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Sixteen ★
どのくらい車で走っただろうか。連れてこられたのは市街からかなり離れた森の中だった。古びた大きな館の前で車が止まる。外からアルテミオがドアを開き、腕を掴んで下ろされた。後ろ手に縛られたままの状態で背中を押され、館のほうへと歩かされる。
「痛いって、ちょっと緩めてくれない?」
「手土産なのに拘束が緩かったらおかしいだろ」
「ねえ、さっきのデティレってなんに使うつもり?」
「きみは知らなくていい」
素っ気なく言って、アルテミオが運転席にいるドン・ナズマに声をかける。
「アースィム、手筈通りに」
「まあ、仕方ないですね。ぜぇんぶこのガッティーナが悪い」
反省しろと、ドン・ナズマが含みのある笑みを浮かべて言ってくる。ユーリは視線を逸らして、すこし拗ねたように唇を尖らせた。
「俺が想定内のことをするのが悪い」
「安心していい、ユーリくんはすぐにそんな余裕すら持てなくなる」
こわっと一言だけ言ったら、ドン・ナズマがアルテミオに視線をやった。アルテミオもまた小さく頷くと、ユーリを連れて館へと向かう。
アルテミオが館のドアを開けると、かび臭さと血生臭いにおいが漂ってくる。眉を顰めたが、アルテミオがユーリを引っ張って館の中へと入って行く。薄暗く、古ぼけた館の中にはいくつもの人体模型や、ホルマリン漬けにされている様々な臓器がひとつずつ丁寧に標本瓶に入れられて飾られているようだ。趣味が悪い。明らかにサイズの小さなものは子どものものだろうか。腹の奥がむかむかとしてくる感覚に襲われ、えずきそうになる。
やがて血よりも赤い不気味なじゅうたんが敷き詰められた部屋に出た。祭壇のようなものの手前には人が寝かされている。胸の動きがない。人形なのか、それとも死んでいるのかの区別すらつかないほど血色のよい女性だ。眉を顰めてそれを眺めていると、アルテミオが妙な位置に付けられているドアノッカーを鳴らした。
二回鳴らすと、かなりの間を置いたあとでがちゃりと音がした。ドアが開く。中から不気味な風貌の男が顔をのぞかせた。
――あの男だ。一瞬喉が詰まったような息苦しさに襲われたけれど、さすがに意識を失うまでには至らない。男はアルテミオとユーリとを交互に眺め、口が裂けているのではないかと思うほどに口を広げて笑った。
「逃げたかと思ったよ」
「まさか。足元を固めるのに手間取ったんだ。きみは要求が大胆過ぎる」
アルテミオがいつもの穏やかな口調で言ってのける。男はくふふと掠れた声で笑い、目の周りの肉が落ちくぼんでぎょろりとした目を強調するかのように見開いた。
「やはり生きていたんだね、アマーリア」
ぞわりとする。アルテミオを見上げるが、表情ひとつ変えずに背中を強く押された。男がユーリを抱きとめる。まるで好みの宝石を見つけた時のように高揚した表情でユーリの頬をペタペタとさわり、感嘆した。高揚感を隠し切れないような荒い息遣いだ。得体のしれない恐怖心と嫌悪感が鳥肌と共に浮かび上がってくる。なるべく怯まないように、態度に出さないようにと気持ちを引き締めようとしたが、どうにもこの雰囲気とにおいが不快感以外の感覚に変わらない。
「アレは持ってきたか?」
アルテミオがさっきの遮光瓶を男の前に差し出した。またくふふと不気味な笑いを浮かべ、男がユーリの身体を掻き懐く。
「おまえを囲い込んで正解だったよ、ルシファ。それと、アマーリアが手に入りさえすれば、俺はもうなにも要らない」
それはよかったとアルテミオが表情を崩さずに言う。
「ウィル、そろそろオレガノが黙っていない。彼女を引き渡せ、デティレは彼女と引き換えだ」
「彼女? オレガノ?」
とぼけた口調でウィルと呼ばれた男が問う。
「大事な儀式の前に嗅ぎつけられたくないだろう。“代用品”を渡せ」
