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Fourteen(7)

「あの腐れ陰険野郎っ、帰ってきたら死ぬほどまずい薬草食わせてやるっ」  唸るように言って、自分が死ぬほど後悔するような思いをさせられたのはすべてユリウスのせいだと責任転嫁をして、ふつふつとこみ上げてくる怒りをぶつけることに決めた。もう一度デスクを叩き、立ち上がる。 「ああもうっ、腹立つっ。ユリウス絶対に許さないっ!」 「自分の無知を棚に上げて責任転嫁しないの」 「たしかにエドから無暗に付けるもんじゃないとは言われたけど、そんな深い意味があるなんて知らなかったんだっ」  顔が熱い。両手で顔を覆いながら恨めしそうに言ったあとで、ユーリはぽかんとしているエドの足に蹴りを入れた。 「あんたも知ってたんだったら言えよ!」 「俺に八つ当たりしないでくれっ」  エドが困ったような声を上げてホールドアップした。完全な八つ当たりだ。恥ずかしくてたまらない。真っ赤になった顔を隠すためにもう一度両手で顔を覆い隠した。 「さっきの話だけれど」  やり場のない怒りをどうしてくれようかと考えながらうーうーと唸っていたら、少ししてリュカが真剣な声色で話の火ぶたを切った。 「王政復権自体を相手が目論んでいる可能性がある以上、こちらから動かないほうがいい」 「それじゃあ意味がない」 「エド、状況が落ち着くまでの間、ここに住むという条件で譲歩してくれないかな? いくらなんでも、賭けにもならないよ。きみたちの安全はこちらで守る。“ネズミ”はもう誰かわかっているしね」  エドが怪訝な顔をする。 「ネズミ?」  エドが眉根を寄せて、ユーリを見上げた。言われている意味が分からないというような顔だ。たぶんだけれど、“ユーリ”もこんな感じだったのだろう。エドは決して単純なわけでも、頭が悪いわけでもない。だけどイル・セーラは仲間を引き合いに出されると弱い。特に、“同族”から話を持ち掛けられたら、簡単に乗せられる。  フォルス出身者以外のイル・セーラたちも、せめて自分たちにある薬草に対する知識や伝統法を使って協力させてくれないかと言ってきた。話をする条件は、イル・セーラの王制復権を認めること。フォルスから出たことがないユーリにとって、年長者の知識は流涎ものだったけれどもし“何事か”があったときのことを懸念して、断った。  それをエドが今度はリュカを通じて申し出てきた。いままで日和っていたくせにと恨みがましく言ったけれど、きっと“ユーリ”もいまの自分と同じ気持ちで、自分のほかに誰も関わらなければ、ほかのイル・セーラたちに被害が及ばないと考えていたのだろうと分かる。  でも、いつかジャンカルロが言っていたように、ノルマは自分たちイル・セーラが考え及ばないほど狡猾で、卑怯で、礼を尽くさない。  それに対抗できるとしたら、ノルマの知識も得ること。そして別の感覚を取り入れることだとエドは考えたのだろうと、それはわかる。  エリゼはエドにとって信頼できる相手なのだろうけれど、残念ながらエリゼはノルマではない。プロエリムだ。ノルマ以上に柔軟で意想外な考えを持つものの、じわじわと相手を嬲るようなずるがしこさを持っていないのもプロエリムの特徴で、たぶんエリゼがもどかしさを抱えて荒れていたのは、自分が想像した以上に相手が老獪且つ奸智に長けていることを思い知らされたからだろう。  ユーリは長い溜息を吐いた。自分の中の感情と、それから濁った記憶を吐き出し、換気する。何度もそれを繰り返し、落ち着いたところで顔をあげた。 「きみ、王制復権のことを誰かに吹き込まれただろ? それだけじゃなく、ぼくがユーリを裏切るつもりだとでも聞かされた?」 「エリゼが、そう言っていて」  リュカが大きな溜息を吐いた。 