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諸刃の剣6
***
「あれ……。これで何周目だっけ?」
はぁはぁ息を切らして、思わず立ち止まってしまった。確か3周は走った記憶がある。分からなくならないように、石を積んでいこうかな。
「これでいいや!」
落ちていた石を5コ集めて、歩道の隅っこに置いてみた。
体の疲れ具合を考慮して、5周くらいだろうと勝手に判断。しゃがんでいた足を伸ばすように勢いよく立ち上がり、額から流れ落ちる汗を無造作に拭い去って、大きなため息をついた。
「心を無にするのって、本当に難しい……」
さっきだってそう――道場の垣根からチラッと吉川が見えた瞬間、胸が一気にドキドキしちゃって、心がフラフラし始めたんだ。
(――平常心を保たなきゃ!)
そう念じた時点で既に無の境地から、逸脱してしまった。心配そうに僕を見る吉川の視線が痛々しすぎて、目を合わせられなかったし。
「どうすればいいか、全然分からないよ」
抜けるような青空が異常に眩しい。この眩しさを使い、悩みその中枢に光を当てて、問題解決にぱぱっと導いてはくれないものだろうか。
そんな無茶振りなことを考えながら重い足を引きずり、ゆっくり走り出す。吉川に対して背を向けるように、駆け出して行くしかできなかった。
悶々と考えながら野球部のグラウンド前を、ちょうど走り抜けようとしたときだった。
「うおーい、ノリト!」
自分の名前を大声で叫ばれたのでビックリしながら足を止めると、応援してる生徒をかき分けた淳くんが、わざわざこっちにやって来る。
「ちょっ、淳くん。今、試合中でしょ? 大丈夫なのかい」
「大丈夫だから、声かけたんだってー。そういうノリトこそ、何をちんたら走ってるの?」
試合中だというのに、まったく緊張感を見せない淳くん。本当に大物だなぁ。
すぐ傍のスコアボードを見ると1点取られているものの、ウチの高校がリードしていた。
「ダメダメな僕の下半身を鍛えるべく、藤城先輩から言われた練習メニューを消化してるトコだよ」
「そんなの走るより、吉川と1日中かけてHしてれば、勝手に下半身が鍛えられるんじゃなーい?」
「いや、それはちょっと。鍛える部分が、コアすぎるような……」
思わず顔を赤らめると意味深にニヤリと笑って、自分の腰に両手を当てる。
「えー、足腰激しく使うから、絶対に鍛えられるってー」
「こっ声が大きいよ、淳くん……」
言いながら腰を前後に動かす淳くんを止めるべく、慌てて抱きついた。僕らの傍にいる生徒の耳には、この会話が入ってしまったかも――。
学校で1・2を争うイケメンの君が、こんなことしちゃダメだよ。僕のせいで評価が下がってしまったら、申し訳なさすぎる!
「わーっ、ノリトってば大胆。こんなトコで抱きつくなんてー」
「もう淳くんってば。試合中の緊張感がゼロ……」
顔を引きつらせながら体からぱっと手を離して、ニコニコした顔を見上げる。
「失礼なっ! これでもすっげー緊張しまくってるってば。最初の三振とるときも、思いっきり暴投やらかしちゃったしさー。吉川なら間違いなく、カッコよくシュートを決めてるだろうなって思ったら、余計ムカついちゃったよー」
――確かに。
吉川は緊張感とか責任とか全部をパワーに変えて、決めるべきトコをきっちり決めてくれる男なのだ。逆に僕はもう縮こまっちゃって、ハラハラドキドキしまくり、いらない力が体のあちこちに入りまくってしまい、矢は的から外れて、あさっての方に飛んでいってしまう。
審査なら全然そんなことないのに、試合という特殊な空間の緊張感や、仲間からのプレッシャーとかを肌で感じただけで、もう――。
「だけど次の回では、バシッと決めてやったもんねー。これで大隅ちゃんのハート、鷲掴み決定っ!」
「ははは、すごいね淳くん。僕はそういう風に決められないから、すっごく羨ましいよ」
「気負いすぎなんだよー、ノリトの場合。失敗したら、次を決めればいいだけの話じゃん」
苦笑いする僕の頭をいつものように、わしゃわしゃと撫でまくってくれた。
「だって決めなきゃいけないと思ったら緊張しちゃって、変なトコに力が入って、結果ダメになるんだよ」
「だから、それがダメなんだって。考え方を変えればいーんだよー。そうだなー、まずは楽しまなきゃ!」
ぽんと言われた言葉が、僕の心にずしんと置かれた気がした。
淳くんっていつもそう。何気ない言葉を軽く言って、僕にいろんなことを教えてくれる。
「俺、大隅ちゃんの次に野球が好きだし、試合だっていつも勝てるってワケじゃないよー。緊張とか寄せられる応援を栄養にして、どんな試合でも頑張ろうって思えるんだ。ノリトだって弓道、好きなんでしょ? 好きだから頑張れるんだよねー」
笑いながら言う淳くんの言葉に、相変わらずポカンとしながら、コクコクと首を縦に振った。
「だったら徹底的に試合を楽しむ方向に、シフトチェンジすれば、いーんじゃなーい? これを中てたら、吉川からご褒美を貰っちゃうぞ、なーんてね」
「それはそれで楽しい、かも?」
淳くんってばいつもこんなこと考えて、ボールを投げてるんだろうか……。
「淳さん! 次、出番ですよ!」
息を切らして、こっちに走って来た大隅さん。
「はーい、もうチェンジなんだ。早いなー」
肩をぐるぐる回しながら、去って行く背中に声をかける。
「淳くんありがと! 試合頑張ってね!」
「ノリトもねー、しっかり頑張るんだよー」
持つべきものはやっぱ友達だなぁ、胸の奥がじーんと染み渡った。目から、しょっぱい汗が流れてきそうだよ。
「あの、ノリトさん。藤城さんと吉川さんの話し合いに、参加しなかったんですか?」
情報が筒抜けな関係の僕ら。言わなくてもツーカーすぎて、不便はないのだけれど――実際はサプライズ的なことができなくて、不便なところはあるんだよね。
「うん。今、部室で話をしているよ。別れろっていう話じゃないから、心配しなくて大丈夫。いろいろゴメンね」
済まなそうに言う僕の顔を見て、吉川みたいな切ない目をしてくれる。僕ってば何か、そういう顔をさせてしまう何かを、醸しているんだろうか?
「それなら良かった。じゃあ淳さんの応援してきます。ノリトさんも部活、頑張ってくださいね」
身を翻して応援席に戻る大隅さんの背中を見ながら、ぼんやりと考えた。
そうだよね。僕もみんなに負けないように、頑張らないといけないんだなって。
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