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Three(2)★
可動式の本棚を戻して玄関まで急ぐ。窓から覗き見るとジャンカルロが双眼鏡で国境警備隊と思しき連中の動きを探っているようだ。二コラが軍用車に荷物を積み込んでいるのが見えた。ユーリはシェードウォールを閉め、玄関を出たあとで手早くドアハンドルに鎖を巻きつけてパッドロックを閉め直す。
「ジャンカルロ、連中は?」
「巡回の時間のようだな。廃屋を覗いて回っている」
双眼鏡で様子見をしながら、ジャンカルロ。このあたりはどうしても警備が手薄になりやすい。ゴロツキやレジスタンスの溜まり場になっていないかと注意深く探っているのだろう。ユーリはホッとしたようなため息を付いた。
「ここの国境警備隊に連絡をしていなかったのかね、ナザリオは」
ぼやくようにジャンカルロが言う。ナザリオに限ってそれはないだろう。ミクシア市からはるか離れた場所に配備されるとしたら、よほど忠誠心が強い者、或いはイル・セーラへの差別意識が強く左遷された者以外いない。リスクを最小限に抑えるためなら寝る間も惜しまないのがナザリオだ。
「ユーリ、荷物はすべて軍用車に置いておけ」
ニコラに指摘され、ユーリはすぐにタクティカルバッグを軍用車の荷台に置いてあった毛布の下に押し込んだ。車のドアを閉め、二コラたちの元に戻るとき、一人の兵士がこちらに歩いてくるのが見えた。不審に思われたのかこちらに向けてアサルトライフルを構えている。
「貴様ら、何者だ」
張りのある野太い声で威嚇するかのように言う。やはりミクシアの軍部の制服を纏っている。腕章はないが煌びやかな装飾が施されたベルトをしており、辺鄙な場所を警備する人間がいかに優遇されているかを見せつけられているかのようだ。いかつい風貌の見るからに疑り深そうな顔の男が、野太い眉を跳ね上げてこちらに睨みをきかせてくる。
「ここの現状を確認しておくようにと要請され、赴いた次第です。私はスパツィオ大学栄位クラスのカンパネッリと申します」
ユーリが声を出すよりも早く、ニコラが言う。男は怪訝そうに眉を潜めて鼻で笑った。
「栄位クラスのエリート様がなんの用だ? そのイル・セーラと迷彩服の男も栄位クラスの者か?」
「イル・セーラはそうですが、彼は護衛のために雇った傭兵です。軍部から許可を得てこちらに伺ったのですが、なにか行き違いでも?」
男はなにかを考えるように3人を代わる代わる眺めたあとで、アサルトライフルをおろして背中に背負い直すと、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら近づいてきた。
「ちょうどいい。貴様は残ってこちらの派出所に来い。我らの相手をしろ」
男はユーリのそばまでくると無理やり顎を掴んで顔を上げさせた。
値踏みでもするようにいやらしい視線をユーリに向け、ひゅうと口笛を吹く。
「見覚えがある。C区にいたかなり高値で色を売っていたイル・セーラだな」
嫌な目だ。じとりとした欲望の入り混じった目。あからさまにユーリを、いや、イル・セーラを卑下している。
「お待ち下さい、彼は私の同僚です。それにイル・セーラへの売春の強要は軍議にかけられ懲罰ものですよ」
「黙れ。イル・セーラごときが栄位クラスに入れるわけがない。どうせ貴様の色なのだろう。
貴様らの命と引き換えだ。そのイル・セーラが進んで抱かれにくるのだから強要にはなるまい」
男はユーリの胸倉をつかみ、顔を近付けた。火薬とタバコのにおいがする。微かにドラッグのにおいも混じっている。嗅ぎなれない独特なかおりだ。ミクシア市には出回っていないタイプの違法薬物かもしれない。ユーリはふとあることを思いついた。この男が使っているドラッグがもしフィッチのものではなく、このあたりに自生する薬草を使っていたとしたら、或いは、――。
