41 / 108
Seven(3)★
思ったよりも負傷者が多く、かなりの時間がかかった。もう二日ほど経過しているけれど、チェリオはまだ帰らない。新たに担ぎ込まれた男の処置を終え、一息つこうと両手を挙げて伸びをする。
「んー、疲れたァ。つか、ネイロの処置以外はキアーラじゃねえだろ? 雑すぎ。荒すぎ。マジで最悪」
見つけたら傷口に直接薬草の粉末塗り込んでぎゃあぎゃあ喚かせてやると、ユーリが不満げに言う。
「あの野郎、なんつったっけ?」
ファリスの取り巻きの男が記憶を呼び起こすような顔になった。
「医療班のレヴィト……っつってたか。あきらかにガキだったよな」
もう一人の男が、ふと思い出したように継ぐ。「東側のスラム街の人間への処置ということで経験の浅い者をよこしたか、そうじゃなけりゃよほど人員不足だったんだろう」と、ファリスが冷静な口調で言ってのける。
「ピエタの新入隊員か。上がだれか知らないけど、再教育が必要だな。ナザリオに苦情をいれておこう」
あんなやり方じゃ傷口が化膿してそこから感染がおこると、ユーリが厳しい口調で言う。事実、暑さと不衛生さのせいか傷口が化膿し熱発している人が多数だった。このあたりに自生している薬草でなんとか凌ぐことができたが、持ってきている物資でもどうにもならなかったら、北側の診療所を襲うことすら考えていた。そういうと、ファリスが苦い顔をして大袈裟に両手を広げた。
「あの嬢ちゃんといいおまえといい、栄位クラスの人間は患者の為ならバーサーカーみてえな発想をするんだな」
「命に優劣はない。それに北側の診療所は元々俺が作った場所だし、置いていた薬品だって軍部が持ち込んだりしていなければ、ほとんど全部ディアンジェロ家の支援で集めたものだ。自分のものを取り返しに行くのは犯罪でもなんでもない」
薄笑いを浮かべるユーリに、ファリスが苦い顔をする。表から「静かに」と声がした。小屋の前で見張りをしている少年だ。裏通りから小屋の方面に足音が向かってくる。チェリオの足音ではない。
咄嗟に息を顰める。ほかの住人たちも同じ判断だったようだ。ファリスが防衛のために銃を構える。相手がピエタだった時のことを鑑み、それは危険だとユーリが小声で諭し、銃をしまわせた。ユーリが小屋の入り口を覗かれてもわからないように物陰に身を潜めると、すぐさまファリスが頭から毛布を乱暴に掛けた。
「ユーリ・オルヴェ! いたら返事をしろ!」
この声には聞き覚えがあった。ピエタの警備班の一人で、ドン・コスタ隊の一員だ。どうやらユーリを探しているらしい。
「おい、ユーリ・オルヴェを見なかったか? 銀色の長髪のイル・セーラだ」
隊員の一人が少年に向かって言う。息を潜め、長髪ねぇといいながら、すっかり短くなった自分の髪を触った。
「数日前には見たけど、知らねえ」
「ここにいたのか?」
男が声を荒らげる。いいやと少年がすぐさま否定する。
「ディエチ地区に一人で来ねえだろ。トレ地区周辺でなにかを捜してた」
トレ地区だな! と男が言う。すぐさま別の声が聞こえた。
「ユーリ・オルヴェ! 聞こえたら出てきてくれ!」
声の主の足音が路地に響く。少年が嘘を教えた男から、トレ地区にいたらしいと言われ、部下たちと共に路地を引き返す足音が遠ざかる。
ユーリは毛布から顔をのぞかせた。ネイロがユーリに不審なまなざしを向けている。その視線の意味に気づき、ユーリは肩をすくめた。
「別に俺がなにかしたわけじゃないぞ」
