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すれ違いの僕と君7

*** 「隣、いーい?」  日当たりのいいベンチにぼんやりして座ってる吉川に、ワザとらしく元気に聞いてみる。  ああと短く答えるなり、こっちを見ずにずっと空を見上げたままでいる体に、思いっきり体当たりしてやった。不機嫌な顔してぐらりと傾いた吉川を、横目で見やる。 「吉川ってば、何だよーその顔。ノリトじゃないからって、その態度は酷いんじゃなーい?」 「本当は放っておいてほしいところを、隣に座らせたんだ。あり難いと思えよな」 「またまたー! 何だかんだ言って、話を聞いてほしいクセに」  わざと肩をぴたりとくっつけて不機嫌そうな顔を覗き込むと、やっとこっちを見てくれた。  おーおー目が怒ってる、本当にコワイなー。そんな顔をしていたら、ノリトにもっと嫌われちゃうのにねー。 「話なんか何もねーよ。それよか大隅さんを構わなくていいのか? 俺に構ってないで、そっちに行けばいいのに」  吐き捨てるように告げた言葉に、満面の笑みでお返ししてやる。(俺ってば小悪魔?)  俺らは吉川たちと違って、無敵だからねー。 「大丈夫だよー。クラスの女子と腐女子談義するからって、別行動してるんだ。吉川に心配されなくても、俺たちはちゃんと仲良くしてるからねー」  大隅ちゃんに対する嫌がらせは、俺たちの放送後にぴたりと止んだ。俺の報復が怖かったのか、はたまた大隅ちゃんの迫力がすごかったからなのか理由は分からないけど、キレイに丸く収まった。  しかも大隅ちゃんのお友達が俺たちの付き合いを応援するとバックアップしてくれて、心強い味方もできたのだ。 「はいはい。安定のカップル自慢、ありがとうございます」  言いながら、俺に体当たりしてくる。吉川のひ弱な力くらいじゃ、びくともしないけどねー。 「おあずけくらいまくった犬みたいな顔して、本当に情けないよー。ノリトとケンカしたワケじゃないんでしょー?」 「……試合が終わるまで、距離をおきたいって言われた。俺がいると、弓道の試合に集中できないんだってさ」  微笑を絶やさず訊ねている俺に、終始不機嫌な顔を崩さず、忌々しそうに答える吉川。そんなんだと、幸せがどこかに逃げちゃうというのに。 「へー、俺なんて大隅ちゃんがいたら、ムダに頑張っちゃうけどなー。吉川もノリトが見てたら緊張感がばりばり増して、すっごく頑張るでしょー?」  俺はぼんやりと、この間の野球部の練習試合を思い出した。  両手をぎゅっと組んで、全身で頑張ってオーラを醸し出す大好きな大隅ちゃんに応えるべく、んもぅ全力でボールを投げまくった。 「そりゃあ、好きなヤツが見てたら頑張るだろ、普通。でもさ俺らの部活とは、どこか違うのかなって。弓道は武道だろ? 上手く言えないんだけど、頑張りどころが違うのかもなって、さ」 「確かにねー。俺たちと違って、対戦相手がいない。狙うのは目の前にある、動かない小さな的だけだもんなー」  俺の言葉にちょっとだけ目を見開いてから、やっと不機嫌を解いてくれた。そして淋しそうな笑みを、口元に湛える。 「ノリに……同じ時間をすごしてきた僕たちがいつまでも、一緒にいられるワケがないんだよって言われてさ。それがショックだったのもあるけど、距離をおきたいっていうのが、もう俺って必要とされてないから、そんなことが言えるのかって考えちゃって。それで頭が真っ白になって、ずっと距離をおいてやるなんてバカみたいなことを、勢いで怒鳴っちまった。もう修復ができねぇかもな。距離をおいたまま、卒業しちまうかもしれねぇ」  苦笑いをしながら両手で頭を抱える吉川の背中を、思わずぽんぽんしてやる。  なんだかなー。いつものことだけど本当ノリトも吉川も仲良しさんだから、ケンカしちゃうんだよー。お互い、想い合っているからこそなんだけどー。 「ノリトはねー、吉川のことがすっごく好きだから、目のつくトコにいるとムダにドキドキしまくるんだって。集中なんかできないレベルだからこそ、距離をおきたいって言ったんだ」 「集中できないレベル?」  オウム返しをした吉川の顔が、なぜだかちびっコみたいに見えたのは、どうしてだろー? 俺ってば何だか、父親になった気分。よしよし、ちびっコ吉川を諭してやろうじゃないかー! 「そーそー。何て言うかなー、俺もこの間の練習試合で最初の三振をとるとき、大隅ちゃんに格好いいところを見せなきゃってバカみたいに手の中に力が入ったら、思いっきり暴投したんだよー。