「友人や護衛を死なせたくなければ大人しくこちらに来い。なに、悪いようにはせん」
ユーリは冷めた目で男を見上げて自嘲気味に笑った。
「解放宣言から4年も経っているのに、懲りないことで」
挑発するかのような言い方に男が不快そうに眉を寄せた。
「ふん、そんなものが通用するのは市街だけだ。ここに来るまでに転がっていた同胞のようになりたくなければ、素直に従うんだな」
同胞と言われて、ユーリはまた腹の奥がむかむかとする感覚に襲われた。道中に放置されていた遺体はやはりイル・セーラだったのだ。
「あの遺体はなんの為に? 素直に足を開かなかったからか?」
「それもあるが、――。くく、まあ一種の余興よ」
言って、男はユーリの胸倉をつかんだままひきずるようにしてその場を離れようとした。ユーリはねえと男に話しかける。
「そのドラッグ、どこで手に入れたの?」
男が怪訝な顔でユーリを見下ろす。ユーリはおどけたように笑って、他意はないとホールドアップして見せる。
「どうせヤるなら気持ちいいほうがいいと思って」
そのほうがよくない? と言ってのけると、男はふんと鼻を鳴らしてユーリの顎を掴んで顔を上げさせた。
「ドラッグではなくタバコだ。“質のいいタバコ”だけがここいらでの嗜好品なんだ」
タバコねと、ユーリが口の中で反芻する。おおかたそのタバコになにかを混ぜているのだろう。燻して使うことで催眠効果を高めるものか、それとも文字通り“気を大きく”させるものか。ユーリはふと裏庭の土に掘り返されたあとがあることに気付いた。裏庭になにを植えていただろう。このあたりに自生しているとしたら、ルシアか、ピナか、毒性が強く“ユーリ”から触れるなと言われていたメテルか。ほかにもさまざまな薬草や香草が自生する地域だけれど、ドラッグやハーブセラピーに使用されるのはその三種がスタンダードだ。殺されたイル・セーラたちは、苦し紛れにメテルのことを教えたか、それとも違法薬物の作成のために知識だけを吸い取られたか。
そんなことよりと、男がユーリの腹をまさぐり、いやらしい目つきで笑みを深めた。
「貴様が奴らの前で俺のペーンをうまそうにしゃぶるなら、教えてやっても構わんぞ」
ユーリがきょとんとして首を傾げた。タバコのこと? と尋ねると、男がもっといいことだと不気味に笑う。
「軍医団第二部団長のドン・フィオーレから捕縛権を与えられていますので、彼を連行するというのであれば、戦闘も辞さない所存ですが」
さすがにまずいと感じたのか、二コラが男を牽制する。邪魔するなと視線だけで二コラに告げる。男はふんと鼻で笑ってユーリの首に腕を回して、首が絞まらんばかりに腕を締めた。
「聞いただろう。これが俺に尋ねたいことがあるそうだ。それを教えてやるのに派出所へ行く。なんの問題がある?」
「では我々も同行を。先ほどもお伝えしたように、彼は栄位クラスの同僚で」
「教えてくれるんなら、別にこのまましゃぶってやっても構わねえんだけど」
言いながらユーリが男の腿をするりと撫でた。男の喉が上下する。ユーリは男の腕にこもる力が緩んだ隙にそこから抜け出して、男の股間を軽く揉んだ。
「その代わり前払いだ」
ユーリの言葉に、男は不気味に笑った後でカチャカチャとベルトのバックルを外し始める。二コラが止めに入ろうとしたが、ユーリは視線だけで制して男の前に跪く。
「それで?」
ズボンのファスナーを下ろしながら、ユーリが尋ねる。男は興奮したようにユーリの頭に手を置き、早くしゃぶれと言わんばかりに固くなり始めたものをユーリに押し付けた。
「逸るな。情報が先。前払いって言ったろ?」
