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Fifteen(4)

 日もすっかり暮れた頃、ユーリは地下室にユリウスを連れてくるように指示した。  ミカエラの無言の圧に負けてユリウスの取り調べにすることになったらしく、アレクシスが地下室ににユリウスを連れてきた。  鎖で拘束されたままのユリウスを、アレクシスがユーリの前に放り投げる。なにがあったのか傷まみれの上に、床には血の痕がある。手を突き出すような格好でうつ伏せにねじ伏せられたユリウスの前にしゃがみこんで、威圧するように目を細めて見た。 「ひさしぶりだなァ、ユリウス」  ユリウスが気まずそうな表情で目を逸らす。言われることはわかっている。そんな表情だ。  ユーリはガラス製のシリンジがいくつも嵌め込まれたレザーケースを床の上で開き、その中から一つのシリンジを取り出した。ユリウスが猜疑深い表情でそれを眺めている。指に絡めてそれを回し、頭上からユリウスを見下ろして不敵に微笑んだ。 「いくつか聞きたいことがあるんだけどさァ、オレガノもあんたに対して業腹だっていうから、協力してもらったんだよね」  ユリウスの反応を待たず、ユリウスの手の甲にそれを突き刺した。針の細さからほぼ痛みはないだろうが、まさかこんな行動に出るとは思っていなかったのか、はっと息を呑むのが聞こえた。アレクシスも瞠目する。訳が分からないという顔でユーリとユリウスを見やる。 「いまの、なんだか教えてやろうか?  クロードが殺された時に使われたものだ。グラドゥメルとセドゥレのハイブリッド。  記憶の書き換えって面白いもんだよなァ、俺はあの薬物のにおいが“香の匂い”だとすっかり騙されていた」  ユリウスが眉を顰める。ユーリから目を逸らし、苦悶の表情を浮かべている。 「解毒剤が欲しけりゃ、吐け。まずはオレガノのレオナ王子の件からだ」 「あの件に俺は関わっていない、嘘じゃない。たまたま医院で扱っていた装置が欲しいと言われ、それを輸送しただけなんだ。本当だ」 「明らかに怪しい奴らが医院を出入りしていたとの報告があったが、それに関しては?」  アレクシスが尋ねると、ユリウスがふんと鼻で笑った。憎々しげな顔でアレクシスを睨みつける。その表情にはあからさまな嫌悪が含まれているようだ。 「そんな情報を鵜呑みにして、俺を国外追放にしたのか? 本当にオレガノはクソだな、滅びてしまえばいい」  ユリウスが言った途端、アレクシスがユリウスの胸ぐらを掴み上げた。 「よく言う、国外追放にされたのはレオナの件だけじゃなく、フィッチの奴らと連んでいたからだろうが」 「あれがフィッチの連中だと知らなかったんだよ。ミクシアから来たと言っていたし、証拠に渡航船の半券も出させた。それが偽造だったのなら俺には確かめようがない」  アレクシスがユーリを見る。ユーリはすいと片眉を跳ね上げて、アレクシスに下がるように言った。 「誘拐された現場にあんたがいたって話だけど、それはあくまでも誤解だと?」 「相手はオレガノの王子だぞ、知っていたら止めていた」 「へえ、オレガノがクソだと言っていたから、恨んでいるんだと思っていた」 「それは国外追放されたからで、べつにそれまでは恨んでなど。  あの装置のことだって本当だ。地下通路に設置をして回ったのは俺だけど、俺が拘束されていた場所のものに関しては、本当に知らない」  必死さが伝わるような声色で、ユリウスが言う。表情にも、声にも、嘘をついている時のいやらしさがない。ユーリはふうんといいながらまたシリンジを一本手に取って、指に絡めて回して見せる。 「1本じゃ足りなかったか? クロードは7本目まで耐えたもんなァ。ギリギリ致死量に達しない程度まで注入してやっからな」 「Sig.オルヴェ、こわ〜い」  アレクシスのドン引きしたような声がするが、うるせえと一蹴する。俺がすることは省いて調書とっとけよと言い放つ。 「本当なんだ、もう嘘は言わない」 「どうだか。あんたには何度も騙されている。信用して欲しいならもっとマトモな言い訳しろよ」  ユリウスの目に嘘はない。嘘はないけれど、瞳孔の変化を悟らせずごまかすことができる相手もいる。ユリウスがそうだとは思わないが、一度裏切った相手は何度も裏切る。ユリウスの腕を掴んでもう一度それを突きさした。空になったシリンジをぽいとテーブルの上のトレイに放りこむ。 「クロードが殺された時、あんたもいたよなァ? 時間が経てば経つほど解毒剤が効かなくなる。  さすがに同族に対しては“優しく”してやりたいところだけど、あんたに一番効きそうなのは、これしかねえなって思ったんだ」  ユリウスの目が泳ぐ。