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結婚相手と、番の関係と、5

「それで、何があった?」  彰の詰問口調は単刀直入すぎるが、それで良いのだ。  ティータイムは、少なくとも僕らにとっては「なんでも話していい時間」だ。美味しいお菓子に、休日にすら滅多にいないお父さん、普段は別々の学校に通っていてなかなか同じ時間を持てない子供たち。家族がが、一ヶ所に集まって、お茶を一杯飲むだけの数分だけでも、同じ時間を過ごす。  ある意味、特別な「日常」だ。数ヶ月に一度くらいでしかできなかったから、行事といってもいいかもしれない。  晴也はそう聞かれると、雨情にもらったクリームパイの最後のひとくちを口に持っていく途中で、ぴくりと反応して固まった。隣に座る雨情が、慌てて皿とケーキを取り上げる。  こういう時の彰の顔は怖い。ただでさえ、真面目な顔をすると厳つく見えるそんな顔付きなのだ。それに加えて、ソファに座っている彰が、床に座っている息子たちには、余計に威圧的で鬼のように見えていることだろう。  僕は彰をつっついた。この中で唯一少しも酔っていない彰は、言葉を選びながらもどかしげに言葉を紡いだ。 「……本当に言いたくないなら、言わなくってもいいんだ。けれど、辛そうな顔をするくらいなら、力になりたい」  僕は、3時間くらい前の晴也の表情が気にかかっていた。あれは多分、久々に家族と会えてほっとした表情じゃない。 「昼くらいにちょっと落ち着いた時、お母さんに『お父さんと喧嘩したことある?』て聞いたよね。努くんと、喧嘩したの?」  ほとんど断定のような口調だったかもしれない。晴也は、視線を彷徨わせて、しばらく落ち着かないような顔をしていた。彰はもう半ば睨むように晴也を見つめていたし、雨情はなんでもない顔をしていたけれど、紅茶を飲む寸前に、晴也を一瞬だけ窺った。  晴也は、ソファの脚あたりを見つめて、唇を噛んだ。表情はよく見えないけれど、嫌な質問だったかもしれないと思う。 「……俺いまね、酷いことしか言えないよ」 「晴、いいよ、それで。父さんも母さんも、もちろん俺も、誰もお前の感じたことを否定したり、お前が悪いって頭ごなしに言ったりしない。絶対に、味方だ」  ううん、と晴也は頭をふった。 「違うの、……母さんは、すぐに子どもが産めて、いいなって、言いたくなった」 「…………!」  少し動揺した僕の代わりに立ち上がったのは、彰だった。慌てて袖を引く。彰は、鬼の形相で、荒く息をしていた。これはまずい。晴也だったからよかったものの、相手が雨情だったら、止める間も無く殴っていただろう。  早く止められたのが良かった。彰は息を落ち着けて、どかりともう一度、ソファに腰を下ろした。そして割と冷徹に言い切った。 「すぐできたわけじゃない。子どもが欲しいと思っても、数年くらい、なかなか上手くいかなかったこともあった。それに、子どもができるのは、たとえオメガでも、女でも、絶対に安全じゃない」 「そんなの、俺が一番わかってるよ!」  感情が爆発してしまったようで、晴也はペンだこのある手をきゅっと握った。雨情が慰めるように背中を撫でているが、落ち着くまでには少し時間が必要そうだった。 「……でも、俺の歳にはもう、お姉ちゃんがいたじゃん」 「そうだね。お父さんがまだ、学生だった頃だよ」 「おかしいよ、そんなの。だって、母さんと同じくらいの頃に、発情期がきて、あんなことがあってちょっと遅かったけど、二回も結婚して、やっと幸せになれるかなって思ったのに」 「おかしくない。おかしくないよ」  僕もソファから降りて、晴也の頭を撫でた。おかしくない、大丈夫だよ、怒っていないよと言いながら、僕は少し昔を思い出していた。

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