「エリちゃんめ、相変わらず愉快犯だな」 「よりにもよってエリゼかよ。じゃ、“確定事項”だな」 「そうだね、急いだほうがいいかも。エド、ほかのイル・セーラたちはどこに?」 「たぶん裏の畑にいると思う。ロレンとキルシェがいてくれる時は、絹を紡ぎに行くか、畑の手伝いをしているはず」 「じゃあ、どうしてきみはいかなかった?」  エドがまた言われている意味が分からないという顔になる。 「いつも世話をしてくれる男性から、話があるからここにいろって」 「うん、そいつが“ネズミ”」  エドがええっ!? っと素っ頓狂な声を上げた。 「最初から泳がせていたんだけどね。たぶんそいつ、いまごろエリちゃんに捕まってぼろっぼろのぼろ雑巾みたいにされていると思うよ。最近のエリちゃん、オレガノ軍との共同作戦のストレスで粗ぶりまくっているから、ガス抜きをさせたくて」  リュカが悪い笑みを浮かべる。 「王政復権云々は、嘘だったってこと?」 「というか、そういう話でまとまったってネズミに報告に行かせるために、リアリティーを出したかったんじゃない? エリちゃんは強かだし、どうすれば少数民族が動くかをよく知っている。彼はイル・セーラではないけれど、ノルマよりはイル・セーラの扱いに長けているんだ」  エドがぽかんとしている。こんな顔を初めて見た。エリゼがエグイと言われているのは、どんな相手でも平気で騙すし、その騙し方に一切罪悪感も躊躇いもないところだ。それが協力者だろうが、自分の目的のためなら囮にする。そういう奴だ。 「だからさっきの奥の手の話、罷り間違ってもほかのやつらの前でするなよ。向こうの館に潜んでろ。あんたらの協力なんて要らない。いまのいままでなにも手を貸そうとしなかったんだから、そのまま大人しくしていればいい」 「でもそれは、この村の人たちにも被害が行くことにならないのか?」 「迷惑だと思っているなら、最初の時点で出て行けって言われている。  そもそも、イル・セーラは駆け引きが苦手なんだから、定石通り行ったって狡猾な相手に見破られて終わり。“ユーリ”だって、地頭の良さがあったところで、結局は丸め込まれたからこそこうなっているんだ」 「『スラムと収容所の境遇が似ているから、それを解放したかっただけなのにこんな大事になるなんて思わなかった』って言っていただろ。珍しく怖いって泣いていたじゃないか。だから俺たちだって、当時一番年下だったおまえにばかり負担を掛けたくないって思って」  言われて、ユーリはそれを鼻で笑った。怖いと泣いたことなんて覚えていない。頭の中がぐちゃぐちゃで、エドに縋りついたのは覚えているけれど、なんと言ったかまでは記憶にはない。仮に本当にそう言ったのだとしたら、昔を思い出して錯乱していただけだ。 「向こうはあからさまな揺さぶりを仕掛けてきたんだ。ご丁寧に“ユーリ”の研究道具まで持ち出して」  持ち出したのか、それとも最初から癒着をしていたのか知らないけれど、収容所にあった装置は確かに昔家にあったものだ。“ユーリ”が別の国で仕入れてきた知識だ。見間違うわけがない。  それを収容所で見た時、足が竦んだ。もしかすると自分たちは“ユーリ”に売られたんじゃないかとも考えた。サシャはそんなことはないと言ったけれど、収容所に連れてこられたことと、裏切られた絶望がひどくて、しばらくの間、サシャ以外誰も信じられなかった。 「コレットの喉がつぶれたのだって、あの装置のせいだ。  強制労働に出されない代わりに、弱った仲間や看守たちに異を唱えた大人たちを死に至らしめることになったのも、すべて」 「あれはおまえたちのせいじゃない!」  射貫くような声だ。ユーリはそのセリフを他人事のように聞いていた。白けた笑いが込み上げてくる。皮肉を込めた冷笑をエドに浴びせ、伸びてくる手を払いのけた。 「無知ほど怖いものはないからなァ。