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Fourteen(3)
北側に戻り、全員異常がないことを報告する。アレクシスと二コラが報告を終えたところで、チェリオがおいと声を荒らげた。
「ミカエラ、てめえっ! ジジの躾のための笛のせいで、俺の耳が死ぬところだったろうがよ!!」
後で殴らせろと勢い任せに怒鳴る。
『すまない、あれはひとの可聴域よりも高い周波に設定されているものなのだが』
おまえにも聞こえたのかと、二コラと同じことを言う。
「すまんで済むかよ! まだ耳鳴りがしてんだぞ!」
『一応アイラやパメラたちにも協力をしてもらい、みな聞こえないと言った範囲に設定したつもりだった。次は影響のないよう留意する』
「次があってたまるか、ふざけんな!」
「まあまあまあ。ミカだってこっちに危険がないように最良の方法を取ったつもりだったんだろうし、そんな怒るなって。
いまんとこジジはSig.カンパネッリのそばで大人しくしている。で、Sig.オルヴェは?」
アレクシスが尋ねると、ミカエラがそれがと言いにくそうに声を潜めた。
『ガブリエーレ卿も仰っていたが、どうも調子があまり優れないようで、いまは部屋で眠っておられる。休まれる前に一応診療をしようと試みたが、断られてしまって』
「そりゃそうだろうな。彼のことはドン・フィオーレに任せたらいい。
例の装置のことはなにか言っていたか?」
『原理が分かれば解除は簡単だけど、蒸留されているものがなにかが分からない以上、触れるのは危険だと。蒸留装置のほうを先に止め、そのあとで下部、上部に液体を供給している装置を止め、最後にコックを閉めればいいとは仰っていたが』
「あの野郎」
二コラが唸るように言う。すぐにミカエラのどこか困ったような声がした。
『Sig.カンパネッリ、思い過ごしだといいのですが、もしかしてSig.オルヴェはその装置をどこかで見たことがあるのでは? そのあとの反応からしても普通ではなく』
「どういう意味です?」
『部屋から出ていかれたあとで、気になって様子を見に行ったのですが、レストルームで何度も嘔吐されていたんです。収容所におられたころの資料を見たことがありますが、Sig.オルヴェやその他強制労働に出されないイル・セーラは、病気や怪我で弱った仲間に毒物を吸わせて息の根を止め、その遺体を指定された場所に運ぶ役割を担っていたそうで』
「つまりその装置が収容所で使われていたと?」
『だからミクシアでもオレガノでも普段使用されることのないものだとご存じだったのでは?』
収容所で使用された薬物や装置については一切情報がないうえにすべて隠蔽されていましたとミカエラが継ぐ。アレクシスと二コラが顔を見合わせた。2,3報告をして、通信を切る。アレクシスががりがりと頭を掻いた。
「俺は敢えて収容所に関する資料を見なかったんだけど、そんな状態だったとは知らんかった」
「彼は収容所にいるときの記憶があまりないはずなのですが」
「べべが言っていた。ユリウスから“カルマ”の処方をされて調合方法を教えられたらしいけど、その中身は記憶を操作するというか、暗示にかかりやすくする効果がある毒草が使われているらしい。イル・セーラは普段使わない、スラムの大人たちが酒を飲めないときに噛む草だって、ラカエルが」
「そんなものがあるのか?」
「知らねえよ、俺は酒なんて飲んだ事ねえし」
薬草ではなく毒草という部分が引っ掛かった。
「それもユーフォリアとかみたいに、徐々に体を蝕んでいったりとかするんかな?」
「ラカエルは依存性は強いけども毒性はやや弱く、その毒草の毒を打ち消すための薬草も一緒に調合されていることから、これを考えた相手はかなり知識が深いとも」
「では、いまのユーリは収容所での記憶が鮮明になるにつれ、身体に支障をきたしているということですか?」
「たぶんな。ガブリエーレ卿は心療内科の範疇だと言っていたから、ああやって強がってはいるけど、限界なんじゃないのか? 西側の調査に来たがっていたのも、自分がいないところで『なにか』が起こるのが嫌だから、とか」