眉間にくっきりと皺を寄せて、少し息を荒らげながらなにかを考えている様子だ。 「俺はSig.オブリに付いていけなくなって、そのあとはドン・ヴェロネージにつくことにした。スコーピオというピエタの下部組織だ。国家転覆のためにアルマを蔓延させたこともそうだけれど、ドン・クリステンを陥れようとしたのも、オレガノの准将を死なせたのも、全部彼らの思惑だ」  准将を死なせた? 不審に思いアレクシスを見ると、アレクシスが訳知り顔で肩を竦める。オレガノの准将の顔を見たことがある相手は限られる。いまのミカエラの立場は『新たに就任した准将』ということかと納得する。 「俺はたしかにオレガノに恨みを持っているけれど、オレガノを敵に回したいわけでもないし、本当はサシャにだって手に掛けたくなかった。  でも、俺がやらなければきっと、もっと恐ろしい目に遭っていた。Sig.オブリ……デュークはそういう男なんだ。だから俺がドン・ヴェロネージに着いたことを嗅ぎつけて殺そうとした。ドン・ガルニエやほかのノーヴェ地区に潜伏している奴らは、みんなイル・セーラの収容所でおまえをレイプまがいに抱いたり、傷つけたりしたことのある連中だ」 「そのデュークってやつ、なんで俺やサシャのことを?」 「おまえたちがアマーリの子どもだからだよ。特におまえはあまりにも彼女にそっくりなんだ。だから彼女を手に入れられなかったあいつは、似た容姿のイル・セーラの女性を襲ったし、アマーリに似ている子どもを誘拐してはレイプし、食った」  ぞわりとする。背筋に凍り付くような寒気が走る。アレクシスが目を見張った。 「もしかして、レオナも?」  アレクシスに尋ねられ、ユリウスは少しの間黙っていたけれど、徐々に息が上がってくる苦しさに気付いたのか、喉の奥に詰まるような息を吐いて、頷いた。 「たぶん。俺はその時に彼らと共に行動をしていなかった。オレガノの王妃も名前がアマーリアだったよな? それを聞きつけたデュークがオレガノに渡航し、オレガノの王妃を手に掛けようとしたが、たぶん王子の容姿がアマーリに似ていたことから、そっちを襲ったんじゃないかと」 「じゃあレミエラが襲われたのは?」 「フォルスとパドヴァンの国境付近で起きた内紛の時のことなら、『そうすればオレガノが“ユーリ”を奪還しにくる』と踏んだからだとしか言えない」  ユリウスを呼ぶ。普段にないほど冷静で、殺意すら含むようなユーリの低い声に気圧されたのか、ユリウスがごくりと唾を飲んだ。 「あのときは“ユーリ”が生きていたなら、彼はどこでなにをさせられていたんだ?」  ユリウスが首を横に振る。 「詳しくは知らない。でも、ドン・ヴェロネージに命じられて、彼の遺体を検死した時、俺はとんでもない相手に手を貸したのだと悟った。義足ではないほうの足がなく、ズタズタに切り刻まれていたし、内臓が全て抉り出されていた」  アレクシスの表情に焦りの色が乗る。内容のわりに、ユーリは割と冷静だった。二コラの父親も、スコルザ周辺に住んでいるイル・セーラたちも、同じ殺され方だったからだ。やはり同一犯のようだ。 「なぜ知人をそんなふうに殺した男に手を貸したんだ? 返答次第ではオレガノに送致し、洗いざらい話してもらうぞ」 「最初は、サシャとユーリを救い出すためだと思った。サシャをオレガノに、ユーリをフィッチに移送するのは、兄弟が離れ離れになってしまうけれど互いを守るためだと。俺はそう聞いた。  でも、本当はそうではなくて、互いを殺すと脅すためだったんだ。それを知って、俺はデュークを裏切った。サシャのことも、ほかの奴らに殺されるくらいなら、俺が殺そうと思った。甚振られ、穢されるくらいなら、せめて俺がと、そう思ったんだ」  ユーリはレザーケースからもう一本シリンジを手に取った。指に絡めてそれを回し、ユリウスの手の甲に近付ける。 「随分おおげさな嘘をつく。流石に3本目からは正気じゃいられねえぞ」  言って、3本目のシリンジをユリウスの手の甲にさした。うめくような声と共に、ユリウスの息が少しずつ上がり始める。シリンジをトレイに軽く投げ入れ、ユリウスを睨む。 「信じてくれ、嘘じゃないんだ」 「そう言って、何度俺を騙した? 何度“ユーリ”を陥れようとした? 子どもながらに覚えていたけど、あれは生体移植の件で揉めたらしいなァ」  ユリウスの目が泳ぐのを、ユーリは見逃さなかった。にいっと薄く笑って、すぐさま4本目のシリンジを手にする。 「あれは……、あのときは、頭に血が昇っていて」  ふうふうと呼吸を荒くして、ユリウスが言う。ユーリは怖いほどの笑みを浮かべ、シリンジでユリウスの顎をなぞる。 