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第3話
「あの薬……沢山、頂けませんか」
明け方寝室に戻るなり、教祖は沈痛な面持ちで薬売りに言った。男は部屋の隅で、大人しく繋がれたままだった。
「本当に、ありがとうございました……効き目はすぐに出て……皆、苦しくなくなったと……食事も取れるようになったみたいで、見違えるように良くなりました」
薬の効果は覿面だった。
衰えた体力こそまだ戻ってはいないが、肉体を苛む苦痛から解放された事は、表情を見れば明らかだった。
だが教祖は純粋に喜ぶ事が出来なかった。
解決策は見出した。しかしそれには、決定的に足りないものがある。
「ああ、幾らでも……と言いたいところだが、これ以上は有料になる」
貰ったのはあくまでも試供品だ。薬売りも商売でやっている以上、当然の答えだった。
「…………その、お金は、余り……」
しかし村に金品などない。
これからもっと栄えて、沢山の作物が採れれば市場を開いたり交易をする事も出来るだろうが、何年かかるか分からない遠い未来だ。
対価になりそうなものなど、この村には何もなかった。
「そうだろうな、こんなちんけな村じゃ」
薬売りはさして驚くでもなく、これ見よがしに隙間風の吹く寝室を見渡す。
「ど、どうすれば……」
「金はいらない。その代り教祖様に用意して貰いたいものがある。心配するな、きちんと用意出来るものだ」
「ほ……本当ですか……! ありがとうございます!」
教祖はここに来て、詰めを見誤った。
何を要求されるのか、確認する事を怠った。
尤も、聞いたところで、薬と引き換えだと言われれば何をも差し出しただろう。
この光明に縋る他、村が助かる道はない。
「ああ、神様……!」
教祖は殆ど染み着いた動作で、祈りのポーズを取った。
薬売りの善意には勿論感謝したが、それと同じくらい自然に、神へも感謝した。
「神様……ねえ……」
ぽつりと、嘲笑うように薬売りが呟いた事には、気付かなかった。
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