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忘れ物1

 嫌な夢を見た。  数十年前のことだ。去年や一昨年じゃなくって、もう「若気の至りだったのに」と済ますべき、大昔のこと。起きている僕はもう「いいことだ」と、笑って語れることだと思っているけれど、過去の僕はまだそこで膝を抱えてしまっている。  帰ってきたとき、彰さんはひどく酔っていて、一輪だけのバラを買って帰ってきた。  酒で赤らんだ顔で、結婚しよう、と言ってきた。雪子が生まれて、彰さんがお父様の会社に就職したあとのことだ。嬉しかったはずなんだ。二十代の僕は抱きついて、頬にキスした。滅多にしないことなので彰さんはびっくりしていたけれど、そんなことも目に入らないくらい嬉しかった。  ずっと彰さんとの関係に名前がほしかった。僕にとって彰さんは唯一無二の番のアルファだけれど、アルファは何人でもオメガを番にすることができる。人によっては、唯一無二の存在じゃない。  だのに、愛人だと言い張れば、彰さんは悲しそうな顔をする。  当の本人である僕ですら、役目を忘れてしまいそうになるほどお前だけだ、唯一無二だと甘く優しく求めてくれる。性別とか、役目とか、そういう余分なものを取っ払ってしまったら、相手が求めてくれる限り許したいと思うのが、人の性だ。  彰さんを愛しいと思えることが嬉しかった。愛しいと思っていいんだと、やっと許された気がしたから。堪らなくて、そのままベッドに誘った。発情期以外でしたのは久しぶりだった。  彰さんのからだが熱い。まあ、アルコール臭いけれど、僕を想ってしてなにかをしてくれた事が嬉しかった。けれど同じ寝床の上で起きた彼は、昨晩のことすべてをすっかり忘れていた。  どこかさっぱりした顔で昨日何があったっけと言われて、僕は彼の腕に包まれながら、笑ってしまった。残った酒のにおいと、昨日の性の余韻を苦しいと思った。  それを僕をどう思ったんだっけ。あのあと何と答えたのかを思い出せない。指先がしびれるみたいに冷えて、彰さんの腕だけが熱い。雪子がそろそろ起きてくるな、ともやがかかった頭で考えていたのすら、夢の中でわかる。  いつも決まったところで目が覚める。過去の僕が、今の僕を責めるように、忘れることを咎めるように繰り返し繰り返し同じ夢を、彼と同じベッドの上で見ている。

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