「手じゃなくて直接静脈に入れてやろうか?」 「彼女は俺の唯一の肉親だったんだ」  ユリウスが震える声は切羽詰まったようなものだった。クロードが殺された時、ユリウスもその場に居合わせた。自分が刷り込まれていた映像と、現実との乖離に、吐き気を催すほどの嫌悪感を懐いた。流石に死と隣り合わせにある恐怖のせいか、余裕のない表情だ。 「秘密裏に行っていた研究の代償で、彼女はひどい胸苦に悩まされていた。その研究をしていた最中に体調不良を訴え、そのまま意識を失った。だから慌てて“ユーリ”に助けを求めに行ったんだ」 「秘密裏に行っていた研究ってのは、グラドゥメルとベラ・ドンナの精製だな?」  ユリウスが観念したように頷いた。 「仕方がなかったんだ、オレガノに戻れず、ミクシアで生きていくとなれば、汚い仕事もしなければならない。言い伝えのせいか“ユーリ”はともかく、フォルスでは受け入れてもらえなかった。だから組織に媚びるほかなかったんだよ」 「それこそ、仕事は先代に頼めばよかったのでは?」 「一定の年齢以上の住民たちが怖がるからと、表立ってフォルスに行くことにいい顔をされなかった。代わりに地下通路を教えてもらったんだ。崖下にあるフェネリという小さな村に繋がっていて、そこでは視力の乏しい人たちが住んでいて、誰も俺の容姿のことで追求をしてくる人はいなかったよ。  でも、そこに出入りをしていた連中がその組織と繋がっていた」 「その組織とは?」  アレクシスが尋ねると、ユリウスはどこか言い出しにくそうにしたあとで、固く目を閉じた。 「ミクシアのアジェンテだ」  マジかとアレクシスが驚きの声をあげる。 「公的組織が裏取引をしてたって? とんでもねえ国だな」 「その一部がオレガノでレオナ王子を襲ったとされている。レオナ王子が殺されたのは、『ほかの男に触れられたから』だ。デュークのアマーリに対する執着は凄まじく、とても正気では付いていけない」  ふうんと言って、ユーリが4本目のシリンジをユリウスの手に甲に刺した。おいとアレクシスが声をあげる。 「素直に喋ってんだろ、やめてやれよ」 「だから? 喋ってる内容が真実だって証拠ある?」  高圧的な態度だからか、アレクシスがうわあと引いたような声を出して、苦い顔をした。 「Sig.シャルトラン、おまえ詰んだな」  一番やべえやつ怒らせたんだわと、アレクシスが白けた表情で言う。 「出し抜かれるのは嫌いなんだよなァ。それを知っていて、なんで軍部にタレこまなかった? なんで保護を申し出なかった? 仕方がなかっただァ? それで済むわけねえだろ」  ぐっとユリウスが息を詰める。息苦しそうに喘ぐ様を冷たい表情で見下ろして、ゆらりと立ち上がる。 「効きがイマイチだな。新薬でも試すか」 「ユーリ、解毒剤をっ。おまえに、同族殺しをさせたくない」 「はあ?」  ユーリは息を弾ませて喘ぐユリウスを見やり、ふんと鼻で笑った。 「もう遅い。サシャは俺が殺した。てめえのせいで死ぬのを見るのが癪だったからなァ」  ユリウスが弾かれたように顔を上げた。どうやら本当に知らなかったようだ。息を弾ませたまま、信じられないとでもいうような表情でユーリを見る。 「本当なのか?」 「冗談で言うとでも? てめえと同じだわ、サイコ野郎。  何度も発作を起こして、その度に覚醒している時間が短くなっていって、どんどん弱っていく姿を見たくなかった。だったらこっちで殺してやったほうが無駄に苦しませなくて済む。  おかげで俺は烙印者だけど、そうすりゃお互い永遠に忘れないわなァ」  ユリウスが顔を伏せた。体を屈めて、ただ息を荒らげるだけだ。なにも知らされいないからと、それが免罪符にできるわけがない。ドン・ヴェロネージが吸っていたドラッグ入りの煙草のせいで正常な判断ができなかったと想像がつく。そう思いながら、ユーリはその様を冷めた目で見ていた。 「じゃあ俺がしようとしてきたことはなんだったんだ?」  最初のふてぶてしさとは打って変わって、絞り出すような声でユリウスが呟いた。 「人助けでもしようとしてたつもりかよ? 殺す気でかかってきたくせに、よく言う」 「おまえを捕らえ、サシャに全てを吐かせるつもりだったんだ! あの時点ではなにも本当に殺そうとは思っていなかった!」  顔をあげ、ユリウスが声を荒らげた。眉根を寄せて、悔しさのなかに物悲しさを感じさせるような表情だ。 「なにを吐かせるつもりだった?」 「ドン・フォンターナを救った薬草について」  かなりの間をおいて、ユリウスが言う。ユーリは眉を顰めた。「どういう意味だ?」と尋ねると、ユリウスが息苦しさに喘ぐように掠れた声で話し始めた。  