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諸刃の剣4

「さあ、遠慮せずに入って。そこに座るといい」  てきぱきと指示を出し、俺を部室内に誘導する藤城が心底気に食わない。 (チッ、好きなトコに座らせろって――)  不機嫌丸出しにしながら指定してきたそこに胡坐をかくと、向かい合う形で静かに正座する。 「俺が邪魔者って、一体どういうことですかね?」  憮然とした態度を崩さずにさっきのことを指摘したら、「言葉のままだけど」と素っ気無く返された。 「吉川くん、君がどれだけノリトくんを想ってるのかは知らないけど、弓道に集中したいと考えてる彼にとって、すごく邪魔になってるんだ。さっきだって、君の姿がチラッと垣根から見えた瞬間から気が散っていたし」 「それは、その……練習の邪魔して悪かったと思ってます。だけど俺は中途半端な気持ちで、ノリと付き合ってるつもりはないですから!」  いつだって真剣に、ノリのことを想っている。この想いは誰にも負けないつもりだ。  膝に置いていた拳を、爪が食い込むくらいにぎゅっと握りしめた。  俺がこんなに熱く語っているというのに藤城は冷静な表情を崩さず、むしろそれがどうしたといわんばかりの態度をとっていた。それが余計に、俺自身のイライラを煽っていく。 「そうなのかい? だけどね何かの事情……そうだな、遠距離なんかで離れちゃうと気持ちも離れてしまうものだよ」 「そんなもんで気持ちが離れるとか、俺らには関係ないっ! 何年経っても変わんねぇし」  思わず、拳で床を殴ってしまった。 「何年経っても変わらない、か。ノリトくんも同じことを言っていたよ。さすがは、想い合ってるだけのことはあるんだね」  メガネの奥の瞳を細めて感心したように言う姿に、言葉が出ない。それよりもノリが同じ気持ちでいてくれたことがすっげぇ嬉しくて、荒れていた心が救われた気がした。 「俺は師匠としてノリトくんをサポートすべく、家族や恋人にいえない事情のすべてを把握しているんだ。ノリトくんの話通り、見た目がチャラいのに、しっかりした考えの人なんだね」 「はぁ、まあ……」  藤城のヤツ、さっきから褒めてるのか、けなしてるのか分ったもんじゃねぇな。  不機嫌な態度をそのままに藤城を見ると、急に眉間にシワを寄せて難しそうな顔をした。 「しっかりした君を見込んで、頼みがある。ノリトくんの邪魔をしないでくれないか? 彼も言ってたろ、最後の夏だって。どうしても試合に賭けたいんだって、ね」  言ってたさ、強い口調で言ってたけど――。 「ノリのヤツ言ってたんです。俺が的のむこう側にいるから、絶対に外さないって。これって、試合で有効なことでしょう? 俺がいたら邪魔って一体、何なんですか?」  藤城の目を見て訊ねると顎に手を当ててちょっとの間、考え始める。 「的のむこう側か……なるほどね。だから気負ってしまったのか、それなら中らなくなるはずだ」  ワザとなのか、聞こえるようにブツブツ呟いた。  いつまで経っても独り言ばかり言って、無視を貫く藤城にむっとするしかない。いい加減にしてくれと、口を開こうとした矢先――突然、居住まいを正して、しっかり俺と向かい合い、申し訳なさそうな顔をして説明を始める。 「弓道って武道は、スポーツ面の強い試合型と武道面の強い審査型の二面性があるんだ。どちらも敵はいないというところは同じなんだけど、背負うものがそれぞれ違っていてね」 「背負うもの?」  不思議顔で訊ねる俺に頷きながら、丁寧に説明してくれる。 「ああ、試合は大体団体戦になるんだ。3人一組のね。仲間が外したら、次は自分が絶対に中てなきゃならないっていう、見えないプレッシャーに襲われる。団体戦の成績の中にそれぞれ、個人戦の成績が含まれるんだよ。だから団体戦と個人戦で、優勝を争うというのが試合なんだ。一方審査は、責任はすべて自分にかかってくる。射場に入場して矢を2本だけ射って、退場するまで気が抜けない」  素人の俺にも分かりやすい説明に、首を縦に振った。 「どちらかというとノリトくんは、審査型の弓引きになる。集中力は高いけど、プレッシャーには弱いコだからね。だが最後の夏ということで、審査型から試合型に変えようと、今現在努力をしている最中」 「ノリがそんな努力を……?」  弓道の基礎知識的なことを話でよく聞いていたけど、他人からノリの現状を聞き、すごく不安に駆られた。3年かかって築き上げたものを今更変えるっていうのは、大変なことじゃないのか!? 「だからこそ、俺が呼ばれたんだ。中てなきゃならないっていう気持ちと、君を想う気持ちが強すぎて的を外してる。プレッシャーに弱い、ノリトくんらしいんだけどね」  可哀想だよなぁと言いながら切ない表情を浮かべる藤城に、返事ができなかった。  距離をおきたいと言ったノリ――意識するあまり的を外すって、俺のせいで集中できないからなのか?  どうしていいか分からず、俯いて下唇を噛みしめた。 「弓道では上達するのに技術面が8%、体力2パーセント、残り90パーセントが心だという説がある。動かない的を狙うんだから簡単だろうと思うだろうけど、雑念に囚われると、中るものが中らなくなる。吉川くんも、経験したことないかい? この1本シュートを決めたら、勝てると思って体が緊張して、思うように動けなかったこと――」 「ああ。強く勝利を意識しすぎたら、いらないトコに力が入りますね」 「そう、それっ!」  俺の言った意見が的を射るものだったのか、嬉しそうにしてパチンと指を鳴らすなり、指を差した藤城。なぜか顔をぐいっと寄せてきて、声を大きくしながら言い放つ。 「あとさ、やっぱり好きな人には、格好のいいところを見せたいと思うでしょ」  何なんだ、このテンションのアップダウン。正直ついていけねー。  顔を寄せられた分だけ、うひぃと思いながら顎を引いた。 「そうですね。だけど俺、ノリからは試合に来るなっていつも言われてて、実際に見たことないんですけど」 「そりゃあ吉川くんは、ノリトくんの憧れの存在なんだ。実際に来たら、試合どころじゃなくなるよ」  その言葉に目を大きく見開き、口をぽかんと開ける俺に(何でも知りすぎてて、正直キモイって思った)藤城は肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。  「懐かしい話をしてあげよう。俺が高3になって、弓道部の主将を任されたときのことなんだけどね――」

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