そんな覚えがないと小声で告げる。立ち上がってごそごそと荷物を漁り、報酬代わりにいくつかの携帯食の缶と、アンナが渡してくれたバックパックをひとつ、自分が隠れていた場所に置く。ネイロがおいと声をかけてきた。
「やっぱりその携帯食の窃盗がバレたんじゃねえのか?」
「その程度でこれだけの数のピエタが動くかよ」
ざっと10人くらいはいたぜと、少年が窓から顔を覗かせて言う。
西側の爆発で大勢が亡くなり、まともに機能していないピエタが、ユーリの捜索だけにこれだけの人数を割くとは思えない。ドン・クリステンの部下たちならまだしも、彼らはドン・ヴェロネージの部下たちだ。まともな理由でユーリを捜しているわけではないことは明らかだ。
「どう逃げる? 時間の問題だぞ」
ファリスが声をかけてくる。まっさきにユーリを突き出そうとすると思っていたため、ユーリはきょとんとしてファリスを見上げた。
「逃してくれんの?」
「俺たちはならず者だが、恩義は忘れちゃならねえルールを設けてんだ。東側の住人の生き残りを救ってくれたてめえを、みすみすあいつらに渡すかよ」
「へえ、いいルールじゃん。気にいった」
「だったらちゃんと生き延びて、朝までねっとり抱かれに来いよ」
言いながらファリスがユーリの尻を叩いた。衝撃に呻き声が上がる。
「あ、あんたなあ」
尻をさすりながらファリスを睨むと、ファリスはニヤリと笑ってみせた。
「この路地は右側に行くとノーヴェ地区に出られるように改造してある。突きあたったらまず左、次に三区画過ぎたら右だ。壁に数字の9が刻んであるからすぐにわかる。9が見えたら右に4区画。それでノーヴェ地区の中間くらいだ。曲がる場所を間違うな、土地勘のない奴が入ったら確実に迷うように作ってあるからな」
なるほどと思う。さすがに闇市の支配人だけあって、この辺りの事情にも詳しいようだ。
「ありがとう、支配人さん。この礼は必ず」
「治療費代わりだ。俺らが手伝った報酬も忘れんなよ」
ファリスはすっかりその気のようだ。ユーリは覚えておくと軽く言ってのけた。
全ての足音が建物の角を曲がり、遠ざかっていくのを聞き届けてから、ユーリは裏通りをのぞいた。外にいた少年が早く行けとばかりに手で合図をする。
「おう、エルネスト。どうせ土地勘ねえだろうし、とっ捕まっても夢見がわりい。チェリオがいそうなところに案内してやれ」
「オッケー、このくらいなら俺でもやれる」
いたずらっぽく笑うと、エルネストと呼ばれた少年は、ユーリが持っていたミリタリーバッグを持ってくれた。ユーリはもうひとつのバックパックを背負い、エルネストと共に言われた通りに右側の路地へと走った。
路地を抜けると突き当りが見える。左にも右にも行けるようになっているようだ。こっちだとエルネストが声をかけてくる。左側へと向かい、ディエチ地区とノーヴェ地区の境まで走った。ここに来た時よりも荷が軽くなっているからか、少しうごきやすい。
ディエチ地区とノーヴェ地区の堺あたりに、地下通路に降りるための隠し通路があるはずだ。それを捜して地下に潜伏するほうが早いか、それとも隠れてやり過ごすほうが早いか。そもそもエルネストはその地下通路の存在を知っているのだろうかとも考える。
ピエタが複数班動いていないとも限らないうえに、さきほど治療をした連中以外が騒ぎ立てる可能性もある。ここは慎重を期すべきだと判断し、ユーリは路地を一気に抜けることはせず、入り組んだ細い通路に隠れながら進んだ。
ファリスの指示通りに進んだおかげか、ピエタには会わずに順調にノーヴェ地区の中間付近までやってきた。通りを出ようとしたときにエルネストから腕を引っ張られ、物陰に押し込められる。また別の声が聞こえてきた。