ドン・フォンターナは自分が軍医団の副団長だったころから、収容所にたびたびサシャを買いに来ていた。けれど彼はそのときに余命宣告をされていたそうだ。だから自棄になっているのではないかとほかの看守たちは嘲笑っていたようだったが、サシャに会いに収容所を訪れるごとに病状が回復し、現場復帰できるほどにまでなった。  その時の様子をユリウスが邂逅する。ドン・フォンターナは、最初から情報収集をするつもりだったのではないかと、そんな気がしたけれど、ユリウス自身収容所に関しては賛同しかねる立場だったため、看守たちには黙っていたそうだ  そう聞いて、納得した。ドン・フォンターナはサシャを自分専用の性奴隷だと銘打っていたけれど、その実二人の間にはほとんどなにもなかったのは、仕草と雰囲気でわかる。ネイロには案外自分よりもやばい手管を持っているかもと冗談で言ったけれど、プレイルームにいる手前よがり声を出さなければバレてしまうから、手で扱くか、口でいかせるか、そうでなければ入れずに素股かなにかで終わらせていたと思う。  サシャは頭が回る。決してそうは見えないけれど、腹黒さはユーリ以上だ。顔色か、独特のにおいに気付いて、サシャから仕掛けたか。それともドン・フォンターナが最初から“ユーリ・オルヴェの子ども”だからと、自分ではなく適齢期のサシャを選んだかのどちらかだろう。  その薬草の正体がわかれば報酬を弾むとデュークに言われ、それで探っていたけれど、結局はサシャからはなにも聞き出せなかったとユリウスが言う。  その当時のドン・フォンターナの症状を聞けば、なんとなく使用された薬草の目星がつく。そもそも収容所周辺にあったものしか使っていないのだから、余命宣告を受けるほどの症状に有効となれば、トゥルス、アンフィス、サペレの混合薬しか思いつかない。  ただ、その薬草の解明のためだけにサシャを襲うとは考えづらい。コーサも絡んでいたし、ピエタたちも何か理由を知っていたようにしか思えない動きをしていた。ユーリは無言のまま5本目のシリンジをとって、今度はユリウスの首にそれを近づけた。 「で? その薬草の正体を知って、なにをするつもりだった?」  ユリウスが信じられないとでも言うような顔をして、ユーリを睨んだ。 「早く解毒剤をよこせ!」 「てめえが喋るのが先だ、たわけ。言ったろ、致死量ギリギリまで攻めるって。既に何人も殺してんだ、今更一人増えても変りゃしねえよ」 「その丸薬の薬効を打ち消すものを作るつもりだった! もういいだろう!」  やっぱりだ。ユーリは冷ややかな笑みを浮かべて、ユリウスの首に5本目を刺そうとしたが、アレクシスに腕を掴まれた。 「マジでもうやめとけ。おまえを収監したくない」 「黙って見てろっつったろ、Sig.エーベルヴァイン。あんたに俺を止められる権利なんてない」  アレクシスの手が緩んだのをいいことに、ユリウスの首に5本目のシリンジの針を突き立てる。さすがに呼吸がはやくなる。息苦しさのせいか、それとも焦りのせいか、額に汗が滲んでいる。 「キアーラはどこだ?」  ユリウスが唸るような妙な音が喉から聞こえる。喉が詰まって十分に呼吸ができていないのが明白だ。答えろと胸ぐらを掴み上げると、喘ぐように短く呼吸をしながら首を横に振った。 「生きていることだけは確かだ」  やっぱりかと思う。ユーリと、それからオレガノを揺さぶるために、キアーラは必ず交渉材料にされると思った。ミカエラもそう踏んでいたようだ。ミカエラに「心配じゃないのか?」と尋ねたら、「心配だけれど焦っても仕方がないし、それで清麗な判断ができずに彼女を危険に晒すことに繋がると悪手でしかない」と真顔で言われた。彼女に対する信頼があるからこそのセリフなのだろうけれど、ミカエラは案外大人で、でもやっぱり目の前で仲間を失ったことのない箱入りなのだと感じた。 「居場所は?」 「それはわからない。もしかすると、デュークが拠点にしていたスプリクスという村にいるかもしれない。慎重になったほうがいい。スプリクスはそのほとんどがスコーピオの仲間だし、俺たちのようなイル・セーラが住む村だ」  イル・セーラの村と聞いて、ユーリが目を細くした。その表情の意味に気づいたのか、ユリウスが息を整えようと深く息を吐き、続ける。 「俺たちは烙印者と蔑まれ、イル・セーラの村に属せない。さすがにオレガノではそんなことはなかったけれど、フォルスにしても、ヴェッキオにしても、常に奇異の目を向けれていた。  アンリ王を殺すために手引きをしたものの一族といっても、もう100年以上前のことだ。それなのに未だその差別が消えない。  イル・セーラは被差別というけれど、その実自分たちも似たようなことをしていると気づいていない。