逃げやしねえよと、ユーリが笑いながら男のペニスを下着の中から取り出した。先端に指を這わせ、軽くマッサージをするように触れる。男はふうふうと息を荒らげ、まるであたりを気にするように視線だけで注意を払う。そしてなにかを確認したあとで、ユーリの後頭部をとんとんと叩いた。
「メテル・ドムと言っていた。丁度つい最近殺したイル・セーラが教えてくれた調合法でな」
「なにを使うか聞いた?」
「そのあたりの雑草を採るのにここまで連れてきたことがある。それ以外は知らんが、効果は絶大だったぞ。そいつの死因を教えてやろう。俺の腹の上で死んだ」
なるほどとユーリが口の中で呟いた。メテル・ドム。聞いたことがないから、おそらくは隠語か、子どもには教えない部類の薬だ。このあたりの雑草と言っていたから、やはりメテルを使用した可能性がある。とすると、――。ユーリは満足げに目を細め、ためらいなく男のペニスを扱く。
「俺にもそれを使う?」
首を傾げて色を孕んだ表情でそう尋ねると、男はにやにやと下品な笑いを浮かべてユーリの顎をこしょこしょと指の先で撫でた。
「貴様の“働き次第”だ」
「しゃぶったあとでやっぱり入れさせてくれ……ってのはナシだぜ」
「それは俺が決めることだ。ほら、さっさとしゃぶれ」
男がユーリの頭を押さえて剝き出しになったペニスを擦りつける。
男のものはすでに臨戦態勢だ。ノルマ族の平均的なでかさのそれは、興奮からか既にがちがちになっている。勃起したそれを顔に擦り付けられ、ユーリは抵抗するように男の腿を押し返そうとしたが、男は怯まない。
男のペニスを手に取って扱きながら、大した情報じゃあなかったなと内心する。ドラッグの内容成分がメテルだけとは限らないし、せっかく市街に戻ったら洗いざらいげろってやって、報奨金だけもらおうと思っていたのになァと、企みを潰されたことに苛立ちすら沸いてくる。
二コラ程デカければ張り切ってしゃぶってやったものを、大したデカさでもないしなァと思いつつ、男が興奮するように指を絡めて扱く。根元から裏筋に掛けて指先でするすると撫でるようにしてやると、行為への期待感なのか男の先端からとろりと粘液が滴り始める。
「やはり少し前に死んだイル・セーラとは違うな」
自分が高値で売られていたことを言っているのだろう。とすると、奴隷解放後に市街からこちらに戻ってきたのは、強制労働組なのかもしれない。ユーリのように性奴隷にされていたイル・セーラは、大体同じ手管を仕込まれている。場所によって違うのかもしれないけれどと思いつつ、先端をこしょこしょと指の先で擽るように触れた。
「ねえ、さっき調合法って言っていたけど、それは教えてくれねえの?」
ドラッグの名前は教えてもらっていても、調合法はまだだと強かな表情で言ってのける。ほかのイル・セーラたちはノルマに威圧されれば怯んで言うことを聞いたかもしれないが、ユーリは違う。男もそれに気づいたようで、大きな手でユーリの前髪を掴んだ。
「そこいらにある雑草と言っただろう、名前など知るか」
空いた手で自らのペニスを掴み、ユーリの口の中に押し込もうとする。ユーリは男の根元に指を回してやわやわと軽く揉みながら、行為の最中にあり得ないような白けた顔をした。
「タバコを包むのはどういう紙じゃないとダメとか、そこにどの薬草を混ぜるとか、ほかになんかあるだろ?」
男が舌打ちをして、ユーリの口を指でこじ開ける。少し開いた箇所に熱を押し込むと同時にユーリの頭を押し付ける。喉を突く勢いで押し込まれたが、男はすぐにユーリを解放した。
喉を突かれた反射で軽く咳をするユーリの顎を掴んで、少し顔を上にあげさせる。
「あいつらが用意したものだ、詳細は知らん。ただ、雑草と共に燻す際に必ずこの木くずの上に置けと言われたな」
ユーリは一層勇んで膨らんだ男の亀頭を自らちゅぷりと咥えて、先端を舌で押し込むように舐めた。話の続きを促すかのように、それ以上の行為に進まない。
「その木くずって?」
