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Ten

 オレガノ軍に連行された後、チェリオはユーリとは違う部屋に押し込められた。あのおっかないイル・セーラはひどく乱暴で、通りすがりに手紙を家に投げ込むような要領でチェリオを部屋の中に押し込んだ。勢いで顔面から床に叩きつけられた。おい、クソ野郎と吠えたが、男はすでに行ってしまった後だった。 「すまないね、チェリオ」  その声には覚えがあった。がばっと身体を起こす。やはりドン・クリステンだ。チェリオはその顔を見るなり、緊張感のあるものから白けた表情に摺り替えて、魂が抜けそうなほどの溜息をついた。 「手ぇ解いてくれよ」  「マジでなんなの、軍人怖すぎだろ」と文句を言う。チェリオの腕の拘束を解いてくれたのはニコラだ。ニコラはチェリオを椅子に座らせる。一瞬間考えた。ニコラがここにいると言うことは、居場所を教えたのはニコラではあるまいか、と。 「すまん、バレた」  小声でニコラがいう。  バレた?  顔を上げてニコラを見る。額には明らかに誰かに頭突きでもかまされたのかと思うようなあざがあり、チェリオは気まずそうに眉を顰めた。 「そりゃ……バレるわなあ」  時間の問題だと思っていたが、早すぎる。むしろ泳がされていた感すらあるなと思っていたのは間違いではなかったのか。ドン・クリステンは、チェリオが座らされた椅子の斜向かいにある高級そうなソファーに腰を下ろして足を組んだ。 「それで、チェリオ。きみはユーリ・オルヴェの行方は知らないと言ったそうだが、本当かね?」  明らかな揺さぶりだ。一緒にいたところを捕まっているわけだし、ドン・クリステンは普段にはないほど厳しい顔をしている。これはもしかすると責めを負わされることもあるかもしれないなと思う。 「途中で見つけて、ピエタに追われていたから助けてやった」  素直に話す。捕まったら処罰されると思ったからとぼそぼそと告げると、ドン・クリステンはそうかねと言いながら足を揺らす。 「なら中腹にあった遺体は?」 「パンデミアが起こる前に、スカリア隊とパーチェ隊に難癖をつけられて殺された奴らと、北側から俺たちが連れ戻した連中と、西側から流れてきて治療を承諾した連中。  ピエタに殺された奴ら以外は全員感染者で、でもまだ意識があった。ユーリがリスク諸々説明した上で、向こうも承諾して治療を受けたけど、その甲斐なく死んだ。なにもみだりに死なせたわけじゃない」 「その実験に使用した薬は?」 「ユーリが薬草から作った。……って、これ、指定外なんとかって罪になんのか?」  ニコラが首を横にふる。 「今回のケースに限り不問とすると、ドン・クリステンが掛け合って下さった」  マジかとチェリオの声が跳ねる。ただ、ニコラは少々浮かない顔をしているようにも見えた。 「君はユーリから論文の話を聞いたかね?」 「いや、それは知らんけど、中和剤? 緩和剤? があれば、パンデミアが抑え込めるかもしれないからって。だから手伝うことにした。必死だったし、あいつは俺の命の恩人だから」 「なるほど」  言って、ドン・クリステンがふうと息を吹いて前髪を浮かせた。どこかに疲れの色が見える。ナザリオやエリゼと違って、こいつは話が分かる。なにを考えているかわからない節はあれど、二コラを泳がせていたのはなにか考えがあってのことだろう。 「ユーリのことだけど」  ドン・クリステンがチェリオに視線を向ける。 「あいつ、たぶん自分があんたらに散々迷惑かけまくってるって、わかってやっていると思う。  いや、表現が悪いな。迷惑をかけていると分かっているからこそ、結果をだそうと必死だったんじゃないのか?」 「それは彼が地下街で秘密裏に行っていた研究のことを言っているのか?」 「そう。大学側にも迷惑を掛けられないし、かといって軍部や政府は動いてくれない。となると、あとは自分の首をかけて動くしかない。ユーリはそれを平気でやってのけるタイプだし、人員を割いて自分を探しているイコール死なれたら困るからだと分かっている。だったら、相手が考える最悪のケースが、ユーリにとっては相手への最高の嫌がらせになるって思うんだけど」 「チェリオ、以前も言ったように、俺はきみを地下街の住人にしては義理堅く状況判断ができると思っている。