そうやってなにも知らない羊の皮をかぶって恐れ慄いていただけのあんたらになにが分かる? 俺の立場も知らないくせに、分かろうともしなかったくせに、いまさらなんなんだよ?」  ふざけるなと対象のない怒りと憎悪を言葉とともに吐き捨てる。 「俺の気持ちはあのころから微塵も変わっちゃいない。あのとき、目の前でクロードが殺された時から、ずっと、ずっとノルマへの復讐を考えてた」 「それはユーリだけじゃない、俺たちだって」 「あんたらは南側で牙を研いでいたつもりかもしれないけど、あのときのことは『誰のせいでもない』と気持ちをすり替えられるほど、ノルマに飼い馴らされた。だからエリゼと取引したんだろ。生き延びるためになんでもするっていう執着心は立派だけど、そのせいですべてが露呈したと考えないのか?」  エドが言い淀むのを、ユーリは眉を顰めながら嘲笑った。 「考えねえよなァ? 所詮取引だっつっても、『南側のスラムにいるイル・セーラ』が生き延びる選択をしただけだ。俺とサシャを矢面に立たせて」 「そうじゃない、南側のスラムにいる仲間が安全だと分かれば、おまえたちが無茶をしないだろうと思ったから! だから!」  我慢できないというような腹立たしい口調でエドが怒鳴る。瞳が揺れる。目が泳いでいる。すぐにそれを嘘だと悟り、ユーリが諦めとも呆れともつかない笑みを口元に浮かべた。 「大人たちはいつだってそうだった。いつも“ユーリ”ひとりに責任を擦り付けて、自分たちはなにもしない。その背中を見て育った奴らが、どうやって俺に協力をするって? クロードやディアナが協力的だっただけで、でも結局は“ユーリ”のせいにしたじゃないか。クロードが殺された後に、俺がどんな目に遭っていたかなんて、なにも知らないだろ?」  徐々に語気が強まっていく。エドが息を飲む。ユーリを見上げ、じっと視線を逸らさない。 「だからことがすべて終わったら殺してくれって言ったのか?  ノルマへの感情が振り切ったら自分でもなにをしでかすかわからないから。  市街で生活をして、ノルマへの復讐心が薄れていくと同時に、自分の意思を捻じ曲げようとする気持ちに嫌悪感が沸いて、自分が崩れていきそうで、不安で、怖くて、でも本当はもう誰ともぶつかりたくないっていう理性の端を掴んで、自分で自分を苦しめていたのは、俺たちへの猜疑心からか?」 「猜疑心? よく言う。アイラとコレットは仕方がない。でも、あんただけは協力してくれると思った。ドン・ヴェロネージが絡んでいると聞いて、関わりたくないと引っ込んだのはそっちだろ」  日和るのは当然だと思う。エドの足の腱を切ったのはドン・ヴェロネージだ。自分だって本当はもうあいつのにおいも嗅ぎたくないし、同じ空間にいたくはない。だけどそれは逃げでしかないし、その手を使うとすべてが詰んでいた。 「日和ったわけじゃない。でも、サシャが死んだと聞いたとき、戸惑ったんだ。  アイラとコレットを危険な目に遭わせるわけにはいかない。ほかの集落の大人たちは、ユーリを知らない人もいるし、なにかがあってもいけないからと、協力すると言い出せなかった」 「じゃあなんでいまさら?」 「おまえを裏切りたくなかったんだ。ひとりで藻掻いて、きっと苦しんでいるだろうと想像はした。だけど自分にはなにもできないし、他の大人たちを説き伏せる勇気がなかった」  エドの目は、さっきとは違ってまっすぐだった。嘘のない目だ。それを見て、ユーリはふうっと細く息を吐いた。 「俺には、サシャ以外本当に安心できる相手がいなかった。  だけど、二コラやキアーラたちと出会って、初めて自分にとって安心できる場所っていうものがどういうものなのかが分かった。それを繋ぎ止めておきたいっていうのも本音だし、そういう場所を作ってくれた人たちを苦しめたくないっていうのも本音だ。  