アルテミオに言われ、ウィルがまるで古い記憶でも呼び起こすように間を置いたあと、「ああ」と思い出したように声を出した。そしてすぐに興奮したような息を吐いて、ユーリの白銀の髪を撫でた。
「そうだった、本物が現れたんだ、代用品は要らないな」
言って、ウィルがユーリをその場に置き去りにして小部屋に入って行く。男のあまりの不気味さにアルテミオを縋るように見たが、アルテミオがこちらを助けてくれる様子などない。小部屋の奥から小さな悲鳴が聞こえたあとで、誰かが引きずられてくる音がした。キアーラだ。声を出せないようにするためか口元を縛られている。ウィルはキアーラを乱暴に床に引き倒し、薄気味悪い笑みを浮かべてアルテミオを見上げた。
「この女を犯せ」
言いながら、倒された拍子にめくれ上がったキアーラのスカートを少しずつたくしあげる。
「ウィル、オレガノを敵に回すつもりか? 賢明ではないぞ」
「この女がオレガノとどう関係が?」
「忘れたのか? オレガノとの“交渉の道具”だ。“それ”が機能しなければ、向こうの王族を捕らえてくる必要がある」
それと言って、アルテミオがユーリに視線をよこす。いつもの視線ではなく、明らかに侮蔑の意図を持ったものだ。いままで押し隠していたのか、そうではないのかすら読めない冷たい視線に自然と喉が鳴った。「なるほど」とウィルが笑った。ヒップホルスターから手早くハンドガンを取り出して、銃口を何度もキアーラの細い足に当てる。
「その王族は、アマーリアに似ているか?」
「冗談だろう、一緒に見たじゃないか」
「西側で殺し損なっただろう」と、アルテミオ。「ああ、あいつか」と興味深そうに言ったあとで、甲高く、奇声のような笑い声をあげて立ち上がった。ユーリの髪を鷲掴みにし、すべての欲望をぶつけるかのような表情で、男に対して密かな恐怖を隠し切れない様子のユーリを覗き見た。
「なら“代用品”を交換しよう。女は死にかけのほうが締まりがいい」
銃声とともにキアーラの声にならない悲鳴が上がる。
「キアーラ!」
目の前で呻くキアーラを前に、アルテミオは顔色ひとつ変えていない。うっすらと笑っているうえに、瞳孔にも変化がない。本当にこの男だけは読めない。
痛みに蠢くキアーラを嘲笑うような、まるで道化師のように高笑いをして、ウィルがユーリを引っ張った。
「さあ、おいでアマーリア。儀式をしよう。
アルテミオ、その女を犯し、殺したらオレガノに心臓を送り付けてやれ。終わったら降りてこい。いいものを見せてやろう」
ウィルがユーリを引きずって小部屋に向かう。かなり細身なのにすごい力だ。バタンとドアが閉められた。アルテミオに降りてこいと言いながらも鍵をかけ、用心深いのか閂錠をまで掛ける。薄暗く、そして火薬のにおいと妙な薬品のにおいが漂う部屋の中へと引きずられていった。
むせかえるような血のにおいに、自然と眉根が寄る。大きな手術台の上にはすっかり血が乾いた遺体が放置されているのが見えた。やはり喉が詰まったような不快感が訪れるものの、えずくまでには至らない。リナーシェン・ドクだけが学べる知識はやっぱり興味深い。
ウィルはユーリを乱暴にソファーの上に引きずりあげ、仰向けに寝かせた。まるでいつくしむように感嘆しながら何度も顔を触る。
「やはり美しい。ずっとこの時を待ちわびていたんだ。長かったよ」
言いながらウィルがユーリのシャツのボタンを外していく。ちょっと待ってと声を出したが、まるで聞くそぶりがない。ユーリの胸元にうっすらと残る傷痕を何度も湿った指でなぞり、陶酔したような表情でべろりと傷痕を舐められた。
「ちょっと、マジでっ」
頭おかしいんじゃねえの? と詰るが、ウィルは猟奇的な笑みを深めるだけだ。
「この傷を覚えていないか、きみの心臓を抉りだそうとしたんだ」
「知るかよ、そもそもアマーリアじゃない」
「なにを言っているんだ、きみはアマーリアじゃないか。俺はこうしてきみを手に入れるために生きてきた。もう邪魔者はいない。あの医者も、“ユーリ”も」
ユーリが怪訝そうに眉を顰める。
