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”対等”な 1

 ただいまと言っても、どうせおかえりと笑いかける相手はいないのだから、無言で入った。けれどそこには昨日無くなったはずの黒いスニーカーがあって、胸が詰まる。晴也が、帰ってきている。  ひどく焦っていた。ごめんと言わなければいけない。どうせまたいいよ、と笑ってくれる彼に、今度こそ、ちゃんと話さなくては。  靴を脱ぐのももどかしかった。こんなに自分は感情を揺さぶられる人間なんだということは、晴也をこの手に得てから知ったことだった。  リビングにも寝室にもいない。ということは、晴也の仕事場にまた篭っているのだろう。ノックもせずに開けると、パソコン向かって、マウスを弄っている晴也がいた。  ほっとした。晴也が僕の帰りを待っていて、その間に自分の仕事を進めている。そんなつい少し前までは当たり前だったことが、異様に尊く感じた。 「晴也——」 「あ、ごめん、ちょっと待っててくれる?」  間髪を入れずにそう言われた。  何も言えず入り口で固まっていると、晴也は申し訳なさそうに椅子のまま近づいて、顔を覗き込む。 「ごめん、納期忘れてて。あと20分もかからないから、そこで待っててくれる?」  そこと言って指さしたのは、たまに納期が重なった時に晴也が寝る、ソファベッドだった。わかった、と言ってソファベッドに座った。  処刑の時間を待つようだった。クリック音にすら緊張が高まる。反面安心した。  晴也は、無事だった。誰に襲われもせず、強制的に番われてもいない。僕の顔を見て、普通に接してくれている。それだけのことにどっと汗が滲むほど、安堵した。  あんな状態のオメガを——いいや、大事なパートナーを、番ってもいないのに、外に出して放置するなんて。疲れていても、眠くても、そんなのは関係なく、せめて抱いて眠ってやるべきだった。なのに、自分勝手な理由で遠ざけてしまった。  もし誰かに晴也が襲われて、番われて、それでもなお「努さん」と笑いかけてくれるなら、死んでも死にきれなかった。探しても探しても晴也が見つからなくて、そう考えては、恐怖が止まらなかった。 「よし、終わり! 努さん」  よいしょ、と晴也は僕の隣に座った。熱が近づくだけで、自分で異常だと思うほどにほっとした。  しばらくは互いに、話しかけられなかった。晴也はあー、とか、うーんとか素直に唸っていたけれど、僕は何からいおう、と必死になって考えていた。 「あのさ、あの〜……」  なんだ、と顔を向ける。多分、おかしいほど不機嫌な顔をしていたと思う。不機嫌ではないが、涙を堪えようとすると、そうなってしまう。  その顔を見てか、晴也はニコッと笑って、 「いいや、えい!」 と、抱きついてきた。その勢いで後ろに倒れそうになる。たった1日、離れていた体温が身近にあるだけだ。そのことだけに、僕は泣きそうになった。晴也はマイペースで、胸に頬を寄せたり、匂いを嗅いだりしていた。  頭に手を添えると、晴也は本当に嬉しそうに笑った。 「努さん、たった1日だったのに、すごく会いたかったよ」  僕もだ、と言える度胸と素直さが欲しかった。そう言って、「わかってくれるから」と言葉を飲み込んで、晴也を苦しめていたのだから。 「晴也…」 「努さん、俺ね、努さんが好き。何されても、嫌じゃないよ。苦しくても、寂しくても、多分俺は、努さん以外好きになれないと思う」  夢を見ているような瞳だった。式を挙げた日と同じで、幸せと、幸せの予感に包まれて、大嫌いだったオメガのはずなのに、隣にいられることを限りなく嬉しく思う。同時に、その顔をさせているのが自分だと思うと、苦しくて仕方がなかった。 「…だからね、いつかでいいんだ。いつか、ずっと一緒にいていいと思ったら、番にしてほしい」  そう言って、晴也ははにかんだ。黙るほかなかった。晴也は、大事だ。晴也が番になって欲しいと言ったのにだって、よくわからない嬉しさが溢れてくる。でも、晴也に抱えるこの感情が、晴也と同じ形をしていると思えなかった。

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