だからノルマに対する悪感情との狭間で藻掻きながらも、感情を殺して人命救助を優先した。結果、サシャは死んだ。エリゼの機転であんたは無事だったけど、“ネズミ”が探っていた。キアーラは行方不明。あとは、二コラとジャンカルロを殺せば、俺にはなにも残らない」  吐き捨てた言葉は戻らないが、弾んだ息を整えるように肺に空気を取り込む。 「そうやって、トラウマを抉るようなことが起きて、そのたびにあの薬を飲んでいたら、最終的に“操り人形”の出来上がりだ。それを目論んでいた奴らの手下がここに入り込んだのが、自分たちのせいだとは思わないほうがいい。ぜーんぶそこの腹黒貴族たちの目論見だから」 「ひどいな、腹黒貴族って」 「本当のことだろ」  リュカは悪びれた様子もない。悪戯っぽく笑うだけだ。 「とにかく、エドたちは関わらなくていい。かわいそうな羊のふりでもしてろよ」 「俺たちだっていつまでも羊のままじゃない」  エドは根が正直だからか、嘘を吐いているかどうかは目を見ればすぐにわかる。意を決したような目だ。さっきまでの迷いが嘘のように晴れている。 「あの時どうすることもできなかった。いまだって満足に動けないし、足手まといだとは思う。だけど、あの時のような思いはもうしたくないんだ。“ユーリ”に、そしておまえにすべての責任を負わせたくない。そのためならなんでもする」  ユーリはなにも言わなかった。ただ冷ややかな目でエドを見下ろしていたが、彼の言葉に嘘がないと悟り、目を逸らした。 「ここまで言ってくれているんだから、協力させてあげてもいいんじゃないの?」  いままでの話を本当に聞いていたのかと思うほどの暢気な声でリュカが言った。両手を伸ばして伸びをしたあとで、ふうと息を吐いた。 「別の集落に住む大人たちからの提案らしいよ。なぜフォルス出身者は、あんな子どもを矢面に立たせて、なにもしようとしないのかって。  フォルスのイル・セーラと外部のイル・セーラはすこし考え方が違うみたいだね。オレガノのように、年長者が年少者を守るのは当たり前だし、いかに相手が能力が高かろうが、全員で知識を擦り合わせなければ村を守れない。アンリ王のように“自分を犠牲にすることで”仲間を守ろうとするのは、守られた側に遺恨が生じるってさ」  彼らがそう言ったのは意外だった。外部のイル・セーラを信用するなと言ったのは誰だったのだろう。もしかすると、それすらもユリウスが分断させようとして吹き込んだことだったのだろうかと思案する。  子どもの頃に、ユーリ自身もクロードに同じことを言った。  王様が亡くなって、ほかのみんなは苦しくなかったのだろうか。悔しくなかったのだろうか。  自分だったら王様も助けたいし、ほかのみんなも助けたい。国が無くなっても、自分が死んでも仲間たちが生きてさえいればいいという考えは、自己犠牲の上に成り立っていて、それはイル・セーラがずっと守ってきた『親族を殺してはならない』という理念に反しているのではないか。  クロードは驚いたような顔をしていた。  なぜ驚かれたのかがわからなくて、守る方法があるのに守らなかったのは、見殺しにしたのと同じじゃないかと言ったら、クロードに抱き締められた。  クリプトで、それでこそ救世主の名を継ぐ者だと言われたのだ。  イル・セーラは基本的に争いを好まない。だからこそ火種に飛び込もうとはしないし、危険を感じたら身を引く習性がある。それなのに、現状どう考えても巻き込まれる可能性があるというのに、フォルス外のイル・セーラたちや、エドたちの気持ちを汲まないのは、殺された王様とおなじく、ただの自己犠牲だなと感じる。 「そっちはそっちで、ノルマに対する感情や自分たちの理念を曲げることへの抵抗を伏せてまで、協力を募るよう働きかけてくれたことには単純に感謝するよ」  じゃあとエドが表情を明るくさせたが、ユーリはそれを頭上から挑戦的な笑みを浮かべて眺めた。 