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5話

 温かい太陽の光が大きな窓から差し込んできて、その眩しさを感じながらエルは少しだけ身動ぎをした。柔らかな大きなベッドの上で、柔らかい羽毛の布団をかけられていて、寝心地よく感じる。ふと、誰かに抱きしめられている感覚がして、エルはサファイアブルー色の瞳をゆっくりと開けた。目の前にいたのは、眠りに着いている明の姿だった。切れ長のアメジスト色の瞳が閉じられているせいか、普段の大人っぽい雰囲気が隠れて、どこか子供っぽい雰囲気を出していた。そんな明の姿に見惚れてしまい心臓がどきりと跳ねながらも、エルの頭は目覚めたばかりで、少しだけ混乱していた。 (どうして、明さんが……?)  そうして、エルは昨日の夜の出来事を思い出していた。天界にいた時、エルの周りには誰もいなかった。久しぶりに、下界へと舞い降りて明のいる教会へと向かった。そして、何かに誘われる様に入って行った。教会の中には、天使を捕らえる為の結界が張られていて、エルは身動きが取れなくなってしまった。教会の奥から、大きく成長した明が現れた。明の想いを聞いたエルもまた明と同じ想いを抱いていたので、明に抱かれた。星空が瞬く満月の夜、教会の中で、明とエルは秘密の情事に耽ったのだった。  エルは頭の上にあった天使の輪っかは剥奪されて、二度と天界へ戻れなくなった。腹には真っ白な淫紋が刻まれ、天使の羽は明の色に染まり真っ白に光り輝いたのだった。改めて秘密の情事を思い返して、羞恥心からエルの顔は真っ赤に染まった。自分の姿を見ると、身体は綺麗に清められていた。真っ白な背中が開いているタイプの寝間着を着ていて、天使の羽は真っ白に染まっている。ただ、明から与えられた淫らな紅い花は残っていて夢ではない事が分かる。エルは、淫らな紅い花を照れくさそうに見つめながら笑むのだった。  すると、眠っていた明がアメジスト色の瞳をゆっくりと開けた。目を瞬かせて、エルを視界に入れた時に、柔らかい表情で笑んだ。そうして、エルを強く抱きしめると、額に、そして、唇に触れるだけの口付けを落とした。エルはくすぐったそうにしながらも嬉しい表情を浮かべて受け入れる。愛おしそうに見つめながら、明はエルの柔らかい髪を梳かす様に撫でると口を開いた。 「おはよう、エル」 「おはようございます、明さん」  挨拶をし合うと、お互いに笑みが零れた。明とエルが、人間と天使が、これから一緒に過ごす穏やかな最初の朝を迎えたのだった。 *****  寝間着から着替えて顔を洗って居間へ向かうと、「にゃあ」という可愛らしい鳴き声が聞こえた。エルは首を傾げながら、辺りをきょろきょろと見回してみると、一匹の黒猫が上機嫌に尻尾をぴんと立てて、とことこと歩いてくるのが見えた。 「クロ、おはよう」  明が黒猫に対して名前を呼んで声を掛けると、返事をするかの様に「にゃあ」と鳴き声を上げた。甘える様に明に擦り寄って来る姿は可愛らしい。人懐っこい性格なのか、エルに対しても特に警戒はする様子は無く、クロは興味深げにエルの周りをぐるぐると回る。そうして、くんくんと匂いを嗅いでは「にゃあ」とクロは甘える様に擦り寄って来たのだった。 「かわいいですね」  エルは穏やかに笑みを浮かべながら、しゃがみ込んでクロの頭を優しい手つきで撫でるのだった。明の話では、祖母を亡くした後に教会に迷い込んだらしく、保護して大切に育てているのだそうだ。 「朝食にするぞ」  明は柔らかい表情を浮かべながら、クロと戯れていたエルに声を掛ける。エルは「はい」と笑って頷くと、明の後ろをついて行くのだった。台所に行くと、明は冷蔵庫から、真っ赤に熟した苺を取り出した。目をぱちぱちと瞬かせているエルの顔を見ながら、明は首を傾げながら口を開いた。 「天使の好物の一つに、苺があると古い書物には書いてあったが、あっているか?」 「はい。苺、大好物です」  エルが柔らかい笑みを浮かべて答えると、明は安心した様に笑みを浮かべて「そうか」と短く告げた。基本的に、天使は肉や魚といったものを食べない。