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Fourteen(6)
何事もなく、無事に装置の解除が終わったというのに、息が整わない。胸が苦しい。
まるで他人事のように、激しく息を吸い空気を肺に取り込もうとする音だけが耳に響く。目の前がかすむ。誰かが肩に手を掛けたのを振り払うように腕を動かすのが精いっぱいだった。
胸を押さえ、床に這いつくばるようにして呼吸が整うのを待つ。すぐさま体を引き起こされ、両肩を掴まれた。
「もういい、もう十分だ」
エドの声だ。切羽詰まったような声とは場違いなほど、いまにも泣き出しそうな顔をしている。ユーリはそれをぼんやりと眺めながら弾んだ息を繰り返す。
「あとはオレガノに任せよう。もう思い出さなくていい、これ以上はだれも望んでいない」
エドの声は真剣そのものだ。聞いたことがないほど焦りと憐憫にまみれたそれは、ユーリの臓腑を曇らせる。
思い出さなくていいというのは、以前にユリウスからも言われた。
もう終わった。奴隷だったころのことはなにも思い出さなくていい。
それは当初慰めのつもりで言われたのだと思っていたが、忘れていることにすべてのヒントがあると思い知らされた。
覚えていてはいけないからこそ、カルマの調合方法を偽って、ユーリの記憶を混乱させた。いいように書き換えた。どの記憶が本当で、嘘なのか、いまだにわからない部分がある。
エドが本当に本物のエドなのか。
あのとき目の前で殺されたはずの“ユーリ”は一体誰だったのか。
あれから一切カルマやほかの薬草すら摂取せずに、ひたすら記憶を取り戻すことに専念したけれど、思い出せば思い出すほどに吐き気すら催す体験の数々だった。そりゃ思い出さなくていいと言われるのも無理はない。でもそれは、ユリウスがユーリ自身が置かれていた環境を知っていたという証拠にもなる。
たぶん、サシャ自身も記憶を書き換えられていた。
それが発覚したのは、地下街に置かれていた見慣れない言語で書かれた手記からだ。
第一言語と第二言語は、発音等全然違うけれど聞き取ることやしゃべるだけなら、法則を理解すれば問題ない。ただ、文字に関しては別だ。これにも法則があるけれど、見事なまでにスペルからなにから異なっていて、たとえば第一言語だとaから始まるアルファベットが、第二言語だとzから始まるレベルで違う。
地下街に潜伏していた間に法則を見つけて紐解いたが、ユリウスのものと思われるあの本は、たぶん“ユーリ”と一緒に研究をしていた名残などではなくて、ユリウスの計画が実行されることを恐れた“ユーリ”が盗み出したのではないか。いつかチェリオたちが言っていた、例の本というのは、あのことだったのではないか。
確認する相手がいないから定かではないけれど、思い出せば思い出すほどに、なぜ“ユーリ”がサシャではなく、自分を選んだのか、なぜ自分が多くのことを覚えさせたのかという疑問が払しょくされていく。
そういう葛藤をなにひとつ知らないのに、エドのセリフはあまりに無責任に聞こえる。
「以前提案したように、こちらの奥の手を出す。本来なら伝えてはならない決まりだけれど、それでも対応しきれなかったら、もうどうしようもない。そうなったら俺たちに責はないし、二度と関わらないと約束してくれ」
エドがリュカに対して、真剣な声色で言ってのける。いつも日和っていたくせにとぼそりと呟いたが、エドには届かなかったようだ。
「それ、本当にユーリも納得していることなの?」
「ユーリが納得していようがいまいが関係ない。フォルス出身者の総意だ。もう二度とノルマにもオレガノにも関わりたくない。そちらの研究にも、軍にもだ」
エドにぎゅっと抱き締められ、何度も背中を撫でられる。
「人助けがイル・セーラの禁忌を冒すことになるなんて馬鹿げている。だったらこちらも、本来禁忌とされてきたものの力を借りるしかない。それでそちらがユーリひとりに責を負わせないのならの話だ」
ぼくの一存では決められないけどと、リュカの困ったような声がする。フォルスのイル・セーラにとって、ある種禁忌のと言われたら、ふたつしかない。ひとつは物理的に無理だ。そうしたら、あとは、――。ぼんやりとした意識の中で考える。
子どもの頃のおぼろげな記憶だからこそわからない部分もあるけれど、あれはフォルスでも一度しか見かけたことがない。
「一応エドたちの意見として、レナトに伝えてみるよ。彼がどう判断するかはわからない。ぼくは正直にいって、その案には安全性を感じない」
「俺たちにとっては手を尽くしたことになる。それ以上の知識など誰も持っていないし、そもそもすべての知識を持った大人たちを殺したのは、ノルマじゃないか。
ユーリは責任感から、そちらに協力することを決めたのかもしれないけど、これ以上ユーリが苦しむ姿を見たくない」
「言い方は悪いかもしれないし、誤解を招くかもしれない。
彼はきみたちを南側のスラムから救出するために動いていた。結果的に大きな渦に巻き込まれてしまったけれど、ユーリならそう考える、そう行動すると誰かが『最初から描いていた』という可能性は?
