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背中合わせの僕と君
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昼間の衝撃的なことがどうしても頭から離れなくて、大学での練習が最悪なものになると正直ビクビクしていた。
しかし予想に反して、的中数がいつもよりぐーんと上がってしまい、困惑するしかなかった。こんなにも気持ちが乱れまくっているのに、どうして的に中るんだ? 理由がサッパリ分らない。
はてな顔してる僕に藤城先輩が笑いながら、今日は的に囚われずに伸び伸び引いてるねと、優しく頭を撫でて褒めてくれた。
いやいや……。しっかり的を狙って弓を引いているので、囚われていると指摘されてもおかしくない。的を狙いつつ、狙ってる脳裏の影に吉川との出来事がチラッと過ぎってしまい、うわっと思った瞬間に矢が放たれて、上手いこと的に吸い込まれていくように中る。
こんなフワフワした心で、よく的に中るもんだ。今までの努力って一体、何だったんだろう。
今日の練習を振り返りながら、大学から自宅までのいつもの帰り道を、肩を落としてとぼとぼ歩いていた。そのとき――。
「ううっ……」
突然襲ってきた眩暈と気持ち悪さに、弓を杖にしてしゃがみ込み目を閉じる。昼間のフラフラしたことといい、もしかしたら貧血なのかもしれない。
毎日ハードだなぁと思いながら休憩をあまり取らず、焦って練習していた疲労が、今まさに襲ってきたのかも。
「君っ! 大丈夫か!?」
靴音とともに、誰かが近づいてくる気配がした。ゆっくり目を開けると、制服姿が眩しいイケメン警察官が僕の前に颯爽と現れ、心配そうに顔を覗き込む。
「……すみません。ちょっと気分が悪くなってしまって」
「すぐ傍に交番があるから、そこで休むといい。立てるか?」
僕の脇を掴んで、ゆっくり立たせてくれた。またちょっとだけ、ふらふらする足元に思わず、弓にしがみついてしまった。
「この長い棒、なぎなた?」
「いえ、弓なんです。ちょうど部活帰りだったので」
「ああ、そういえば弓道部があったっけ。懐かしいな」
イケメン警察官は優しい眼差しで弓の入ってる袋をしげしげと眺めてから、僕をしっかり支えて交番に連れて行ってくれた。
「実はね君の高校、俺が通ってた出身校なんだ。弓道部といえば、藤城ってヤツがいたんだけど君は知ってる?」
交番に置いてあるパイプ椅子に座りながらびっくりして、イケメン警察官の顔をまじまじと見つめてしまった。
「実は今、その藤城先輩に弓道を習いに、大学に行ってたんです」
「ええっ!? すっごい偶然だね。そっかー、アイツまだ弓道やってるんだ。相変わらず、面倒見がいいな」
「もしかして、同級生なんですか?」
懐かしそうな顔をしながら語るイケメン警察官のセリフに、仲の良さを感じた。
「ああ、そうだよ。藤城とは同じクラスだったんだけど、アイツは誰にでも優しくて、面倒見のいいヤツでさ。俺が大学受験を辞めて公務員試験を受けるって決めたときも、自分の勉強しながらできの悪い俺の勉強を、わざわざ見てくれたんだ」
「今も昔も全然変わらないんですね、すごいなぁ藤城先輩」
「今度、交番に顔を出すように伝えてくれないか? 久しぶりに顔が見たいからって、矢野が言ってたと伝えて欲しい」
印象的な目を細め優しい眼差しで見つめられて、内心どぎまぎしてしまった。ヤバッ、吉川に怒られちゃう……。
「えっと矢野さんですね、ちゃんと伝えます。藤城先輩、きっと喜ぶだろうなぁ」
優しい眼差しに誘われて思わず微笑み返したその瞬間、鋭い視線で外を見やる矢野さん。
「チッ! またアイツ来やがって、まったく……。こら、水野! まっすぐ家に帰れって言ってるだろ!」
交番から顔だけ出して、大声で叫ぶ。しばらくすると肩をガックリ落とした、背の高い男の人がやって来た。どことなく雰囲気が、ほわほわした感じの人だなぁ。
「だってぇ翼がちゃんと、仕事してるか心配でさぁ。今だって可愛い後輩に目尻を下げてデレデレしまくっているし、いろいろとその、心配で……」
言いながら僕の顔をチラチラ見る、水野さんと呼ばれた人。
「可愛い後輩を保護しただけだって。君、悪いけどこの書類に、住所とか必要事項を書いてくれるか?」
「えっと……?」
交番に休ませてもらってるだけで、書類を書かなきゃダメなの!?
