96 / 108
Sixteen(3)★
目頭が熱くなってきて涙が零れ落ちた。快楽よりも恐怖が勝っている。体の反応は薬でどうにもでもなるが、心だけはどうにもならない。震える声が漏れるがそれは快楽のせいだとすり替えるための理性などとうにない。
「もうやだっ」
今まで味わったことのない体の奥から侵食してくるような恐怖に耐えられなくなって、快楽に縋りつくようには泣いていた。早くこの熱から解放されたい。その一心でウィルに懇願した。目の前に差し出されたのはウィルの手ではなく、反り立ち、血管が浮き出るほど張りつめたペニスだった。
赤黒いそれを見た途端に喉が鳴る。さっさと入れて奥まで突いてほしい。ウィルのペニスに手を伸ばしたが、すぐさま払いのけられた。
「触れていいと言っていないぞ」
言いながらもウィルがペニスを扱く。独特のにおい。頭がくらくらする。亀頭が膨らみ、いまにも爆発しそうなのがわかる。
「いれて」
ウィルの先端がユーリの鼻先に突きつけられる。ウィルの喉がごくりと大袈裟なほど鳴るのが聞こえた。くくっとウィルが笑い、声を殺すなと低く言われる。
目の前の熱をウィルが扱き、低い声で唸るのが聞こえると同時にユーリの顔に熱いものが降り注いだ。ウィルの精液だ。何度も出しているというのに萎えることのないそれに固さを持たせるように扱きながらウィルがユーリの後ろに回る。ぴたぴたと後孔に固い熱を打ち付けられ、擦られる。早くいれてとねだるように言いながら腰をくねらせると、後ろから情欲むき出しの笑い声がして、煙草が揉み消されるような音がした。
「んんっ、んああっ!」
無遠慮に突き込まれたというのに、声がひっくり返る。焼けつきそうな熱にびくびくと体が跳ねる。恐怖を快楽で塗り替えたいのに、どちらともつかない痙攣が止まらない。一瞬目の前が真っ暗になった。ガタガタと音が立つほど揺さぶられる。ウィルがユーリの後ろ髪を鷲掴みにして引っ張った。
「俺に征服される気分はどうだ、ユーリ」
ぐっと腹を押され、嫌でもなかでウィルのものを感じてしまう。腰が反りあがり、切なげな声が上がるのが堪えられない。
「これは俺の復讐なんだよ。アマーリアも、エリオも、おまえのせいで付け狙われることになったんだ! おまえが! おまえがノエを見殺しにしたから!」
ハッとして振り返る。涙に濡れた目では強請るようなものにしか見えなかったのか、ウィルが嘲るような甲高い声を上げて哄笑した。
「忘れたとは言わせないぞ! フィッチから戻ってきたノエをおまえが見殺しにした! 赤い目を持つイル・セーラだからと、フォルスにすら入れなかった! そのせいで彼女は汚れた子どもを産むしかなかったんだ!」
それはフィッチの風土病を抑えるために向かったイル・セーラのことなのだろうか? それがまさか女性だったとは知らなかった。がつんと奥を突かれる。声を押さえきれずに甘えたように鳴くユーリの目には、腹の奥にあったものをむき出しにしたウィルの異様な顔が映っていた。
「アマーリが持ってきた毒を飲んで彼女は死んだ。アルテミオの検視では『薬物中毒による多臓器不全』だと言っていたが、そんなのは嘘だ。アマーリが、ユーリが毒を盛った。一族から汚れた血を出したくなかったから。そうだろう!」
答えろと、一層強く髪を掴まれる。そんなことを言われても、知るわけがない。
「内容成分、聞いた?」
冷静に尋ねる。ウィルははあはあと息を荒らげながら、ルシファに聞けと唸るように言ってユーリの顔を台に押し付けた。
「だから、同じことをして苦しめてやることにしたんだ。まずはエリオに毒を盛り、殺すつもりだったが……死んでいなかったんだなあ。俺はてっきりおまえがレオナだと思っていたが、そうだ、レオナは俺が殺したんだ。助けてくれなかったオレガノを陥れるために」
言いながらもガタガタと音が立つほどユーリを揺さぶる。先ほどのような込み上げてくる恐怖は薄れている。薬の反作用か、また冷静さを取り戻していることに気付いて、乾いた唇を舐める。
「ねえ、レオナ王子の心臓は、食ったの?」
「なにを言っている。可哀そうな王子を救ってやった証は館に飾ってあっただろう。おまえにも見せたはずだぞ」