ユーリを苦しめておけば、いずれイル・セーラたちは奥の手を見せる。その奥の手のことを知っていて、揺さぶろうとしている可能性は?
ぼくにはそれは悪手にしか思えないよ。だからユーリもあらゆる方法を探っているんじゃないのか?」
リュカの声に赤が宿る。エドがユーリを抱き締める腕に力がこもったかと思うと、ステラ語で『そのことを誰も知るはずがない』とかすかに聞こえる程度に呟いた。
奥の手というのは、どちらのことを言っているのだろう。ユーリと同じ名前の花のことではないのだろうかと考える。困ったときに使えと、エドは再三言っていた。でも、その花をこの近辺で見たことがない。使えと言われても、それを頼れと言われても、どうしようもない。ずきんと頭が痛む。
「その奥の手があることをもし相手が知っているとしたら、フォルスに裏切り者がいたってことになる。それはないと思いたい」
「待って、ぼくは聞かなかったことにする。その方法はやめておいたほうがいい、きっときみたちが後悔することになる」
レナトの耳にも入れないとリュカが言った。エドが小さく舌打ちをして、後悔をしたくないから言っているんだと語気を強めた。
リュカの言うとおりだ。イル・セーラは駆け引き下手で、仲間を苦しめておけば絶対になにかの秘策を出してくると、読まれている。奴隷解放をされたあとでフォルスに戻さなかったのも、ウォルナットや別のミクシア外の村に集わせなかったのも、すべて。
そう考えたらすべてのつじつまが合う。相手は最初から揺さぶりをかけていた。でもどこかで誤算が生じた。それはどこで?
頭に靄がかかったようにうまく思考できない中で考える。記憶の糸をたどる。
なぜユリウスと“ユーリ”が拗れたのか。なぜイル・セーラがノルマに肩入れをして、同族を貶めようとしているのか。その奥の手を知ろうとしているのはなぜなのか。頭が割れそうなほど痛む中、エドの服を握りこむ。
そうだ。最初に“ユーリ”が頼った相手こそが悪手だった。
シリルが言っていたはずだ。『赤い目のイル・セーラを信用するな』。すべての元凶がそこなのだとしたら、もしかすると、ドン・クリステンが言っていたこともヒントのひとつだったかもしれない。
――あの激しい雨の日、足元がひとつも濡れていない人が家の中にいた。雷の音に怯えてサシャにしがみ付いて寝たふりをしていたけれど、その不自然な足元だけはよく覚えている。
そしてその相手は、“ユーリ”に誰かを助けてほしいと縋り付いた。その日の夜のうちに生体移植は行われた。相手は女性だった。ドナーとなる人もそうだ。“ユーリ”たちと一緒に研究をしていた女性。彼女はうちにくるたびに美味しいアップルパイをふるまってくれて、母親のいない自分にとっては母親代わりだった。
でも彼女はある日突然動かなくなった。なにが起こったのかわからないし、自分を誘拐しようとしたアジェンテたちから解放された時にはもう、意識のない状態だった。
それから“ユーリ”はクロードたちと彼女の看病をしていたけれど、地下室にあった書物の記述どおりに開頭術の成功率が低いことや、仮に成功したとしても生存率が著しく低いことから、彼女をこのまま安楽死させるのか、それとも最期まで彼女の面倒をここで見るのかという話をしていたのを部屋の外で聞いていたのを思い出す。
あの日、生体移植を行われた女性は事なきを得た。彼女の死と引き換えに、ひとりのイル・セーラの女性が助かった。“ユーリ”に礼を言っていたのは、外が大雨だというのに足元が少しも濡れていないあの男だった。オレンジがかった茶色の髪の、――。
ずきんと頭が痛み、唸り声が漏れる。ああ、そうだ。どうして忘れていたのだろう。あの日亡くなったのは、イル・セーラにとって、ある意味救世主で、ある意味禁忌の、自分と同じ名前を持つ女性、――。
