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”対等”な 2
僕は晴也を抱きしめ返した。
柔らかくて、温かい。僕に相応しくないと思えるほど、この温もりはどこまでも優しい。
「……」
「こうやって、俺が好きだとか言うの、重いかな?」
「いいや」
間髪入れず否定した自分自身に驚いた。晴也はパッとこちらに顔を向ける。
「本当? 父さんが面倒だから言ってるんじゃなくって?」
「今お義父さんは関係ないだろ」
そう言ってなお、晴也はまじまじと顔を覗き込んでくる。目を逸らそうにも、あまりに至近距離で、逆に不自然だ。真っ直ぐな瞳を見つめ返しながら、自分の中であまりに複雑になっていたことが、氷解していくのを感じていた。
晴也の純粋な言葉や態度で、僕はこの上なく癒されている。そのことを、ようやく受け止められた。
「……けれどそれが、僕には勿体無いと感じてしまう時があるんだ」
晴也が、大切だ。晴也の代わりを探すことはできない。僕にとって晴也は、あらゆる意味で唯一無二の存在であって、初めて番にしたいと思ったオメガだ。僕はアルファの本能——支配欲と、理性を崩される憎悪を、忌み嫌っている。それでも、晴也にだけは理性を崩されても、あるいは対等に支配されても、良いかと思えた。
「勿体無い? 俺が努さんに見合わないじゃなくって?」
「僕に見合わないなんて、一度も思ったことがない」
「……」
「……君のことは、大切に思っている。けれど、好きだとか愛していると言えない僕を、許して欲しい」
「怒ってないじゃん、俺。そりゃ、返してくれたら嬉しいなって思うけど…」
晴也の瞳がみるみるうちに曇る。けれど、晴也は滅多に泣かない。唇をぐっと噛んで、睨むように僕のことを見るだけだった。
「——晴也。大事な話がある」
「いやだ、聞きたくない」
晴也は不意に、腕の中でもがいた。腕の中から抜け出そうと思ったんだろう。普段なら離してやるところだけれど、ここを逃したらもう二度とできない話だと思ったから、より深く包み込むように抱きしめる。
「やめて、離して、お願い。聞きたくない」
いっそう苦しげにもがいて、目を伏せた。僕はせめて一言だけでも聞いて欲しくて、昨日、お義父さんに連絡を受けた後からずっと、パソコンを打ちながら考えていたことを口にした。
「晴也、すぐに済むから聞いて欲しい。昨日は本当にすまなかった。いや、昨日だけじゃない。その前の発情期も、君に酷い態度を取った。傷つけた」
抵抗が緩んだ隙に、腕を引いて、膝の上に座らせ、晴也の腹の上で腕を組んだ。こうしておけば、また暴れたとしても簡単に抑え込める。
晴也は浅く短い、興奮した獣のような息遣いをしていた。僕の言ったことに混乱して、自分の感情に手がつけられなくなっているようにも感じる。晴也、と声をかけながら、腹を撫でてやる。
しばらく黙っていると、ひとまわり小さな手が重ねられた。落ち着いたからもう良い、と少し拗ねた声が告げる。
「……じゃあ聞くけど、なんで発情期なんかって言ったの」
「理由にはならないと思っているが、なぜかお前の発情期あたりで仕事が大量に持ち込まれるんだ。案件で頭がいっぱいになって、発情期に合わせて家にいると、義務を果たしていない気持ちになる。要は、さっきの晴也と同じで…混乱したんだ」
「俺より、仕事が大事なんだ?」
「そうじゃない。どちらも不可分で、どちらも大切だ。けれど仕事は頑張り次第で取り返しがつく。お前はそうじゃない。……大事なんだ」
「……」
晴也はずっと背を向けていた。こちらから横顔すら伺えない。
「ごめんっていうなら、もう言わないで。ちゃんと、忙しいって教えて」
「わかった。…許してくれるのか?」
「わかってるくせに」
悪い、というとまた謝る、と返された。一体どう返せば良いのか困って、眉を寄せていると、晴也が鼻をすすっているのに気がついた。時折、目元に手を持っていって、軽く擦っている。
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