やっぱりかと思う。明らかに子どものものと思われる心臓がホルマリン漬けにされていた。ここまでやるということは、やっぱりこいつがすべて裏で動いていて、オレガノとの国交正常化を認めたくない勢力にうまく使われたということだ。
「覚えているか、ユーリ。エリオとセレスティーナを奴隷商人に売ったあとで、俺はおまえが陥落するまで犯した。それなのに、まだ抵抗をするつもりなのか? イル・セーラが心とプライドまで売り渡すつもりがないのは知っていたが、強情が過ぎる。
あの日、おまえは俺に約束をしたはずだ。必ずアルマを国土に広め、王を殺すと。でも王政復権だけは頑なに認めなかった。なぜだ?」
「知るかよ、本人に聞け」
げほげほと噎せながら言うが、ウィルには聞こえなかったのかガツンと奥を突いた後でぐりぐりと更に奥を暴くようにねじ込まれる。痛みに呻き声が上がる。
「ノルマの王族を殺し、王制復権をすることで、赤い目を持つイル・セーラたちの立場を回復させるようにと言ったはずだ。エリオとセレスティーナを無事に帰してやる条件として、そう言った。でもおまえはそれを拒んだ。だからエリオを収容所で代わる代わる犯してやったんだ。セレスティーナはおまえの子じゃない。犯してもおまえを苦しめることにはならないからな」
「じゃあ、王政復権するって言ったら、どうしてたの?」
はっはっと短い呼吸を繰り返しながらウィルに問う。ウィルの動きが止まったかと思うと、また後ろ髪を鷲掴みにされた。
「王制復権が叶ったら? のこのこと出てきた旧王族どもの首を撥ね、おまえに絶望を与えるつもりだった」
頭皮を剥かれるんじゃないかと思うほど強く引っ張られる。そのあとで力が緩み、ユーリの銀色の髪を愛おしそうに指で梳かれた。
「でもおまえだけは生かしてやろうと思ったんだ。本当だぞ。生き地獄を味わわせるために、おまえだけは」
言って、ユーリの髪を梳いた手を下ろし、両手で腰を鷲掴みにされる。一度亀頭が抜けるんじゃないかと思うほど腰を引かれたあとでガツンと奥を突かれた。何度も何度もそれを繰り返され、苦しげに唸るだけのユーリの声を聞いて興奮したように笑うのが分かった。
「おまえが死ぬまで、伝承通り子を孕ませ、ある程度育ったら目の前で殺してやるつもりでいたんだ。でもおまえは孕まなかった。秘薬の調合法を偽ったのかとも思ったが、あんな極限の状態で偽るとも思えない。そうだろう。おまえの足は毒を仕込んで腐るまで放置してやったんだ」
言いながら、ウィルがユーリの脚を撫でる。おやと不思議そうに言って、ずるりと熱を抜いた。継ぎ目があるわけでもないと言いながら、ユーリの脚を指でなぞる。拘束されたベルトのあとを何度もなぞったあとで、そこに噛み付いた。びりっとした痛みが走る。そのあとで、ああとウィルがなにかを思い出したように言って、再びユーリに猛った熱を突き込んだ。
「そうだ、おまえはエリオだった。さすがにいとこ同士だとアマーリも“ユーリ”もよく似ている。でもおまえが一番美しい」
ユーリの頬を撫でながらウィルが腰の動きを速める。また中に出された。それをユーリの粘膜に塗り付けるように何度も腰を動かされる。そのたびに精液が漏れ、尾骨を伝い落ちていく。どうもうまくいかないなとウィルがぼやくように言う。
「レミエラ、レオナ、それからエリオ、おまえたち王族の血を引くイル・セーラを使って、彼女を復活させようと思ったんだ。そのために“ユーリ”を、そしてのこのことフォルスに集ったばかなイル・セーラどもを殺すことにした。オレガノがパドヴァンの周辺で軍事演習をすると聞き及び、わざと『至福者の丘』でイル・セーラの女を殺した。そうしたら、悲鳴を聞き付けたレミエラがまんまと引っかかってくれたよ。でも、身体は手に入れられなかった。やたらと勘が鋭いのがいてね。あの顔には見覚えがあった。『至福者の丘』を管理していた夫婦のガキだ。殺し損ねたのを後悔していたが、楽しみが増えたよ」
「オレガノは関係なくない? ”ユーリ”に復讐がしたいなら、なんでオレガノまで?」
