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Ten(4)★

 草むらに寝そべってぼんやりしていたら、少しして、足音が近づいてきた。軽快な足音だ。ニコラのものでも、チェリオのものでもない。ユーリが顔を上げると、そこにはリズがいた。 「なにシケた顔してんのさ。バカユーリ」  素っ気なく言って、リズがユーリの横に腰を下ろした。ユーリは体を起こすことなく、リズを見る。 「仕事は?」  「辞めてきた。大学も、栄位クラスも」  「嘘だろ」とユーリが驚きと意想外な気持ちが綯い交ぜになったように言った。嘘だよとリズがイタズラっぽい表情で言ってのける。そうだと思ったと、ユーリが少し安堵したように。リズはユーリから視線を逸らして、湖のほうを見た。 「単に休暇だよ。大学はいま、休講中。栄位クラス以外の学生たちは自宅待機。栄位クラスは権威たちとともに、搬送者の治療や緩和剤の研究にあたっている」  そうかとだけ返した。自分が蒔いた種なのに、それを放り出してきたことへの罪悪感がないわけではない。リズはきっと怒っていると思って、それ以上なにも言えなかった。 「きみの判断だから、間違っていないと思う。ぼくが口を挟むことじゃないし、有事の際にはきみが一番適切で、的確な指示ができる胆力も、知識も、想像力もあるから、だから栄位クラスの班長に推したんだ」 「そう、だったのか」 「でも一言相談してほしかったし、頼ってほしかった。ぼくはきみとも、サシャとも友だちだと思ってたよ。そう思ってたのはぼくだけなのかよ?」  そう言われて、ユーリはガバッと体を起こした。 「ごめん」  なにに対する謝罪だろう。一瞬間考えたが、適切な言葉が見つからない。 「巻き込みたくなかったんだ」  手術のことも、中和剤のことも。知ればきっと、自分たちのようになにかに狙われることになる。 「それはぼくが決めることだよ。巻き込むとか、巻き込まれるとか、理由をきちんと聞かないうちに急にいなくなられたら、文句を言うことすらできないじゃないか。  それに、栄位クラスに居場所がなくなったら、きみが帰る場所がなくなる。ニコラも言っていたけど、きみの籍は空けてある。だから、用事が済んだら戻ってこい。学長もそう仰っていた」  「お気遣いどうも」とユーリが気恥ずかしそうに笑う。リズは「クソバカユーリ」と悪罵を吐いたが、こちらを見ようとしなかった。  リズを呼んだが、返事がない。ちゃんと座り直して、もう一度リズを呼ぶ。ぐすんと鼻を啜る音が聞こえた。 「見るなよ。泣かないって決めてたんだ」  思わず笑ってしまった。ごめんなと言って、「リズ」の頭をわしわしと撫でる。 「一番心細かったのは、リズだよな。チームメイト誰もいなくなっちゃったし」 「いまはフレオのところにいるから、別に誰もいないわけじゃないよ」 「ニコラは軍部の仕事で忙しそう?」 「週に二度は顔を出すけど、あとはそうなんじゃない? 話しかけられても無視しているから、知らない」  眉根を下げて笑う。ニコラのきまずそうでいて、身の置き所ない表情が目に浮かぶようだ。 「あんまりいじめてやるなよ、リズ。あれはあれで立場があるんだから」 「一番ニコラに心痛かけたやつに言われたくないよ」  リズは涙を拭ったあとで、自分の中に募った感情を吐き出すように「ああもう」と声を出して、草むらに寝転んだ。 「こんなところでのんびり休暇かよ、いいご身分だな、元奴隷」  あまりの言い草に吹き出した。「久々に聞いたわ、それ」と、目尻に溜まった涙を拭う。 「リーズ」 「甘えた声出すな。ぼくは怒ってるんだ」 「知ってる。ごめんな、リズ。サシャのことも、友だちだって言ってくれて、嬉しかった」  フンとリズが鼻を鳴らす。リズの頭を乱暴に撫でて、ユーリもまた寝転んだ。目を閉じる。さやかな風が草を揺らす音。森の木々の葉が揺れる音。魚が水面を跳ねる音。織物を紡ぐ音。時々混じるヤギの声。様々な音が鳴っているのに、ここは静かだ。 「東側や西側のスラムはあんなことになっているのに、ここは喧騒のない静かな場所だな」  まるで違う国みたいだと、ユーリが呟く。  本当に嘘のようだ。