だから俺たちのように赤い目を持つイル・セーラたちは、自分たちを受け入れてくれる場所へと必然的に集まり、犯罪に手を貸すようになっていったんだ」  ふうんと興味なさげに言って、少しだけ手の震えが出てきたユリウスを見やる。 「ねえ、つまんないから俺の薬品箱持ってきて」  アレクシスがぎょっとしたような顔になった。 「なにするつもりだ?」 「オルコぶっこむ」  頭上に疑問符が浮かんでいるアレクシスをよそに、ユリウスが瞠目した。 「あんなものを生成できるわけがない!」 「それができるんだなァ、ここはガブリエーレ卿の領地。ミクシアで禁じられている自白剤を用いた尋問をしようが、“つい”、“うっかり”、取り調べ中に犯人が死んだとしても、いくらでも隠ぺいできるんだわ」  脅しではない。治外法権と固有地いう言葉の意味を、ユリウスはユーリ以上に理解をしているはずだ。呼吸がしづらいからか、肩で息をして、呼気に合わせて唸るような低い声が漏れるのを聞いて、ユーリが無遠慮でいて小馬鹿にしたように、蔑むような視線をユリウスに落とした。 「100年も前のことで蔑まれちゃ、かわいそうだよなァ。  だからと言って、なにも知らない相手を陥れるのは許されるのか? ヴェッキオで、ニコラとジャンカルロになにをした?」  ユリウスがハッとしたような顔をした。眉を顰め、気まずそうに視線を逸らす。ふうふうと息を荒らげ、こめかみから汗がしたたり落ちる。 「Sig.オブリから、ユーリ以外に飲ませるようにと」 「その正体はなんだ?」 「それは」  ユリウスが言い淀む。ユーリは深い溜息をついて、6本目のシリンジを手に取った。 「まあ流石にこれ以上やったら死んじまうかもなァ。一応致死量以内に調整してあるけど、体質や体重によって効き方が変わってくるが」  ユリウスの首元に刺そうと手を伸ばした時、ユリウスが観念したように待ってくれと言った。 「メテル・ドムとグラドゥメルだ。  両方とも微量に盛り続けなければ意味を成さないが、Sig.バロテッリは傭兵、Sig.カンパネッリは栄位クラスの人間だ。要請があれば北側や東側に赴くことになる。そうなれば必然的に西側の毒物を吸うことになり、許容量を超えるとアルマに感染したかのように見せかけられる。通常通りアルマの治療をすれば、免疫反応の暴走で死に至る」 「それはイカれ野郎のシナリオか? 俺が作ったヴィータが効かず、ジャンカルロもニコラも死なせることになったら、縋る相手がいなくなるもんなァ」  ユリウスはなにも言わなかった。肯定したようなものだ。脅しをかけるようにもう一度首元にシリンジを近づけると、「もう許してくれ」とか細い声で嘆いた。流石にこれ以上は趣味じゃない。ユーリはシリンジをレザーケースに戻して、それを丸めた後ですっくと立ち上がった。  にやりと口元を怪しくゆがめ、耳元を触る。 「聞いてたかァ、ベベ。やっぱり思ったとおりだ。解毒剤は規定量プラス1/2、ニコラの方は嫌がらせでアマリス溶液2本分くらい追加しといてやれ」  ユリウスが弾かれたように顔を上げた。通信機の向こうからベベの楽しそうな声が聞こえてくる。 『うわー、大佐殿並に悪い人ですねぇ、Sig.オルヴェ。悪役っぷり、ハマってましたよぉ』 「一回やってみたかったんだよね、こういうの」  からからと笑う。さすがにユリウスには聞こえていないから、ぽかんとしている。アレクシスがそれを見て豪快に笑った。 「やっべえっすわ、Sig.オルヴェ! マジくそこええっ」 『でも、感心しませんよ、Sig.オルヴェ。アマリス溶液2本分なんて、ゾウでも卒倒するやつじゃないですかぁ? 嫌がらせです?』 「判断ミスをしたのと、紫斑のことを黙っていた罰だ。1週間くらい寝とけばいい」  こっちはマジで心配したんだとむくれたように言ったら、ベアトリスが子どものような無邪気な笑い声をあげた。 『情熱的ですねぇ。無茶しないでね、ダーリンって伝えておいてあげます』  ユーリが文句を言おうとしたが、ベアトリスが笑いながら通信を切った。アレクシスのせいで最早公認だ。文句も言えない。恨みがましくアレクシスを睨むと降参というように肩をすくめられた。 「Sig.カンパネッリもだけど、そいつにも解毒剤やったほうがいいんじゃ?」  アレクシスのセリフは尤もだ。ユーリがユリウスを見下ろすと、かなり苦しそうな呼吸をしているのが見える。それを見て、ユーリは満足げに笑みを深めて「どうしよっかなァ」と言いながら、テーブルの上のトレイに転がったシリンジに視線を送った。 「別に死にゃしねえだろ」  あっけらかんとした口調で言ってのけ、両手を上げて伸びをする。 