません。こうして知恵を拝借するだけでも恐れ多いというのに」
「へえ。エリゼのその態度で得心がいった。ドン・クリステンは軍医団長だとばかり思っていたけれど、つまりあんたは暴徒化したピエタではないほうのコマンダンテ、もしくはコマンダンテ補佐とでもいうべき立場だな」
「ユーリ」
エリゼが語気を強めた時だ。レナトはそれを片手をあげて制し、ノルマ語で記載された紙をウォレットケースの外側に重ね、それを閉じた。
「君の推察通りだ。俺が率いている部隊は西側のスラムの処理に追われている。……いや、この際だから言っておこう、アリオスティ隊以外はほぼ壊滅状態だ」
「ドン・クリステン、恐れながら、ユーリにそこまでお話になる必要はないかと」
「構わんよ。どうせそのうちにわかることだ。
先述したようにいまのピエタのなかで俺に従うものは十数名といっていい。だからこの命令書を振りかざしてピエタの管理局に赴いたところで君の違法行為を白紙にすることは不可能だ。俺の息がかかっていると分かれば無事では済まないぞ。輪姦されるなら安いと思え。それほどにまでいまのピエタは腐敗している」
「そうです。ドン・クリステンのおっしゃる通り、この命令書はあくまでも准将の手術を“大学側”が率先して行ったわけではないという抑止力のためです。この国の医療をつぶされてはどうにもならないので」
「それを学長に渡して、救命活動を一旦やめておとなしくしていれば、なにか状況が変わるのか?」
「それは保証しかねるが、大学側に危害が加わることはないだろう」
レナトの言葉は正論だった。大学側が率先してミカエラの治療をしたわけではないという指示書があれば、暴徒化したピエタの分が悪くなる。学長はミカエラを死なせるなと言ったが、ピエタの隊員を差し置いてまで手術をしろとは一度も言っていない。生体移植をすると決め、アナスターシャに指示したのはほかならぬユーリだ。
ユーリはふうと息を吐いた。レナトを見上げ、『ドン・クリステン』ともう一度名前を呼ぶ。
「じゃあせめて、国外追放を撤回させてもらえないか? こんな状況で国を追われるなんて困る」
「それを俺に言われたところでどうしようもならない。その覚悟を持って非認可の手術をしたのだろう」
「国外追放はその前から話があった。フェルマペネムの再現をしろとか、代替品を作れとか、無理難題を押し付けてきて、従わないのなら国外追放をと」
レナトが上品に笑う。目を眇めてユーリを見て、片眉を跳ね上げてみせる。
「それはきみがこの国にとって“体の良い駒”に過ぎないからなのでは? 利用価値があるとみるとこの国は骨の髄まで吸い尽くしにかかる。所詮奴隷など“どうにでも転がせる”と軽く見られているのだろう」
「本当にあんたの力をもってしても覆すことができないのか?」
レナトがどういう意味だねと余裕気な笑みを浮かべる。
「ピエタがだめなら、国を動かす方法は? 軍部とか、貴族とか」
「ユーリ、気持ちはわかりますが無理なものは無理なのです。俺が大学まで送るので、早くその命令書をドン・アゴスティに届けてください」
「そういえば検視した連中のなかに、ドン・コスタがいた。ナザリオ並みに恐ろしく強いと聞いていたが背後からざっくりやられていた。彼がこちらに連れてこられたのはミカエラのあとだ。
もしかしてピエタが暴徒化したのは、オレガノ出身のミカエラの手術を優先したからではなく、ノルマを差し置いてイル・セーラの治療と搬送を優先したからなのでは?」
レナトが深い息を吐いた。眉間を指でつまみ、どこか面倒くさそうな表情だ。
「もしそうなら、そっちだって礼節に欠いたことをしている。確かに俺は、“俺自身”は元奴隷だし、この国にとっては体のいい駒かもしれない。でも、ミカエラは違うだろ。オレガノの准将だ。オレガノの准将を差し置いてピエタの部隊長を治療しろと迫ったことがオレガノに知られたら、それこそ国際問題に発展するんじゃないのか」
口を挟ませないとばかりに一息で言ってのける。ユーリのまっすぐな瞳を、レナトのサマーグリーンが見つめる。レナトは特に表情を変えずに『君は案外強かだな』と観念したような声色で言った。
「エリゼ、君は先に戻って手配をしておきたまえ。俺は彼を大学に送り届け、ドン・アゴスティとの交渉に入る」
「手配、ですか?」