チェリオはうーんと唸った。地下街に潜伏していた時だって食べムラがあるというか、食べたくないときには食べていなかった。そのきっかけを作ったのは、ミカエラに対して施した手術なのかもしれないけど、東側のスラムで感染者が感染者を食っていた現場に遭遇して以降ではないかと考える。それを二人に告げると、二コラが眉を顰めた。
「たしかにそれは衝撃的なシーンかもしれない」
「もしかして収容所でもそういうことがあったり?」
「それは知らんけど、そういやあれからあいつが肉食ってるところ見た事ねえな」
俺は普通に食ったけどと、チェリオ。そりゃあ地下街出身者と元奴隷とは雖も元々がちゃんと生活をしていたユーリと比較すると感覚が大違いだ。死体など子どもの頃から見慣れている。目の前で人が殺されるなど日常茶飯事、腐乱していく遺体を横目に通り過ぎることだって多々あった。ルールを守らなければそうなると教え込まれていたせいで、正直人が死ぬことに対する悲しみなんてものはとっくの昔に忘れ去っている。
でもイル・セーラは――ユーリは、もしかすると通常のイル・セーラとは違う感覚を持っているのではないかとチェリオは思っている。みんなが同じように収容所での出来事を経験している。もちろん性格や環境、年齢によっても違うだろうけれど、スラム街ですらある程度の年齢の大人たちと、チェリオたちとでは考えが違いすぎる。元々外側にいたおっさん連中は、ややまともな考えも持っているけれど、生まれた時からスラム街にいる連中はアグエロのように卑怯で狡猾で、人をだますことなんてなんとも思わない。昔はチェリオもそうだったが、ネイロに出会って随分考え方が変わったし、もともと自分を育ててくれていたのがロレンではなくコーサの一員だったら、たぶんアグエロと同じようなことをしていたと話す。普段本音らしい本音を言わないからこそ、同族と一緒にいさせてやるのが唯一の薬ではないのかとチェリオが言う。
「あー……やっぱSig.バローニに頼むしかねえのか」
気まずそうに言って、アレクシスが溜息を吐く。なにかトラブルがあったとでもいうような表情だ。
「そういえば、あまりイル・セーラを見かけないよな?」
ジジも頷く。一応ウォルナットにみんな連れてきてはいるものの、誰もユーリがいる館に近付こうとはしない。たまにアイラが外で遊んでいる姿を見かけるが、ノルマの姿を見つけるとコレット以外の女性に手を引かれて家の中に入って行く。随分警戒されてんなあと思ったけれど、誰も口には出さなかった。警戒されて当然だからだ。
エリゼが事情を話してくれているのだろうけれど、だからと言ってすぐに心情が変わるほど人間は単純ではない。それほどのことをされているのだとすぐにわかった。コレットがしゃべれないのも、まだ若いのに5,6歳のアイラを連れていることも、敢えて触れてはいないけれど、なにかがあったんだろうなと察する程度のことしかできないけれど、正直そういうのも胸糞悪い。
「Sig.オルヴェの機嫌が悪すぎてまーったく取り合ってもらえないから、Sig.バローニに協力を要請したことがあった。そうしたら、Sig.オルヴェのあのむかっ腹の立つ言い草が可愛く思えるほどのそりゃもうとんでもねえ態度で断ると一蹴されたうえ、ミカに最大級の爆弾を落として去って行かれた。だからSig.バローニにこちらから接触するのはちょっと無理」
すごい言いようだ。あの大人しそうな人がと思ったけれど、いつだったかサシャが、イル・セーラは基本的に同族以外信じないし辛らつだし、ユーリがイル・セーラとは思えないほど人懐っこすぎるんだと言っていたのを思い出す。それを聞いたときに、チェリオは逆にそうしないと生きていけなかったのではないかとすぐに思った。性格もあるだろうけど、ふとしたときにつらそうな表情を見せていたのは、どういう感情だったのだろう。
「最大級の爆弾って?」
チェリオは遠慮するような性格ではない。気になったから聞いた。ただそれだけだ。アレクシスは遠い目をして、はあと声が出そうなほどの大息を吐く。
