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諸刃の剣

 ある日のこと、珍しく大隅ちゃんと一緒に昼休みを木陰で過ごしていた。晴天というワケではないけど、時折吹き抜ける風がジメジメしていた空気を一瞬だけ、どこかに飛ばしてくれる。  大きな木を背もたれにして、ふたりして並んで座っている状態だった(傍から見たらラブラブだよねー)大隅ちゃんはスマホを使って熱心に読書中で、俺のことは無視状態。  邪魔したいなーと思っても彼女の嬉しそうな顔が拝めるので、まーいいかと諦めている。  あーもー、時より見せる可愛らしいその笑み! 俺的には、即物的に食べちゃいたいんだけど。 「ねーねー何を読んでるの? そんなに面白いモノなのー?」  ワザとスマホの前に、顔を近づけてみた。 「ああ、もう! 今とってもイイところなのに。淳さん、お願いだから邪魔しないでくださいって」 「俺も一緒に読むー。どこら辺がイイところだって?」  現在読者の皆さんが読んでいるように、大隅ちゃんも何かに読みふけっているところを、あえて覗き込んで読もうとしたら、胸の中にスマホを抱きしめて、必死になって隠そうとされてしまった。 「ダメですよ。淳さんが読むジャンルじゃないんですから」 「じゃあ構ってよー。キスしてほしーな」  大隅ちゃん目掛けて顔を近づけると右手で唇が塞がれて、簡単にキスが阻止された。 「こんな目立つトコで、そんなことはしません」 「じゃあ百歩譲って、これでガマンするから乗ってよ」  俺が自分の膝の上をぽんぽんと叩き、乗るように合図をしてみた。キスよりはいいかと諦めたのか、渋々俺の膝の上に乗ってくれる。  彼女の愛しい重さを噛みしめつつ、後ろからにゅっと顔を突き出してみた。  これで大隅ちゃんが熱心に読んでるモノが、全部分かってしまうぞ。彼氏として、ちゃんと把握しておかないとねー。  内心そんなことを考えながらほくそ笑みを浮かべて、スマホの画面を覗き込んで見る。 「なになに、『初夏の香り』……出だしっから、思いっきりBLだねー」 「だから、淳さんが読むモノじゃないですって」 「他のは、どーなのかなー?」  ちゃっかりスマホを引ったくり、さくさくっと中身を拝見してみた。 「ああ、ちょっと!」 「えっと『葉城探偵事務所』……探偵事務所っていうんだから、何かの依頼から事件的なものが発生したり?」  わくわくしながら、ページを捲って読んでみると――。 「随分と濃厚なBL話だったんだねー。大隅ちゃんてば見かけによらず、結構Hだったんだー、へー」 「もう、いい加減やめましょうよ。困りますぅ」  困り果てる顔を一瞬見てから、視線をスマホ画面に戻した。まったく――どんな顔をしていても、可愛いーなー。 「他には何が潜んでるかなー?『推定恋罪』……刑事モノ・サスペンスと見せかけつつも、しっかり期待を裏切らないBL小説!」  彼女の肩に顎を乗せて耳元で囁くと、観念したという表情で俺を見る。 「分かりましたよね。私は、こういうのが好きなんです!」 「でもひとつだけ、雰囲気が違うのあるねー。『僕のご主人様』藤紫絽案? あー何か、自動的に繋がっちゃったなー」  藤紫絽と藤城。大隅ちゃんの趣味もちょっとだけ心配だけど、吉川と藤城さんのことも心配になってしまった。 「何が繋がったんですか?」 「んー、ノリトが憧れてる藤城さんっていう先輩の名字と、うまいこと繋がったなーって思ってさぁ」  偶然って怖いねーと喋りながら吉川とノリト、そして藤城さんについて、今までの経緯を説明してあげる。すると話を聞きながら、大隅ちゃんの顔が見るみるうちに強張っていって、ついには俺の胸倉を右手でがしっと掴んだ。  熱くなった吉川と、大隅ちゃんの内に秘めるたぎった様な漢気(おとこぎ)は比例してるからねー。俺ってば、いつも押されちゃうんだよなー。 「ちょっ、ノリトさんと吉川さんが、そんなことになっていたんですか!? 何とかしてあげなきゃダメでしょ!」  鼻息を荒くしてる大隅ちゃんの頭の中を落ち着かせるべく、撫でなでしてあげる。 「でもねー、ノリトが距離をおきたいって吉川に宣言した以上、俺らは何もできないんだよー」 「それはそうですけど、それでもじっとしていられません」  やっぱり――心優しい大隅ちゃんなら、そう言うと思ったんだー。 「だーめっ! 今日大隅ちゃんは、俺の試合の応援をしなきゃいけないんだから。大丈夫だよー、吉川は見かけ以上にしっかりしたヤツだから、きっと何とかするって」 「ううっ、口惜しい。修羅場が見られるかもしれないのに……」 「何か言ったー?」  俺がじと目で大隅ちゃんを見ると、ふるふると首を横に振り、何でもないをアピールされてしまった。 「ちゃんと淳さんの試合を見に行きますから、安心してくださいね」  試合……ワザと危ういものにして、彼女が逃亡しないように調整しないといけないかもー。  不安に襲われて、思わず彼女をぎゅっと抱きしめる。  吉川の危機よりも自分の方がヤバいことに、改めて気づいてしまった淳だった。

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