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抗えない衝動・唇から熱――

*** 「ねぇねぇ、昨日どうだったのー?」 「昨日のノリトさんの顔を見てるだけに、すっごく心配だったんですよ。早く教えて下さい吉川さん!」  真夏日、真っ只中――淳に指定されたベンチには、太陽の光がさんさんと注がれ、テレビで見る記者会見で使われるような、眩しすぎるライトみたいだった。ただでさえ部活で肌が焼けてるっていうのに、これ以上黒くなってノリに嫌われたらどうするんだ。  俺を逃がさないようにするためなのか淳と大隅さんが両脇に控え、交互に質問をする。その様子はまるで悪いことをした議員に向かって、我先にと質問を浴びせるリポーターみたいである。 「あのさ、ちょっと待ってくれ。悪りぃけど落ち着かないから、どっちか席を移動してくれないか? どっかに逃げたりしないし、ちゃんと質問に答えるからさ」  心底うんざりしながら言うと、大隅さんは躊躇せず、淳が指定した膝の上に乗る。  どうして、そこに座らせるんだよ!? ラブラブなのは承知なれど傷心の俺にはその行為、イライラする原因になるぞ。絶対にワザとだ、淳のヤツめ!  大隅さんの素直さをまんまと利用し(淳に悪意はないと思ってるよな)言うことを聞かせてるんだから。 「大隅ちゃん、あとで乗り賃頂戴ねー。お安く、キスひとつにしておいてあげるよー」 「ええっ!? そんなのとるんですか?」 「キスよりスゴイことでも、いーけどねー」  おいおい、そういうのは他所でやってくれないか。  顔を思いっきり引きつらせ、無言でギロリと睨んでやる。そんな俺にわざとらしくペロッと舌を出して、ごめんねーと謝る淳。謝ってる感じが、全然ないっちゅーの! 「昨日ランニング中のノリトと話したんだけどさー、結構追い詰められた顔をしてたよねー」 「そうなんです。パンパンに膨らませた風船のような緊張感をじわじわって漂わせて、見ていて本当に可哀想な感じでした」  ふたりして顔を見合わせ、思い出すように語っていく。 「そうか――」  俺も部室前ですれ違ったとき、同じように思ったもんな。    胸にキリキリとした想いを抱えながら、昨日藤城とやり取りをした話を深いため息を交えつつ、ぽつりぽつりと伝えていった。 「結局今まで通り、ノリとは距離をおいて、付き合っていくってことにしたから」  俯きながら言うと、淳は大隅さんの頭に顎を乗せ、仕方なさそうな顔をする。 「ノリト、繊細だからねー。俺らが何とかできたら助けてやれるんだけど、こればっかは無理だもんなー」  淳が大隅さんの顔を見ながら眉根を寄せると、よしよしするみたいに、優しくその頭を撫でまくる。  あの……可哀想なのは実際、俺なんだけど? 「私、思うことがあるんですけど、何かおかしくないですか?」  淳の頭を撫でながら、俺の顔をじっと見た大隅さん。 「でたっ! 大隅ちゃんお得意の、腐女子レーダー発動かなー?」 「茶化さないでくださいって。真面目な話をしてるのに淳さんってば、もう」  もうって思うのは、こっちだっちゅーの! どんだけお前ら、仲がいいんだよ。 「あのね吉川さん、考えてみてください。今まであったいろんなこと――バレンタインもホワイトデーも、ノリトさんはいつも吉川さんを優先してきたんです。なのに3年生に進級した途端に、その優先順位が簡単に変わるなんて思えないんですよ。他に何か、藤城さんから聞いていませんか?」 「吉川はサッカーよりノリトを優先してるしー、俺は勿論、大隅ちゃんが1番だからねー」 「テメー、いい加減に――」 「そうですよ、淳さんっ! ちゃんとノリトさんのこと、考えてあげて下さいね」 「……そんなの分ってるよ! 俺らが思ってる以上にノリトの悩みが深刻だって、分ってるんだけどさー……。何も手助けできない自分が本当に無力すぎて、腹が立ってるんだ。友達なのに水臭いよね。相談してくれても、いーのにさ」  珍しく声を荒げた淳。最後は消え入りそうな声で、ボソリと呟いた。  何だか、居たたまれない気持ちになる。ノリのことを心配してるのは、恋人の俺だけじゃないというのに……。 「悪りぃ、ついイライラしちまって。辛いのは俺だけじゃないのにな」 「悩むならひとりより、4人で悩んだほうが早く解決できるのにねー。スクラム組んで、ぱっぱとお悩み解決みたいな」 「淳さん……優しい」  そしてしばし、3人で沈黙になってしまった。どうにかしてやりたくても、その解決策すら思いつかず、にっちもさっちもいかなかったから。 「吉川さー、ノリトに片想い状態を維持するのって、どれくらい堪えられそう?」  淳が横目でチラリと俺の顔を見ながら訊ねてきた言葉に、何と答えていいのか困ってしまった。  どれくらい堪えられるかって正直、もう限界に近い。だけど、辛いのは俺だけじゃないハズなんだ。ノリトだってきっと……。 「まぁ、ぼちぼちといったところだろ。何とかガマンするさ、ノリのためだし」 「ぼちぼちねー……。俺らの姿を見てるだけで、すっごくイライラしてるクセして。痩せガマンしたら、体に毒だよー」  言いながら膝の上にいた大隅さんを、今更ながら自分の隣に移動させた。落ち込んでる今だからこそ、そういう優しさが胸にぐっときちまうな。  目を伏せて俯いた俺の頭を、いつもノリの頭を撫でるように、わしゃわしゃと容赦なくぐちゃぐちゃにする。 「ノリトも吉川を切れ起こして、無意識に吉川の姿をさりげなく捜してるし、ふたり揃ってヤバイ状態なんだから、気をつけなよー」 「何が?」 「公衆の面前でお互いに目が合った瞬間、引き寄せられるように抱きしめあったり、キスしちゃったりー?」  激しく同意と言わんばかりに、大隅さんも首をコクコクと縦に振る。 「そうですね。いつも一緒に放課後を過ごしてた、仲のいいおふたりだからこそ、気持ちが一気に高まっちゃって燃え上がっちゃったら――」 「そーそー。きっかけ作るのは、間違いなく吉川からだよ。猪突猛進型なんだから」  撫でていた手を、いきなりぐーに変形させて、ぽかんと殴った。てか、どんだけ俺が信用されてないのかが分かりすぎてしまい、困り果ててしまうぞ。 「わーってるよ。気をつけるから、そんなに念押ししなくていいって!」  ノリのためにガマン出来る自信が、俺の中にあった。俺だけじゃない、ノリだって頑張ってるって分ったから。  しかし淳の疑念が現実化するとは、このときはまったく思ってもいなかった。

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