俺とニコラはユーリ・オルヴェが死ぬことまでは考えていないだろうと踏んだのだが、エリゼがそう言い張る上にきみまでとなると、彼はずいぶん無謀で、自分のことなど二の次でいられる質だということか」  ドン・クリステンが「駒として動かすには難があるタイプか」と言わんばかりに肩を竦めてみせた。この2か月ちょいユーリと一緒にいて思ったけれど、あいつは本当に人が考えないようなことをしでかす。ちょっと生き急いでいるというか、以前と較べると明らかに余裕のなさを感じる。ドン・クリステンはユーリのことをあまり知らないからなのか、そうは思わなかったようだ。 「俺の知人が言っていたのだが、どうも彼はかなり前から面倒な相手に目をつけられていたようだ。  エルン村での治療のあと、彼とサシャは連名である薬品の論文を書いた。それがアルマの緩和剤と中和剤に関する論文だ。ただそれは受理されることも、我が軍医団の目に触れることもなく、ひっそりと破棄された。  誰がどのような目的を持ってそうしたのかはわからんが、俺の知人は先代といまのユーリ・オルヴェのことを尊敬しているようでね、立場に物を言わせてその論文をこっそり持ち出したらしい。  そしてそれを俺のところに持ちこんだ」  それはユーリが作っていたあの液体のことだろうか? それとも丸薬のことだろうか? 敢えてそれは言わなかったが、ふうんと返事をする。 「最初に見たときには驚いたよ。権威たちが考えねばならないようなことを、あの先代の子どもとはいえ、元奴隷が考えつくのだからね。もちろんそれはイル・セーラの考え方だから、すぐにノルマ用に転用するというわけにはいかないのだろうが、非常時にはそんなことも言っていられない。  だからじつをいうと、その知人がふたりの論文から抜粋した緩和剤を秘密裏に作っていたんだ。中和剤に関しては、適応する植物とその蒸留方法がわからなくてね。たぶん全てを明るみにすると掠め取られると思い、作成方法の詳細を省いたのだろう。  正直に言って、二人をエルン村に派遣したのが誰なのかがわからない。俺は命令を下した覚えがないし、ドン・フィオーレもフォルスの遺構の入構許可は出したが、エルン村への派遣は命じていないと」  二人が襲われるきっかけになったのは、そのエルン村でパンデミアを防いだ薬の詳細をつかむため。そしてこれはユリウスを尋問して発覚したことだけれど、最初はユーリを襲い、『全てを知っている』サシャから吐かせるつもりだったらしい。けれどサシャがユーリを庇った。サシャに殺人容疑がかかったのも、ユリウスの雇い主がサシャを確実に消すために、動けないことをわかっていてかけたのだと聞いて、チェリオは腹の底からムカムカとする感覚に包まれた。  胸糞悪すぎる。  それどころか、連中はユーリが大学から追われ、行く宛も家族もなくせば権力にしがみつく他ないと考えて、やることなすこと全て裏目に出るように動いていたそうだ。だからユーリがどれだけ先を考えて手を打っても、その手を潰せばいいだけだという単純な邪魔をされていたと言うことになる。  ただ誤算だったのは、ユーリが想像以上に諦めが悪く、且つ想像力が豊かだったことらしい。サシャが自発呼吸ができないほどに陥ったとき、さすがに権力に縋るだろうと連中は楽しそうに酒盛りをしていたそうだが、それを一部始終聞いていたアンナが彼らを一網打尽にした。ユーリを手に入れようと目論んだ男ーードン・パーチェたちは、現在軍部に収監されている。  そしてさらに、ミカエラが搬送されてきた時も、ドン・アゴスティがユーリに責任がかぶらないよう『触れるな』と言おうとしたのだそうだが、それもドン・コスタ隊がドン・アゴスティを脅して『治療をするように』ことを運ばせた。さすがに手の打ちようがない。ミカエラを死なせた責任をなすりつけてしまえば、大学から追放することもできる。そうなれば手に入れられると思ったのだろうと、ドン・クリステンが言う。  でもユーリは生体移植の方法を知っていた。そしてその抜け道まで記憶していた。だからフレオとアンナの力を借りてミカエラに手術を施し、自分はそのあとで死ぬつもりだったのか、相手の懐に飛び込んですべてを暴こうとしたか。ただ、諦めが悪く、そして曲がったことが大嫌いなユーリは、せめて政府や軍部に対して、そしてこのことを目論んだ連中に対して最大限の嫌がらせをしてやろうと考え、中和剤の開発をすることに決めたのではないか、と。  チェリオは唖然とした。 「きったねえっ。