珍しくエリゼはレナトの言い分をいまいち把握できなかったようだ。きょとんとするエリゼを目を眇めて見て、レナトが口元を持ち上げた。
「彼の言うとおり、有事であるいまこそ貴族に動いてもらわねばならないだろう」
「有事だからとはいえ、本当に名門が動いてくださるのでしょうか」
「そうだな、ブラッキアリ家ならば、あるいは」
ユーリははじかれたように顔を上げた。いま確かにブラッキアリ家と言った。レナトはミカエラと勘違いしたユーリにはブラッキアリと名乗ったが、エリゼからはドン・クリステンと呼ばれている。なにか事情があるのだろうと踏んで深入りをしないつもりだったが、ずいぶんと危ない橋を渡るものだと思う。
「当主とは腐れ縁でね。俺の名を出せば使いが動く。手数だが、当家に赴きフェリカという補佐官を尋ねてくれ」
エリゼはどこか釈然としない様子でうなずき、レナトに敬礼をした後で森のほうへと戻っていった。
「やれやれ、君に本名を名乗ったのは間違いだったようだ」
「ミカエラだと思ったのだがね」と言いながらレナトは肩をすくめ、ユーリに命令書を差し出してくる。ユーリはそれを素直に受け取った。
「まさかあの場面で私をあのように揺さぶってくるとは思わなかったよ。脅迫まがいの取引をもちかけてくるような強かなガッティーナには見えなかったのだが」
レナトの腕が腰に回される。さっきまでたぎっていたのを思い出し、ユーリはふんと鼻で笑った。
「あんた、本当は何者? ミカエラを呼び捨てできるって、なかなかの立場なんじゃ?」
そう尋ねると、レナトはくっくっと笑ってみせた。
「彼はオレガノ出身だが、いまはミクシアの軍部に所属している。俺は軍医団長だぞ。立場は俺のほうが上だ」
なるほどと口の中で呟く。レナトを名乗るときは貴族、ドン・クリステンを名乗るときはピエタのコマンダンテ補佐と軍医団長を兼任しているときかと理解する。それならなぜ、わざわざレナトと名乗ったのだろうか。
「あんたがミカエラに本名を名乗ったのは、ミカエラが『オレガノの准将』だからってこと以外に理由があったりする?」
レナトがやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「その無駄に回る頭は別のことに使いたまえ。国の中枢に関わることだ、君のような奴隷が耳にしていい情報ではない」
ほかのピエタや軍部の幹部たちとは異なり、言葉こそ悪いがレナトからはイル・セーラに対する嫌悪を感じない。むしろ、――。ユーリはにやりと笑った。
「あんたはオレガノに特使として派遣されていたって、キアーラが。俺のことを奴隷だなんだって腐すつもりなら、もっと嫌悪を滲ませて言ったほうがいい」
二コラのがポーカーフェイスがうまいんじゃねえの? と揶揄するように言ってやる。
「なるほど、きみがうわさのユーリ・オルヴェか」
ニコラの名を出したからだろう。うわさのと言いながらレナトがユーリの髪をさらりと梳く。どんなうわさをされているんだと思ったが、敢えて突っ込まない。
レナトが物珍しいものを見るように目を細くして、ユーリの髪を触る。収容所にいた頃、この髪を持つイル・セーラは本当に高値で取引された。一部の貴族や上級階級の間で、髪だけでも高値で取引をされていたと聞いたことがある。実際にユーリは大体髪を伸ばすよう指示され、ある程度伸びたら無理やり切られて、また伸ばすように言われる。どのような使い方をされていたのかは聞いたことがないが、古い言い伝えで銀髪のイル・セーラの“一部”を身に着けることで戦争に負けないと言われていたようだ。それを聞いて、髪で済んだならまだマシだったと内心したことを思い出した。
「まだティーンに毛が生えたような子どもじゃないか。もっと精悍な顔つきの、年の頃は30歳前後だと想像していたので驚いたが、二コラのお気に入りならベビーフェイスなのも頷ける。彼は見かけによらずかわいいものが好きだからな」
「ビスチェとか?」
俺は犬は嫌いなんだけどとユーリが継ぐ。レナトは薄く笑ってみせた。
「立場上ダブルフェイスなものでね、ビスチェを二コラに渡したのはドン・クリステンだ。私ではない。
ブラッキアリの人間を動かすには相応の対価が必要だぞ。先ほどの助言はその対価の一部としてありがたく参考にさせてもらうが、それ以外をきみに払えるかね?」
「体でよければ喜んで支払う」