「フィッチに捕らわれたイル・セーラを奪還してほしいと何度も救援信号を送ったが、なにもしてくれなかったんだ。あいつらは中立といいつつも、その実周辺国が自分たちに手を出さないように徐々に侵食をしていくクソ国家だ。あんな国は滅びてしまえばいい。そしてあの国と懇意にし、ミクシアとオレガノの国交正常を図ろうとするあの忌々しいくそ貴族も死んでしまえばいいんだ」
「くそ貴族って? リュカのこと?」
敢えてとぼけて言ってみる。ウィルの動きが激しくなり、知っているだろうと臓腑を抉るような不快な声で咆哮する。
「おまえを囲い込もうとしたあのくそ貴族だ! ブラッキアリ公、あの男はミクシアをオレガノに売るつもりなんだ!」
「オレガノから願い下げだろ、こんな国」
「国が無くなることはどうでもいい。問題はあいつらがミクシア中のイル・セーラをあちらに移送することだ。俺の楽しみがなくなるだろう」
「実験ができなくなる」と、ウィルが薄気味悪く笑う。
散々中に出したせいか、ウィルのものが萎えていく。ずるりと引き抜き、扱きながらこちらにやって来る。ユーリの鼻をつまみ、無理やり口を開けさせると、萎えているものをユーリの口の中に突っ込んだ。ひどい音がするほど腰を振りたてられ、息ができない。抵抗するユーリを嘲笑いながら腰を振り、再び熱が戻るよう動かす。
「だからミクシアに入り込んだオレガノ軍を殺そうと目論んだ。あのガキもこちらにやってきていたようだしな。ただ、おもしろいくらいに顔を出さなかった。それはあの女が絡んでいたと知り、ディアンジェロの娘も一緒に殺してやることにした」
言って、くっくっと腹の奥から笑う。
「でもあの女は美しい。アルテミオを服従させるためにあの女をさらった。犯してやろうと思ったが、露見したあとが怖い。さすがにディアンジェロ公とアレヴィ公を敵に回しては、俺の立場が揺らいでしまうからな」
ある程度立ち上がったものを乱暴にユーリの口から抜き去り、壁に掛けてあったダガーを手にゆらりと寄ってくる。さすがに複数の薬物を摂取しているせいか、うまく足に力が入らない。それを見越しているのか、ウィルはダガーを掲げ、ユーリの腹に切っ先を宛がった。
「さあ、エリオ。ここまで知ったからには、きみをただで帰してやるわけにはいかない。
俺に従うか、死ぬか、どちらかを選べ」
ダガーの切っ先が腹に食い込む。鈍い痛みが走り、切っ先に血が滲むのが見える。
「従うって、なにをさせるつもりなんだ?」
条件次第と、ユーリが口先で笑う。
「おや、おまえはずいぶんと物分かりがいいようだ」
「俺は“ユーリ”とは違う。イル・セーラ独特の常識なんて持ち合わせてねえからなァ。あんたのおかげで子どものころから諸々仕込まれた挙句に、どうすれば生き延びることができるかも、よーく知ってる」
ほおとウィルの目が細くなる。
「ブラッキアリ公を殺せ」
「対価は?」
「対価?」
「命と引き換えなんて、ばかばかしすぎるだろ。そんなんじゃ俺は動かない」
ダガーの切っ先が動く。少し、また少し、ウィルが血のにじむ範囲を広げていく。
「こうされても、怯まないのか?」
「銀髪のイル・セーラはまだ残っていても、王家の血を引くのは俺だけだもんなァ。殺せねえだろ」
ウィルがふんと笑うのが聞こえる。
「では、おまえはなにを望む?」
「とりあえず、それどけてよ。逃げないし、圧迫されたなかで交渉するのは嫌いなんだ」
ウィルがいいだろうと言って、ダガーを引いた。血が滴っている。少し痛みがあるが、この程度はすぐに引く。
「あんたが俺を飼うとしたら、なにしてくれる?」
体を起こし、精液がしとどにこぼれるのをそのままに、脚を組む。重なった上の足を揺らしながら、首を斜めに傾けて挑戦的に尋ねると、ウィルが嘲笑するのがわかった。
「なにをして欲しい?」
「セックスはなし。あんたの抱き方は嫌い。手か、口なら許容範囲内」
しれっと言ってのけると、ウィルが楽しげに笑うのが聞こえた。
「おまえが俺のものになるのなら、なんでもしてやるよ。オレガノを滅ぼせと言われたら、フィッチとともに今すぐにでも乗り込んでやろう」
「そんなことして俺にメリットなんてある?」
なにもねえだろと揶揄するように言うと、ウィルがくっくっと喉の奥で笑うのが分かった。