一旦顔を離して男に尋ねる。男は期待に息を弾ませながら、すぐそこの枯れた木を指さした。
「あれの樹皮を一度乾燥させたものを使えと言われている」
男の指の先に視線をやり、ユーリはそのままの状態で笑った。ユーリの熱い息がかかったせいか、男がうぐっと唸って腰を引く。
その方法を教えたイル・セーラはなかなかに知識が深く、おまけに性格が悪い。もしかして自分以上じゃなかろうかと、口の中で笑う。二コラをその気にさせるために引き合いに出した『ヴィンコール』という麻酔薬とおなじ名前の木だ。これは生きている木と枯れた木では薬効が大きく異なり、真逆になる。だからフォルスでは生きた木も枯れた木も混在しているし、その正確な理由は大人たちしか知らないだろう。
ただ、このヴィンコールに関しては別だ。“ユーリ”から枯れたヴィンコールの木には近寄るなと強く言われている。ただ切り倒すだけなら害はないが、燃やせば毒性が一気に高まり、もし火事にでもなればフォルスを捨てなければならない可能性があるため、あの付近で焚火をするなというルールすらあった。
メテル・ドムが本当にただのドラッグだとして、ヴィンコールの木が混ぜられているとなると、殺意に満ちている。そいつに会ってみたかったなァと内心しつつ、ユーリは男のペニスの根元を掴んでいた指をさらに締め、ぴちゃりと音を立てて口に含んだ。口の中で男のものが膨らみ、締め付ける指の輪っかの中で何度も肉が跳ねる。男の先端から溢れてくる透明な粘液とユーリの唾液とがくちびるを濡らし、いやらしく光らせている。
行為に慣れているユーリは、大体顔と行為の際に向けてくる視線でどういうやり方が好みかを察知する。勝率は大体7割、8割といったところか。残りの確率は相手の性癖で変わってくる。この男は無理やり行為を勧めたがる。それも明け透けな態度で下品にマウントを取られるよりも、やや控えめで遠慮がちにされるほうが好みで、行為に積極的ではない相手を屈服させて鳴かせるのが好みだと推察した。最初に一度口の中に熱を押し込んできたのがなによりの証拠だ。
イル・セーラへの侮蔑的な態度は、主に征服欲と支配欲だろうけれど、野卑た相手を『買えなかった』ことに対する劣等感が見え隠れしている。金銭の授受がなくとも相手をいいようにできるこの状況下、そしてこちらに逃げてきたイル・セーラを捕らえては屈服させるときの優越感と自負心が膨れ上がり、本能のままに事を進める。イル・セーラに対する差別意識が強い相手にはありがちだ。
ユーリの推察通り、亀頭と裏筋あたりまでをくちびると舌で扱くだけの行為にも、男の熱はいまにも弾けんばかりに膨らんでいる。ちゅぷちゅぷと慎ましやかな音を立てつつ、少しずつ男の熱を咥えていく。上顎を擦るほどの角度に反りあがったそれは、ユーリが鼻にかかったような色っぽい声を漏らした途端に軽く前後し始めた。にちにちと濁った濡れた音がユーリのすぼまったくちびるの中から漏れ聞こえてくる。
男の腰が控えめに前後するのは、あくまでもユーリがしゃぶっているという状況を楽しみたいか、野外で明け透けな行為をする羞恥心に支配されきっていないかのどちらかだ。一層角度を増した男のペニスがユーリの上顎を擦る。んふっとユーリの艶っぽい声が上がると、頭上からつばを飲み込む音がはっきりと聞こえた。
亀頭を上顎に擦り付けるような動きに変化する。ユーリはきゅうと目を細くして男を上目遣いに見て、細く尖らせた舌で男の裏筋をせせった。うぐっと喉が鳴り、男の熱がどぷりと漏れだす。ためらいなくそれを舐めとり、その粘性を借りて舌を絡める。
「っ、クソ。すげえなっ、絡みついてっ」