口にするものは、野菜か果物くらいだ。その中でも苺は、聖母が好んで食べた神聖なものの一つとして有名で、天使達の大好物でもあった。明は冷蔵庫から取り出した苺を、綺麗に水で洗うと真っ白なさらにのせて、テーブルの上に置いたのだった。エルは明に促されながら、椅子に座る。 「いただきます」  おずおずとした口調で、手を合わせながらエルは苺を一つだけ手に取った。真っ赤な宝石の様にきらきらと輝いていて、とても美味しそうに見えた。苺を口元に運んで、ぱくりと咀嚼をする。冷蔵庫で冷やされていたせいかひんやりとして、瑞々しく甘酸っぱい味が口の中に広がった。エルの天使の羽は、ばさりと広がるときらきらと光り輝いて嬉しそうに揺らした。 「美味しいです、とても」 「お前の口にあってよかった」  エルが顔を綻ばせながら、また一つ苺を手に取るとぱくりと食べて、苺の味を楽しんだ。そんなエルの嬉しそうな表情を見ながら、明は柔らかい表情を浮かべながら自分の朝食の支度をする。愛しい人と一緒に食べる幸せな時間を噛み締めるのだった。 そうして、明と共に過ごす日々が始まった。 *****  天界へ戻ることの出来なくなったエルは、明の元で一緒に暮らし始めてから数ヵ月が経った。明と一緒に暮らす生活は穏やかで幸せな時間が流れた。エルは料理があまり得意では無かったので、それ以外の家事を手伝った。洗濯物を畳んだり、人がいない時に教会の掃除をしたりした。他にも、教会の傍で咲いている白薔薇の花の管理もしたり、教会の裏で栽培している畑仕事も手伝ったりした。 エルが天使だからだろうか、不思議と小さな奇跡は起こった。エルが育てる白薔薇はより美しく咲き乱れ、エルが育てる苺はより美味しく実った。明もまた教会へ来る人達による懺悔を聞いて、神父の職を全うして日々を過ごした。  太陽が沈み、月が浮かぶ夜になった。湯浴みをすませて、綺麗に身体を清めたエルは、背中の開いている白色の寝間着を着込むと、天使の羽をふわりと広げた。エルの天使の羽は、窓辺から射し込む月の光があたると、より一層きらきらと輝きを増して綺麗に魅せる。明の色に染まった天使の羽は、どこまでも真っ白だった。 「何をしているんだ」  ふと、背後から声を掛けられたのでエルは振り返ると「明さん」と嬉しそうに名前を呼んで笑みを浮かべた。 「月光浴しているんです。時々、月の光を浴びながら毛づくろいして、天使の羽を綺麗に保っているんですよ」 「そうか」  エルの説明を聞いた明は感心した様に頷くのだった。月の光が差し込む部屋で、真っ白な天使の羽を広げているエルの姿は、一枚の絵画の様に綺麗な光景だ。そっと、明は月光浴をしているエルに近付いた。 「……お前の羽に、触ってもいいか」 「もちろん、いいですよ」  普段だったら、天使の羽は敏感に出来ているので、あまり人には触れさせない。けれども、愛する明にならば触れてもらいたいとエルは思った。はにかむ様にくすりと笑うエルを見て、明は安心した様にゆっくりと手を伸ばす。そっと天使の羽に、傷つけない様に壊れ物を扱うかの様に触れる。柔らかい羽の感触がして、滑るかの様に手触りが良い。 「綺麗だ、エル」  アメジスト色の瞳を細めながら、感慨深げに明は呟いた。天使の羽に触れてくる明の手つきは、いつも以上に労わる様で優しい。 「……俺、明さんの色に染まった自分の羽の色、好きです」  エルは顔を赤らめながら、告白する様に照れながら呟いた。天使に好きな人が出来た時に、好きな人の色に染まりたいという願いは天使なら誰しも持っている。エルはその願いが叶って嬉しいのだと密かに伝えた。その言葉を聞き逃さなかった明は、目を瞬かせると柔らかい表情を浮かべて「そうか」と短く答えるのだった。  そうして、明は柔らかいブラシを使いながら、エルの天使の羽の毛づくろいを手伝ったのだった。エルは、くすぐったそうにしながらも嬉しそうに笑みを零しながら、毛づくろいを手伝ってもらったのだった。柔らかな月の光を浴びて、天使の羽は真っ白にきらきらと輝きを放った。

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