「おまえの国を作ってやれる」
言って、ウィルがユーリの脚にキスを落とす。
「要らねえわ、そんなもん。”ユーリ”とサシャを返せ。アマーリも、クロードもだ」
ウィルが薄く微笑んだかと思うと、突然胸倉に掴みかかってきた。
「あれはおまえを誑かしただろう。いらないものを排除した。それだけだ」
「誑かした、とは?」
「おまえは自分がどういう立場かわかっていないようだ。俺が”ユーリ”を裏切ったとでも言いたいのか? 裏切りというのは、協力体制にある人間同士に生じるものだろう。初めからそうではなかった場合、裏切りという言葉が適当だろうか。俺は、俺やおまえを裏切った”ユーリ”を殺し、おまえを救ってやったんだ」
なるほど、妥当だ。ユーリがウィルを無条件に信じすぎていた部分が少なからずある。ウィルの意見が妥当であっても、信じていた側にしてみれば裏切りであることに違いはない。だがそんなものは結果論だ。ここ議論したところで押し問答になるだけだ。
「オレガノに売られ、殺されるためだけに産まれたおまえを、救ってやったんだ。そうだろう、エリオ」
「そうだとして、オレガノからの見返りは? なにもないなんてことはないはずだ」
ウィルははたとユーリの胸倉から手を下ろした。そしてユーリの脚を撫でて開かせると、少し後ろに身体を引かせて、指を差し込んできた。
「聞いたことがないな。あいつらはなんのために、フォルスに来ていたのだろうか。
……いや、違う。あれは、オレガノのガキではなかったのか?」
ぼそぼそと言いながら、ウィルがユーリを恍惚とした表情で見上げた。
「まあいい、さっき俺とのセックスは嫌だと言っていたな。どうすればおまえは俺を受け入れる?」
言って、ウィルがユーリを感じさせようと指を動かしてくる。
「おまえがよがる抱き方を教えてくれ」
「そんなによがらせたい?」
「“ユーリ”はどんなに犯されても、声を出さなかった。自分で喉を潰したんだ。派手に喚く声を聞きたかったというのに、叶わなかった」
ふうんとユーリが目を細める。ウィルの首筋を触りながら、指輪をぐっと押し付ける。それを了承と受け取ったのか、ウィルの手の動きが激しくなる。ユーリはわざとらしく腰をくねらせて喘ぎ、ウィルにしがみ付くように腕を掴んだ。
「んっ、ふ、っぅん。そこっ」
「ここか?」
興奮するように言いながら指を動かすウィルの空いた手を取り、するりと器用に台のアンカーに固定する。感覚が鈍磨した状態で気付かなかったのか、はっと目を見張るのが分かる。
「残念、そこじゃない」
予め仕込んでおいたワイヤーで自分の後孔を犯していた手もアンカーに固定しようとしたが、ウィルがダガーに手を伸ばし、勢いよく振り上げた。薬のせいか視界がぼやけてはいるものの、エリゼに教えてもらったとおりにウィルの腕を掴もうとした時だ。
それよりも早く金属音がしてウィルのダガーが吹っ飛んだ。そのままもう片方の手を誰かが捕え、先に手が固定されていたほうのアンカーに固定する。ウィルが驚いたような声を上げた。
「おまえはっ」
目の前に現れた相手がノルマだと悟り、反射的に体が跳ねた。目を瞬かせ、相手を見る。
「薬物の使用、並びにイル・セーラへの性的暴行の現行犯で収監する。ウィルフレド・デ・ラ・クルス、逃げられると思うなよ」
「えっ、ナザリオ!?」
声で気付いた。驚いたユーリを見て、ナザリオがフードマントのフードを脱いで軽く頭を下げる。すっかり髪が短くなっているのもあって、まったくわからなかった。
「遅くなりました、少々上がごたついていまして」
「お、おまえ、俺が殺したはずじゃ!?」
ウィルが声を荒らげた時だ。階段をおりてくる足音がした。この足音はアルテミオのものだ。アルテミオの衣服は血まみれで、やや疲れたような顔をしているのが分かる。
「命令とはいえ、ご令嬢の内臓に触れるのは、あまり気分のいいものではないね」
そう言ってのけるアルテミオを睨み、ウィルがナザリオに視線をやった。
「あの男はいいのか、ディアンジェロの一人娘に手を出したんだぞ」