「まだ奴は見つからんのか!」
特徴的なシワがれた声。ドン・ヴェルノートだ。こいつに見つかったら面倒極まりない。ユーリは息を整え、フードをさらに目深に被りながら彼らが通り過ぎるのを待った。
「路地をしらみつぶしに探せ! 東側には行っていない、なんとしてでもパーチェ隊に渡すな!」
これはまずい。ほかの部隊ならまだしも、ヴェルノート隊はアリオスティ隊並みにしつこいし、割と統率が取れている。言葉の通りにしらみつぶしに探すだろうし、おまけに彼らは意外にもスラム街の住人ともトラブルなく“うまくやっている”数少ないピエタの部隊だ。
「やっべ、あいつらか。しっつけえんだよな」
ぼそりとエルネストが言う。とりあえず逃げるのが先だと踵を返し、いまいる路地の奥へと向かった。奥は行き止まりだ。マジかよと誰にいうともなく呟いて、ユーリはエルネストを見た。あたりを見渡すが、隠れられるような場所はない。
「こちらにも路地があったぞ!」
向こうからピエタの声がする。まずい。どうにかしてこの場を切り抜けなければならない。こっちとエルネストに呼ばれる。コンテナの向こうに古ぼけたドアが見えた。エルネストはそのドアを開けようとしているようだが、うまく開かないらしい。
「こっから逃げられるんだけど、なんで開かねえんだ?」
「ドリスのやつが鍵を変えたのかな」と言いながらもガチャガチャとドアノブを回す。少しして諦めたのか、エルネストは面倒くさそうに立ち上がってユーリを見やった。
「ここに隠れてろよ。こっちには誰もいねえって言ってくる」
貸しだからなと、エルネスト。路地を走っていく背中を見ながら、ユーリは横髪を止めていたヘアピンを取ってそれを伸ばして、ドアの鍵穴に刺そうとそこに近づいた時だ。ドアが開き、にゅっと手が伸びてきた。
声を上げる間も無く部屋の中に引き込まれ、ドアが閉められる。埃くさい。背中から引き摺り込まれたせいで、背負っていたミリタリーバッグとバックパックを剥ぎ取られる。どんと派手な音が上がると同時に埃っぽいベッドの上に引き倒され、なにかが覆いかぶさってきた。
「やめっ」
やめろと言おうとしたが、それは相手の唇に飲み込まれた。ぐちゅぐちゅと口の中を蹂躙される。衣擦れの音。簡素なベッドの軋む音。フードを目深に被っていたせいで、目の前にいる相手が誰なのかが把握ができないが、どういう状況なのかを理解したユーリはせめてもの抵抗とばかりに口のなかをはいまわる男の舌を噛もうとしたが、それよりも早く男の手がズボンの中に割り込んできた。
「んっ、んんうっ」
逃げようと腰をよじるが、相手の力の方が数段上で、びくともしない。手慣れているらしく、男がユーリの足を開かせ、その中心に体を割り込ませた。ぐいぐいと腰を進ませてくる。服の上からかりかりと胸をいじられ、ユーリは甘い声をあげた。
「はっ、エッロイ声」
その声の持ち主は、ユーリがよく知っている相手だった。
「チェリオっ?」
「女のふりすんの得意だろ? ここは連れ込み宿兼娼館だから、ヤってるふりしてたほうが無難だぜ」
言いながらチェリオが腰をゆする。ベッドの軋む音が激しくなり、同時に股間に触れるチェリオ自身も硬くなってくるのを感じた。チェリオが勢いよく上着を脱ぐ。細身のわりにしっかりと筋肉のついた上半身が顕になる。そうかと思うとベルトがわりにつけているチェーンを外し、ズボンの前をくつろげた。
「おいっ、マジかよっ」
「まあまあ。おまえは脱いだらバレっから」