「ねえ、仮に俺がアマーリアだとして、あんたはなにを目的に俺を手に入れたがった?」
ぎょろりとした、血走った目を向けられる。
「決まっている、きみを使ってあることをするためだよ」
言いながらウィルがユーリのベルトを寛げる。おいと声を荒らげたが、まるで効果がない。
「銀髪のイル・セーラは子どもを孕むことができる」
「伝承だろ? そんなもの無理に決まってる」
「いいや、俺は“ユーリ”からその秘薬のレシピを聞いた」
ウィルは予め用意をしていたらしく、遮光瓶に入ったそれを手術台から取ってユーリの前にちらつかせる。
「きみにこれを飲ませ、きみが俺の子を孕んだらすべてが完成する。だから身体を貸してくれるだけでいい。少しで済む」
「済むわけねえわ!」
「済むさ。なにもずっと腹に納めておけとは言わない。一か月もあれば十分だ。孕んだあとはきみの腹を掻っ捌いて取り出す」
ユーリの薄い腹を指でなぞり、ウィルがまたあの恍惚とした不気味な笑みを浮かべる。
「安心していい、骨まで全部使ってあげるから。祭壇の彼女を見ただろう、あとは彼女に顔をあげるだけなんだ。ああ、楽しみだなあ」
興奮した口調で早口に言って、ウィルがユーリのデニムのトップボタンを開けた。
「あのさ」
白けた口調でユーリがウィルに話しかける。
「俺、男なんだけど」
産めるわけないってと念を押すように言うが、ウィルは目を細めて汗ばんだ手でユーリの頬を撫でた。
「銀髪のイル・セーラは、男でも子どもを孕めるんだ。知らなかったかい?」
「いや、おかしいだろ。アマーリアは女性だってことも忘れてんの?」
セドゥレの乱用による精神崩壊。たぶんそれに別の薬物も混ざっている。ただの酔狂ではないし、かといって完全に精神を飲まれているわけでもない。冷静に考えていると、ウィルがユーリの身体を反転させた。勢いで顔面から埃くさいソファーに叩きつけられる。
ユーリのシャツを捲りあげ、ウィルが笑った。
「ほら、アマーリアじゃないか。この傷は俺が付けたんだ。きみを俺のものにしたくて仕方がなかったからやったんだよ」
やけどの痕を指でなぞられる。そうかと思うと一番傷が深かった場所に歯を食いこむように噛まれ、鈍い痛みに呻き声が上がった。ウィルははあはあと息を荒らげながらユーリのズボンと下着をずりおろした。
小瓶は未開封ではないようだ。ゴムがこすれる音がし、封が開く。甘酸っぱさを孕んだ臭気。これは打つ量によって心臓に負担をかける。薬物に詳しい人間はこれを媚薬扱いするものもいる。急激に血流があがる為、強制的に性感を高める効果を伴うからだ。
ウィルが仕込んでいるのはそれだけじゃない。粗悪な合成麻薬かなにかを溶かしている。つんと鼻を衝く臭気に混じって独特で言い表しようのない不快なにおいがあとから漂ってくる。
「さあ、君はどこまでもつかな?」
尻のくぼみになにかを垂らされる。尾骨にかけて粘性の高い感触が滴りおちるむず痒い感触にぞわりとする。服用や静脈注射ではなくそっちかよと言いたくなる。ああ、これは想定していなかった。ウィルの指がそれを集め、ユーリのそこを解すように指先で触れる。
かなり粘度の高いそれの正体を見ようと身体をねじって振り返ると、さっきの遮光瓶の中身を自分の手とユーリの尻に丁寧に馴染ませ、息を荒らげながら既に勃起したものを扱いているのが見えた。ぞっとする。
「ちょっと待って、それ、なに?」
「言っただろう、銀髪のイル・セーラが孕むための秘薬だよ。“ユーリ”はなんて言っていたかなあ、確か、『オルタ』だったかなあ」
オルタと言われ、眉を寄せる。聞き覚えがあるけれど、そんな薬効だっただろうかと思う。その秘薬のことは遺跡の地下にあった書物の中に記載があったのはあったが、現代では再現不可能なうえに、仮にできたとして同族間との記載もあった。つまり、アレクシスが言っていたのは曲がりなりにも嘘ではなく、あの感覚を思い出してゾッとした。ただ幸いなのは、この男にいまからなにをされようが、銀髪のイル・セーラが孕むための秘薬と思い込んでいるそれを使われようが、本当にどうにかなることはない。