「まあいずれ本国でもそういうセリフを吐く人が出てくるのかもしれねえから、いい薬っちゃいい薬だったのかもしれないが」
アレクシスが目を伏せる。
「『佇まいや風貌からオレガノの王族とお見受けするが、イル・セーラではなくノルマと番うような相手を信用できない』とさ」
チェリオはきょとんとしたが、二コラがなんとも言えない気まずそうな顔をする。
「幸いにしてミカはなんのことかわかっていなかったけど、そりゃあ言うわなあって。条件付き、訳アリの婚姻ってわけじゃないから、本国でもたぶんそれを理由に諸々意見が割れるはず。変な虫が言い寄ってこないように性知識を仕込まなかったのが仇になったかもしれない」
まさかノルマを選ぶとはと、アレクシスが言う。
「まあ、キアーラって美人だし、優しいし、ふつうにホレるわな」
靡かないユーリが異常なんだろと言ってのけると、二コラが苦笑を漏らした。
「彼女の立場が高すぎて、大学でもみんな“自制”していたからな。ガブリエーレ卿の兄上はキアーラを気に入っていて、幾度か花を贈ったけれど華麗に躱されたと笑い話にするくらいだ」
「貴族とか上流階級ってめんどくせえな。俺らは普通に気に入った女がいたら一発ヤッて子供ができたら養う云々だから、婚姻とかなんとかそんな概念ねえよな」
テヴィに言うと、テヴィは俺を巻き込むなよと苦笑を漏らした。
「そりゃあスラム街はそうでも、街ではそういうわけにはいかねえんだよ。一応、アレは誰の女だから手を出すな……みたいなルールがスラムにもあるだろ」
「でも普通にみんな手ぇ出したりしてたけどな。亭主が怖い怖いおっさんとかじゃない限り、地下街なんてぶっちゃけ誰の子かわからねえ部分あるぞ」
「うちの居住区は西側でもそんなことねえよ。地下街が特殊すぎるんだ」
マジで一緒にすんなと言われて、チェリオは不満げに眉を顰めた。たしかにデリテ街ーー特に地下街出身者はモラルもなにもあったもんじゃないと揶揄されていたが、それでもあまりトラブルが起きることがない。
「ま、そういう事情があって、Sig.バローニはオレガノの意見なんて絶対に聞いてくれないと思う。ミカがセラフィマ嬢との婚姻を破棄したら別かもしれないけど、まあないわな」
ミカはああ見えて言い出したら聞かないし、たぶんノルマとの婚姻も何らかの布石だと、アレクシス。
「ではドン・フィオーレに頼むほかないかもしれませんね」
「ドン・クリステンではなく?」
アレクシスが驚いたような声をあげた。二コラもまた事情を汲んだように微苦笑を漏らし、頷く。
「ドン・クリステンも接触を試みようとしたようですが、ドアを開けてさえもらえなかったようで。交渉役のエリゼがものすごく楽しんでいたそうです」
「エリちゃん、基本的にドン・クリステンが困る姿を見るのが好きだからなあ」
「未だにナザリオが生きていると思っているようですし、それなのに自分を隊長に据えたことを根に持っているようです」
少数民族の矜持を舐めないほうがいいですよと、まるでどちらの味方なんだと言いたくなるようなことを言っていたと二コラが言う。あんまり意固地になると、結局ノルマとイル・セーラの溝が深まっちまうだけなんですがねえとアレクシスが困ったように言った。
とりあえずと、アレクシスがラカエルを呼び、持ち帰った土、採取したカルケル、ユーリがいつのまにかギルスの回廊との間で栽培していた薬草の数種類をラカエルに渡す。ラカエルは駐屯地の奥にある簡易の研究室にある機材を使わせてもらってもいいと聞いて、喜んでそちらに向かっていった。土壌調査が終わったら、今度は水質改善とアレクシスが言う。それは以前ユーリが『銀製のカップに水を汲んで、そこにイェルナをひとつまみ落とす。水の色が変わらず沈んだら飲用可能、濁ったら飲むな』と言っていたことをアレクシスに伝えた。アレクシスは驚いたような顔をして、肩を竦めた。
「まーじか。水質調査ってどうすればいいのかと思ってた」