最悪だな、パーチェの野郎っ」 「しかも彼が部下を通じてピエタの下部組織を動かし、地下街の捜索をしていたようだ。手引きしていた少年は重傷だが、命に別状はない。  あんな年端も行かない少年を使ってまで、ユーリを手に入れたがるのは聊か引っかかる。収容所で出会ったユーリのことを気に入っていたようで、自分のものにしたいと切望したが、たかがイル・セーラにしては値が張ると言っていたらしい。それはドン・フィオーレからも聞いている。  ああ、そうそう。ドン・フィオーレがミカエラの診断をしたというのも嘘だ。彼があのような見立てをするわけがない。むしろ彼なら、ユーリ・オルヴェや大学に責任がいくのを防ぐために、なんとしてでも北側で食い止めただろう。たとえそれがセラフィマ嬢の頼みでもな」  今度はチェリオがなるほどと言ったが、所々納得できない部分があった。 「なんでユーリを大学から追放しようとしたんだ?」 「自分のところに利益が入らなくなることを恐れた貴族と、そしてユーリ・オルヴェを自分のものにしたいと目論んだ連中の利害が一致しただけの話さ。  それに、ドン・フィオーレも収容所で彼の処置をしたことがあるそうだが、彼は随分手ひどい目にあっていたようだ。決まって彼をまるでレイプするように抱くのが3人ほどいて、そのうちの一人が特に異様だったと言っていた。もしかするとその男が関わっているのではないかと諸々調べたのだが、正体もわからず、なにも掴めなかった」 「まあ、普通にしててエロいもんな、あいつ」  一緒にいて禁欲生活が辛かったとしれっと言ってのける。この流れで俺も抱いたなんて言おうものならば、ドン・クリステンもだがニコラが怖い。 「彼らがそれほどにまで執着するユーリ・オルヴェの後ろの具合に興味がなくもないのだが、俺は子どもやイル・セーラを抱く趣味がないものでね。怖い番犬に預けておくのが妥当だと判断した。  ただ、その番犬もどうやら駄犬だったようだ」  ドン・クリステンの視線は明らかにニコラに向いている。肩身が狭そうに立っているニコラに視線をやって、チェリオは唇の動きだけですまんと告げた。 「あれほどの見目だ。迫り、縋られるのは男冥利に尽きるのだろう。二人は付き合っているわけでもないようだし、それに俺に黙って秘密裏に動いた罰として、今度ユーリ・オルヴェを味わってみようと思う。機会があればの話だがね」  うわーっとドン引きしたようにチェリオ。ドン・クリステンがあからさまに悪い顔をしているのだ。ニコラが「勘弁してください」と嘆くように言うが、ドン・クリステンはにこやかにわらって足を揺らした。 「気になるだろう。品行方正が服を着て歩いてるような、堅真面目なきみですらハマるのだから、どのような抱き心地なのか試してみたいという興味が湧いた」 「あんたならいくらでも女が寄ってきそうなのに」  そう言ってやると、ドン・クリステンはどこか勝ち誇ったように笑ってみせた。 「そりゃあね。オレガノではセックスする相手に事欠かなかったが、こちらでは立場がある。無闇に女性を抱くわけにはいかないんだ。惚れられると困る」 「うっわ、最低。確かにその点、ユーリなら絶対あんたに惚れることはなさそう」 「ははは、言ってくれるね。確かに俺は、彼の嫌いな権力の塊のような男だからな。そこにいる駄犬程度が丁度いいのだろうが、そろそろあのじゃじゃ馬にも立場というものを理解させなければならない。軍部預かりの身だというのに、ここまで勝手なことをされては、俺の出世にも響くのでね」  ドン・クリステンの笑いが怖すぎてゾッとする。ニコラも同じだったようだ。だからニコラが軍部とではなくアリオスティ隊と一緒にユーリを探しにきていたのかと思う。それもわりかし必死に。彼は多少強引なセックスと甘いセックスはどちらがいい声で鳴くんだね? とドン・クリステンが言う。ニコラはなにかを言い淀むようにしていたが、これは逃げられないと感じたのか、観念したように息を吐いた。 「多少強引に攻められる方が」  ドン・クリステンが笑った。まさかニコラが素直に吐くとは思っていなかったらしい。わかるーっと同意しそうになるのを堪える。ユーリはどっちかというと甘いセックスより少々強引に、それも意外性のあることをしたら、理解ができずに慌てて拒絶もせずただ煽られるだけになるのがまたいい。そういう無防備なところにつけ込まれるのだと思うが、敢えて言わない。  