「このままこいつが死んでも、アレさんは庇いませんぜ、Sig.オルヴェ」  喘鳴ヤバいじゃねえかと、アレクシスが言う。ユーリは挑発的にすいと片眉を跳ね上げた。 「あァ、言ってなかったっけ? 最初に打ったのは傷からの感染予防の薬液。2回目はオルコ等こいつに仕掛けられた“爆弾”解除のためのマラカム。3回目は俺の奥の手。4回目以降は、嫌がらせ目的と臨場感を出すための、生食で超薄めたリコステ」  はあっ!!? と、ユリウスとアレクシスの声がハモった。「あー、楽しかったァ」と清々しい声を出して、ユーリが意地悪く笑うのを、アレクシスとユリウスが恨みがましく見た。 「し、死ぬかと思ったんだぞっ」 「こっちも途中からヒヤヒヤした」 「そりゃあ涼しくなってよかったなァ。ああ。もうひとつ教えてやろう。  サシャがもういないのは本当だけど、生きてるっちゃ生きてる。オレガノの大事な『准将殿』のなかでな」  ユリウスが唖然とする。なにを言われているのかがわからないという顔だ。 「おまえは知らされていなかったんだな。ミカは死んでねえし、Sig.オルヴェと兄上のおかげでことなきを得た」 「もしかして、生体移植を施したのか? どこで?」 「大学で。オレガノの医師免許を持っている二人に協力をしてもらった。俺にかかってた殺人罪ってサシャに対してかと思ってたら、あとで諸々資料を見せてもらったら、ミカエラに対してだったっぽいんだよな。  アジェンテは最初から俺をはめるつもりだったんだろう。だからそれに気付いたアレクシスが先手を打って『新たな准将殿が就任した』ってことにした。ミカエラはまだ若いし、ミクシアの人たちは誰も准将だなんて思わないわな」  ユリウスが溜息をついた。ごつんと額が床に当たる。そのままの状態で、ユリウスがユーリを呼んだ。 「生体移植のことは絶対に言うな。特にデュークには知られてはいけない。オレガノの准将殿は表にださないほうがいい。バレたら狙われるハメになる」 「どういう意味だ?」 「デュークは元々おかしなやつだったけれど、アマーリとの婚姻を反対されたことをきっかけに、生家を潰したんだそうだ。  それで、デュークが連れている彼女のことを、いまはアマーリだと思い込んでいる。オレガノ軍に退避命令を出さずに全滅させようとしたのも、彼の中ではアマーリを連れ去ったのがオレガノだということになっているんだ。  ただ、時々正気になる。そのときに言っていたんだ。ディアンジェロ家にだけは手を出すなって。彼らは純粋にイル・セーラや少数民族を保護しようと動いてくれる家で、職があれば奴隷にならずに済むというルールを逆手にとって、多くのイル・セーラたちを使用人にしていた。  ただ、それをよく思わなかったピアゾ家の前当主が、政府にタレこんだ。そのせいでディアンジェロ家にいたイル・セーラたちも連れ去られたらしい。  だから、たぶん、デュークは彼女に手を出すことはないと思う」  そこまで言ったあとで、ユリウスが思い出したように顔を上げた。 「軍部の中にスコーピオの協力者がいるんだ。そいつにも知られたか? そこからデュークに情報が行ったらえらいことになるぞ」 「協力者って?」 「アルテミオ・フィオーレだ」  ユーリはきょとんとした。目を瞬かせたあとで、あァと思い当たる節があるような声を出す。もっと驚くと思っていたのか、ユリウスが怪訝な顔をした。 「どおりで、やたらとこっちの心情に気付くわけだ」  わからないという顔をするユリウスを見て、ユーリは軽く両手を広げた。 「ずっと差別を受けてきたイル・セーラが同族内で差別をしているなんて話は聞いたことがなかったけど、たしかにシリルが死に際に『赤い目をしたイル・セーラは決して信用するな』って言ったんだ。でも、解せないんだよなァ」 「解せないとは?」 「シリル自身が赤い目をしたイル・セーラだったから」  ユーリの言葉を受けて、ユリウスが眉根をよせる。 「おまえ、記憶が?」 「そうそう、よくもカルマと偽ってとんでもねえ薬を飲ませてくれたなァ。  さっきのはその代償の嫌がらせ。おかげでぜーんぶ思い出した。シリルの死に際に、あんたが必死に救おうとしていたことも。  これは俺の勝手な想像だけど、あんたは俺が真実を知って、再び赤い目をしたイル・セーラが差別対象になるのが嫌だったんじゃないのか?  だけど実はそれこそがあんたの目的で、『自分がすべての罪を負うことで』“ユーリ”を死なせた罪滅ぼしをしようとした。わざわざ赤い目のイル・セーラを信用するなと、俺たちに吹き込むことで、牽制しようとした」  ユリウスが深い息を吐いた。もう言い逃れができないとでもいうような表情で顔をあげる。 「この連鎖を断ち切りたかったんだ。