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発情期1
「そういえばさ、斎木さんって発情期終わったのかな」
えっ、と声が漏れた。
プレミアムフライデーだったから、独身の私たちは暇をもてあまして適当なカフェに入っていた。家族を実家以外持たない、なおかつ一人暮らしの人間にとっては、貴重なノー残業デーか名前だけレアデーにしかならない。少なくとも私にとってこの日は、飲みに行くか、適当な百貨店のカフェに行く日になっていた。
安っぽいチェーン店の片隅。話題が話題だけに、藤村も声を低くしてたけれど、隣と少し席が離れていてよかった。胸をなで下ろす。
「発情期って、あの発情期?」
「オメガの発情期以外どれがあるんだよ。斎木さんは犬猫じゃないだろ」
「いやそうなんだけど…」
藤村はたまーに、空気が読めなくなるときがある。それが怖い。いや、おじさまの前でこの話題を出さないならセーフだ、まだ、きっと。
「ていうか、なんで今?」
「ずっと思ってたんだよ」
もっとちゃんと説明をしろと要求すると、藤村はすんなり口を開いた。
「なんつーか……発情期が全部終わったあとに起こる、番関係の変化ってあってさ、平たく言えば、今まで番だったのが番じゃなくなるというか…」
「もうちょっと詳しく」
「えっとなー、えー…これ話すとセクハラになるからいやなんだけどー」
「ここで発情期の話題出したのが運の尽きだから」
「えー…わかった、まてよ、ちょっと話題整理するから」
「はいはい」
ふう、と一つ深呼吸する。冬なのに氷の溶けたアイスコーヒーを飲んで、水っぽいなあと愚痴りたくなる。ベータとアルファの間にセクハラが成立するかわからないけど、気になる話題であるのは確かだ。
藤村はお冷やたっぷり一杯分待ってから、唸って、私の顔色をうかがいながら話し出した。
「発情期って、子ども作る時期じゃん?」
「う、うん」
「体力が落ちて、体が子ども作るようにできなくなってきて、終りの兆候が始まる。終わるときには女性の生理と同じで、発情の時期がだんだんずれてくらしいんだよ。だいたい三ヶ月に一回だったのが、五ヶ月に一回、1年に1回、だんだんうなじの痕も薄くなってく。それで『そういえば来ないな』って言うころには終わってて、うなじの噛みあとが消えてるっていう…」
なんで私は藤村とこんな話題を話しているんだろうと、照れ以前に悟り始める。許可してしまった以上反応はするけど、なんとなくハイともイイエとも答えづらい。
聞いてる? と言われて二回こくこく頷いた。うん、これはきっと、学術的な話をしているんだ。照れは無用なんだと自分に言い聞かせた。
「斎木さんの首元って見たことある?」
「ないわ。いっつも一番上までボタン閉めてるし、ネクタイしっかり締めてるし」
どこかの誰かさんと違って、と藤村の鎖骨の間あたりを眺めながら誹る。
「あれってもはや天然の首輪だよな。いや、服の時点で天然でも何でもないんだけど、そうじゃなくって」
「ナチュラルな痕隠しってことね。わかったわかった」
「だいぶ薄いんだけどキスマみたいな薄さで痕が残ってるんだよ」
そうか、と頷いて聞いてやる。なんでこんな真顔でキスマなんて言えるのかな。真面目な人ってすごいな、ひどいなすら思う。
「――つまり、発情期は終わってないってこと?」
「わかんないけど、そういう仮説は立てれるかなって」
「なるほどね~、大変だ」
口では興味なさそうな振りをして、少し考え込んだ。
この前、一階まで二人で帰ったとき、おじさまは『発情期は終わった』って言っていた。それが嘘だとは思わないけど、藤村の言っていることが嘘や冗談のようには思えない。番を題材にした少女マンガで「首のあとが消えてる、もう俺たちは番じゃない」っていう台詞は良く出てくるし。
「ただのキスマークっていう説はない?」
「さすがに考えにくい気がする。だって、めちゃくちゃ奔放な人ならともかく、かなり常識的な人だろ。番の人もわりといい人みたいだし、さすがに…」
「でも、さすがに、プライベートなゾーンに足を踏み込む気にはなれないしね…」
誰であっても、他人の性生活を暴く気にはなれない。ましてや、おじさまのことだ。清廉潔白そうで、セクシーでハンサムなおじさまの、その像をわざわざ自分から壊しに行く必要はない。
二人でため息を付き合って、沈黙が流れた。小さなざわめきのようなBGMと、人の話し声で、別に痛々しい沈黙ではない。
「やめるか、この話」
「うん…」
ずっと話していたい話題でもないので、頷いて紅茶を注文した。さすがにまたコーヒーを頼むのは、お腹に悪すぎる。
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