「ねえ、その調合法って聞いた?」
「知る意味があるか?」
「確実に孕まなかったときに、改良する余地があると思わない?」
ウィルがそうかと笑って、ユーリの後孔にぬちゃぬちゃと粘液を塗り付ける。
「メテルとロズレイドの葉と茎で蒸留水を作り、それをフォルビアの液と混ぜる……と言っていたかな」
マジかと口の中で呟く。ウィルが嘘を吐いているのか、それとも”ユーリ”が苦し紛れに嘘を吐いたのか。前者は堕胎を引き起こす組み合わせだし、フォルビアの液は毒だ。即効性はないしローション代わりになるけれど、乱用すると体に悪い。地味に神経毒のような痺れを齎す効果があるから、収容所ではオプション的に使われていたものだ。
ぬるりと指が入り込んでくる。詰まった息が漏れた。無遠慮に指をねじ込まれても痛みしか感じない。二コラとキスをしたせいで自分にもあの毒消しの効果が出るのではないかと考えたが、少量摂取したところでなんら変化はないはずだ。フォルビアの粘液のせいでぐちゃぐちゃと卑猥な、そして不快な音が耳につく。ウィルから漂うにおいで感覚が麻痺してきているのか、二本、三本と無理に指を増やされても、じわりとした熱ではなく不快な痛みしかない。
「あはは、感じているのか? ああ、堪らないよ、アマーリア!」
ほとんど解しもしていないところに、ウィルの猛ったものが宛がわれる。粘液の滑りを借りてずるりと割り込んできて、ユーリは痛みに呻いた。
「いってえな、へたくそっ」
せめてもっと解せと文句を言うが、ウィルは構わずに腰を進めてくる。
ジワリと下腹部が熱くなってくる。そこだけじゃない。やはり皮膚からも吸収するのだろう。薬液が触れた場所すべてにもどかしいかゆみを伴ったじんじんとしたしびれを来す。ウィルは笑いながらそれをユーリの乳首にも塗りたくり、かりかりと爪の先でそこを引っ掻いた。
「俺はイル・セーラの複製をしたかった。銀髪のイル・セーラはそれこそ貴重でね。もう君の一族しか残っていない。血統の良いイル・セーラを量産するには、同系統の女と掛け合わせるよりも、生体複製のほうが手っ取り早いと考えた」
複製? と口の中で呟く。地下街に不自然に放置された書記の中に、似たような記載があった。ただその著者は割合に理性的且つ現実主義者で、棘皮動物ならまだしも人間で複製は無理だと書かれていたように記憶している。自分もそれには同意見だ。仮に現実味を帯びるとしても、まだ何十年、若しくは100年以上先の話だと思う。
ウィルはユーリの中が馴染むのを待つというよりは、独白をしたがっているかのようで、ユーリ自身が何故いまここにいて、こうされているのかを知らしめたいかのようにも見えた。
「でもユーリはそれをよしとしなかった。生体複製は無理だと言うんだ。
ならば王制復権をと申し出た。王制復権をし、ノルマを滅ぼして、もう一度イル・セーラの国を作ればいい。そうすれば俺が好きにイル・セーラの実験ができる。そう思ったが、誰も望んでいない、イル・セーラの国などいらないと俺の提案を断った。だから殺した」
言いながら、ウィルがまだほぐれてもいない場所にぐんと熱を突き込んでくる。粘液に塗れているとはいえ、不快な、そして迫りあがる恐怖をひた隠すのに無意識に体に力が入っているせいか、痛みしかない。
「だからね、アマーリア。俺はイル・セーラに関して諸々と調べた。だけど彼らの言語は思いのほか複雑で、重要なものはオレガノにも古書がなく、仕方がないからユーリときみを尋問して吐かせることにしたんだ。
覚えていないか? きみの目の前で、俺はきみの子どもを殺してあげたじゃないか」
ぞわりとする。アマーリアの子どもと言われても、理解が及ばない。自分にはサシャ以外のきょうだいがいると聞いたことがないからだ。
「俺はやはり諦められなかった。きみたちの血統の良さを知ったノルマたちは、かならずきみたちを奴隷化する。そうなるまえに、自分のものにしたかったんだ」