あの場所はあんなにも荒れていたし、たくさんの人が昼間のチェリオとアイラのように仲睦まじく過ごしていたというのに、一変してしまった。戦場のようだと誰かが言っていたけれど、ミカエラのいう有事というのも、こういう状況になってしまうのだろうか。  ここの住民は、ミクシア市街の状況など知る由もないだろう。ほとんどの住人が聾唖者か盲目者だ。情報を統制しているわけでもなさそうだけれど、きっと市街でなにかがあった際に真っ先に犠牲になりかねない人たちを、リュカがここに集めているのだろうと思う。ここの人たちはミクシアの状況を知っているのか、知らされていないのか、毎日楽しそうに生活をしている。それが羨ましいと思う反面、もどかしさが込み上げてくる。  やっぱり、自分には静観することができない。 「下流階層街も、北側に近いほうは閉鎖されたよ。そのあたりの居住区に住んでいる人たちは住んでいる人たちは、疎開という形で中流階層街に近い場所に一時的に移り住んでいる。  でも、大学に行くとさ、あのあたりはまだ、対岸の火事程度にしか考えていないよ。大学が休講したことも、大げさだなんていう人もいる」 「リズ、西側の土壌調査の話とか聞かなかったか?」 「土壌調査? そんなことしてなんになるの?」 「化学でやったろ、空気より重い物質は一旦下に落ちる。半減期の長い物質だと地上に駐留し、風雨により土壌に染み込んだり、舞い上がったりする。もしまだ西側の住人が暴れているようなら、それも関係しているかもしれない」 「それを調べろって? 西側は感染者がこちらに出てこないように、壁をこさえて閉鎖されているらしいよ。  それでも徐々に街の方に広がっているから、外に出る全員に緩和剤の服用と極力外の空気に暴露しないようにと、軍医団が注意喚起して回っている」  やっぱりとユーリが言う。リズが怪訝な顔をする。 「大人しくしとけよ、バカユーリ」  そう言ったあとで、リズがなにかを思い出したように起き上がった。ニヤリと口元を歪め、ユーリを頭上から見下ろしてくる。 「忘れるところだった、元奴隷のユーリ・オルヴェくん。きみはもうぼくに刃向かえないぞ」  ふふふと演技がかった表情で、リズ。なんだよ? と問うと、興奮したように声を弾ませた。 「国医に合格した。それも合格率2%のリナーシェン・ドク」  ユーリがポカンとした。 「えっ!? すごっ! あっ、そうだ、7月!」  忘れてたとユーリが突拍子もない声を出す。リナーシェン・ドクは通常の国医とは異なり、同盟国家間以外でも診療及び研究、手術可能な医師を指す。合格率2%とリズは言ったが、おそらく1%も合格しない最難関だ。毎年7月の半ばに試験があり、エントリーできるのも毎年150名未満に設定されている。ユーリもそれを目指していた。  最悪と言いながらユーリが両手で顔を覆った。 「なんで言ってくれなかったんだよ!?」 「おまえが腐っている間にぼくは死ぬほど勉強したんだ。飛び級制度があってよかったよ。おかげでぼくはきみより先にリナーシェン・ドクだ。ほら、敬いたまえよ」  居丈高にリズが言う。ユーリは地面に寝転がって足をばたつかせた。 「あーもうっ、最悪! マジで最悪! 絶対リズより先って決めてたのに!」 「はっはっは、ざまあないな。ニコラにも威張り散らしておいたよ。ニコラは元々リナーシェン・ドクに興味ないみたいだから、素直にすごいなって褒められたけど」  きみのその顔が見られてよかったよと、リズが意地悪く笑う。 「リナーシェン・ドクになりたかったら、栄位クラスに戻るしかないよ。それ以外に方法はない」  ユーリはだらんと四肢の力を抜いて、溜息をついた。リズは優秀だ。誰よりもハングリー精神旺盛だし、ちゃんと自分の弱点も理解した上で行動している。いま自分がすべきことは、休暇を終えて、中和剤の開発をすること。いや、それもだけれど、ーー。 「リズ、その地位を利用して、ドン・クリステンか誰かに西側じゃなくてもいいから東側のディエチ地区、いや、北側のディエチ地区とチンクエ地区の両方、それから北側の診療所付近、下流層街と北側の関所付近、下流層街の閉鎖された部分とまだ人の往来がある部分の土壌を調べるように言って」 「はっ? まだ言ってるの?」 「頼むよ。