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オメガのおじさま2
パタンと勢いよくパソコンが閉まる音。隣を見ると、だれた様子で伸びをしている。
「あーもう、仕事が進まん! 飯食おうぜ、飯」
「ねえ藤村、斎木さんも誘って良い?」
「あ、いいよ。机適当に取っとく」
ありがたい。弁当箱を取り出し、天地がひっくり返ってないことを確認して、おじさまを誘うダシにマドレーヌを召喚。一個100円未満の、スーパーで一袋300円くらいで売ってる安くてうまいやつ。
おじさまは、一人デスクの前で弁当をほどこうとしていた。肩をぽんぽんと叩いて、マドレーヌを差し出す。
「お疲れさまです」
「ああ、春さん。ありがとうございます」
「一緒にご飯食べませんか? 藤村くんが休憩室の席とって待ってます」
「ありがとう。でも、さっきの分の書類を片付けなきゃ」
「あとで私たちも手伝いますから。藤村が淹れたお茶が冷める前に、行きましょう?」
人の好意を無碍にできないおじさまは、いとも簡単に絆されてくれた。弁当をささっと包み直して、一個百円しないマドレーヌをありがとう、なんて言いながら受け取る。
私も弁当箱を持ち直して、マドレーヌを大袋ごと弁当袋に詰める。行きましょうと声を掛けた。
しゃきっとした姿のおじさまの隣を歩く。特段枯れ専というわけでないはずの私ですら、このかっこよさにはどきどきする。かっこいいというか、蘭の花みたいなきれいさすらある気がする。とかくにおじさまはかっこいい。
「斎木さんって、いつも良い匂いしますよね」
「良い匂いですか?」
休憩室に入る。そこまで広くはないんだけれど、ご飯とお茶くらいここでできる。袖口に鼻を押しつけるおじさま。
「自分の匂いはわかりませんね。加齢臭じゃないんですか?」
「いえいえ、そんなのなら無言でファブりますよ」
「はは、若い子は容赦がないなあ」
「斎木さん、中田、こっち!」
ちょうど三人分の席を抑えた藤村が、手を振っていた。やっぱり律儀にお茶を置いている。しかも温かい緑茶。紅茶と迷ったんだろうな、とやや照れ笑いな様子からうかがえる。藤村も、斎木さんを好ましく思っているのだ。
「お疲れさまでした」
そう言って藤村は、斎木さんにお茶を手渡す。斎木さんは苦笑しながらもごくりと飲んでくれた。
「ありがとうございます」
「ささ、お座りください。食後にはお紅茶も淹れますよ」
「俺にもマドレーヌくれよ」
「はいはい、あとでね。先にご飯」
弁当の包みを開く。お手ふきで手を拭くおじさまは、少しわくわくした様子だった。斎木さんが、弁当の蓋を開ける。
「わあ……」
すごく家庭的なお弁当だ。ご飯の上にはごま塩と端にお新香、茹でた豚がレタスの上に置かれていて、レタスの横にはポテトサラダ。ミニトマトが目にも鮮やかだ。そして極めつけが、ハートになった卵焼き。少しいびつなのがまた、愛らしい。
思わず感嘆の声が漏れた。藤村も、身を乗り出して弁当をのぞき込む。
「これ、斎木さんが作ったんですか?」
「いいえ、僕じゃなくって、パートナーの彼が作ってくれたんですよ」
「パートナー? ……それって」
「ふふ」
謎めいた笑みを浮かべながら、おじさまは箸を手に持った。パートナーって、十中八九、番の人のことでしょう。言わなかった部分を察知して、少し頬が熱くなる。藤村も同様のようで、顔を赤くしておじさまから目をそらしていた。
おじさまは嬉しげに卵焼きをつまむ。愛でるような仕草で、咀嚼していく。なぜか見てはいけないものを見てしまった気になった。
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