生体移植を行われた女性は順調に回復した。順調に回復したのだけれど、彼女に施された手術の内容をその男――ユリウスに聞かされた途端、彼女は泣き叫んで錯乱し、そのまま家を飛び出して、裏手の崖から身を投げた。当然生きてなどいない。
“ユーリ”とユリウスが揉めていたのは、そのことだ。
ドナーのことも手術のことも本人に伝えてはならないと契約を交わしたはずだと冷静に主張する“ユーリ”と、こんなことになるのなら手術自体してくれなくてよかったと喚くユリウスの声に驚いて、地下室にこもって怯えていたけれど、クロードとディアナが地下通路を通って自分とサシャを向こうの家に連れて行ってくれた。子どもに聞かせる内容ではないとの配慮からだろう。
だからそのあとのことは知らない。知らないけれど、彼女によくなついていた自分とサシャを慮ってか、しばらくの間ユリウスがやってきたら地下室に潜り込むか、うちに来るようにとクロードから言われた。彼にはドナーとなった女性の名前も伝えてはならない。彼はイル・セーラだけれども親族ではない。いくら“ユーリ”と親しいと言っても、決して懐いてはいけない。そう言われた。そう刷り込まれた。
そしてその時に、クロードが話してくれたことがある。
旧王朝が滅びたとき、とあるイル・セーラがノルマとの取引で王に毒を盛った。その毒を打ち消す方法を王は知っていたけれど、旧王朝が築いた遺跡を隠し、知識もなにもかもを封印することで、ノルマに国を明け渡すことを選択した。一族を、そしてすべてのイル・セーラを守るためにそうしたのだと。
子どもながらによく意味が分からず、どうして国を明け渡したのかと尋ねたら、クロードが笑いながら言った。
国など所詮境界に過ぎず、大事なのは一族やイル・セーラが生き延びることだと。
ますますわからなかったけれど、その王族は自分の死と引き換えにすべてのイル・セーラを守ったのだと聞かされた。
納得がいかなくて、全員が助かる方法はなかったのかと尋ねたら、クロードが言った。数年に一度咲く、きみと同じ名前の花があれば、すべての運命が変わっていたかもしれないね、と。
窮地に陥った時にその花が咲いていなかったのは、本当の窮地ではなかったからだと王は悟り、子どもたちや王妃を逃がし、身を引くことを選択したのだ、とも。
だから、大事な血筋の子どもふたりには、その花の名前を付けるのが習わしだ。だから一族以外にその名前を知られてはいけないし、話してもいけない。サシャときみの本当の名前の由来が、その毒消しに使う花の名前だよと、クロードに言われた。
“ユーリ”はきっと、血筋のことをきみたちに話すつもりがないだろうから、代わりに言っておくけれど、――。
「奥の手を話す条件は、イル・セーラの王制復権をミクシアが認めることだ。国は要らない。そこまでしてくれなくていい。ただ、対等に交渉するための立場が欲しい」
エドの声がはっきりと耳に届く。リュカがどこか呆れたように溜息を吐く。
「それは悪手以外の何ものでもない。自分たちが叩き潰されるだけだ。
王制復権をすることで対等な立場になるのなら、なぜオレガノがあれだけの国力を付けた? その経緯を考えてみるといい。
エド、きみは逸る気持ちを抑えられず、盲目的になっているだけだよ。落ち着いて考えて」
「十分に落ち着いている。それ以外にいまの状況から逃れられる方法がなんてない。もしあるというなら、教えてくれ。どうすればイル・セーラが生き延びられる? どうすればノルマとこれ以上関わらなくて済む?」
リュカが言い淀むのを聞きながら、それは逃げでしかないと感じた。積極的な案を出しているつもりなのかもしれないけれど、それは最適解ではない。むしろ思うつぼだ。