レナトの胸に頬ずりをして甘えるように腕を回したが、レナトは意味ありげに笑ってユーリの顎をつかんだ。
「威勢のいいお誘いだが、収容所出身の君に私を満足させるテクニックがあるとは思えないな。あいにくと私は強要するようなセックスは好みではなくてね。
それはさておき、君は聡い。私とドン・クリステンの立場くらいは察してほしいところだが」
レナトはドン・クリステンと自分が同一人物であることを外部に漏らしたくないのだろう。そう踏んだユーリは片方の眉を跳ね上げて、いたずらっぽく笑いながら肩をすくめた。
「さてね。俺がいましがた出会ったのはピエタと軍部の中枢の一人であるドン・クリステンだったはずだけど」
口外するつもりはないことを暗に含めいうと、レナトは眉を下げて笑い、ユーリの額にこつんと額を押し付けた。
「よろしい。食えない者同士仲良くしようじゃないか。罷り間違っても人前で私をレナトと呼ばないように。軍服やこの制服を纏っているときには必ず『ドン・クリステン』と呼べ」
わかったとユーリが人懐っこい笑みを浮かべる。レナトはそのままユーリの鼻先にキスを落として少し顔を離すと、顎を掴んでぐいっと顔をあげさせた。
「レオネ・ジョス・クリステン。それがこちらでの私の名だ」
ユーリが目を瞬かせた。
「意外かね?」
「いや、そういうわけじゃ」
発音は違うが、響きが似ている。なんとなく親近感が沸く。
「もし約束を違えたら――そうだな、きみを一生“食い物”にしてやろう」
その知識も、体もなとレナトが継ぐ。
ユーリは思わず鼻で笑った。二コラが心酔するドン・クリステンは案外変態なんだなと揶揄する。言葉の割には、視線にも、そして声色にもイル・セーラに対しての嫌悪感が滲み出ていない。じわりと色を孕んだ視線でもない。不思議と嫌悪感が湧かない手だ。
「約束は違えない。隠し事は得意なんだ」
言って、ユーリは顎を掴んでいるレナトの腕に手をかけた。
「でも俺があんたを“敵”だと判断したら、すぐにでも立場をバラしてやる。俺はあんたに飼われようが、どんなふうに扱われようが、痛くもかゆくもねえからなァ」
試すような口調だったが、レナトは憤慨するどころか声を上げて笑った。明朗だが上品な笑い方だ。
「おもしろい子だ。俺を二度も嚇すなど、許されると思うなよ。
ひとつだけ教えてくれないか? ピエタ内であらゆる憶測が飛び交っていて、混乱を極めている事例がある」
「俺にわかる範囲なら」
よろしいとレナトが笑う。
「ピアゾを殺したのは、本当にサシャ・オルヴェではないのだな?」
ユーリはまっすぐにレナトを見上げた。違うと、揺らぎのない声で答える。
「大学の広場に出るのがやっとだったんだ。それ以上に外に出る許可をアナスターシャが出さなかった。それなのに、いつ、どうやって、その人をサシャが殺せるんだ?
確かにドン・フォンターナは俺たちがまだ収容所にいた頃、サシャを気に入って“囲っていた”。だから彼のダガーをサシャが持っていたと疑いを掛けられるのは致し方ない……と言いたいところだけれど、もしもサシャがそのピアゾって人を殺したとするならば、俺たちが収容所から解放されたあとでドン・フォンターナとの付き合いがあったかどうかも調べるべきだった」
ほおとレナトが目を細める。
「収容所を出て以降、彼との付き合いは本当になかったのかね? 秘密裏にでも?」
「仮にサシャが“そうしていた”としても、『俺は知らない』」
そう言い切ると、レナトは欲しい情報を得られたことに対する冀望の表情とも、期待にかなうおもしろいものをみつけたときの胸を膨らませた表情ともつかないものを浮かべて、ユーリの身体を解放した。
「その情報提供に免じて、国外追放に関して一肌脱いでやろう」
「本当に?」
「エリゼをブラッキアリ家に行かせた時点でそうするつもりではあったが、きみは存外におもしろい」
「はは、お眼鏡にかなう強かな性格でよかったよ」
端的に、冗談めかした口調で告げる。レナトはもう一度笑みを深め、ユーリの喉元を指ですりすりと擦った。
「きみとはいい付き合いがしたい。せいぜい疑われないよう十分注意することにしよう」
笑いながら言って、レナトはユーリに大学へと案内するよう指示した。
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