「そういや、まえにユーリがスラムに配ってくれた丸薬、井戸に捨てたら水質の改善につながるって言ってたな。あれを軍部からかっぱらってくればいいんじゃ?」
「それが、もう在庫が尽きた上にあまり量産ができないらしい。薬草にも限りがあるし、あれを指定外薬物だと貶す声も未だに多く、承認されていないんだ」
「でた、承認。ミクシアの政府ってなんでこんな後手後手なんすかね。俺本当にもう本国に見限っちゃえって言いたいくらいすわ」
本当に嫌とアレクシスがぼやく。二コラは申し訳ないと気まずそうに言ったが、Sig.カンパネッリも大概巻き込まれ体質っすなとアレクシスが軽口を叩く。何気に詰みな気がするんすけどねと言いながら椅子の背もたれに凭れ掛かり後ろに重心をかけて椅子を揺らす。向こうからどたどたと足音が聞こえてきた。
「Sig.エーベルヴァイン、本当にユーリの言うとおりだった!」
これを見てくれと、ラカエルが丸いガラス製の蓋つきの器をテーブルに置いた。中には土があり、その土はなにかきらきらと光る細かい粒子のようなものが混ざっている部分と、赤紫っぽい色に変色している部分がある。これは? と二コラが尋ねる。
「西側の土壌だ。右側が表面、左側が30cmほど下を採取してもらったもの。両方に同様の変化があるだろう。これは土壌に彼が調合した粉と検査薬を振りかけることで汚染されているか否かを調べられる。結果は黒だ。その証拠に、北側で採取された土にはあまり変化が見られない」
言って、もう一つの同じような容器をテーブルに置く。そちらには、表面の土と言われたほう側には若干の粒子が混ざっているものの、西側の土に混じっている量とは明らかに違う。それに30cmほど下の土にはなんの変化もない。
「そうか、雨だ。西側はよく雨が降るが、北側は西側に比較すると標高が高いことと山脈に雲が打ち消されるからか、雨があまり降らない」
「仮に雨が降ったり風が吹いたりしても、地形的に北側の中央広場以西にしか被害が来ない。北側周辺の森に被害があると果物の収穫に困ることや、なにか利権があってそうしたのでは? 東側のスラムや西側のスラムは住民が死んでも困らないけれど、北側にはコーサの息の掛かった連中がごろごろしている。もしかして、イギンも最初からこの計画を知っていて、何度もユーリを襲撃していたのかもしれないぞ」
「でもさ、だったらこんなまだるっこしいことしないで、もっと単純な手で来ると思うぞ。それこそユーリを取っ捕まえて、自白剤でも売って吐かせりゃいいだけの話だ。それを政府まで巻き込んで……なんて、あいつが考えるか?」
「その話に乗らされたんだと思う。イギンは腕が立つし体格がいいうえにそこまで馬鹿じゃない。でも貴族たちの中には生まれついて人を蹴落とすことしか考えていない人たちもいるだろう。そういう人たちにとってはイギンですらただの駒で、イギンが北側を掌握したあとしばらくはなんの影響もない。だけどだれも土壌改善について提唱しなかったら、西側の地下から有毒な気体が吹き出し続けるだろうし、いまはよくても供給され続けている液体が枯渇したら、いずれ蒸留装置が爆発を起こす」
「まさか西側で起きた爆発って、それも混じっていたりするんじゃ?」
可能性はゼロではないと、ラカエル。西側に入り込める連中は限られている。パーチェ隊、スカリア隊、コスタ隊、ヴェルノート隊、そして一部アリオスティ隊ーーナザリオとスヴェンとエリゼのみ。あの3人はほかのピエタたちとコーサが癒着するのを懸念して、ドン・クリステンが時々送り込んでいたようだ。通常配備ではなく警邏だと言っていたから、だから余計に西側はアリオスティ隊を苦手としている連中が多かった。チェリオを買いに来ていた男も、そういえばスヴェンに捕らわれたのではなかっただろうか。そいつに抱かれたあとで金をもらっているところをスヴェンに見られ、チェリオは逃げも隠れもしなかったのがよかったのか、その男だけが捕えられたのだ。もしかすると、その頃からアリオスティ隊はネイロから情報をもらって、チェリオがコーサの喉笛に噛み付くタイミングを狙っていたことを知っていたのではないだろうか。