逃げに転じた“ユーリ”は陥れられた。攻めに転じたところで結果は同じかもしれないけれど、もしかするとユリウスにとって一番起きてほしくなかったことが起きているからこそ、ゆさぶりをかけてきているのだとしたら、――。
突然無線機の音が鳴った。けたたましい中高音の不協和音が鳴り響く。緊急用の通信音だ。リュカが慌てたようにデスクに戻り、回線をつなげる。
「どうしたの!?」
電波状況が悪いのか、音声が乱れていてよく聞き取れない。「なに!?」とリュカが焦ったような声で問い返す。
『ユーリ、おまえ二コラにキスマーク付けた!?』
突然のことに理解ができなかった。「はっ!?」と驚いたような声が上がる。
「ちょっと、セクハラするために緊急用の通信使わないでよ!」
『ちげーわ! そうじゃなかったら紫斑だと思う!』
紫斑と言われて、ユーリは慌ててリュカのデスクのほうに向かった。
「どういうことだ、二コラは!?」
『地上に上がった時に不意を突かれてちょっと怪我したけど、傷自体は浅い。でも念のためにってベアトリスが背中を捲ったら』
「紫斑のような痣があった、と?」
肩口には付けたけど、背中には付けていない。ふと思い返す。直近で二コラとセックスをしたときには、そういえば服を脱いでいなかった。ユーリがスラム街に行く前も、それからドン・クリステンに抱かれたあとも、いつもなら服が汚れるのを嫌って上だけは脱ぐけれど、脱がなかった。
『いまベアトリスが北側の駐屯地に連れて行った。動けるし問題ないけど、本当に紫斑だったら傷から感染を起こすリスクがあるからって』
『Sig.オルヴェが作った丸薬を飲んだから紫斑じゃないとは本人は言っていたけど、その丸薬のおかげで保っているのか、それとも、――』
それともと言い淀んだ後に、アレクシスが面倒くさそうに溜息を吐く。
『Sig.オルヴェ、Sig.カンパネッリのことがたいそうお気に入りのようで』
イル・セーラが自分からキスマークを付けるのは伴侶に限定されるという観点からだろう。エドに白けた視線を向けられているのを感じながら、ユーリはわざとらしく肩を竦めた。
「別にいいだろ、自分だってミカエラに手ぇ出してるくせに」
『ミカに? 冗談だろ、あんな純朴で無垢なピッコリーノを抱けるわけねえだろ、怖いこと言うなっ』
アレクシスの慌てたような、そして言われたことが意想外だったような声がする。じゃあ単に前にも言っていたように『悪い虫』がつかないように、事務的に抜いてやっているだけってことか? と内心し、それはそれで王族怖いと口走る。
「でも、なんで二コラに紫斑が? ガスマスクをちゃんと付けていたんだろ?」
『ガスマスクは万全じゃないし、地下通路には規定量以上のガスが充満していたのかもしれない。本人も少し吸いすぎたのかもと言っていたけど、ちびちゃんが無事なところを見ると、そういうわけでもないのかも』
『俺にはなんもない』
アレクシスに確認してもらったとチェリオが言う。ユーリは口元に手を宛がった。二コラが不意を突かれるなんてことは珍しい。少し気を抜いていたのか、それとも本当に体調が悪くて気付かなかったのか。小さな傷からも感染するということは、感染者の血を媒介に感染する可能性もあるということだけれど、血液感染は小さな傷がない限りは皮膚への付着からは感染しないと考えられているし、あとは血しぶきを浴びて飛沫が口から入ったか。どれも二コラなら回避できそうな気がする。
『そういや、東側でラカエルを保護したとき、二コラが感染者と戦ったんだけど、その時に浴びた血しぶきが原因とか、そんなんない?』
チェリオが真剣そうな声色で言った。
「ないとは限らないけど、その時に怪我でもしていたり、血しぶきが口から入らない限りは、可能性は薄いと思う。目から云々ってのも聞いたことはあるけど、せいぜい眼病に罹患する程度で」