うちの大学にリナーシェン・ドクなんて二人もいないんだから、そのうちの一人が言えば軍部が協力してくれるはず」 「いや、免許取ったばっかりなのに言うこと聞いてくれるわけないだろ! それにぼくは下流階級層だぞ?」 「忘れたのか、リナーシェン・ドクは階級もなにも関係ない。つまり下流階級層だろうが、イル・セーラだろうが、有事の際はリナーシェン・ドクが指示を出せる」  ユーリがあまりにも食いさがるからだろう。リズは面倒くさそうな顔をして、ユーリ・オルヴェくんと呼んだ。 「じゃあリナーシェン・ドクのぼくの言うことを聞いて、その世迷いごとをいう口を閉じて大人しく休暇に励みたまえ」  ユーリがどんと足を踏み鳴らす。 「それはアナスターシャ・ジェンマにでも頼みなよ。ぼくは軍部には関わりたくない。しょうがないとはいえ、一度はサシャを見殺しにしようとしたんだ。そんなやつらの指示なんて受けたくないし、協力もしたくない」  アンナの名前を聞いて、ユーリは目を見開いた。 「はっ!? えっ、アンナ!?」 「知らなかったの? 彼は卒業生だからリストに上がっていないだけで、いま大学にいるリナーシェン・ドクは、ぼくとキアーラと、それからガブリエーレ卿だ」  ユーリはぽかんとした。だから学長はキアーラに全く頭が上がらなかったのかとも思う。  リナーシェン・ドクは8年前に内紛が起きてから新たに設立された。国医だと同盟国家間内での医療措置になるため、ミクシアとパドヴァンの国境付近で紛争が起きた際にそのほとんどが治療を受けることができなかったという背景があるらしい。ナザリオが助かったのはフォルス側にいたことが幸いしたのだそうだとリズが言う。だからリナーシェン・ドクの人数自体も少ないし、設立されて8年の間に合格したのはたったの13名だ。ちなみにその中にはドン・クリステンとドン・フィオーレもいるとリズに説明される。 「それこそドン・クリステンに直接言ってみるのも手なんじゃない? ぼくは面識ないし、きみは何度も会ってるんでしょ?」  それ以上リズに頼みようがなかった。きっと拒否されるだけだ。元々軍部嫌いだけれど、サシャのことがあって以来ますます軍部嫌いに拍車がかかってしまったらしい。  もうすぐ日が沈む。ここは夕焼けが綺麗だ。空気が澄んでいるからか、それとも高い建物や壁が周りにないからなのか、場所によっては地平線まで夕陽が沈んでいくのがよく見える。 「さてと」  リズがゆっくりと立ち上がる。ユーリはとっさにリズの腕を掴んだ。 「泊まっていかない? 部屋が広すぎて落ち着かないんだ」 「なにそれ、ガキかよ。くそ狭いベッドにサシャと一緒に丸まって寝てたくらいだもんな」  そう言ったあとで、リズはベッド貸してくれるんならいいよと破顔した。 ***  翌朝、リズは眠そうな顔で大あくびをしながら部屋を出ていった。どうでもいい話をして笑い合っていたからか、明け方になるまであっという間だった。ほんの少し仮眠して、日が昇り切る前に帰ると言って、朝食も摂らずに行ってしまった。しんと静まり返った部屋だけれど、不思議といままでのような冷たさを感じない。  眠れなくて、ぼんやりと過ごしていたら、窓から朝日が差し込んできた。もうそんな時間かと思っていると、下から車のエンジン音がした。窓を開けて覗き見る。ドン・クリステンが車から降りてくるのが見えた。こちらに気づいて手を振ってくる。  あの日、建物の裏で見かけた時のような、ざわりとした感覚や威圧感はない。ユーリは自分の感覚を確かめるように手を広げてみた。ドン・クリステンを見ても、目が合っても、震えが出てくる様子もないようだ。「ねえ」と窓の上からドン・クリステンを呼んだ。 「ちょっと部屋に来てもらえない? 話があるんだ」  ドン・クリステンは懐中時計を開き、「30分ほどなら応じよう」と言って、館に入ってきた。  衣服を整えて、ドアの鍵を開け、ドン・クリステンが来るのを待った。  数分もしないうちに部屋のドアがノックされる。ドン・クリステンが入ってきた。一人のようだ。 「おはよう、ユーリ」  よく眠れたかねとは言わなかった。ふあっとあくびをしたからだろう。ユーリは眠い目を擦り、ドン・クリステンが椅子に座るのを待った。 「それで、話とは?」 