「でも、黙ってみてろ。手ぇ出すなよ」 「それじゃああの時と変わらない。もう見ているだけなのは嫌だと言ったはずだ」 「あっそ。じゃあフォルス出身じゃない人たちからもろもろ情報集めてきて」  そう言ったら、エドがぽかんとした。おどけたようにホールドアップしてみせて、『手を出すな』と言いながら両手の人差し指と中指を曲げてみせる。エドがどんと足を踏みならした。 「おまえなあっ!」 「うるせえ、こっちの気も知らないで言いたい放題言いやがって」  昨日の夜、部屋でエドから散々詰られたことを引き合いに出し、詰り返す。 「そもそも、俺がいなくなったら困るだァ? 困らないように、コレットやほかの連中にもノルマ語とフォルムラ語を仕込んだんだろうが」  エドの表情に怒りとも呆れともつかない感情が乗るのを見て、ユーリは鼻で笑った。 「もしかして、収容所にいた時からずっとこれを考えていたのか?」 「だから言ったろ、俺の目的はなにひとつ変わっていない。いつか”ユーリ”とクロードの研究を悪用しようとしたやつを捕まえて、ふたりの汚名をそそぐこと」  エドが呆れかえったような声色が漏れるほどの大きな溜息を吐くのを見て、ユーリは笑いながら手を差し伸べた。 「資料はすべてクリプトで書いて。フォルムラ語でもステラ語でも、アンナやエリゼにバレる。アイラにはこのことを一切伝えないこと」 「わかってる。あの子には、ノルマとの確執を伝えないようにしている」 「それから、王制復権は二度と考えないこと。これを守ってもらえないなら、いますぐ降りてもらう」  エドが苦渋の表情を見せた。  やっぱりまだ、カーマの丸薬の副作用が残っているのか、記憶があいまいだ。エドは自分たちの一族が旧王族の血筋ということを知っていたらしい。  その情報がどこから外部に漏れ、狙われる羽目になったのかはわからないが、「王制復権をすることで軋轢を生み要らないトラブルに巻き込まれる」と牽制するユーリをよそに、「立場を回復させれば狙われずに済む」という主張のエドとで対立した。対立が起こる時点で要らん火種じゃねえかと一蹴し、そこから拗れたのを思い出した。  やっぱり、記憶が少々混乱しているし、飛んでいる部分がある。冷静になれば糸を手繰り寄せるかのように思い出せる。 「わかった」  かなりの沈黙の後でエドが頷いた。 「そのことをみんなに伝える」 「そうしてくれ。立場が欲しけりゃオレガノに亡命すればいいだけの話。ミクシアはいま、ノルマ族の王が統制を取っている。王はふたりも要らない。火種になり、ぶつかり合うだけ。  大人たちはそれを知っていたからこそ黙っていたんだろうし、エドたちはこれからイル・セーラがどう生きていくのが最適解かを考えて」 「だったら、俺はもう少し、“かわいそうな羊”を演じておく」  エドが口元に笑みを浮かべる。ユーリはそれをしたり顔で見つめ、腕を引いて身体を引き起こした。 「あんたにできんの?」 「適任だと思うぞ」  言って、自分の足を触る。そのしぐさを見て、わっるいやつだなとユーリが笑った。エドもみんなころりと騙されると薄く笑ってみせる。ユーリはその真意に気付いて、エドの背中をばんと叩いた。 「頼りにしてるぜ、お兄ちゃん」 「これ以上駄々っ子が拗らせたら困るからな、自分の身のためだ」  エドに頭を撫でられた。自分を落ち着かせるように小さく息を吐いて、エドがリュカに軽く頭を下げる。 「もう一人のネズミ狩りは俺にさせてほしい」  えっ?! っと、リュカが声を上げた。 「あァ、お気付きでない? 情報が古いんじゃないですかァ、ガブリエーレ卿」  揶揄するように言ったら、リュカが目をまん丸くさせた。ユーリではなく、エドに視線を向け、本当かどうかを確かめるように視線で訴えているのが分かる。 