アルテミオが肩を竦め、ユーリに目配せをする。そのしぐさでわかった。キアーラは無事だ。デティレを使うと言っていたから痛み止めと麻酔の意味合いで飲まされるのかと思っていたが、アルテミオはウィルがどう出てもいいように対策をしていたらしい。
ナザリオはウィルの手を手錠で改めて拘束し、固定されたアンカーから引き剥した。
「そりゃあそうだよ。彼女に触れないと銃弾は取り出せないからね」
しれっと言ってのけ、アルテミオが笑みを深める。ウィルがものすごい力でナザリオの拘束から逃れようとするが、ナザリオはウィルを床に捻じ伏せ、それを許さない。
「なぜ邪魔をする! おまえは俺に逆らえないはずだ!」
「逆らってなど。ちゃんと『レジ卿』から依頼を受けて動いているよ。ああ、“きみではない”けどもね」
場にふさわしくないほど穏やかな笑みを浮かべて、アルテミオが言う。信じられないというような表情を浮かべたあとで、ウィルが唸った。
「ねえ、ひとつだけおもしろいことを教えてあげようか」
捻じ伏せられたウィルを見下ろし、ユーリが笑う。
「あんた、最初からずっと『“ユーリ”の手の上で』転がされていたんだよ。普通に考えて、あの人が俺とサシャを売るはずがない」
「どういう意味だ? おまえはオレガノに売られるためだけに産まれたと言ったはずだぞ」
「かわいそうに。現実と妄想の区別がついていないらしい。
あんたが言っていた“オルタ”の調合率だと、たぶんただの毒だ。王制復権を持ち掛けたのが“ユーリ”じゃなきゃ、馬鹿正直に乗ってくれていたのになァ」
惜しかったなァと言ってやる。ウィルの目からは眼振が薄れているようだ。二コラとキスをしたのと、自分の“特性”が仇となったかと思いつつ、ウィルを頭上から見下ろすように眺めた。
「ユーリが死んで8年、だっけ? あの人にしちゃ生ぬるいけど、とっさの判断だったんだろうな」
「なにを言っている?」
「自分で気付いてない? 頭スッキリしてるだろ。まさかここまで効きが悪いとは思わなかったけど、あの人俺より性格悪いから、なにがあっても絶対にあんただけはぶっ殺してやると思って仕掛けていたんだと思うよ。ひとつ“ユーリ”の誤算だったのは、あんたの側にユリウスがいたこと。あの野郎、当時は“爆弾”をあんたに飲ませなかったくせに、自分の体の中でその“爆弾”を作っちゃうんだもんなァ」
マジでやべえわとせせら笑う。
ユリウスがスラム街にある闇市の売人のアジトに捕えられていたとき、そこにあの例の薬物のにおいが漂っていたとチェリオが言っていた。それと、あいつがいつも漂わせているアドラの葉のにおいがずっと気になっていたけれど、犯されるか殺されるかどちらかだと分かってユリウスはウィルに着いて行った。そしてそこでウィルに毒を盛った。いましがた自分がしたように、体液を摂取させることで相手に毒を仕込むことなど、イル・セーラはものともしない。並みの薬物への耐性がある。ただ、ユリウスが仕込んだそれは、本当に時限爆弾だから、ドン・ヴェロネージに捕まっていなかったとしても、どこかでユリウスは死んでいたはずだ。
ウィルはユリウスと聞いて、眉を吊り上げた。
「あいつは死んだはずだろう!」
「はァ? とっくにオレガノが保護済み。で、その“爆弾”を身体に仕込んでいようがいたとしても、俺が死なせるわけねえだろ。いまごろ俺の“かわいい兄弟”が、機転を利かせて爆弾処理してんだろ。そのために向こうに置いてきたんだ。
もう言い逃れはさせねえからな。獄中でもう一回べらべら喋れ、くそ野郎」
一発ぶん殴ってやろうと祭壇から降りようとしたが、脚に力が入らず崩れおちた。強かに腰を打ち付け、いてっと声が上がる。ウィルが腹の奥から笑うのが聞こえた。
「馬鹿が。あのダガーには毒が塗ってあったんだ。じわじわと侵食する毒が。かつてイル・セーラの王族が死んだものと同じだ」
ユーリが目を眇めてウィルを見る。あっそうと素っ気なく言って、痺れた脚を擦る。
「毒なのか、腰が抜けてんのか、わかんねえや。アルテミオ、起こして」
アルテミオがはいはいと笑いながら寄ってきて、ユーリを抱き起した。ウィルが目を見張る。
「あァ、即効性の毒のはずなのに、なんで効かないんだ……って?