言いながらチェリオはユーリのズボンと下着を軽く下げる。そしてなにかを思い出したようにベッドから降りて、ユーリが背負っていたバックパックとミリタリーバッグをベッドの頭もとのスペースに投げ込んだ。マントを脱いで腹の下にでも入れとけと言われ、ユーリは言われたとおりにマントを脱いだ。ベッドの上で四つん這いになり服の中に無造作に丸めたマントを入れようとしたとき、突然足の間にぬるりとした感触がした。
「つめたっ!」
ローションだ。少しデニムにかかったと文句を言ったが、チェリオはいいからいいからと笑いながら自身の激ったものをユーリの腿の間に割り込ませてくる。
「おまえ腿細いから、ちゃんと締めろよ」
「最低なやつだな」
「なんとでも言えよ、おまえは俺に感謝すると思うぜ」
文句を言いつつも足を締める。チェリオが軽く腰を揺らした。ぬちゅぬちゅと粘着質ないやらしい音がする。まるで本当に女性としているようだ。
「なあ、エロい声あげてみ」
チェリオが耳元で囁く。完全に調子に乗っているが、ここはチェリオの策に乗っかるのが無難だと考えた。
チェリオが腰を振るのに合わせ、なまめかしい声を上げる。後ろでチェリオが喉を鳴らす。彼の興奮具合は足の間のものの硬度で手に取るようにわかる。
いくつかの足音が近づいてきた。チェリオがユーリの頭もとに枕を押し付ける。勢いよく体ごと押し付けられたせいでくぐもった声が漏れた。シーツを広げてチェリオが覆い被さったのと、ドアが乱暴に開かれたのはほぼ同時だった。チェリオの腰の動きが激しさを増す。
「ふあっ、あっ、ああっ」
わざと煽るように声をひっくり返して喘ぐ。もっととせがむように言ったら、チェリオはベッドが壊れるんじゃないかと思うほど腰を振り始めた。
「き、貴様っ、なにを!」
ピエタが声を上げる。
「はあっ? いいとこなんだから邪魔すんなよ」
チェリオが凄むように言いながらも腰を振る。ばちゅばちゅと卑猥な音が上がり、なにをしているのか一目瞭然だ。
「この非常事態になにをしている!」
「うっせえ、ンなとこまで入ってくんな、カス」
文句を言いながらもチェリオは腰の動きを止めない。ユーリもまるで女性がよがっているかのような婀娜めいた声を震わせる。さも何度も体を重ねているかのようにしっとりと掠れた、艶かしいそれに、ピエタたちがどよめくのが聞こえた。
チェリオの呻き声がする。足の間に間欠的に熱が迸るのに合わせ、わざと快感に濡れた切なげな声を漏らす。
「んで、何の用?」
ふうと息を吐きながら、チェリオがユーリの足の間からそれを抜く。ローションに塗れているせいで濡れた音がする。上半身になにも纏っていない状態でも慌てないチェリオを前に、ピエタたちは唖然としているようだ。
「人をっ、探して」
明らかに動揺している声で男が答えた。
「人だぁ? ンなとこに誰が紛れ込んでくるってんだよ?」
ここがなんだか知ってんだろと、チェリオが不機嫌そうに言う。
「ここを利用しているのは、おまえだけか?」
「しらねえ。気になるんなら他の部屋探せば?」
チェリオがユーリの足の間に手を差し入れる。シーツの中だからなにをしているのか外からは見えないだろうが、ユーリは敢えて吐息混じりの艶かしい声をあげ、腰を震わせた。グチュグチュと女性の濡れたそこを想像させる粘着質な音があがる。聴覚のみの刺激はより想像力を掻き立てることを知っているからか、チェリオはユーリの脚の間をいじる手を止めない。
「つか、ここに来るなんて、ヤる以外に目的のあるヤツいねえだろ」
「捕獲対象のイル・セーラが、こちらに逃げてきた可能性があるのだ」