「西側と東側の土壌調査とかした?」  ドン・クリステンが的を射ない顔をする。 「それが今回のこととどのように関係があるのだね?」 「ずっと引っかかっていたんだ。風の強い日に感染者及び中毒者が増えること、発症する場所がランダムではなくほぼ居住区が近いことなどから、もしかすると症状を誘発するなにかが土壌に蓄積しているんじゃないかって」  そう言って、ユーリは地下街でチェリオたちに説明した仮定をそのままドン・クリステンにも説明した。ドン・クリステンが興味深そうに聞きながら、どこか楽しそうに足を揺らす。  毒性の強い薬品で感染力が強い、或いは死亡率が高いと錯覚させることで、民間人ではなく医療措置を行う側や軍部を混乱に陥れることも可能だ。この国の医療を封じてしまえばあとはパンデミアに陥るまで感染者及び中毒者が増えるのを待てばいい。ミクシアの民間人や国防を担う軍部、ピエタが瓦解すれば、容易にフィッチが攻める糸口につながるのではないか。  そのために、できれば西側の爆発が起きたとされる3箇所、ディエチ地区、ウーノ地区、東側のディエチ地区、セーイ地区、トレ地区、ウーノ地区、北側のディエチ地区、クワトロ地区、チンクエ地区、ウーノ地区、それから下流階層街の閉鎖地区と住人の居住区の境のあたりの土壌調査をして、まだ汚染されている可能性の低い上流階層街、もしくはこの地との比較をすれば、ウイルスではなく毒物が関与している可能性を精査できるのではないか。 「おもしろいことを考えるものだ。確かに土壌にまでは目を向けていなかった」 「こういうのはラカエルが詳しい。土壌調査をしても異物の特定はできないと思うけど、薬品を使って判断できるはず。その薬品を垂らした場所が赤紫に変化したら、毒物あり。反応がなければ毒物がないってことになる。それで、もし毒物があった場所があれば、カルケルを撒いてみてほしい」 「カルケル? 中腹にあった遺体に撒かれていたのもそれか?」 「そう。あれにはじつはちょっとした細工がしてあって、ただの消石灰、カルケル、カルケルと薬草の粉末を混ぜたもので調査した。ただの消石灰の場合には遺体からも毒物の反応が出た。でもカルケルと、カルケルと薬草の粉末を混ぜたものだったら、後者のほうは毒物の反応はゼロに等しかったんだ。人体だけでなく土壌にも応用ができると思う」  なるほどとドン・クリステンが言う。 「それを俺に言うということは、やはり協力をしてくれる、ということかね?」 「うん。気が変わった」 「ほお、見返りが怖いな」 「リナーシェン・ドクの免許」  ドン・クリステンが破顔した。まいったなと言いながら頰を掻く。 「きみの友だちが合格したと聞いて、きっと悔しがるだろうとニコラが言っていたばかりだ。まさかそれを引き合いに出してくるとはね」 「なにも免許そのものをくれとは言わない。サシャのことがあってすっかり頭になかったんだけど、エントリーだけはしているし、試験を受けさせてくれればいい」 「合格点を超えたら免許を発行しなくてはならないだろう。きみがそうくるということは、合格できる自信があるという表れではないかね?」  そうともいうとユーリがいうと、ドン・クリステンがくっくっと笑う。爽やかな笑みだ。熱のこもった視線でもない。単純に面白がっているその表情を見て、ユーリが笑みを深めた。  ねえと言いながらドン・クリステンに近付く。大きな手を取り、手の甲に頬擦りをした。あやすように親指で頬を撫でられたが、不快感はない。あからさまな含みを持つ視線でも、侵食するような威圧感もない。高級そうな革手袋に覆われている手に、もう一度頬擦りをする。 「あんたに飼われてもいい」  唐突なセリフに、ドン・クリステンが笑った。 「きみはニコラの飼い猫ではないのか?」 「べつに付き合っているわけでもないし、俺が一方的に懐いているだけ」 「俺に飼われるなら、抱かれるのは俺だけにしろ」 「それはダメ。使えるものはなんでも使う。それが俺の主義」  いいだろうとドン・クリステンが声を顰める。唇が触れた。ちゅっと水音が上がる。何度も角度を変えて唇を吸われる。舌が潜り込んできて、絡められる。鼻に抜けるような声と水音だけが響く。  やがてドン・クリステンに解放された。