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第79話

こんなにも朔夜さんが帰ってくることが憂鬱だと思ったことはない。 あの光景が頭から離れない。結局、あの時キスしていたのかは分からないけれど結婚を誓った2人だ。あの場でなくても普段からキスくらいしているだろう。 何だろうか。この胸のモヤモヤとした黒いの。死んでしまいたいとすら思ってしまうこの気持ちは、たぶん失恋からくるやつだろう。 「あ、そういえばノート無かった.......」 もうすぐノートが無くなることを思い出した。明日はお出かけの予定だし、買いに行けるなら今か日曜日になる。日曜日でもいいけど.......。 今じっとしてるのがなんか嫌で、今から買いに行くことにした。 もうすぐ朔夜さんが帰ってくる時間だが、ササッと行けば大丈夫だろう。 小銭とスマホを持って、鍵を閉めて家を出た。 近くにある文具店に着いたが、閉まっているようだった。21時までのはずなんだけどな.......。 閉まっているものは仕方がない。無駄足だったな、なんて思いながら引き返した。 .......痛いんだよ、さっきから。さっき転んだ足もだが、胸の方が痛い。このまま心臓が止まって消えてしまえたらどんなに楽だろう。 家に帰る足が止まり、近くにある公園のベンチに座った。この時間は当たり前だが静かで、今の僕には心地よかった。 星空が綺麗で、僕の心は汚くて、泣きたくなった。 視界がボヤけてるから、もう泣いてる。 「何してんの、こんな所で」 俯いていると、ふと暗く影が落ちた。 顔は上げれないが、誰かはわかる。シワのないスーツに綺麗な革靴。 「ごめんなさい.......」 「.......いいよ。.......帰ろう?」 フルフルと首を降った。帰りたくない。朔夜さんが結婚したら、あそこは僕の家じゃなくなる。明日で最後だと思ったら尚更だ。 余計辛くなるだけ。僕を置いて朔夜さんだけ帰ればいいのに。 「分かった。じゃあお出かけしよう」 「.......朔夜さん一人で行けばいいじゃん」 「だめ。律と一緒に行きたい所がある。着いてきてくれますか?」 なにそれ、ズルくない? これで最後だもんな、という気持ちで差し出された手を取った。ぎゅうっと力強く握られ、僕も弱々しくだが握り返した。 マンションの駐車場まで歩くというので手を離そうとしても離してくれない。車通りの多い道で、誰に見られるか分からないのに.......。 駐車場に着くと、助手席のドアを開けて乗るように施され、無言のまま乗り込んだ。

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