耳元でアマーリアの名前を呼ばれ、ぞくりと背筋に悪寒が走った。身をよじったが、両手を拘束されているせいでろくな抵抗ができない。
「王制復権なんて、“ユーリ”が望むはずがない。単純に滅ぼされたわけでも、裏切りで滅びたわけでもないからな。それに、生体複製なんてそんなものは夢物語だ。合成麻薬の吸い過ぎで妄執的になっているのでは?」
言っていることがめちゃくちゃすぎて理解ができない。ウィルは正気を保てていないどころか、さっきから矛盾ばかりだ。イル・セーラが王制復権を望んだところで揉み消されるのは分かっているし、自分たちに被害が及ぶくらいなら虐げられてでも生きる道を選ぶだろう。遺跡の中の書物を読んで思ったけれど、当時の情勢的に自分が王様の立場でも潔く国を明け渡す。
ウィルが薄く笑って、ユーリのうなじに噛み付いた。
「俺は至って正常だよ」
言うや否や、ウィルが滾ったペニスを突き込んできた。熱い。焼き切れそうなほど熱いそれがぐんと奥を穿つ。無理な体勢を取らされているせいで背中がピリリといたんだ。
「んっ、んぐっ」
「ああ、いいね。よくしまって、絡みついてくる」
ウィルが腰を揺するたびにソファーの痛んだ生地に顔が擦り付けられる。気持ちよくない。不快感しかない。無遠慮に押し込まれる熱の塊はユーリの中で縦横無尽に暴れまわるが、ドン・クリステンやニコラにされる時のような快感とは違う。ただただ不快だ。体の奥からおぞましさがこみあげてくる。ウィルはただ自分だけが気持ちよければそれでいいと言わんばかりに一方的に腰を振る。苦しい。
「驚いたな、君はもっと色っぽく俺を誘うと思ったが」
「っく、んっ。っの、へたくそっ。いってえよ」
「おや、薬が効かなかったか。フィッチの娼館で初めて客を取るシニョリーナに飲ませるものと同成分のものも混ぜてあげたんだが」
「はっ、っ。そりゃ、天国見られそうなものだけど、残念だ」
痛い。焼ける。ニコラやドン・クリステンと違って、少しもいいところにあたらない。ましてや相手はウィルだ。いい気分になるわけがない。こいつはユーリを殺した。自分からすべてを奪った。絶対にただではおかない。
薬のせいですっかり弛緩したそこにウィルの熱が迸る。ぞくんと腰にしびれが走った。鼻に抜けるような声が上がり、自然と腰が浮く。ウィルは気分がよさそうに笑い、ユーリの手を取った。
「綺麗な手だ。美しい。なにからなにまで」
ウィルの手がユーリの指や手のひらを這う。武骨な腕が手のひらに触れるほど近づいてくる。ユーリは指輪に仕込んでおいた針をウィルの静脈付近に刺した。やはり痛みを感じていないようだ。ウィルは楽しそうに笑いながらユーリの左手を触り、薬指を手に取った。べろりと舐められたかと思うと口に含まれ、まるでフェラでもするかのように指を舐められる。気持ちが悪い。そのまま根元まで指を含まれたかと思うと、ずきんと痛みが走った。指の根元にうっすらと血が滲むほど歯型ができている。ウィルはそれをなぞるように舐め、くすくすと笑う。
不意に熱を抜かれ、身体を反転させられた。勢いよく背中からソファーに叩きつけられ呻き声が上がる。独特の臭気に眉根が寄る。心地よいとは言えない吐き気を誘うような甘ったるい独特なにおいに嗅ぎ慣れない別のにおいが混じっているのに気付き、無意識に舌打ちをしていた。
「いい顔だ、その恐怖に歪むような顔は堪らないよ」
頬にキスをされる。顔を掴まれ、がちんと歯が当たりそうな勢いでキスをされる。唇を閉じ、舌が口腔に入らないよう抵抗をした。奥歯をかみしめる。耳の奥にかすかに届く程度の破裂音がする。独特の粘度を持ったそれが口の中に広がると同時にウィルはユーリの口を指で無理やりこじ開け、舌をねじ込んできた。
