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諸刃の剣5
遠い目をしながら語りだす言葉を聞き逃さないように、一応真剣に聞いてやった。
「ノリトくんはたくさんの1年生と一緒に入部してきたんだけど、他の男子部員と違って体力があまりない上に、練習メニューも女子用をこなすので精一杯な状態だったんだ」
「アイツは線が細いし、中学ンときだって部活をやってないから、それはしょうがないんじゃないですか?」
顎に手を当ててノリのことを考えながら告げると、藤城はこくりと頷く。
「確かにそうだね。しかも飲み込みも人一倍遅くて、筋トレばかりしていたよ。その内、イヤになってしまったんだろうな、部活の途中で失踪したんだ」
「は――? あのノリが、部活を投げ出したんですか?」
僕に逢いたいからって部活をサボるとは、言語道断だよ吉川! 今ならそう怒鳴るノリである。その信じられない話に絶句した。
「そう、いつの間にかいなくなっていてね。戻って来なかったら、それまでだなぁって思ったんだけど、かれこれ30分くらいだったか、ちゃんと戻って来て俺に謝ってくれたよ」
そのときのことを思い出したのか、目を閉じて嬉しそうな顔をする藤城。
「いなくなった理由を聞いたら、自分に限界を感じたって、説明してくれた。同じクラスにいる野球部の友達にそのことを相談しに逢いに行こうとしたら、なぜだかサッカー部の試合に見入ってしまったそうだ」
「サッカー部の試合?」
「ああ、吉川くんがピンチヒッターで指名された試合。サッカー経験のない1年生の君が、大抜擢されたけど、ブーイングの嵐だったアレ」
可笑しそうに言って、また俺を指差す。
1年のときの試合――俺は必死に記憶の紐を手繰り寄せ、思い出そうとした。ピンチヒッターにブーイングの嵐……もしかして――。
「主将繋がりで、どうして監督がそんな采配をしたのか聞いてみたんだ。中学のときは、バトミントンしていたんだってね」
「はい。体育館の限られた空間で小さなシャトルを追うよりも、広いピッチでボールを追っかけたら面白いかなっていう理由で、サッカーを始めただけですよ」
憮然としながら言ってやると、へぇと感心して俺を見る。
「監督が吉川くんの持つその情熱とバトミントンで鍛えられた瞬発力を見込んで、試合に賭けたそうだよ」
笑いながら言う藤城とは対照的に、当時の苦い記憶をしっかりと思い出し、顔を逸らしながらため息混じりに告げた。
「だけど残念なことに、その体力は15分しか持たなかったです。監督に言われた指示をこなすのに、マジで必死でしたよ。ボールをカットしまくって、体力底切れしてぶっ倒れて、格好悪いったら……。結局試合に貢献できず、ブーイングされちまって」
「その姿をね、ノリトくんが見ていたんだ。一からサッカーを始めた君が頑張ってボールを追う姿が、目に焼きついたって言ってたよ。自分で限界を作るなんてバカなことをしたって、猛省して頭を下げたんだ」
――あんなカッコ悪いトコ、ノリに見られていたなんてハズカシすぎんだろ……。
『僕だけの煌き――ずっと君を想っていくから』
そうノリは言ってくれたけどアイツの目にはカッコ悪い俺も、シュートを華麗に決める俺も、全部格好良く映っているのか? かなぁり、恋人補正がかかってるよな。
「憧れるだけじゃなく大好きな吉川くんの存在が大きすぎて、ノリトくんを緊張させてしまう。だからこそ、無心に帰るようにアドバイスした。好きという気持ちをベースにして、的のむこう側にいるのは己のみってね。そのベースが未だに固まらないから、足元が揺らいでグラつくんだが――」
ベースを固めることができないのは、俺のせいだと言いたいんだろうか。
イヤな不安だけが胸の中に渦巻く中、意を決して口を開いてみた。
「俺の存在が問題なんでしょうか? 好きって気持ちは、簡単に変えられないものですけど」
「そうだね、難しいなぁ。俺はノリトくんに、気持ちを押し殺せとは言ってないよ。だけど物事は何事も量が問題だ。少なすぎても多すぎても、そのバランスを崩してしまうからさ」
さっきまでの和やかな雰囲気が一変、キリッとした面持ちになる藤城に、俺まで背筋を正してしまった。胡坐で背筋伸ばすって、変じゃないだろうか――座禅チックな感じかも。
「ノリトくんのことを想うのなら、なるべく接触を控えて遠くから見守ってはくれないだろうか? 彼の好きという気持ちのベースさえ固まるまででいいから」
「……分かりました。ノリのために、俺も頑張ります」
――好きだから頑張れる――
それでノリが弓道に集中ができるなら、やってやろうじゃん! だからノリも俺に負けないように頑張って欲しいと、強く思った。
膝に置いた両拳を、再びぎゅっと握りしめる。さっきとは違う悔しい気持ちじゃなく、決意の気持ちを込めて――。
「辛いことを頼んで、本当に済まないね」
決心した俺の顔を見て切なそうな表情をした藤城に、しっかりと頭を下げた。
「ノリのこと、ヨロシクお願いします!」
俺は何も、手助けすることはできない。ただ、離れて見守るくらいしかできないから――どうか俺の分までノリを頼みます。
その気持ちを込めて、頭を下げ続ける。そんな俺の肩を、藤城は優しく叩いてくれたのだった。
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