「はあっ? マジでいい加減にしろよ。そんなもんがここにいたら、今頃輪姦されてるっつの」
頭使えよとチェリオがなじる。
「女、おまえもしらないのか?」
ピエタがこちらに近づいて来る。ユーリは頭もとに枕を押し付けられていたのをいいことに、ゆっくりと体を起こしてシーツの中を移動し、のろのろとチェリオの股間を咥えた。びくんとチェリオの体が跳ねる。
「はっ、知らねえってよ。ンな質問に答えるより、俺のをしゃぶりたいらしいぜ」
じゅるじゅると卑猥な音を立ててユーリがチェリオのそれをしゃぶる。ところどころ声を引き攣らせるのは、快楽の印だ。ピエタたちの喉が鳴る。
不意にチェリオがピエタを呼んだ。まさかそんな行動に出るとは思わなくて、抗議のためにチェリオのペニスを根本を強めに握る。文字通りあんたの急所は握っているとばかりに、変な気を起こさせないように牽制する。
「その捕獲対象のイル・セーラって、ユーリ? それともユリウス?」
いいから黙ってろとでもいうように、チェリオがユーリの後頭部を押さえ付けて猛ったペニスが喉元を突きそうな勢いで咥えさせる。
「ユーリ・オルヴェに決まっているだろう」
「そういえば、貴様は奴と懇意だったな。本当に居場所を知らんのか?」
今度は別の声だ。ユーリは絶対に言うなよと牽制するためにチェリオのペニスを口いっぱいに頬張って、じゅぷじゅぷと泥を踏むような湿った音を掻き立てる。余計なことをするなとばかりにチェリオに腰を振られた。チェリオが前のめりになりながら唸る。
「知るわけねえだろ、炊き出しに来ていたとき以来会ってねえ」
もう一度チェリオがうなり、やめてくれとばかりに片方の手でユーリの喉元を撫でる。
「逮捕すんのか? 金弾んでくれるなら協力してやらねえこともねえぞ」
言って、チェリオがシーツをめくろうとする。ユーリはなるべく見えないように身体をめいっぱい縮こまらせて、チェリオのペニスに歯を立てた。うぐっとチェリオがうなったかと思うと口の中に青臭い液体が少し放たれた。
「わ、わかったって、おまえの好きなとこでちゃんとイカせてやっから邪魔すんなよっ」
チェリオがまるでユーリが自らペニスを愛撫しているかのような言い方をする。ユーリは少しムッとして、口を窄めてチェリオのペニスを吸い上げながら口から抜けるんじゃないかというほど顔を引いた。さすがのチェリオもぐうっと唸って体を屈めた。ユーリの体の横に勢いよく手が振ってきたかと思うと、頭上からチェリオの情けない声がする。
「潔白だって言っとかなきゃ、俺もおまえも面倒ごとに巻き込まれちまうからっ。だからっ、マジでっ」
チェリオが快楽に取り付かれたような声で唸り、前かがみになる。びくびくと小刻みに震えているのは、ユーリの口の中に射精したからだ。じゃあさっさとしろと意味を込めてもう一度チェリオのペニスを喉元まで咥えていやらしい音を立てる。
「はーっ、やばっ。連れがうるせえから、手短にな。で? そいつは逮捕されんの? それともただの事情聴取? ああ、どさくさに紛れて『性奴隷に逆戻り』させるって手もあるよな?」
チェリオがピエタに尋ねる。こんな行為の最中に仕事の相談など普通はしないが、チェリオは日常茶飯事なのだろうかと思うくらいに気にしていない。ちゅぷちゅぷと卑猥な音が上がるせいか、シーツの向こうからピエタたちのどよめくような声がするが、普通の反応はそうだろうと内心する。
「逮捕ではない」
言われて、ユーリはチェリオのペニスを攻める手を止めた。
「詳細は言えん。我らもほとんどなにも知らされておらん。ただ、早く捕獲しろとドン・マレフィスから言われているのだ」