教えてあげようか? 俺にはその”毒”が効かないんだ。そういうように“仕込まれている”。
子どものころ、あんたが俺に毒を飲ませたって言ったよなァ? だからたぶん、そのおかげでほかのイル・セーラよりも“アレ”に対する耐性がある」
まさかとウィルが悔しげに言うのが聞こえてきた。
「おまえ、もうひとりの」
言ったあとで目を伏せ、殺しておけばよかったと唸るように言った。
「弁解と弁明はオレガノにしてやれよ。あいつら怖いぞ、レオナ王子の件も、こっちから洗いざらい喋ってやる」
ユーリが挑発をするかのように言ったら、ナザリオがウィルの口元に猿轡を噛ませた。
「あまり挑発をしないように。オレガノに聴取をさせる前に、まずミクシアで裁きます。ミクシアでの裁判が終わって、それからオレガノに引き渡すに決まっているでしょう」
「うるせえ、とっとと連れてけ。あんたいつも助けに入るタイミングおせえんだよ」
「マジでもうそいつの顔も見たくない」と投げやりに言い捨てる。
「不可抗力です。それに、ドン・フィオーレから聞きましたよ。本当に貴方は自重しない。無鉄砲さを改めないからこうなるのです。自業自得です」
「俺が首突っ込まなきゃ、オレガノが踏み込んでいたかもしれないぞ。そうなったら、国交正常なんてできるわけがない」
ナザリオが呆れたような表情で深い溜息を吐いた。そうかと思うと、アルテミオにウィルの手錠を手渡して、こちらに近付いてきた。
「な、なんだよっ」
警戒するかのように言ったら、軽く頬を抓られた。
「貴方が“謎解き”をしなければ、こんな目に遭わなかったんですよ」
「いい加減大人しくしておいてください」と文句を言って、ナザリオがアルテミオからウィルを受け取り、引きずっていった。階段を上がっていく姿が見えなくなる。古い扉が開閉する音のあとは、かなり防音が効いているのか、足音が聞こえなかった。ユーリははあと大きな息を吐いた。
心臓がバクバク言っている。自分でもよく口が回ったと思う。ドン・クリステンが処方してくれた薬と、中和剤のおかげでなんとか保っていられるけれど、正直腰が抜けて動けなかった。
「悪かったね、キアーラの治療に手間取ってしまった」
「すっげー怖かったんですけどっ」
やっぱりノルマ嫌いと言いながらアルテミオにしがみ付く。まだ手が震えている。あとでぶん殴ると言ったらぽんぽんと頭を叩かれた。
「悪かったね。レジ卿から依頼を受けていて、どうしても彼と関わらざるを得なかった。
彼を正気に戻して、これ以上罪を重ねないでほしいと言われたら、さすがに断るわけにもいかなくてね」
震えるユーリの身体をアルテミオが抱き寄せる。穏やかな声が聞こえた。
「もう大丈夫だ、おかげでオレガノとの軋轢が生じるのも避けられる」
「ほんとに怖かった」
せっかくアルテミオが涙を隠してくれたのに、声色でわかってしまう。
「セラフの処置に思ったより手間取ってしまったんだ。彼女も心配はいらないよ」
アルテミオがユーリの頭を撫でる。ユーリはアルテミオにしがみついたまま、キアーラが無事だったことと、恐怖と、安堵感が綯い交ぜになって、まるで子どものように泣きじゃくった。
ともだちにシェアしよう!