エクリプスに住むイル・セーラたちは、フォルスに伝わる治療法諸々を知らない。だから俺が死ねば、揺さぶられることもなくなるだろうと思った。だけど、収容所でおまえとサシャが“ユーリ・オルヴェ”の子どもだとバレて以降、その計画が破綻した」 「それ、向こうは読んでいたと思うぞ。『単純で、頭の悪い、人を疑うことを知らないイル・セーラ』なら、いつでも簡単に騙せると、どうせあの腐れ野郎は腹の中では笑っていただろうよ。  まァ、杞憂だけどな。俺は王政復権なんて興味ないし、そもそも俺が国を収めるんなら、まずそういったどうでもいい差別はやめさせる。目の色とか、肌の色とか、種族とか、そんなもんで垣根を作るから軋轢が生じる。いつもサシャが言っていた。そういった軋轢や差別意識が生まれるのが怖いって。  アルテミオ……あいつ曲者だからなァ。スパイのスパイとか、平気でやりそうじゃない?」  確かにとアレクシスが苦い顔をする。 「オレガノのドン・クリステン宛にも彼からよく手紙が届いていた。案外、ドン・クリステンの命令で二重スパイをやっていたりしてな」  アレクシスが笑うと、ユリウスがどこか居心地の悪そうな顔をした。そうではないと言いたげだ。 「なぜそこまでノルマを信用できる?」 「あの人、ノルマだけど考え方がノルマっぽくないんだよなァ。ずっとイル・セーラかなにか別の種族と一緒にいた気がする。それがあんただったのか、あんたの肉親の女性だったのかは知らないけど」  ユリウスに視線を送る。その推測はあたらずと雖も遠からずだったのだろう。ユリウスが眉根を寄せ、頷いた。 「彼……ドン・フィオーレは、俺たちをオレガノに帰すためにずっと手を貸してくれていた。ミクシアの風土が合わないこともあり、彼女はずっと病気がちで、たまたま彼がフォルスを訪れた際に診療をしてくれたことがあるんだ。  彼はノルマなのに薬草に詳しくて、オレガノの知人を通じてオレガノでしか手に入らない薬を彼女のために輸送してくれたりと、様々な手を打ってくれた。だけど、彼女は亡くなった。俺が死なせたようなものなのに、“ユーリ”のせいだと逆恨みをして、――」 「それで、“ユーリ”のことをミクシアで洗いざらい話した、ってことか」  ユリウスが頷く。ユーリは面倒くさそうな声を上げて、フォルスの地下から持ち出した本が入っているコンテナに腰を下ろした。どうしようっかなァと間延びした声で言いながら足を揺らす。 「ねえ、『ソルプレゾン』の調合方法って知ってる?」  ユーリが試すような口調でユリウスに尋ねると、ユリウスは顔をあげて、怪訝そうに眉を顰めた。 「そんなものを何に使うんだ?」 「薬効ってなんだっけ?」 「ソルプレゾンは、解毒というよりもどちらかというと緩和と中和の意味合いが強くて、ただ使用する薬草の毒性が強いためにどうしても肝臓に負担がかかることから、あまり使用されなくなった」  それがどうしたんだと、ユリウスが問う。 「肝臓に負担がかかる薬草って、どれ?」 「フェガロというシダ科の植物だが」 「ちょっと待て、それ以上言うな」  アレクシスがなにかに気付いたようにユリウスを止めた。ユーリはニヤリと笑ってアレクシスに一瞥を投げた。 「なんで止めるんだよ?」 「なんか企んでいやがるな?」 「失礼だなァ。ソルプレゾンの毒性さえ弱まれば、べつに新たな承認を得なくてもミクシアで使えるなって思っただけ。  ねえ、フェガロの毒性を弱めさせ、且つほかの薬効を打ち消さずに済むとしたら、『アルモニア』の葉と種の粉末を混ぜたらいけると思わない?」  ユリウスは意想外な顔をして、目を瞬かせた。 「俺に、聞いているのか?」 「あんた以外に誰がいるの?」  それともなにか見えてるの? と、とぼけた口調でユーリが告げる。ユリウスがまた眉根を寄せた。 「また騙すかもしれないぞ」 「もう嘘つかないって言ったじゃん。次に嘘ついたら、本物のセドゥレとグラドゥメルのハイブリッドを静注してやっからなァ」  マジで覚悟しとけよと、挑発するように笑いながら言う。ユリウスはまるでなにかを噛みしめるような表情になって、小さく頷いた。 「じゃあ、オレガノならどうする?」  人懐っこい笑みを浮かべ、今度はアレクシスに問う。アレクシスははあと溜息を吐いて天を仰いだ。 「あくまでも個人的な意見だけど、アルモニアの葉と種の粉末を混ぜるなら、ソルプレゾンを固めるためのものをコーンスターチじゃなくリンファで代用すれば、うまくいくんじゃねっすか?」  「知らんっすわ、べべに聞いて」と、アレクシスが投げやりに言う。 「じゃ、それをオレガノ側から提唱してきて」  断らせないような圧をかけ、ユーリ。