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第9話

 辿り着いたのは、山をひとつ越えた先の、未開の森だった。  眷属でしかない教祖は主人たる悪魔と違い、精気だけでは生きていけない。その点、森には食料が豊富にあった。  鳥、兎、小川の魚、時には鹿まで、悪魔はどこからか捕獲しては、与えてくれた。  初めは火を通して食べていたが、いつしか捕えられた姿のまま、齧りつくようになっていた。生臭かった血の臭いが、今では砂糖菓子のように甘美だ。  これでは悪魔と言うより獣と呼んだ方が近いかもしれないけれど、とにかく、洗練された人間の様相からは、日々乖離していった。  お蔭でいつもあちこちが血塗れだった。  でも、気にする必要はない。  ここには眷属に堕ちた教祖と、主人の悪魔と、それから「愛しい我が子」しかいない。 「ん、ふっ……ァ、ア……っひ、ぅ」  今日も教祖だった男は、歓喜に涙しながら腹に宿したものを嬉々として産み落とす。  村を出た悪魔の下僕は、子を落とす器に変容した。  実際に妊娠するわけではないが、悪魔の精液を腹に蓄えていると、それは卵となり、排出される。眷属など悪魔と類縁のある者ならば、性別に拘わらず孵化器になれるらしかった。  拳より大きな卵を、数日毎に数個産み落とす。  悪魔の長大なペニスで深々と犯される事も好きだが、最近は目下、こうして産卵する事が気に入っていた。  戸惑ったのは最初だけだ。今ではもう、こうして、卵が直腸を抜け、肛門を押し広げるだけで射精する有様だ。 「あ、ぁああー……ッ、あ、ぃ、あっ……ああッ……!」 「自分ばっかり気持ち良くなってないで、しっかり務めは果たせよ」 「っい、……は、ぃ……ッ」  大きく脚を開き、捲れ上がったアナルから粘液に塗れた卵を排出する様を、悪魔はじっと見下ろしている。  悪魔が離れても村に災いが訪れぬよう、彼は角の先を折って教会に収めてくれた。鉱石にも似た指先ほどの小さな黒い塊だった。数百年は、低級悪魔を退ける効力を持つと言う。  それと引き換えに、卵を宿す事を命じられた。  これが、新たに課せられた使命。  教祖と呼ばれた男は「子供」と呼ぶが、実態は悪魔の分身たる使い魔だ。  卵を割って出て来るのは、様々な獣が掛け合わさったような、異形の生き物ばかりだ。  最初は皆一様に小さいが、1週間もすれば教祖よりも、個体によっては悪魔よりも大きく育ち、どこかへ放たれていく。そうして教祖は、次の卵を産む。  醜悪な姿の使い魔たちも、自らの腹から、不浄の穴を通って生まれたとあれば、愛着はあった。  どの子も、とても愛しい。  すぐに離れてしまうのが、少し惜しい。 「あ、あ、あッ……またぁっ……うま、れぅ……ッ!」  ぬるりと、またひとつ卵が生れ落ちる。それと同時に、もう何度目か分からない射精に至っていた。  ぽっかりと、粘膜を露出させたアナルが口を開いている。  卵を産むようになってからは、一切の排泄は起きなくなっていた。なんでも、食べたものを食べただけ生命活動に変換出来るよう、悪魔が教祖の肉体に魔力を注ぎ込んだらしい。  それで不都合な事も特になかった。お蔭で排泄器官だった場所は正真正銘、ペニスを受け入れる性器であり、卵を産む生殖器と化した。  膨れたり縮んだりと忙しいせいか、下腹部の烙印が一回りは大きくなった気がする。今更それをどう思うもない。  確かに皮膚に刻まれた印以外は、人間に似た姿をしているかもしれない。  でも、動物の生き血を啜り、排泄する代わりに卵を産み落とすような体は、もう以前とは違う。  穢れた化け物だ。 「ぁ……ああ……」  腹を圧迫していた異物は全て消えた。  精液しか出る事のなくなったペニスからは、一体何に反応しているのか、薄い白濁が未だ断続的に溢れていた。  解放感はある。満足感も。  しかし今度は、途方もない喪失感に襲われる。 「これで全部か?」  問い掛ける悪魔に、こくりと頷く。 「あっ……」  ぞんざいに足首を掴まれ、閉じきらないアナルを覗き込まれた。  産卵すると当分縁は捲れて戻らないほど繰り返し酷使されても、至近距離で見詰められるのは今も羞恥を煽った。  顔が赤らんで、陰茎は硬くなって、後孔はヒクつく。 「確認してやろう」 「んっ……!」  すっかり緩みきったアナルに、いきなり4本の指が突き入れられる。それはすぐに5本になり拳になり、実に呆気なく手首まで飲み込む事となった。  確認と称し拳や腕を入れられる事も、今回が初めてではなかった。  自分の中を、何かが出ていったり、入ってきたりするのは、気持ちがいい。  今の教祖には、それしかなかった。 「ァ、ア……ッ、そ……深い……ッ!」  際限などないかのように、逞しい悪魔の腕が奥まで侵入する。  肛門どころか腹の中まで直接掻き混ぜられ、辛うじて残る本能が危険を察知し痙攣するも、あっと言う間に快感に屈していた。  性器だけではない。最早あらゆる内臓までもが、性感帯として機能していた。 「ああ、空だな。よし、結構だ」 「あ、あああ、あああッ……!」  そうやって体内を探ったかと思うと、再び快感に溺れ始めた矢先に、一気に腕を引き抜かれた。  自らの力で押し出すのとは違い、息遣いも何も丸ごと無視して、一息に巨大な異物が引き摺りだされるのは、内臓ごと持っていかれてしまうような錯覚がして、恐怖すら感じた。  そしてもう、恐怖にすら、この肉体は喜悦した。  折角昂ったのに、こんなすぐに、勝手に出ていくなんてずるい。 「ゃ……もっと……」  もっと擦って欲しくて、掻き混ぜて欲しくて、教祖は自ら尻穴を拡げて強請る。  節制も道義も、村から逃げてからというもの、著しい欠如が始まっていた。  どんな誘惑にも打ち勝ってきた。  けれどその裏には、ああはなるまいという悪い見本や、聖職者としてこうありたいという大志があった。  ここには悪は存在しない。肩書きも必要がない。道徳など、なんの意味も持たない。  ただ快楽だけがある。  教祖はそこを、徹底的に付け込まれた。 「また孕みたいのか? 熱心な事で」 「ん、ァ……っ! あ、ぁあっ、来たぁ……ッ!」  強請れば、与えて貰えた。  腕ほどの長さはないが、たっぷりと精液を注いで貰える大好きな異形のペニスで穿たれる。それだけで、長年禁欲してきたものを取り戻すように、また射精していた。  悪魔はとても、籠絡する事に長けていた。  教祖が快楽のみを貪っていられるよう、不必要なものを次々に排除した。  人間社会という大きな籠から出されただけで箍は外れ、快楽以上の衝撃を与えぬよう、残酷な事はしなかったし見せなかった。  恐怖で支配するよりも、高潔な魂が欲望に塗れ正体をなくすほど淫蕩に耽る事。その方がずっと食べ甲斐があるからだ。  教祖は順調に、人の道を踏み外し続けている。

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