それは聞き覚えのない男の名だった。チェリオは知っているのか、「おー、怖っ」とふざけた口調で言う。
「貴様もあの方の気の短さと融通のきかなさは知っているだろう。見つからなければ我らの首が飛ぶ。だから動ける者を総動員して探しているのだ」
「総動員っ? そりゃあまた大掛かりな捕物だな」
「奴を見かけたら、危害を加えるつもりはないから、北側のチンクエ地区にある派出所まで出頭してくれるよう伝えてくれ」
「物資不足でろくなものを渡せんが」と言い、床にかなり重いものが降ろされる音がした。ユーリは手を止めていたことを思い出して、チェリオへの愛撫を再開する。
「食いもん?」
「携帯食だ。軍部のものには劣るし湯と塩が必須で使い勝手が悪いかもしれんが、食えなくはない。先ほどロレンや闇市の大男、そしてイデアのところにも届けてきた」
マジかとチェリオ。あそこにとどまる判断をしなくてよかったと内心しつつ、チェリオとピエタのやり取りに耳を澄ませる。
「と、とにかく、ユーリ・オルヴェを見つけ次第我らに通告するように。罷り間違っても手を出すんじゃないぞ」
いままさに手を出されているんだがと思いつつ、ユーリはチェリオのペニスの根本を扱きながら溢れてくる液体を丁寧に舐める。濡れた音が響くたびにチェリオがところどころ声を引き攣らせて腰を引こうとした。
「サルターレ嗅がせて犯すなってこと? あれはイギンが勝手にやったことで、俺は無関係。そもコーサのアジトにユーリを連れて行きはしたけど、俺は一切手ぇ出してねえっつの」
「相当派手に犯されていたが、あの場にはいなかったのか?」
「シャワー浴びて出てきたら、クッソ派手に犯されてる声は聞いたし、見た。マジでエロい声あげてて、混ざりたかったけど、俺が行ったらイギンとベッドイン確定のうえに4P突入じゃねえか。
つか、おまえらあんときコーサのアジトにいたのかよ?」
部隊違いなのに悪だねぇとチェリオが言う。後から声をかけてきた男が「それがバレて、ユーリ・オルヴェを捕獲できなければ罷免なのだ」と切羽詰まったように言う。
「なるほどね、首が飛ぶってそっちかよ。じゃあ飛ばされちまえ」
チェリオはユーリには聞かせたことがないような凄みのある声で「俺にとってはユーリが捕まろうがおまえらの首が飛ぼうが関係ねえからな」と、どっちが悪者だと突っ込みたくなるような言い方をした。
「つか、おまえらみたいな怖えピエタに追っかけられたら、ユーリじゃなくとも出ていかねえよ。
ただでさえおまえらの別働隊とか、元スカリア隊の連中は、あいつに嫌がらせばっかしてただろ。おまけになんか変な薬使ってまで散々マワしたりとかさ。自分がやらかしたこと棚に上げてなに今更善人ぶってんだ」
「それは我らではないわ!」
はじめに部屋に入ってきたと思しき声の持ち主が声を荒らげた。
「誰がどの部隊で誰の下についているなんざ、こっちにゃ知ったこっちゃねえよ。ピエタはピエタだ。おまえらが翳している正義は見る側によっちゃ悪だし、ユーリを探してるのだってただの保身だろうが」
正論だ。ぐうの音も出ないのかはじめに入ってきたピエタたちはなにも言わない。後ろから若い隊員の声で、「他の連中にも当たりましょう」と聞こえてくる。その間もユーリはチェリオを煽るのを忘れない。
「オラ、さっさと出てけよ。なんなら見物料払わせるぞ」
チェリオが凄むと、ピエタたちは「イル・セーラを見かけたら直ちに報告するように」と言い残し、逃げるように去っていった。
「おい、ドア閉めてけよ!」
