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幸せをと望んだ日1

 自分勝手だと年上のアルファを責めた末、自分の中で育っていく最中にも悩み抜き、痛い思いをして産んだのに、顔を見て、すぐわかってしまった。その瞬間、彼の顔も見ることができなくなった。 「……父さん、お母さん、どうしたのかな」  中学に入ってから一気に背が伸びて、信治の身長に迫る長女の雪子に、不安げに声をかけられた。視線の先の夫々の寝室には、疲れたからと早々に入ってしまった信治がいる。雪子が言いたいのは、俺の母が言うような「赤ちゃんの面倒も見ずに」「だらだらと」ということではなく、赤ん坊を産んでから様子がおかしいということだ。  俺の腕の中では、産まれたての赤ん坊がすやすや寝ている。雪子や雨情が生まれたときよりも一回り小さい、玉のような子どもだ。どの子も、今ですら可愛いけれど、特別可愛いと思うのは、この子が信治似に見えるからだろうか。早く名前を決めてやりたい。  雪子と目を合わせて、安心させるように笑いかける。 「疲れたんだよ。子どもをおなかの中で育てるって、重労働だから」 「でも…」 「雪子、雨情とはいろいろと状況が違うんだ。まず年が違う。二人の時と病院も違った。小さい子だったけど、お腹の中で問題が起こって、かなり気を使って、手術に臨んだんだ」  そういうと、雪子はわかっているけれど納得できないという顔で、黙り込んだ。雨情は赤ん坊にはしゃぎすぎてソファの上で寝ている。 「ごめんな、雪子。一番上だから、いつも頼って。お姉ちゃんになりたくて先に生まれたわけじゃないのにな」 「……慣れてるけどさ」 「うん、本当にいつもありがとう。父さんも、お母さんも、いっぱい感謝してるよ」  あんなに小さかったのに、それこそ信治や俺の腕の中で寝ていたりしたのに、ずいぶん大きくなってしまったなぁと感慨深い。あの時もいろいろあった。  アルファらしき子どもができた途端、二人暮らしの家から強制的に実家に戻されて、結局院を出るまで出させてもらえなかった。母親にいびられる信治を、さりげなく生みの親の清が助けてくれていたり、逆に、これ見よがしに、清が俺の行動について釘を刺してきたりしていた。  そんな中でも、子どもらしくマイペースに、健やかに育ってくれる雪子と、雪子が育っていくのにつられて、人間らしさを取り戻していく信治の存在を、愛しく思った。あれはあれで、辛くても良い時間だった。 「お母さん、泣いてたよ」 「そっか」 「泣いてるところ、初めて見たからびっくりした」 「そうだな、『お母さん』はあんまり泣かないもんな」 「……お母さん、消えちゃったりしないよね」  雪子の中で、信治は死ぬというより消えるイメージがあるらしい。自分より年上だし、生みの親で男なのに、自分よりずっとか細くて、それでいて芯が強い。それがまるで、物語の中の悲劇の主人公のように思えるらしい。 「大丈夫だよ、信治は強いから。きっと、また笑って『仕方がないね』って世話を焼いてくれるさ」  それでも、本当、本当と雪子は聞いてくる。本当だよとなだめた。  雪子の頭をなでようと片手で抱く。腕の中の赤ん坊がふにゃふにゃ泣いた。慌てて抱えなおし、ミルクかな、と俺が言うと、途端に雪子はてきぱき動いて、どれくらいお粉入れればいい? としっかり者の姉の顔をした。それが誇らしかった。

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