周知や警戒心よりも快楽に染まり始めたのか、男の腰の動きが激しさを増す。我が意を得たりとばかりに、ユーリが男の亀頭のスリットを舌先でちろちろとなぞるように刺激をした。小刻みに往復する動きによって滲む先走りが飛び出し、口の中にあふれる。やはり、粘液までもが文字通り『支配』されている。この男は時間の問題だなとほくそ笑み、根元を扱く手を少しだけ緩め、興奮の為か少し上がった双球を別の手で転がすように弄んだ。
興奮した男の獣ような声が上がったのをいいことに、完全に立ち上がった男の熱を奥へ、奥へといざなう。ずっぽりと深く、男の熱を飲み込んでいく。
男がふうふうと息を荒らげながら、与えられる快感に呻く。じゅうじゅうと先端を啜り、男のペニスを吸い込んでこのまま絶頂に導かんとするユーリの喉の奥に、男の猛ったペニスがぐんと押し込まれた。苦しさにぐっと喉が鳴るのを気にするそぶりもなく、ただ欲望を吐き出すために男が激しく腰を前後させた。ぐぼぐぼとすごい音がする。思ったとおりだ。
「ああっ、すげえっ。おら、もっと喉を開け」
「んぐっ、ぐっ」
反り立ったペニスが上顎と喉を擦る。苦しいが正直これも嫌いじゃない。セックスに持ち込まれるより喉でイかせてやるほうが遥かに楽だったのを思い出す。男のものがこれでもかとばかりに割り込んできた。
ガツガツと無遠慮に腰を振り、喉に固いペニスを押し付けてくる。はあはあと息を荒らげ周りが見えていない。ユーリは鼻に抜けるような声を上げながら、男の腿にしがみつくようにして男の動きに応じる。片方の手で射精を促すように双球を弄び、怒張したそれを喉の奥に誘い込みながら、ひかれる際には男の精を搾り出すようにくちびるを窄める。何度もその動きを繰り返し、ユーリから苦しげな喘ぎ声が上がり始めた頃、男が頭上から獣が唸るような下品な声を上げた。
口の中に断続的に男のものが放たれる。飲み込ませようとしているのかと思ったが、男は独り善がりなプレイがお好みなのか、まだ固いそれをユーリの口から引き抜いた。ユーリは口の中に出された精液をぷっと吐き捨てて口元を拭った。上目遣いに様子を窺う。天を仰いで、肩が上下するほど大きな呼吸をしているのが見えた。ヴィンコールを長期摂取している男の先走りを飲み込んだせいか、喉に若干の刺激がある。けほっと幾度か軽く咳をして、喉に絡みつく違和感を取り払い、もう一度それを吐き出した。
「さすがはC区にいたイル・セーラだ。格が違う」
「そりゃどうも」とユーリが冗談めかして言うと、男はユーリの両脇に腕を差し込んで無理やり立ち上がらせ、その体を軽々と持ち上げて軍用車のボンネットに押し付けた。強かに頭を打ち付け、呻き声が上がる。
「友人と護衛を死なせたくなかったら、派手に喘いで見せろ」
言いながら男がユーリの腹部をまさぐる。片手で器用にユーリのベルトを緩めながら男が下品に笑った。そう来ると思っていた。微塵も焦る様子を見せず、ユーリは婀娜めいた表情で口元に笑みを描く。二コラとジャンカルロが武器を構えようとしていることに気づいたのか、男が素早くユーリの首を絞めんばかりに手を掛けた。
「おっと、手を出すなよ。俺はこれが死のうが構わんのだ。死んでもなお犯す価値があるからな」
ユーリは口の中で笑うと、視線だけで二コラとジャンカルロに大丈夫だと告げる。ユーリが余裕なのには理由があった。興奮した様子の男の胸をするりと撫でて甘えたような表情で笑ってみせた。
「これでも俺は軍部預かりの身なんでね、街を出入りする間にボディーチェックをされるんだ」
男が片方の手で器用にユーリのベルトとデニムのトップボタンを外す。乱暴にファスナーを下ろしてデニムを脱がしにかかった時、ユーリが男の手を掴んだ。
「聞いてる? ボディーチェックをされるってことは、俺が外出した間に“犯されなかったか”チェックされるってこと」
「それがどうした? 貴様が後ろのふたりと盛り上がったということにしておけばいい」
「ひとりは栄位クラスの同僚で、もうひとりは軍部に雇われた傭兵って言ったろ?