シーツの海から這い出て様子を窺う。どすのきいた声で怒鳴りながら衣類を整え、チェリオが乱暴にドアを閉めようとしたとき、うおっと声をあげた。コンテナの陰にエルネストが隠れていたのだ。
「エル、おまえ撒いてやんならもっと確実にやれよ、バカ」
「知らねえよ、二組いたんだ。しかも、いまの奴らドン・マレフィスんとこのだろ? ちびるかと思った」
マジでこええとエルネストが震えるようなしぐさを見せる。
「ま、これで暫く時間が稼げるだろ。もしまたあいつらがなんか言って来たら、『行方は知らねえ』って言っとけ。コーサの残党が例の地下水路を使って誘拐したんじゃねえかとか、それこそどっかの質の悪い“お偉いさん”に取っ捕まって、性奴隷に逆戻りしてんじゃねえかとか、それとなく有り得そうなうわさを流しておけばいい」
「出所がこっちだって知られたりしねえかな?」
「そんなもん調べるどころじゃねえと思うし、東側に逃れられたらこっちのもんだ。
エル、ファリスやロレンたちに、いつでも逃げられるように荷物を纏めとけって言っといてくれ」
「了解。じゃあな、兄ちゃん」
俺はこれでと、エルネストがそそくさと立ち去っていく。そのまま足音が完全に消えるのを聞き届け、ふたりは顔を見合わせた。
「すっげぇ舌づかいすんのな」
腰抜けるかと思ったと、チェリオが情けない声を上げる。
「本物の娼婦ならもっとエロい音出すと思うけど」
「あんたがエロすぎてちょっと出ちゃっただろ」
「だからきちんと舐めてやったろ」
悪戯っぽく笑うユーリを、チェリオが恨めしそうに睨む。まあいいけどと開き直ったように言って、いそいそと衣服を整えた。
「おまえ、なにやったの?」
訝しげにチェリオが問うてくる。ユーリにはピエタに追われるこころあたりなどない。チェリオが放った熱とローションをカビ臭いシーツで拭いながら、さあなあと呑気に答えた。
「俺はチェリオを捜しにスラムにきた」
「俺を?」
「前に地下街の奥とギルスを繋ぐ回廊があるって話をしていただろ」
チェリオがきょとんとする。
「そのためだけに?」
「チェリオが言っていた花は、イル・セーラが古くから万能薬として使っていたものだと思う。毎年7月ごろに花を咲かせ、その花が枯れたころに収穫して、干したものを加工して使うんだ。時節的にいまは収穫できる頃だから、それを取りにいきたい」
弾んだユーリの声とは対照的に、チェリオは面倒臭そうに空返事をする。頼むよと念を押すように言って、ユーリは両手でチェリオの肩を掴んだ。
「あれがあればスラムの状況も変わるかもしれない。安価で多くの人を救えるんだ」
「っつってもなあ。地下街に戻るのも一苦労なのに」
「案内してくれるだけでいい。回廊には俺一人で」
「ファリスには、ふかふかのベッドで朝までねっとり抱かせてやるって約束したんだろ?」
ユーリはムッとしてチェリオを睨んだ。
「見ていたのか?」
「あんたが出てった後でアジトに戻ったら、ファリスが『ついにイル・セーラを抱ける』って興奮してた。だから先回りしたんだよ」
先回りをしたという距離ではないが、チェリオの身体能力と土地勘があれば、容易いことかもしれないと思う。
「対価が欲しいってこと?」
「まあ、さっき腰が抜けそうなほど気持ちいいことしてもらったから、それを対価としてやるよ」
こっちだと、チェリオが奥の壁をこじ開ける。一層カビ臭さが増す。思わず口と鼻を押さえると、チェリオが楽しそうに肩を揺らした。
「驚くのはまだ早いぜ」
