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すれ違いの僕と君6
***
今の暗い顔の吉川と対照的だった、ノリトの笑顔――。
教室で昼ごはんを食べ終えてぶらぶらしようと廊下に出たら、突き当たりに見覚えのある細身の背中を発見した。近づいてみるとノリトが誰かと電話中らしく、漏れ聞こえる声が嬉しげに弾んだものだった。
『はい……はい。今度は僕がおごりますね。いえいえ、いつもお世話になっているので、遠慮しないでください』
(――今度は僕がおごるって……。それってば誰かと食事したってこと?)
『ええ、ありがとうございます。失礼します!』
スマホを切って振り返ったノリトは、俺の姿を見て小さく飛び跳ねた。たとえるなら、森の中で熊にでも出会ったみたいな驚き方と表現したらいいかもしれない。もし俺が吉川だったなら、また違った驚き方をしたんだろうなー。それこそ、修羅場になっただろう。
あらぬことをぼんやり考えてると、ノリトは胸に手を当てて、はーっと大きなため息をついた。
「淳くん、いたんだ。ビックリしちゃった……」
「ごめんねー。電話中だったから、声をかけられなかったよー」
おどけて言ってみたら確かにーっと俺のマネをして短い髪を揺らし、クスクス笑いながら、スマホを制服のポケットにしまった。
「今の電話、すっごく楽しそうだったねー。何だか、恋人と喋ってるみたいに見えちゃったよー」
あえて吉川という名前を出さず、核心に迫ってみる。
ノリトが浮気するワケがない。分かっているけど、どうしても確かめずにはいられなかった。吉川と微妙な距離を保っているのを大隅ちゃんから聞いていたからこそ、やけに明るいノリトの姿に、どうにも違和感を覚えたんだ。
猜疑心を含む俺の眼差しを受けているというのに、ノリトは見慣れた友人の表情のままでいた。
「大学で弓道の練習を見てくれてる先輩に、お礼の電話してたんだ。昨日は帰りが遅くなったからって、夕飯をご馳走になったから」
肩透かしの答えに、身構えていた体の力が抜けてしまった。告げられた言葉を反芻しながら、思わず首を傾げる。
「大学で弓道の練習……先輩――ちょっと待って!」
不思議顔をするノリトを尻目に額に手を当てて、頭の中にあるノリトと一緒に過ごした3年間の思い出アルバムを、パラパラめくっていった。弓道部の先輩で、ノリトが一番慕っていた人って――。
「……1年のとき、弓道部の主将をしてた藤城さんって人かなー?」
「当たり! 淳くんの記憶力ってすごいや」
大きめな瞳を見開き感心しながら、じっと俺の顔を見てくれる。ちょっとだけ恥ずかしいぞー。
「だってー、後にも先にも卒業式で涙を流してたのって、藤城さんのときだけだったでしょ。すっごく好きだったんだなーって、傍で見てて思ったからさ」
当時のことを思い出して指摘すると、俺を睨みながらほんのり頬を染める可愛らしいノリトの姿が拝めてしまった。
「や、あれは少しだけウルウルしただけだって。涙は絶対に流してない!」
そして当時と同じように、泣いてないと言い張る。
まったく、吉川同様に頑固なんだから。もしかして恋人同士って、似てきちゃうのかなー?
――ということは俺も、大隅ちゃんに似てきちゃうのか? 腐レーダーが搭載されちゃうとか!? ワクワクしちゃうじゃないかー。
胸の中のワクワクを一時的に右側あたりに避けておいて、きちんとノリトに向き直る。
「で、その憧れの先輩に、また弓道を教えてもらってるんだー。大学に通ってまでって、ノリトは熱心だねー」
「だって明後日明々後日! 僕たちにとって最後の夏じゃないか。それに、悔いを残したくないしさ。だから淳くん、甲子園に連れて行ってね」
ちゃっかり某アニメのヒロインみたいなことを真顔で言い切るノリトに、思わず苦笑いをしてしまった。愛しの彼女から、何十回も聞いたセリフでもある。
「俺一人の力じゃ無理だからー。でも極力頑張るけどねー」
「淳くんに負けないように、僕も頑張らなくちゃ。昨年は何とか審査で昇段したけど、試合に関してはほとんど、三位どまりだったから」
やる気がみなぎってきたと言いながら、ガッツポーズをする。まるでカラ元気を出してるみたいに見えるのは、俺の気のせいなのかなー。
「さーてと。貴重な休み時間に、道具の手入れをしておかなきゃ」
バイバイと手を振るなり、すぐ傍にある階段を弾む足取りで下りて行った背中を、何も言えずに見送った。
突っ込んで話を聞けなかったのは、俺の中に何とも言えない微妙な違和感があったから。それを言葉にして表現することが、どうしてもできなかったからなんだけどねー……。
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