「なあ、テヴィ。西側にときどきスヴェンたちが入ってたじゃん。あれってなにを確かめていたかわかるか?」
テヴィは難しい顔をして、首を横に振った。
「スヴェンって、アリオスティ隊の副隊長だろ? おっかなくて姿見たら隠れていたから、そんなんは知らねえよ」
「いや、ナザリオとエリゼのがおっかないだろ」
「ありゃ特別すぎるだろ、特にエリゼは人外」
一回カナップ栽培の容疑を掛けられていたヤツが追われてるのを見たことあるけど、マジでチェリオ並みに身軽でソッコー取っ捕まってたからなと体を震わせて言う。それにあの素早さだ。サーベルに手がかかったと思ったら捻じ伏せられて首元にサーベルの鞘を押し付けられている。抵抗しようものなら殺すぞオーラを笑いながら浴びせてくるものだから、だれもエリゼには逆らわないと、テヴィ。二コラが苦い顔をした。
「でも、そういやパーチェ隊のクルスってやつが、一回だけ俺に地下通路の入り方を教えろって言ってきて」
「パーチェ隊の?」
「ああ、あのアリオスティ隊のクルスじゃねえぞ。んで、そいつが地下通路の入り口を教えたら、金もやるし東側に行けるように交渉してやるって言うんだ。普通に考えて、俺は殺人容疑でここに入っているわけだから、転居なんてできるわけがない。でもそいつが自棄に不気味で、断ったら殺されるんじゃないかと思って、その場所を教えたことがある」
「それは、先ほど潜ったあの?」
二コラが尋ねると、テヴィはそれがと唸って頭を掻いた。
「地下通路への入り口は三か所あるんだ。俺が教えたのは、実はあそこじゃなくて、別の奴場所。なんとなく嫌な予感がしたんだ。
でも結局例のイル・セーラがドン・ヴェロネージと結託してそこに入り込んでしまったから、あまり意味はなかったのかもしれない」
「テヴィが金欲しさに教えていたとしたら、もっと早くになにか起こっていたかもしれないぞ」
誰が何をどう企んでいるのかなんて誰にもわからないけれど、少なくともテヴィがそこで本当のことを教えなかったからこそ、ユリウスはドン・ヴェロネージを頼らざるを得なかったのではないか。チェリオはそう考えた。それならいいけどなとテヴィ。
「ただ、距離があるとはいえ風向き的に東側のスラムの西側にはウォルナットがある。なぜあそこは感染者とは無縁なのだろうか?」
ラカエルが言う。
「ガブリエーレ卿がヴィータの類似品でも作って村民で研究しているとか?」
呑気な声でアレクシスが言った。その可能性もなきにしもあらずだけれど、ラカエルが言うには18年前にアルマが蔓延した際も、ウォルナットではひとりも死者が出ていないらしい。
「ウォルナット一帯の湖がカルケルの含有量が多い水質だったりするのかもしれないな」
「ウォルナットの村民だけが食べているものがあるとか」
「ヤギじゃん」
テヴィの言葉にチェリオがすぐに突っ込んだ。ミクシアは牛乳文化だけれどウォルナットはゴートミルク文化だ。チーズから何から全てゴートミルクで作られる。流石にそんなことはないだろうと言った時、ジジがあっと声を上げた。
「そういえばSig.オルヴェ、最近海岸沿いでなんか緑色のものを採取して食べてた」
「まーたか! あの野郎、もしかして吐いてたっていうのは食あたりだったりするんじゃねえの?」
マジでなんでも食うなっつのとチェリオが呆れたように言うと、アレクシスがもしかしてとつぐ。
「オレガノでは海藻をよく食べるけれど、ウォルナットもそうなんじゃ? ミクシアでは見なかったな」
「うえっ!? そんなん食うの!?」
「割とメジャーに食べられている。もしかすると村民に聞いて興味本位で食ってたりして」
「確かに、カルケルも解毒作用が強いし、もし本当にウォルナットが海藻をよく食べる文化なのだとしたら、ミクシア市民と違って菌やウイルスに強いのかもしれないな」
帰ったら調べてみようとラカエルが声を弾ませる。学者連中の好奇心はようわからんと、チェリオはややうんざりしたように言ってのけた。
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