そのふたりが“軍部預かり”の俺を抱くわけがない。そうなるとフォルスか、道中で何事かがあったと露見するようなものだ」
面倒な男が派出所に調査をしに来るぞと、ユーリが揶揄するように言う。男はふんと鼻を鳴らして、なにかろくでもないことを思いついたと言わんばかりの悪意に満ちた笑みを浮かべてユーリのデニムと下着を擦りおろした。興奮で立ち上がったペニスをユーリのくぼみに擦り付ける。ユーリは「あーあァ、止めたのに」と他人事のように言ってのけるだけだ。
「貴様を犯して殺されるなら悔いはない。ヤリ損ねたのをずっと後悔していたんだ」
男のペニスがユーリの秘部をとらえ、割り込んでくる。息を詰めて淫らに喘ぐそぶりを見せながらも、口の端で笑う。腹上死がどういうものなのか、一度経験してみたかった。
仕掛けてきたのはこの男だ。二コラも、ジャンカルロも、男がユーリを襲って無様に腰を振っている最中に死んだことを証言してくれるだろう。まるで嫌がらせのような組み合わせの毒を微量に盛り続け、探求心旺盛なユーリにとって収容所でも経験しえなかったことを経験させてくれるであろう状況を作ってくれた同族には感謝しかない。期待に目を細くして、でも男を興奮させるように少し抵抗するように身体を捩り、肉を割り入ってくる男の熱を締め付けた。
「っあ」
詰まったような声が上がる。ユーリの入り口付近で男のものが一層固さを増した。穿つような動きに車が揺れる。体勢が悪く、思うように動けないせいか、男がユーリの腰を掴んで少し前に引きずり出し、更に腰を勧めようとするが、ほぼ解してもいないそこが簡単に受け入れることはなく、男が締め付けに唸り声をあげる。
「くそ、締め付けてきやがって」
市街からフォルスまで約半日以上かかった。昨日二コラと散々セックスをしたが、少し時間が経っているせいでそこまで簡単に受け入れる準備はできていない。いまは直前に解しているわけでもないから、そりゃあきついだろうなと冷静に考えられる余裕があるのは、さっきのヴィンコールのせいだろう。やはり喉と舌の違和感が消えない。無理やり入れられても痛みがないということは、このまま男を煽ってしまっても問題はないということだ。わざと男を締め付け、口元を押さえて男が与える刺激によって生じる声を噛み殺そうとする仕草に、男が興奮したように喉を鳴らした。
「たまんねえな、孕むまで犯してやるっ」
一度腰を引いてペニスを引きぬくと、車のボンネットにユーリの身体を押し付けて挿入しやすいように更に腰を浮かせる。開かされた箇所に、ぬぷりと熱の先端が埋まる。
突如発砲音がした。ユーリに挿入しようとした男から悲鳴が上がったかと思うと、倒れるときに車のボンネットで強かに顎を打ち付けてその場に倒れ込んだ。
ジャンカルロが咄嗟にユーリとニコラの前に立ちはだかる。男は左腿を打たれたらしく顔を青くして血が吹き出る傷口を押さえてのたうちまわっている。ニコラが止血をしようとしゃがみ込む。ユーリも乱された衣服を整えながら、ボンネットから飛び降りて、軍用車の助手席の足元に置いてある処置箱を取ろうと助手席のドアを開けた。処置箱に手をかけた時、別の足音が近づいてくるのが耳に入った。
体を起こし、足元の主を確認する。男と同じ制服を纏う、明らかに不気味な雰囲気の男が近づいてくる。先程男を打ったと思われる、硝煙が上がるハンドガンを右手に持っている。それとは不釣り合いなほど臆病そうな風貌だが、一見して得体の知れない威圧感がある。
「ユーリ、早く!」