ドン・クリステンはすまないねと笑いながら言って、また足を揺らした。 「部下への嫌がらせはこの辺りでやめておくとするか。いいかね、Sig.カンパネッリ。次はないぞ」  ニコラと呼んでいたのに急に呼び名が変わる。不穏な気配を感じたのか、ニコラが素直にはいと頭を下げる。ここまでたじたじなニコラを初めてみた。 「さて、本題に入ろう。チェリオ、俺に飼われるつもりはないかね?」  チェリオはまさかそうくるとは思っていなくて、腹の底から変な声を出した。 「うええっ!!?」  ドン・クリステンが驚いたような表情になる。 「そんなに意外かね?」 「い、いや、だってさ。あんた前に、ローティーンを買う趣味はないって」 「ははは、違う違う。俺の下で働く気はないか、ということさ。なにもきみを抱くほど飢えていないし、それにきみにも選ぶ権利があるだろう」 「俺ぁ別にあんたでもいいけど。金払い良さそうだし」  ただなあとチェリオが口ごもる。ドン・クリステンは不思議そうに話の続きを促す。 「あんた体格いいし、ちんこデカそうだなって」  しばらくしてないし、苦しいの好きじゃないんだよなと明け透けに話す。ニコラが咳払いをするのが聞こえた。 「まあいいや。あんたの下で働くって、たとえば? 俺にできることならなんでもするぜ。金と衣食住と身の安全の保証は絶対」 「きみならそう言うと思っていた。危険も伴うことだから、身の安全が絶対とは言えないが、その際には相応の色をつけよう。  きみの仲間たちも呼ぶといい。人員が足りなくて困っているところだ。ああ、それから、ネイロはすでにこちらの協力者だ」 「うっそだろ、あのヤニカス!!」  驚いただろうとドン・クリステンが笑う。なんでも、ネイロが東側にぶち込まれてからずっとアリオスティ隊に情報を流していたらしい。アリオスティ隊が妙な動きをすると思ったのは、勘違いではなかったようだ。とすると、ネイロが北側から着いてきたがったのもそういうことなのかと思う。あの野郎、つぎに顔みたらぶん殴ってやると口の中でつぶやくと、ドン・クリステンから穏便に頼むよと言われた。 「ラカエル・パーディ、武闘派のロレン・エイルバラン、キルシェ・ザカリス、ファリス・ビエルサ、彼らがいるとことを運びやすい。それからレーヴェンと言ったか。彼にも動けるようになったら仕事を回す。ロレンの好みは知っているが、ファリスはなにを引き合いに出せば応じてくれるだろうか?」  ファリスと言われ、チェリオは空笑いをした。ファリスが望むことと言ったらひとつしかない。すまん、ユーリと心の中で謝る。 「あのど変態絶倫野郎は昔からイル・セーラを抱くのが夢だったらしい。スラムに逃げ込んでくるイル・セーラをとっ捕まえて、味見してから娼館に売るのが流行ってたんだけど、当時ファリスは怖い怖い奥さんに尻に敷かれていて、ヤッたことがないんだと」  いっつもいい声で鳴かされているのを指咥えてみてたって言ってたと、チェリオ。 「それにユーリのやつ、北側であいつに絡まれた時に手伝ったら抱かせてやるなんて言ったもんだから、すっかりその気だぞ」  あいつはヘビよりしつこいと告げる。今度は二人が苦い顔をした。 「ニコラ、きみは彼を囲うつもりなら、自分以外に抱かれるなときちんとわからせた方がいいのではないかね? 性奴隷だったとはいえあまりに奔放すぎるだろう」 「肝に銘じておきます。それを逆手に取り色仕掛けで誑かすのがアレの悪癖なのです」 「よほどのホモフォビアかイル・セーラ嫌い以外は、あの容姿で仕掛けられたらころりと落ちそうだからな」  ある意味良い手だよと、ドン・クリステン。「ファリスに関しては完全に悪手だけどな」とチェリオが言った。ふたりが不思議そうにチェリオを見る。 「ファリスはデカチンのうえ絶倫だから、泣こうが喚こうが潮吹こうが泡吹こうが、自分が満足するまで止まらないって、ネイロが」  ドン・クリステンはチェリオのセリフに苦笑を漏らしたが、自分が蒔いた種だから責任を取らせようとにべもなくいった。ユーリから恨まれそうだけど、泣き喚いて潮を吹くユーリを見てみたい気もしないでもない。ファリスに恩を売って、ユーリを抱くところをのぞかせてもらおうかと不埒なことを考える。 「それからナザリオのことだが」  ドン・クリステンがニコラに視線をやる。ニコラが少し腰を屈め、声を潜めてチェリオに耳打ちをする。『彼は便宜上死んだと言うことになっている』と告げられ、チェリオは驚いてニコラを振り返った。 