いいながら、ユーリを先導する。ベッドの頭元のスペースに乱暴に置かれていた荷物をとり、チェリオの後を追って壁の向こうに行く。ユーリが壁の向こう側に行くと、チェリオは壁を丁寧に戻し、ゴソゴソとバックパックを漁った。ほんのりと辺りが明るくなる。簡易式のランプのようだ。チェリオが奥へとランプを向けるとそこには煉瓦造りの通路が広がっていた。モルタルと煉瓦を組み合わせただけの古い作りだ。いつの時代のものかと問うたところで、チェリオは知らないと言うだろう。ユーリは驚きを隠せず、辺りを見回した。
「さっきの娼館から、簡単に東側に行けるぜ。本来ならあそこにはあんまし関わり合いになりたくねえマフィアがいんだけど、どうも数日前の騒ぎの後から姿が見えないらしいんだ。死んじまったのか、ピエタに匿ってもらってんのか知らねえけど」
「なるほど、それでピエタに遭遇することなく東側と北側を行き来できたのか」
「そういうこと。こっから東側までは簡単に行けるけど、問題は東側の地下街に入れるかどうか」
いつになく真剣な面持ちで言ってのけ、チェリオはすたすたと奥へと進み始めた。
「ここから地下街へは行けないのか?」
「10年くらい前に落盤事故が起きて、道が塞がれちまってるんだ。ここいらはちょっと地盤が厚くて大丈夫なんだけど、東側は水路があるおかげで少し脆いんだよ。だから一回地上に出て、そこから地下街に降りる必要がある」
なるほどと、ユーリ。地理にも歴史にも疎いユーリには、チェリオの話は新鮮そのものだ。
どのくらい歩いただろうか。ほんのりと光がさしてきた。
「外だ」
「そっちはダメだ。地下街に行くには遠すぎる」
ピシャリと言い捨てて、どんどん奥へと進んでいく。
通路の雰囲気が変わってくる。徐々にひんやりと足元が冷えてきた。ぶるりと身震いがするほど冷気が足元にまとわりつく。足元のコンクリートと砂利には微かに氷のようなものが付いてるように見える。
「凍ってる?」
「このあたりは水脈が通っていて、地上に比べるとかなり気温と高度が低い。なだらかな坂が続いてたろ? 海の水とどう関係しているのか知らんけど、満潮の時刻になるとこのあたりは水に浸かる。その水が水脈で冷やされて、氷みたいな霜みたいなのが付くんだ。
昔は食料の備蓄庫に使っていたらしいけどな。いまのスラム街でこんなところに食料を放置していたら、殺し合いになる」
そう言って、チェリオがどんどん奥へと進んでいく。薄着なのもあって、かなり寒い。ユーリははたと思い出して、腕にかけていたマントを羽織った。防寒具にもなると聞いていたけれど、本当に寒さがかなり軽減する。慣れていることもあるのか、チェリオは平然としているようだ。
「もう少し奥に行ったら水浴びができるくらいの水温になるぞ」
「そう、なのか」
「早めに通り抜けた方がいい。水がどこまで来るか知らねえけど、天井にフジツボついてんだから、おおよそ想像つくだろ」
そこまで言って、チェリオがにやりと笑う。ユーリは天井を見上げながら、感動したように声を弾ませた。
「海、見たことあるのか?」
ユーリが目を輝かせ、チェリオに問う。
「おまえこそ見たことあるんじゃねえの? 中流階層街に港あるだろ」
「いつも監視付きだったし、危ないからって行ったことないんだ」
「へえ。イル・セーラってのはずいぶん手厚く守られてんのな」
嫌味とも受け取れるセリフだが、ユーリは意に介さず目を輝かせながら辺りを見回す。
「ほら、とっとと抜けるぞ。潮が引いてる間じゃないと、ギルスの回廊も通れねえからな」
そう言われて、ユーリははたと目的を思い出し、チェリオの後を追った。
ともだちにシェアしよう!

