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指輪とベールと、その熱さ
「彰、だきつかないでくれ」
「暑苦しいか?」
「わかってるならさっさと離れて。新聞読んでるし、君はただでさえ体温が高いんだから…」
「あと数秒だけ待ってくれ」
「………」
「……よし」
「わ、今度は何? ……これ、ベール? 見覚えはあるけど…」
「晴也のだ、覚えてるか?」
「ああ、君と努くんがやたらはしゃいで、つま先から頭までフルオーダーしたのでしょう」
「いまだに根に持ってるんだな」
「別に。お金があるって、選択が広がりすぎて面倒なんだなって、勉強になっただけだよ」
「それで、なんでこれを僕に?」
「結婚式だよ。ごっこ遊び程度だけど…」
「…君ね。こういうのは、20や30の若い子がかぶるから良いんだよ。五十路も半ばの僕に被せて、そんなのコスプレもいいところじゃないか」
「だからごっこ遊び程度。数分もかからないから付き合ってくれ」
「彰、暑い。やめて」
「結婚式の意味ってさ、なんだろうな、信治」
「広告。ここまで育ったっていう報告と、こんな生涯の伴侶を得ました、幸せになりますっていう発表会」
「シビアだな。雪子の時も、晴也の時もこっそり泣いてたくせに」
「うるさい。本当に暑いから、離れて」
「はいはい。信治が今更意味がないとか、どうせ馬鹿にする奴がいるとか、発情期が終わったオメガがどうとか言うから、式場の予約は諦めました。披露宴だけは身内だけででも、そのうちしたいけどな」
「そうか思い遣ってくれてありがとう! 本当に暑いから、そろそろ離してくれないかな」
「どういたしまして。俺は、信治が結婚してくれて幸せだって、本当は色んなところにアピールしておきたいんだよ。経済誌の取材でぽろっと溢して、慌ててオフレコで、って言ったくらいには」
「彰」
「はい」
「何度も言わせないでくれ。暑苦しい。ベールしてるんだから、してない君よりずっと蒸れてるんだよ」
「すまん」
「信治、おれには四半世紀近く一緒に過ごした、こんな良い伴侶がいるんだって言って回りたいのを、割とずっと我慢しているんだ」
「だから? 周りくどいよ」
「これからは我慢しない。籍も同じにして、やっとこれで堂々と伴侶だって言えるんだから、言わないなんてことは絶対に無理だ。結婚式はしなくて良いけど、もう、お前の存在をこそこそ隠したりは絶対したくない」
「……勝手にすれば良い」
「反対はしないんだな」
「目立つのは嫌だから、名前さえ出さなければ勝手にしてくれて良いよ。どうせ君が出るような雑誌なんて読まないから、必要以上に恥をかきにいくこともない。通称名使うし、職場の人に『最近結婚したあの人の』みたいに思われる可能性も多分ない。春さんには相談に乗ってもらったし、言おうと思うけど」
「やっぱり言わないんだな。俺は不安で仕方がないっていうのに」
「発情期が終わった、あとは孫の成長を見守って伴侶を看取るだけの元オメガに、いったいどんな不安があるっていうのさ」
「俺みたいなやつが現れたらどうするんだ」
「ふふ、彰みたいな奇特なアルファが、たくさん身の回りにいるわけない」
「わからんだろう」
「お守りだ」
「…………………君にとっての、だろう」
「ああ。どうしてわかったんだ。やっぱり信治には、俺の考えはお見通しなんだな」
「そんなの、無駄に長く一緒にいたからだよ。……ああもう、君って本当に恥ずかしい」
「そうか? 俺は結構楽しんでるぞ」
「べ、ベールを上げるな!」
「せっかくの結婚式ごっこなんだから、最後までしないと。ほら、指輪の交換の後はベールアップで、誓いのキスだっただろ?」
「覚えてない!」
「せっかくのベールが破れるぞ」
「………」
「だいたい、顔が真っ赤なのはベール越しでもよくわかる」
「…………!」
「はい、おしまいでいいよ。だいたい、誓いのキスはどうだって良くって、俺がしたかったのは指輪の交換だから」
「彰、君ね」
「ん?」
「ロマンチストが悪化してるよ。綺麗な花畑でスキップしてそう」
「そうか、新婚旅行は北海道のラベンダー畑でも見に行こうか」
「話をきけ。君の分の指輪は?」
「一応ここに入ってる」
「ああ、二つ並んで入ってたのか…ほら、左手貸しなよ」
「……なんで、僕の薬指にはぴったりなのに、君の薬指には入らないの? 買いに行ったのは君だよね」
「信治のは、事前に測ってから行ったんだよ。俺のはその場で適当に買った。一応、信治のひとサイズ上を買ったんだが」
「彰は昔から、他の人のことになると一生懸命な割に、自分のはかなり雑だよね。スーツでもタキシードでも、なんでも有り合わせで済まして…仕方ないから、今度買いに行こうか」
「いいぞ、どこに行く?」
「張り切らない。僕のお金で買うんだから、ハイエンドの指輪とか無理だからね」
「……」
「暑いよ、彰。全くもう…」
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