アレクシスがああと吠えるような声を出したあとで舌打ちをした。 「っとに、悪戯好きなガッティーナだなあ!」 「性根が入らないもんで、ついこういうことしちゃうんだよねぇ」  いたずらっぽく笑いながら言うと、アレクシスが面倒くさそうに肩を竦めた。 「ミカ経由で説き伏せさせますわ。前に言っていた、『不要なものまでわざわざ開発する必要がない』ってことか?」 「それもだけど、ユリウスを捕まえたんだから、向こうに薬草の知識がある相手は一人しかいないってことになる。ドン・ガルニエもこちらの手中だ。  ああ、そうそう。その“イカレ野郎”は、どのくらい薬草や薬物に関する知識がある?」  ユリウスに尋ねると、ユリウスは少し落ち着き始めた呼吸を整えながらユーリに視線をよこした。 「彼に言われたものを、俺や、ドン・ガルニエの部下が作っていた。彼自身それなりに知識があると思うが、正気になった時以外その“ユーリ”から様々なことを吐かせたことで、気が大きくなっているのだと思う」 「なるほどね。だったら、この情報を知るのはオレガノ軍と、俺と、ユリウスだけ。ほかにどこからも漏れる心配がない」  オレガノ軍が裏切っていなければ、と、ユーリが目を眇めて見る。アレクシスが心底嫌そうな顔をして、ホールドアップした。 「はいはい、負けましたよ。オレガノ軍がSig.オルヴェ兄弟を捕らえるように指示したのは本当。でもそれはイル・セーラが収容所に連行され始めた初期のころで、あくまでも保護の名目だった。  俺たちがこっちにきて、諸々の調査を始めた2年半前からも、二人をオレガノ軍の駐屯地へという話が出ていたけれど、軍部と司法がそれを拒否し、叶わなかったんだ。  ただ、前任が働きかけた際には軍医団のドン・フィオーレとドン・クリステンが動いてくれて、ほかのイル・セーラたちは南側のスラムに収容することで文字通り管理することになった。  俺とミカは若いこともあって舐められているのか、それともミカの推理が寸分違わぬことから警戒されたか、ドン・クリステンとの面会もしばらく果たせなかった。ま、それを邪魔立てしていたのがドン・ヴェロネージと政府だった。ああ、そうだ。念のために言っておくけど、ミクシア軍では俺のほうが立場が上で、ミカはあくまでも『Sig.エーベルヴァインの補佐官』ということになっているから、お間違いのないように」 「だからあんたのほうが態度がでかいのか」 「ミカの立場はあくまでも秘匿しているからな。そもそもオレガノ軍内でもミカの立場を知っている相手は少ない」  あのじゃじゃ馬なんとかしてくんない? と、アレクシスが眉根を寄せる。無理だろと半笑いで言って、ユーリがわざとらしく両手を広げて見せる。 「あんたみたいなのが世話係なら、そりゃあじゃじゃ馬にもなる」 「俺は昔から人選ミスだって上に言ってんだけど、感情をアスラに全振りされたミカの態度に耐えかねてめげる世話係が多かったから、結局こっちに戻ってきたんだよな」  あんなにわかりやすくてかわいいのにと、アレクシス。わかりやすいのはそうだけれど、それはアレクシスが世話係だったからじゃないのか……とは言わなかった。イザヤが世話係だったら、それはそれでおもしろいミカエラの出来上がりだったかもしれないが。 「さてと」  ユーリが立ち上がって、ぼきぼきと指を鳴らす。不穏な表情でユリウスを見下ろして、にいっと笑みを深めた。 「さんっざん騙してくれたお礼と、俺の二コラとジャンカルロに妙なもん飲ませてくれたお礼。  ぶん殴られるのと、ミカエラ直伝の蹴りを顔面に食らうのと、『本物のカデーレとサルターレとコンフェジオンの三種混合原液』の致死量ギリギリの静注、どれがいーい?」  俺としては三種混合原液の効果が見てみたいと、ユーリが不穏な笑みを深める。さすがにアレクシスがそれはやめとけと語気を強めた。 「じゃああんたが飲む?」 「いちいち俺を巻き込むな。そもそも、拷問ならこっちに任せとけ」 「馬鹿なの? 俺がやらなきゃ意味ねえだろ、腹立ってんのこっちなんだから」 「オレガノ側も看過できねえのよ、重要参考人なんですー」  ユーリは少し考えるしぐさを見せて、アレクシスの肩をポンと叩いた。 「じゃ、好きに拷問しといて。譲ってあげたんだから貸しね、貸し」  俺は毒消しを作って来るねと人懐っこく笑って、ひらひらと手を振ってみせた。 「手ぇ抜いたら三種混合原液をてめえで試すからな」  凄むように言う。アレクシスがしょぼんとするのを見届けたあとで、胸がすっとする思いを懐きながらドアを閉めた。

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