だからさ、もしかしたらノリトも同じなのかなって思ったんだー」  肩をすくめながらぺろっと舌を出すと、うへぇと言いながら俺の顔を白い目で見る。 「どんだけメンタル弱いんだよ、お前ら」 「もー、バカにしないでくれよ。足を器用に使ってするスポーツじゃないからって、見下しすぎだろー!」  せっかく恥を忍んで説教しているというのに何なんだよー、そのセリフ!  俺が怒りにまかせて強く体当たりをすると、細身の体が簡単にベンチから落ちそうになった。  吉川ってば、貧弱すぎー。  内心ほくそ笑んだら、吉川は胸の前で腕を組んで横目で睨んできた。 「見下してないって。何となくだけど分かるから……。その格好つけたくなる、くだりについては、さ。俺はヘマなんてこと、絶対にしないけど」  睨んでるくせに、俺に語りかける言葉は弱々しいものだった。  それにしても俺と吉川の違いってこういうトコに現れてるから、ノリトがそっちに流れちゃったのか――今更分かっても、なんだけどー。 「さりげなく自慢してくれてどーも! ノリトも吉川みたく決められる男だったら、こんな風にならなかったのにねー」 「的のむこう側に俺がいるから外さないって、ノリが言ったのに……。俺がいちゃダメって、ワケが分からなくなってさ」 「そこなんだけどねー」  腕組みを解き膝に腕を置いて、頬杖しながら吉川を見た。 「さっき言ったノリトの言葉とか、らしくないって思ったのー。まるで誰かに言えって脅されて、無理矢理言ってるみたいな感じだなって」 「脅されてって、穏やかな話じゃないだろ」 「例えば――そうだな、練習を見てやるから、吉川と別れろと脅した、みたいな?」 「何だよそれ! 弓道の練習と俺を天秤にかけて、俺があっさり捨てられたことになっちまったのか!?」  憤慨しながら立ち上がる吉川。怒りのスイッチが入るの、すっげー早い。見ていて清清しくなっちゃうレベルだよー。  その様子に呆れて、顔を激しく引きつらせた。 「吉川、落ち着けって、もう! たとえ話してるだけなのにー。他にも何か、見えない理由があると思うよー」 「他の理由って一体、何だっていうんだ? ノリの気持ちが全然見えなくて、ワケが分かんねぇ……」  パニくって再び、頭を抱える。心の距離が近いと、近すぎて見えなくなることあるんだよねー。 「そこんトコは3年間親友の俺がしっかり聞き出してやるから、安心しなよー。昨日は遅くなったからって、夕飯を一緒に食べたみたいだけど」  俺も立ち上がり安心させるべく、肩を優しく叩きながら告げた言葉に、吉川はハッとした顔をする。 「――誰と誰が、一緒に食事しったって?」  あ……このネタはヤバい気がする。かなーりヤバいよー。つい、ぽろっと出ちゃった。再び吉川がキレる、可能性が大だな。  恐れおののきながら思わず、一歩だけ吉川から退いてしまう。   「ええっと、ほら、ノリトが憧れてる弓道部の元主将の――」 「藤城ってヤローだろ。アイツがノリをそそのかして、俺と別れさせたのか?」 「ちょっ、まだそうと決まったワケじゃないでしょー。まったく落ち着きなって、吉川ー」  ――恋は盲目――  昔の人はいいこと言ってるよねー。  一気に怒りで熱された吉川を宥めるべく、まぁまぁとジェスチャーをしてみたけど、まったく効果はないらしい。目がどんどん据わっていくのが、見ていてコワくなった。 「弾丸シュートを、藤城の顔面に絶対決めてやる……」  ――そんなことしたら、藤城さんの顔面が潰れて死んじゃうよー! 「もう! 落ち着けってば!!」  俺は仕方なく黄金の右手を使って、吉川の頭にゲンコツを落としてやったんだけど。 「いったー……」  想像以上にヤツの頭が石頭仕様で、大事な右手を負傷しかけてしまった。 「お前バカか。硬いサッカーボールを、毎日ヘディングしてんだ。ちょっとやそっとじゃ、ビクともしないぜ」 「そーかい。でも落ち着いたみたいで良かったー」  俺のドジのお蔭で多少落ち着きを取り戻したのか、呆れた顔で見てくれる。 「ノリトに藤城さんがこっちに来ることあるか、ちょっと聞いてみてあげる。だから、襲撃しようなんてことを間違っても考えるなよー。まずはお互いに、腹を割って話し合うべし!」  ゲンコツした右手をプラプラさせながら言うと、分かったと力なく返事した吉川。  猪突猛進スイッチが入らないようにしっかり見張っておかなきゃなぁと、心の中で思ってしまった。

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