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大切の仕方 4
努くんの気弱な顔つきが、こわばる。
「母はオメガが嫌いで、よく産むためだけの性別だと言っていました。そうやって、僕も育てられました。――って、すみません。お義母さんもオメガでしたよね…」
別にすでに嫌われているのを知っていたので、そこまでダメージはなかった。何せ彼女は、結納式の時ですらまったく僕と顔を合わせず、彰しか見ていなかったのだ。
「気にしなくていいよ。今、君が思っているわけじゃないんだろう」
おそらく、そうして何度も言われたのを、晴也には一切告げず、そうすることで守っていたのだろう。結果が少し前に起こったすれ違いだ。母親からの重圧でぎゅうぎゅうに押し固まった努くんが、晴也のいつもの甘えがきっかけで、崩壊してしまった。「お前のために我慢してるのに」と。
行動だけを捉えれば、この間のことは努くんに非があるだろう。しかしもとを辿れば、努くんと晴也、どちらが悪いとはいうことができない。元々努くんを責める気はさらさらなかったが、なんとも頭を抱えるしかない。
「すみません…。母は、僕を重婚というか、他の女性のアルファかアルファ家系のベータと結婚させるつもりだったようです。晴也と引き合わせたのは、その…まさに、愛人感覚で」
満島の名前はアルファ家系の中ではよく知られているが、それでも一番末の彰が、オメガの僕と連れ添うと宣言した(らしい)ことで、家名に傷を負った。もう30年以上は昔の話だ。それで、多分努くんの母親は、家名の傷を晴らすために人身御供として、晴也を水守家に嫁がせたと思ったようだ。
実際は、たまたま自分の会社の部下が、同じような境遇にあって目をかけていて、その信頼に報いようと、努くんは人間的に育っていき、「水守くんは信頼できるから、いろいろな問題を背負ってしまった末っ子と、引き合わせてみよう」ということで、現状に至るだけだが。
「義理の息子のお母さんに言うことではないけれど、相当昔の考え方をされるんだね」
「まったくです」
「……名前も、お母さんが付けたの?」
努という、本人に似ても似つかない名前は、やはりアルファの中でもかなり異質だ。アルファは努力という努力をしないからだ。もともと持っている実力と、少しの教育の成果で勝負するのがアルファで、実力を発揮された後どうなるか、どういう状態かというのを名前にするのが通例だ。
簡単に言うと、僕の元番の名前である「彰」は、美しい立派な織物、目立つという意味で付けられた。同じように、優れるとか、尊い、貴い、美しいのような字や意味が付けられることが多い。
うちの一番上の、「雪子」だって、僕が付けた意味は「雪の日に生まれたから」だったけれど、最初に彰が受け取った意味は「美しく、心清らかに穢れを注ぐ」だった。
努くんは声なくうなずいた。
「……アルファなのに努力しろというのが、どうにも」
努くんは、水守家の二人目の子どもだ。アルファは少産少死の傾向がより強いから、普通は子供を多く生まない。だから彰は一人っ子だ。しかし、伝統的な考えを大切にする水守家で、たまたま努くんは生まれてしまった。
「努」は、ベータやオメガにつけられたらその字の通りに受け止められるだろう。けれど、努力する必要がないといわれているアルファにつけられたら、まったく違う意味を持つ。
努力しなければいけないアルファ。
いらない子ども。願いもなにもなく、適当に付けられた名前。生まれた時から、努くんは自分自身の存在を否定され続けていることになる。
「そうか。ずっと気になっていたから、聞けて良かったよ」
うちの子どもたちの名前に、大した願いはつけられていない。けれど、努くんとは真逆の理由でだ。下手に意味を付けると、子どもを一生縛り付けることになる。彰さんと同じように、アルファとして、という言葉が一生前につく。
「……重かったよね、努くん」
ポツリとつぶやいたそれが、努くんに届いたかはわからない。努くんは泣かなかったし、答えもしなかった。それでも、かわいそうだと思わずにいられなかった。
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