それ以外だと思いつかないと、ユーリ。二コラのことだ。感染者および中毒者の治療中に掻破痕や擦過傷が生じないよう万全の注意を払うだろう。とすると、――。ユーリははたと思い出し、デスクに手を突いた。かなり激しい音が上がる。
可能性があるとしたら、あの時――フォルスでユリウスに会った時、もしくは、ミクシアに戻ってきたときに二コラがユリウスと何度か接触をしている。あのときにお茶を入れていたのは二コラだし、そこでなにかを服用させられたということはなさそうだ。だとすると、フォルスで不自然に二コラとジャンカルロが眠っていたのは、ユリウスがやはりなにかを企んでいたという可能性が浮上する。
「あんの、サイコ野郎っ。俺の二コラになにしてくれてんだっ」
『さらっと俺のって言ったろ、いまっ』
「Sig.エーベルヴァイン、あんたが俺に諸々したことを水に流してやるから、ちょっとお願い聞いてくれる?」
聞かないという選択肢を持たせないと言わんばかりに、嚇すような声色で言ってやる。すぐにアレクシスの呆れかえったようなため息が聞こえてきた。
『ユリウスを捕獲しろって言いたいんすね? どんだけ捜索範囲が広いと思っとんだ、このわがままガッティーナは』
「鼻のいいわんこを連れて行っただろうが。ユリウスがよく付けていた『アドラの香草』のにおいをたどればすぐにわかる」
生きたまま連れてこい、死ぬほど後悔させてやるとアレクシスに告げると、今度は魂が抜けそうなほどの大げさな溜息が聞こえた。
『ミカといいSig.オルヴェといい、気に入った相手に対して過激派すぎるのよ……。ミカはミカでSig.na ディアンジェロを拐かした相手を骨の髄までビビらせる勢いで静かにキレていたし、おまえはおまえでさ。そんなにSig.カンパネッリが好きなら鎖で繋いで逃げられないようにしとけよ』
そう言ったあとで、アレクシスはまるで怖いものに触れかけて気持ちが落ち着かないような上ずった声を出してSig.オルヴェは意外と情熱的なタイプだったんだなと継ぐ。
「はっ? なにを根拠に」
『知らないようだから教えてやろう、ガッティーナ。イル・セーラがなんで伴侶以外にキスマークを残さないのか。答えは“鎖で繋ぎとめることと同義”だからだ』
ユーリは自分の顔が耳まで赤くなるのを感じた。
「なにそれっ、聞いたことないっ!」
『イル・セーラの数が相対的に少ないのは、伴侶を持つまで基本的に性的な接触をしないから。その根本を揺るがし、且つ概念を徹底的に歪めて心そのものを支配するために、ミクシアはイル・セーラを性奴隷にしたんだと思う。単純に体を傷付けられることを苦痛とするなら、性奴隷にされるなんてその概念を持った一定以上の年齢の人たちにとっては絶望的な環境だった。
それを知っているのは、イル・セーラのみ。つまり、最初からそのヴァシオだかユリウスだかしらんけど、そいつが関わっていたっていう証拠にもなるわけで』
アレクシスに説明されるなか、ユーリは恥ずかしさと怒りで興奮して体を熱くさせながらデスクをバンバン叩いた。
「もういいっ、もういわなくていいからっ!」
二コラの顔見れないと慌てたように言ったら、アレクシスが明朗に笑う声がした。
『あとで懇切丁寧にSig.カンパネッリにも教えといてやるわー』
弱点みーっけと楽しそうに言うのが聞こえた。ユーリはちょっと待ってと叫んだが、すでに通信が切れたあとだ。苛立ちと恥ずかしさを紛らわすためにもう一度テーブルを叩いて、両腕で顔を隠しながらその場にしゃがみ込んだ。
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