上あご、歯列をなぞられる。不快感しかない。かなり長い間口腔を犯された。息もできないほどだ。ウィルは一旦顔をあげ、ユーリの唇との間に糸を引いたまま笑った。呼吸の乱れたユーリを嘲笑い、また唇を塞がれる。ぐちゅぐちゅと唾液が混ざる音がする。ひどい音だ。息継ぎのタイミングさえ与えないほどしつこい。鼻を押さえられていたら窒息しそうなほどの激しいキスに、ユーリはたまらず身をよじった。
ウィルの唇が少し離れた瞬間に肺に酸素を取り込もうと大きく息をするが、すぐさま口を覆われた。目の奥がちかちかする。息ができない。
声にならない抗議をする。同時にずんと奥を穿たれた。ウィルのそれがいいところを掠め、反射的にウィルの唇を噛んだ。
「君は俺を煽るのがうまいな」
「そりゃ、どうも」
ウィルが腰を振る。粘着質な音がひびく。下半身が痺れるようにじくじくと熱を帯びてくる。ユーリの鎖骨に歯を立て、骨に沿って舌を這わせてくる。
「ああっ、いい。本当にずっと、こうしたかったんだよ、アマーリア」
ユーリの中でウィルの熱が跳ねた。じわりと断続的に放射される感覚に眉を顰め、腰を捩る。気持ちが悪い。足の先が氷に触れたように冷えてくるのを感じながらも、弱みを見せまいと唇を噛む。いくら薬で自我を保っていたとしても、恐怖にだけは抗いようがない。
「確実に孕むように、何度も出してやろうな。きみが俺のものにならなかったのが悪いんだ」
耐え難い陰鬱な圧迫感が襲ってくる。不気味で、理解のできないおぞましさを孕んだ視線でユーリを舐めるように見たあとで、ウィルの腰の動きが激しくなる。
声を押し殺し、揺さぶられるたびに苦痛に喘いでいると、ふとウィルの手がユーリの前髪を梳いた。
「思い出したぞ、俺はきみを手に入れられなかった腹癒せに、豚どもに犯させたんだったなあ。
でもそういえばきみは孕まなかった。“ユーリ”はあのときから俺の邪魔をしていたということか? それとも、――」
ウィルの手がユーリの喉にかかる。ぐっと喉元を押さえつけられ、呻き声が上がった。
「西側のスラムの惨状を見たか? あそこにはきみを犯した連中を収容してあっただろう」
「は? どういう意味?」
「とぼけるなよ、収容所で、きみをいたぶった豚どもだ。陰でおまえを腹癒せで抱いていた奴隷どもも、みんな俺が処刑してやったんだよ。
あの女だってそうだ。せっかく手に入れようとしたのに、邪魔をするから」
ユーリは眉根を寄せてウィルを見た。眼振がすごい。異様なまでに目が血走り、興奮のせいか、額に汗がにじんでいる。遺体を保存する環境のせいか、かなり低い温度で保たれているというのにだ。無意識に喉が鳴る。記憶の混乱と、錯乱。言っていることの時系列がバラバラで理解するのに時間がかかったが、収容所での出来事のことを言っているようだ。
「正気? あんたが俺を奴隷商に売り飛ばしてくれたおかげで、それこそ数えきれないくらいの男に抱かれてるんだけど」
「そうだよ、だからそいつらはみんな殺してやった。イル・セーラの収容所を営んでいたやつらはみんな西側の特区に閉じ込めた。生き残りは誰一人としていない。きみを犯したイギンも、ブラウたちも、コーサの連中全員だ。
ほかの男に抱かれるきみは非常に倒錯的で、興奮したよ。穿たれて善がり泣くきみは美しかった。“ユーリ”がなかなか吐かないからあんなことになったんだ、恨むならあいつを恨め」
「吐かないって、なにを?」
「なにを? 決まっているじゃないか、『銀髪のイル・セーラを孕ませる方法』だよ」
ぐっぐっと腰を押し付けてくる。苦しい。西側がいたずらに破壊されていた理由は分かった。確かにあそこにはイル・セーラの収容所を経営していたやつらが溜まっていた。とはいえ、ウィルの言い分は一方的過ぎる。どこまでが本当にで、どこからが妄想なのか。いや、もしかするとこれすら罠かもしれない。ウィルの動きが激しくなった。卑猥な音があがる。まるで獣のような呻き声をあげながら、ウィルがユーリの中にはなった。びくびくと痙攣し、低く唸る。そうかと思うと、緩く立ち上がっているユーリのペニスを掴んだ。
「なんだ、元気がないじゃないか」