二コラに声を掛けられ、ユーリははたと正気に戻ったように処置箱を開けて、止血帯をアルコールで濡らして二コラに手渡した。
「動くな、失血死するぞ」
痛みに呻き声を上げながらのたうち回る男の腿を押さえつけて止血をしようとするが、男は打たれたことでパニックになっているのか、二コラの声が聞こえていないようだった。
「シレンツィオの量が足りなかったかな」
言いながらユーリが指にはめた指輪を注視する。ややごつめのシルバーリングには細工がしてあり、刺されても痛みを感じない程度の針がついていて、それにはシレンツィオ(即効性の鎮静剤)が塗布してある。武器の携帯を許可されていないユーリがよく使う手だ。何度か男の身体に触れていたのは、シレンツィオを間接的に摂取させるためだったのだ。
「お、おまえなあっ」
「あーあー、うるせえなァ。ここの警備隊が常識の通用するお上品な連中ならこんなもの仕込んでねえよ」
ユーリはシレンツィオが入った小瓶を傾けてガーゼにたっぷりと染み込ませると、「さっきの礼だ」と言ってガーゼで男の鼻と口を覆った。うめき声をあげながら暴れていたが、シレンツィオの効果なのかものの数秒で白目をむいて大人しくなった。ユーリは男の鼻と口を塞いだガーゼをそのままに、もう一度指輪を見下ろして、くそったれがとパラロッチャを吐き捨てる。
「とんだ不良品じゃねえか」
次に見つけたら問い詰めてやるチェリー野郎と口の中で呟くと、二コラが窒息死するだろうがと濡れたガーゼを男の顔から除けるのが見えた。不意にジャンカルロから後ろにいろと注意を促される。先ほどの男がすぐそばまでやってきているようだ。
「軍医団二部団長のドン・フィオーレから入構許可を頂いているんだが、そちらに通知は行っていなかったか?」
ジャンカルロが不審そうに話しかける。すると男は倒れている男に鋭い視線を浴びせた後でジャンカルロに視線を戻した。
「部下が失礼しました。二度と粗相のないよう躾けておきますのでどうぞご容赦ください」
冷静な口調がなんとも言えない不気味さを醸し出す。躾けるもなにも、腿の動脈を銃で狙うなど殺意があったとしか思えない方法だ。緊張が走る。ジャンカルロはユーリに車に乗るよう手で合図をする。
「ドン・フィオーレ、並びに軍医団長であるドン・クリステンから無線が入っていましたが、生憎彼はこちらの車両が賊軍のものではないかと疑っておりましたので」
「賊軍?」
二コラが問うと、男はええと表情ひとつ変えずに言う。
「最近パドヴァンの西の孤島を経由し、フィッチからこちらに違法薬物を密輸する輩がいるのです。貴方がたも道中に転がされていた遺体を見たでしょう? その賊軍を手引きしたイル・セーラの遺体です」
男の視線はジャンカルロや二コラではなく、ジャンカルロの陰に隠れているユーリに向いている。まるで試すかのようなセリフだ。そんなのは嘘だと言いたかったが、男の不気味な雰囲気のせいか言葉が出て行かない。
「彼が私に隠れて吸っていたであろうタバコも、その違法薬物で作られたものでして。困ったものですよ」
言って、男が手にしていたハンドガンを構えた。
警戒したジャンカルロがすぐさまレッグホルスターの銃に手をかけたが、男のハンドガンの照準は倒れた男に向いている。二コラが止める間もなく、無表情のままで意識のない男のこめかみに銃口を押し付けた。
「イル・セーラへの性的暴行は収監対象、違法薬物の使用は処刑だ。貴様が余計なことをすると私の査定がさがる」