マントの隙間から懐中時計を取り出して視線をやる。すぐにそれを閉じて、マントをばさりと肩にかけた。 「時間がない、今日は口だけで許してやろう」  ユーリの目がすいと細くなる。 「時間があったら抱くつもりだったのか?」 「それはまたにとっておくよ」  トントンと指で股間を指す。ユーリはドン・クリステンの前に跪いて、足の間に身体を寄せた。  革製のベルトをくつろげて、やや生地の厚い頑丈なズボンのトップボタンを外す。滑りの良いファスナーを下ろして生地をかき分け、下着を露出させる。肌触りの良い生地の黒い下着の中に、少し反応をしているペニスがある。ユーリはそれを指で絵取るように触れ、ふふっと笑った。 「でか。入るかな」 「きみは口が小さいからな。無理をしなくてもいい」 「そう言われると、腹立つんだよァ」  元奴隷舐めんなよと妙な対抗意識を燃やして、反応し始めたそれを揉む。軟い感触に熱と硬さが帯びてくる。 「溜まってた?」 「割と。忙しい上に特定の相手もいないものでね。適当に処理をさせる」 「出たよ、色男のクソ発言」  ユーリは下着の中からそれを露出させた。やわやわと揉みながら硬度を上げ、先端を躊躇いなく咥える。頭上から笑う声がした。 「潔いな」 「躊躇って欲しかった?」 「続けて」  言われたとおりに続ける。先端を頬張ってドン・クリステンの反応がいいところをした先で、腹で舐める。唾液を絡めてわざとじゅぷじゅぷと濡れた音を立てて、片方の手は根本を扱き、もう片方の手は鼠蹊部あたりを指で撫でて快感を高める。もごもごと頬に当てたり、喉を突きそうなほど奥まで飲み込んだりと、ドン・クリステンを煽る。口の中でどんどん硬度を増してくる。ユーリは一度じゅるじゅると音を立ててペニスを吸いながら口を離した。質量のせいで少し咽せた。  やはりかなりでかい。ニコラ以上じゃないだろうかとマジマジと観察をする。ニコラのはカリのハリと硬さがえぐいが、ドン・クリステンのはニコラのよりも長いように思えて、おおと声をあげた。  結構苦しそうだなと口の中で呟いて、もう一度ドン・クリステンのものを頬張る。喉に当たりそうなほど咥えて口を窄め顔を前後させていると、ドン・クリステンの手が頭に触れた。喉を突き破られそうなほど奥までぐんと突かれる。ぐおっと変な声があがる。そのままぐぼぐぼと音がしそうなほど激しく頭を動かされたが、素直に喉を開き、抵抗しない。息苦しさに生理的な涙が出る。  ぐんと一際奥を突かれ、息が詰まりそうになった。ぐっとドン・クリステンのマントを握りこむ。目の前がチカチカする。ふっと力が抜けた途端にドン・クリステンのペニスが上顎を引っ掻くようにしてぬけていった。ガクガクと腰が震える。刺激に咽せながら生理的に出た涙と飲み下せなかったものを手の甲で拭っていると、急に視界が変わった。  ベッドの上にうつ伏せにされる。慌てて振り返ると、ドン・クリステンのものはまだ反り立ったままだ。嫌な予感がする。 「もう少し時間がある」  言って、ドン・クリステンはユーリの腹の下に手を差し込んで、器用に下着を膝あたりまで脱がせた。ローブの裾を捲られる。 「マジかよ」  それは流石になんの下準備もなく無理だぞと情けない声を出すと、ドン・クリステンがユーリの足の間に何かをたらしながらクックっと笑った。 「挿れはしないさ。足を締めて」  用意周到だ。最初からこのつもりだったのか、それとも機会を伺っていたのか。  腰を少し浮かされ、足の間にドン・クリステンのものが割り込んでくる。ガチガチに固くなったもので反応を示し始めた場所を刺激され、ユーリが反射的に腰を上げた。 「んっ、っ、ふ、や、やだっ、擦れっ」  体重をかけられるせいで先端が、胸がシーツに擦れる。ただ足の間で擦るだけでなく、角度的にユーリの会陰から裏筋までを攻めるように前後される。息が上がり、艶かしいよがり声が混じる。 「ぁ、あっ、んっ、っう」  ユーリが身体を捩って逃げようとするのを上から押さえ込まれる。先端と胸が押しつぶされるような角度で、同時に腹を押されながらゴリゴリと会陰のあたりを刺激された。 「うあっ、ぁうっ、あっ、ァ……っ!」  ガクガクと腰が震えると同時に足の間に熱が迸った。断続的に、腹や腿に降りかかる。