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抗えない衝動・唇から熱――3

*** 「…っ…うっ……ひっ…」  どこをどう走ってきたか、全然分らなかった。気がついたら体育館横にある2年前に爆破予告事件のあった大きな物置の影に身を潜ませて、体全体で呼吸を一生懸命にしている状態だった。  ――心を落ち着かせるには、まずは呼吸を整えること――  頭では分っているのに、体がそれを拒否しまくる。  吉川を叩いてしまった右手よりも、自分の胸の中がぎゅぅっと締めつけられるように痛くて、それをどうにかしようとすればするほどに、呼吸がどんどん乱れていく。 「あんな目で僕を見るなんて反則に近いよ、まったく……」  揺るがないようにしっかりと閉じ込めた気持ちを、吉川の熱い瞳という鍵で間単に開放されてしまった。幾重にもロックをしたワケじゃないけど、それなりに自信があった。  一緒にいないことが当たり前になった、日常がベースになっていたからこそ。  藤城先輩の言うことをきちんと忠実に聞いて、弓道の練習だけに集中していた。自分がこれから出る試合に向けて勝つことだけを目標に、日々練習に励む毎日。  その結果、吉川の姿を見てもその声を聞いても、平気でいることができた。絶対に大丈夫だって、確信したのにどうして――。 「君の存在が大きすぎて、本当に困っちゃうよ。どうしてくれるんだ、煌……」  好きな人にキスされて、嬉しくて堪らなかった。久しぶりに感じることのできた吉川の体温や香りが愛おしくて、もっと欲しくて縋ってしまった。それはまるで渇いた喉を潤す水を欲するように、手を伸ばして求めたんだ。  求められるまま応じたキスの最中にハッと我に返り、ザーッと青ざめ、頭の中に弓道の試合のことがぶわっとよぎった。 (このまま流されてしまったら、きっと的に中らなくなる! 勝てなくなった、そのときは――)  気付いたら、吉川を強く平手打ちしていた。しかも罵声まで浴びせてしまった。僕だって悪かったというのに、何をやってるんだか。ホント、恋人失格だよ。  唇から与えられた熱が、体を駆け巡って僕を更に熱くさせる。   「外の暑さと体の熱が相まって、何だかフラフラするな」  きつく結んでいたネクタイを、緩めながら青い空を見上げた。 「……吉川、今頃どうしてるだろう。ごめんね――」  流れ落ちた涙を拭うことを忘れ、しばらくの間ぼんやりと空を眺める。与えられた熱を逃がしたくなくて、噛みしめていたいと強く思った。

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