無能は要らん。そう聞こえたと同時に銃声がした。血飛沫が上がる。男は返り血を浴びたまま立ち上がり、まだ硝煙立ち込める銃を男に向かって投げた。
「不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。処置に使われた物品費の請求は、ドン・コスタ隊にお願いします」
男を悼む様子もなく言ってのける。さすがの二コラも面食らったのか、二の句を継げない様子だ。
「おや、そちらのイル・セーラは」
男がユーリへと向き直った。香り高い香のようなオリエンタルなにおいがする。風向きのせいか先ほどまでそんなに感じなかったが、嫌味のないそれが鼻をくすぐる。ユーリは突然背中に氷でも入れられたかのようにダイレクトな寒気を感じた。体ごとその場に縫い付けられたかのような感覚。突如として嘔気が押し寄せ、口元を押さえた。一瞬にして口の中、そして喉の奥までの水分が蒸発したのかと思うほど喉が詰まり、つばすら飲み込めない。胃の奥からせりあがってくる不快な感覚にぐっと喉が鳴る。
ジャンカルロがいち早く異変に気付いた。ユーリへと振り返り、口元を押さえて震えるユーリに声をかけた。
「どうした?」
声が出ない。ユーリは首を横に振って、伸びてきたジャンカルロの腕にしがみついた。ぐいぐいと腕を引き車に戻ろうと催促をする。ジャンカルロは的を射ない様子で目を白黒させながら頭をかいた。
「すまないが、仲間の気分が優れないようだ。いまのはさすがに刺激が強かったのかも知れない」
暗に男を非難するように言いながら、ジャンカルロがユーリを庇うように抱きしめる。震えが止まらない。辛うじて息を吸えはするものの、吐き出せず、満足に声も出せない。息苦しさのせいか、じわりと侵食してくるような正体不明の感情のせいか、視界が滲む。
目の前で人が死ぬことなど慣れているはずだし、血も見慣れているはずだ。それなのにこんな拒絶するかのような反応はおかしすぎる。ニコラもまた異変に気づいたようにユーリを見やり、長居は禁物だと悟ったのか男に向けて敬礼をした。
「一刻も早く彼を休ませたいのでこのあたりで失礼します。市街に戻るまでに半日以上かかりますので」
「そうですか。気分を害するようなものを見せてすみませんでした。仲間の死を思い出させてしまったのかもしれませんね」
言いながら、男が自分が息の根を止めた男の胸倉をつかみ、軍用車が発進できるように引きずっていく。ものすごい力だ。男が身体を動かすたびに風に乗って漂ってくる独特な香りが、ユーリの視界を殊更に歪ませる。心臓の場所が移動したのかと思うほど、耳のすぐ近くでなっているような感覚に陥って、詰まったような息を上げながらジャンカルロの腕に更に強くしがみ付く。
いつのまにか男が近くに寄ってきていた。ジャンカルロの腕にしがみ付くユーリの肩に手を伸ばしてくるのが見えた。ざわりと足の指先から頭の先までが感じたこともないような鋭く、凍てつくようなおぞましさが襲ってくる。
一瞬。ほんの一瞬だ。目の前の男はユーリの身を案じたように眉を下げているというのに、『欲に囚われた嗜虐的な表情と、自分自身を嬲り虐げまるで踏み躙るかのような冷徹な目』が脳裏に浮かんだ。
途端に大袈裟なほど身体が跳ねた。ひゅっと喉が鳴る。首を絞められたような圧迫感と息苦しさと不快感が押し寄せてきたと同時に、目の前が暗転した。
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