「はっ!? えっ!?」  どゆこと!? と素っ頓狂な声を出した。 「胡散臭い貴族を追うのが大変でね。ナザリオはエリゼよりも慎重で俺に忠実だ。  本来ならこの役割はエリゼが担うはずだが、エリゼは腕が立つ上に危険察知能力も群を抜いているし、正義感がないわけではないが、危険と感じたら命に背いて撤退する現金な部分も持ち合わせている。そのエリゼが死んだとすると、スパッツァたちが凶暴過ぎるとうわさが立ち、諸々と支障が生じる。  その点ナザリオなら、腕が立つが命令に忠実だから、深追いして死んだと言われても不思議はないのでね。もちろんこれはエリゼも知らない。たびたび命令違反をするので懲らしめてやろうと黙っている」  そういうことかと思う。あのナザリオがタダで死ぬわけがないとおもった。 「じゃあ、キアーラは?」 「彼女に関してはわからん。本当に行方不明だ。俺たちが追っている貴族に囚われているのか、それともどこかに潜んでいるのか。生きているとしたら、危ない目に遭っていないといいのだがね」  そう言って、ドン・クリステンが立ち上がった。つかつかとこちらに寄ってくる。 「その辺りも含め、公に捜索するわけにはいかないんだ。キアーラが行方不明と分かればディアンジェロ家に恨みを持つ者が不埒なことを考えないとも限らない。なにせディアンジェロ家がイル・セーラの奴隷解放を推進したものだから、みな公には何も言わずとも、陰では色々と風当たりが強い。  俺もピエタの指揮官と軍医団長という立場上、長時間市街を離れるわけにはいかん。そこできみたちに諸々と頼みたいのだが、引き受けてくれるかね?」  チェリオは素直に頷いた。よろしいとドン・クリステンが笑う。 「ここはオレガノの駐屯地だ。夜が明けたら別の場所に移る。それまでゆっくりしたまえ」  部屋を後にしようとするドン・クリステンを慌てて呼び止める。 「金も大事だけど仲間も大事なんだ。地下街に残っている連中を、子どもも含めて全員保護してもらえないか?」  ドン・クリステンは見透かしていたように笑って、「きみならそう言うと思って手配済みだよ」と言った。颯爽と部屋を出ていく。緊張感がほぐれて、チェリオは椅子の背もたれに体を預け、盛大に溜息をついた。 「こ、こええわ、あいつ」  「やっぱりただもんじゃねえと思った」とぼやく。「頭が切れる方故にどこか冷徹な面もある」とニコラが言う。チェリオはニコラを見上げてなあと呼んだ。 「ユーリにキスマークつけたの、おまえだろ」  ニコラがグッと息を詰めたような声を出して咽せた。咳払いをして目を逸らす。 「なんのことだ?」 「とぼけんなよ。あんなところに何個もつけりゃ、よっぽど執着されてんだなってバレバレだわ。  まあハマるのもわからんでもない。あの具合はやべえな」  「普段とセックスのときのギャップが凄すぎる」と、チェリオ。ニコラがあからさまに嫌そうな顔をしたが、チェリオはその反応を見てニヤリと意地の悪い笑みを深めた。 「お前、あいつの奥抜いてイカせるの好きだろ? あれクセになるし、抱かれる側はしばらく余韻が続いて普通にしててもなんかの刺激でイキそうになることがあるし、潮吹きやすくなるからやめといてやったほうがいいぜ。  地下街に潜伏中にあいつが変な薬草食ってヘロヘロになってんのをたすけてやったんだけど、そんときに奥ついてって聞かなくて困ったんだ。俺んじゃ奥まで抜けねえし、まあ色々方法知ってっからちゃんとイカせてやったけどな」  あっけらかんと言ってやると、ニコラは居た堪れたないような顔で迷惑をかけたとだけ言った。悪戯心が疼く。チェリオはニコラの股間を眺め、普通にしててもでかそうとつぶやいた。 フル勃起したら何インチ? と普通に聞いたからか、ニコラは用があるので失礼すると言ってそそくさと部屋を出ていった。  警戒心がない。チェリオが逃げないとでも思ったのだろうか。まあ、仲間を保護してもらえて且つ金までもらえるのだ。美味しい話から逃げるわけもないがと思いながら立ち上がり、部屋にあるベッドに飛び込んだ。久々のベッドだ。ベッドの上でバタバタを手足を動かして、全身で伸びをする。狭くて硬いベッドとは違い、ゆったりと眠れそうだ。チェリオはそのまま仰向けになって目を閉じた。

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