「でももう少し時間が欲しい。必ず落とす。ほかの連中に気取れられないように動くのが少し大変なんだ」  強かそうな笑みを浮かべて、エドが言う。リュカが嘘だろと嘆くように言って呆れているようだ。 「ネズミの後始末が終わったあとのことは、オレガノの王族様とミクシアの貴族様たちがなんとかしてくれんだろ」  リュカが言いようのない表情をしているのが見えたが、「なんとかするよなァ?」と半ば脅しをかけるように言ってやる。大げさな溜息を吐いて、「ああもう」と言いながらリュカが天を仰いだ。 「わかった。でも、あなたたちにひとつだけ約束してほしい」  体勢を戻し、真剣な表情でリュカが言葉を紡ぐ。   「危なくなったら、絶対に逃げること」  エドが笑みを深めて、「わかった」と静かに頷いた。 「ぼくたちはみんな、同じ思いを持っている。『子どもだったから』なにもできなかった。  ただ悔しさを抱えて、もどかしさを秘めて、日々を過ごすしかなかったんだ。あなたもエドもそうだったかもしれないけど、ぼくだって、ドン・フィオーレだってそうだったんだ。  だから今回ぼくはあなたに協力を依頼した。二度とあの時のような思いや、後悔をしたくないから」  そう言われて、ユーリは二の句を継げなかった。目を瞬かせ、一点の曇りもない目でユーリを見つめるリュカを眺める。そのうちにリュカは口元に薄く笑みを描いた。 「前にも言ったけれど、これはクーデターなんだよ。  ぼくたちがやろうとしていることは、あなたたちの正義感とは違って歪んでいて、テロリズムに則って動いている。  この国は美しいし好きだけれど、ノルマの考え方は大嫌いだ。きっと貴族じゃなくても嫌いだったろうね。悲しいことに、この国に生まれた貴族は別の国への亡命権がない。だったら自分たちの思うように作り変えるしかないんだ。  あなたたちを駒にするつもりは毛頭ないし、矢面に立たせるつもりもない。自分の正義のために動いてくれたらそれでいい」  自ずとゴールがおなじになるからと、いつだったか言っていたセリフだ。リュカはしたり顔になって、悪戯っぽく肩を竦めた。 「さっきの『オレガノに亡命する』っていう会話の内容は、ミカエラには秘密にしておいたほうがいい。  きっと『オレガノの最優良亡命権』を希望者全員に付与すると言って、Sig.エーベルヴァインを呆れさせるから」  ユーリは想像して笑った。本当にやりそうだ。リュカを呼ぶ。涼し気な笑みを浮かべ、リュカがユーリを見上げた。 「ネズミ退治には時間がかかるらしいから、こっちはこっちで大穴を狙おうぜ。  信頼できる部隊に、西側の別の地下通路も洗わせて。プロヴィーサが仕掛けられているのは、絶対に一か所じゃない。それと、ノーヴェ地区の捜索も。そこにもしかすると、コーサの親玉がいるかもしれない」 「ドン・ガルニエね。検視をした中にはいなかったっていう話だから、たぶん彼らはなんらかのリベートをもらって匿ってもらっているのかもしれないね。  エリちゃんが『王制復権を』とちらつかせてきたのなら、水路と西側以外の地下通路はすべて塞ぐよう指示しているはず。だから、いまのところはまだ彼らはノーヴェ地区に潜伏しているはずだよ」  リュカがいつもの流暢な声色で紡ぐ。ユーリはそれを聞きながら、愉快さと悪だくみをする快感でムズムズするのを押さえきれず、不敵な笑みを浮かべた。 「エリゼのキラーパスを取りこぼしたら、あとが怖い。スラム街の平和のためにも、こっちの身の安全のためにも、大物は叩かないとなァ」  そう言って笑うと、リュカもまた悪い笑みを浮かべて軽く両手を広げてみせ、『あなたのその大胆不敵な表情が見られてよかったよ』と、心の内を見透かすかのような表情で言った。

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