ビックリ眼で矢野さんの顔を見ると、心底済まなそうな表情をする。
「ごめんな、これも仕事なんだ。未成年の君を、保護したってことになるからさ。プライバシーはきちんと守るから安心して」
「そうですか、分りました」
矢野さんからボールペンを受け取り、いそいそと書類に記入しつつ、背後のやり取りが気になり耳をダンボにした。
このふたり、目が合った瞬間に何となく、甘い雰囲気が漂ったんだよね。僕の存在、お邪魔虫かも――。
「お前すっごく疲れた顔してるのに、どうして真っ直ぐに帰らないんだ。仕事が終わったら家に寄るって、伝えてあったろう?」
「一目だけ、翼の姿を見てから帰ろうと思ったんだってば。そしたらこのコと何か楽しげなやり取りしていて、すっごく気になっちゃって、ついつい見入っちゃった」
「彼が仲の良かった同級生と、知り合いだったんだ。ただ、それだけだって」
「……仲の良かった同級生――」
「何だよその目、何を疑って」
「でっ、できました! これでいいですかっ?」
我ながら、空気を読みすぎた絶妙すぎるタイミング。だって明後日明々後日! ケンカしそうな感じが、満載だったんだもん。
僕が慌てて目の前に突きつけた書類を、矢野さんは苦笑いしながら確認する。
「まったく……。宮様が口を尖らせて不機嫌な顔をなさるから、気を遣わせてしまったじゃないですか」
突然口調を変えて水野さんを宮様と呼んだ矢野さんが、ふわりと柔らかく微笑んだ。その笑顔を見た途端に不機嫌だった顔が一変、水野さんは頬を赤らめる。
吉川もそうだけど、イケメンって笑うだけで破壊力が半端ないもんね。すっごく分かるなぁ。
「お前は黙って笑ってろ。いいな?」
最後のダメ出しと言わんばかりに、水野さんの頭を優しく撫でてから、机に置いてある地図を引っ張り出して、僕の家を探し始める。
「さっきのことを誤魔化しつつ、手懐けられた気分満載……」
テレながらぶつくさ言う水野さんの背中に、コッソリごめんなさいと謝った。僕さえいなきゃ今頃ふたりは、もっと甘い時間を過ごせたんじゃないのかな。
何だかいたたまれなくて、俯くしかない――。
「よしっ水野警部補、今日最後のお仕事です。俺の可愛い後輩ノリトくんを、ご自宅まで送ってあげてください」
水野さんの額にズビシッと音がしそうな勢いで、右手人差し指を突きつけて命令した。
「えーっ、何だよそれ」
矢野さんの言葉に、思わず恐縮してしまう。僕がひとりで帰れば、水野さんと甘い時間を過ごせるのに。
「あのぅ僕、ひとりで帰れますので……」
交番で休ませてもらったお蔭で、体調も随分と良くなった。ゆえに自力で帰れることを伝えてみたのに、矢野さんは首を横に振る。
「ダメだ。途中でまた具合が悪くなったら、君が困るだろ? それに水野の家の通り道なんだ。だから遠慮せずに、コイツに送ってもらえよな。水野も市民の安全を守るために、きちんとお仕事しなけりゃダメだぞ。ちゃんと最後まで送り届けるんだ。いいか、頼んだぞ!」
僕と水野さんの顔を交互に見ながら、二の句を継げさせないように上手いこと説得する。
「いやぁホント、あのタイミングで宮様ごっごを展開させつつ、ちゃっかり仕事を押し付けるあたり、翼にいいように扱われる俺って一体……」
年齢も階級も上なのに……と悲しそうに言ってる水野さんが、何だか不憫に思えてしまう。
「あのお疲れのところ、本当にすみません」
申し訳なさ過ぎてまともに顔が見れず、背の高い水野さんを上目遣いで見ると、ハッとした顔して作り笑いをさせてしまった。
「いっ、いいんだよ、大丈夫! 大船に乗った気持ちで送られてほしいな。あははは!!」
笑顔を作りながら頭をバリバリ掻く水野さんを、意味深な顔で見つめる矢野さん。
「そうそう、こう見えても捜査一課の優秀な刑事さんだから、安心して送ってもらえよ」
「ええっ!? 刑事さんだったんですか?」
正直なトコ全然見えない……。どこにでもにいるような、普通のサラリーマンだと思った。
「こうみえても、この界隈で有名な伝説の刑事なんだぜ。なぁ水野?」
言いながら肘で、水野さんをつんつんと突きまくる。
「それを言わないで。いろいろ誤解されそうだから」
ビックリして水野さんの顔を見ると、両手をワイパーのように目の前で振りまくって、すごくないからと謙遜しまくった。
「途中で具合悪くなったら、遠慮せずにおぶってもらえよな。水野も何もないトコでコケるんじゃないぞ、気をつけて帰れよ!」
「はいっ、いろいろ有り難うございました。失礼します!」
きちんと頭を下げて挨拶をしたら、隣で水野さんが面白くなさそうに、ぶつくさぼやく。
「本当心配性なんだから、翼ってば。ドジだって前からみたら、減らしてるっちゅーの」
「可愛くない顔をしていると、嫌われてしまいますよ宮様」
「うっ! ご指摘感謝します、翼の君……」
満面の笑みで微笑まれ、引きつりそうな笑顔で返す水野さん。
何かアメとムチの扱い方が絶妙だと思うのは、僕の気のせいだろうか? ちょっとその使い方、学ばせて欲しいかも――。
そんなふたりのやり取りを羨ましく思いながら、つい眺めてしまった。早く吉川と、元の関係に戻りたいなぁと思いながら。
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