そのままペニスを扱かれ、ユーリは抵抗する間もなくイカされた。ベッドの上で腰をそらしてガクガクと震えながら余韻に浸る。 「んんっ、っ、んっ、ァ、っ」  イったばかりで息が整わないユーリに、ドン・クリステンがペニスをしゃぶるように指示してくる。言われたとおりに口を開き、精液に塗れたそれを舐めた。尿管に残ったものを吸い出すようにしゃぶりながら息を整える。トントンと指で後頭部をつつかれる。また喉を開けというのだろう。指示されたとおりに喉の奥までペニスを咥え、溜まった熱を吸い出すようにいやらしい音を立ててしゃぶる。  一旦口を離して、口の中のものを飲み下す。それからまたすこし柔くなったそれを頬張ろうとした時だ。部屋のドアがノックされた。 「入りたまえ」  ……は?  耳を疑った。  失礼しますと入ってきたのはニコラだった。ドン・クリステンの足の間で、あられもない姿でいまにもペニスをしゃぶろうとしているところで、ばっちりと目が合った。すぐさまニコラが目を逸らす。 「ああ、もういいよ。少し時間が過ぎてしまったようだ。すまないね、ニコラ」  ベッドサイドに置かれている紙で軽く処理をすると、さっさと衣服を整える。ポカンとしていユーリをよそに、にこやかに微笑んだ。 「では、後ほど」  言って、ドン・クリステンが颯爽と部屋を出ていった。さっきはまだ時間があると言っていなかったか? ふつふつと怒りが込み上げてきて、ユーリはベッドに拳を叩きつけた。 「ああ、そうだ。ニコラ、会議には遅れてきていいから、シーツを整えてやりたまえ」  そのままでは眠れないからなと、高笑いが聞こえてきそうな声色で言う。これは絶対にその気だったと悟る。  ニコラが気まずそうな表情で近づいてくる。ユーリは自分が下半身丸出しだったことに気づいた。胸の辺りまで精液でべたべただ。 「なにをやっているんだ、おまえは」  呆れたような口調で言って、ベッドから降りるよう指示される。汚れたシーツを剥ぎ取って、ベットパッドが濡れていないか確かめる。ユーリはかっと顔が赤くなるのを感じて、ニコラを押し除けた。 「自分でやるっ、替えのシーツどこ?」 「その前に体を拭け」  流石にローブで拭くわけにはいかない。ユーリは実験用の器具を拭くために持ってきていたウエスでドン・クリステンのものと自分が出したものを拭き取って、ぽいとゴミ箱に投げ入れる。乱されていた衣類を整えながら、二コラの様子を窺った。  ニコラが無言で窓を開ける。なかなかに気まずい。戸棚の上から替えのシーツを取り出して、ニコラがさっさとシーツを替える。それを横目に見ながら、ユーリは少し疼く腹を撫でた。 「ドン・クリステンに飼われることにした」  ニコラが目を見開くのが分かった。 「でも俺とあんたも別に付き合ってるわけじゃないし、その方が動きやすいと判断した」  言い終えるよりも早く、ニコラの顔が近付いてきた。キスをされそうなほどの距離だったが、鼻先が触れる程度まで近付いたところでニコラが離れていった。なにかを言い淀むような表情だ。 「勝手にしろ」  遠ざかろうとする二コラの腕を掴んだ。まっすぐに二コラを見る。頭上から睨むように視線を浴びせられるが、気まずさからか、怒りからか、視線を逸らしているのが分かる。 「なにもしないの?」  会議に遅れてきていいって言ってたじゃんと告げるが、二コラはふいと視線を逸らしてユーリの腕を振り払った。 「シーツを替えるための時間分遅れてきてもいいという意味だ。なにもおまえを抱く時間があるわけではない。そもそも、おまえがドン・クリステンの所有物になると決めたのなら、俺は手を出さない」  言って、ニコラが部屋をあとにした。やや乱暴な足音だ。当たり前だけど怒っている。さすがに人のものをしゃぶった後でキスなんかしたくないわなあと安易に思いながら、ユーリはニコラが整えてくれたシーツの上に寝転んだ。  ニコラの香水の匂いがする。それをすうと胸いっぱいに吸い込んで、腹を触る。ちゃんとニコラに挿れて欲しかったなと残念に思いながら、自分でするのも面倒だからと、熱を忘れるために目を閉じた。

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