言いながらウィルがユーリのものを扱き始めた。けれど薬が変なふうに作用しているらしく、痛みとしか受け取らない。擦られて痛い。うめき声があがる。
「それを知って、どうしようっていうんだ?」
「王制復権が叶わないのなら、地道に増やすしかないだろう」
なにを言っているんだと言わんばかりに、ウィルが言う。
「仕方がない。どうやら俺のペニスだけでは善がれないようだからな」
まだペニスが入ったままのそこに、別のなにかが侵入してきた。ウィルの指だ。ぞくりとした感覚が走る。ウィルがユーリの内部を探る。腹側の少し奥。浅い部分に指がかかる。まずい。昔からそこで快感を得るように調教されている分、刺激されるとどうにもならない。ウィルの体を押しのけようと膝で腹を押したが、縛られているせいで抵抗にもならなかった。ぐっとそこを押される。体がビクンと跳ね、反射的に声がひっくり返った。
「ふあっ!」
「へえ。ここがきみのいいところか」
指の腹でそこを押され、たまらず身をよじる。
「んはっ、あっ、んっ」
「ははは、いい声だ。女性のそれよりも官能的だよ。ほら、もっといじってやろう」
言いながらウィルがそこを刺激する。指の腹で撫で、ぐりぐりと押される。こいつにイかされるなんて御免だが、あらがいようがない。
「ほら、ほら。膨らんできたぞ。気持ちがいいか?」
「んうっ、んっ、あっ!」
執拗な刺激に甲高い声が上がる。くそっとパラロッチャで吐き捨てると、ウィルが笑った。
「君のその顔を見ていると興奮する。ああ、たまらないよ」
同時に腰が動き始めた。ぞわぞわとした快感が走る。必死に声を押さえたが、ウィルは喉の奥で笑うと、ユーリの中を指で突きはじめた。
「んんっ、んっ!」
必死に声を押さえようとするが、薬がじわじわと効きはじめたのか快感が理性を支配しそうだ。鼻に抜ける声が上がる。歯を食いしばって声を出すまいと抵抗するのをよそに、ウィルがいいところを指で挟み振動させ始めた。
腰をよじる。快感から逃げようと暴れるが、片足を縛られているせいで抵抗らしい抵抗なんてできるはずがない。せめて快感を発散させようと腰を浮かしたら、ウィルのペニスがずんと奥を突いた。
「ひっ」
喉がひゅっとしまった気がした。ガクガクと腰が震え、自分の腹や顔に熱が降りかかってくる。それが自分の精液だと気付いたときにはウィルの腰使いが激しさを増していた。
両手を拘束された手錠が耳障りなほど音を立てる。中でイかされたせいで声を抑えるなんていう考えはとうに消えていた。ウィルが腰を振り立てるたびに裏返った喘ぎ声があがる。
「っ、あっ、ああっ!」
体の奥から熱を孕んだ快感が沸き上がる。ウィルをとめなければという思いと、どうにもならないという思いが交錯する。ウィルはユーリの感じる部分を探り当て、リズミカルな腰使いで煽り立てた。肉が爆ぜる音に粘着質な音が混じる。不意に目じりを拭われた。
「ふふ、泣くほど気持ちがいいかね?」
いつの間にか生理的な涙がこぼれていたらしい。頭がぼーっとする。あの薬のせいだ。中和剤のおかげでなんとか理性を保てているが、あれを仕込んでいなかったらと思うとぞっとする。とっととイッて欲しいのにウィルはユーリの中を突きあげる角度と場所を少しずつ変えながらなにかを探るような動きを見せ始めた。耳元で名前を呼ばれ、反射的に体がのけぞった。鼻にかかった声が上がる。
不意にウィルの動きが止まった。ユーリの中から指を抜き去り、粘液で濡れたその手でユーリの頬を撫でる。
「ずっときみとこうすることを夢見てきたんだ、もう誰にも渡さないぞ、アマーリア」
ウィルの動きが激しくなる。頭はぼんやりとしているのに、身体の感覚ははっきりしていて、快楽にも似た熱は訪れるがやはりいつもとは違う。痛みなのか、彼への恐怖心からなのか、生理的な涙が止まらない。それを快楽に支配されていると捉えたのか、ウィルは高笑いをしながらユーリを揺さぶった。
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