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背中合わせの僕と君2
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「体調はもう大丈夫かい? 具合悪くなったら、遠慮せずに言ってね」
「あ、はい。ありがとうございます」
伝説の刑事と呼ばれている、水野さんに送られる僕って一体……。何だか、えらいことになっちゃったなぁ。
「その手に持ってる長い棒、何なのかな?」
不思議そうな顔して、手元を覗き込んできた。そうだよね、こんな長い物を持ち歩いてたら、何だろうって普通は思うよ。
「弓なんです、ちょうど部活の帰りだったもので」
「そっかー。ノリトくんって三年生だっけ? 受験勉強しながら、部活動は大変だね」
ニコニコしながら気さくに話しかけてくれる様子に、どんどん緊張感が薄れていく。気のせいかな――さっき交番で受けた印象と、どこか違う感じがするのだが。
「ん~? 俺の顔に何かついてるかな?」
思わずジロジロ見てしまった僕の視線に、わざわざ顔を寄せてくれた水野さん。
「すみませんっ。何となく、どこかで逢ったような気がしたものですから、その…つい……」
慌てて視線を逸らし、あたふたしまくった。すっごい失礼なことしちゃったよ。
「もしかして逢ってるかもね。君の高校であった爆弾予告事件で俺、校内をウロウロしていたし」
「えーっ!? あの事件、水野さんが捜査していたんですかっ!? 僕、廊下に石を投げ込まれたときに、ちょうど傍を通りかかって、一部始終を目撃したんですよ。本当にビックリしたなぁ」
初対面のときと、あのときの刑事さんの印象が180度違っていたから、全然気がつかなかった。(このときの事件を扱った作品は【落ちてたまるか・落としてみせる】で掲載してます)
「気づかないのは、無理もないかも。翼の前だと肩の力が抜けまくって、だらしない感じ丸出しだし。本当なら格好いいトコ見せつけて、どうだと胸を張らなきゃならないのに、頑張ろうとすればするほど、ドジしちゃうんだよね。俺ってば、ダメな先輩の見本みたいな刑事をやってるんだ」
むしろ自分の悪いトコを晒して堂々としてる水野さんが、格好いいと思うんだけど。
「何か分ります、その気持ち――やっぱり好きな人には、格好いい自分を見せたいですよね」
もっと僕を好きになって欲しいから。夢中にさせたいって思うから、尚更なんだけど――。
「そーなんだよ! なのに何もないトコで見事にコケちゃったり、ここは決めなきゃならないってトコで、ありえないミスしちゃったりするんだ。だけどそれのお蔭で翼に出逢えて、いろいろあったから、一概に全部ダメだったワケじゃないんだけどね」
興奮しながら喋る水野さんの顔が、百面相のように変化して見ていて面白い。変わった刑事さんだなぁ。
「矢野さんが警察官になったのって、もしかして水野さんの影響ですか?」
「そうだよ。爆弾予告事件で俺のドジっぷりに呆れ果てて、この街を守らなきゃならないって、心底思ったんだって。まさか自分のドジが翼の将来を決めちゃうなんて、思いもよらなかったよ。俺としては大学に行ってからでも遅くはないって言ったのに、全然言うことうを聞いてくれなくてね」
デレデレしながら頭を掻く姿が、なぜか吉川と重なった。恋人の自慢話してるんだもんね、当然か。
「高校に入学したときは将来なんて全然考えてなかったのに、3年生になったら一気に目の前に迫っていて、無意味に焦ってしまいます」
僕が夜空を見上げながら言うと、隣でそうかぁと呟いた水野さん。
「翼もね、俺と出逢う前は親のいうことを聞いて、大学に行く予定だったんだ。自分の夢がなくって成績もイマイチで、何もかも投げ槍だったらしいよ」
その声色が何だか優しくて、素直に自分の気持ちを語れる気がした。
「そんな風には、全然見えませんでした」
さっき応対してもらったことを、ぼんやりと思い出す。
具合の悪い僕を介抱して親切に話しかけながら安心させつつ、優しく交番に連れて行ってくれた。警察官になりたいっていう夢があったからこそ、その願いを叶えて、真摯にお仕事をしているように見えたんだけどな。
「爆弾予告事件の前にバッタリ強盗事件で出逢って、いきなりスカウトしちゃったっていうのが実はあるんだ。翼の中にある秘めた勇気や行動力が、どうしても欲しくてね。あ、警察にだよ! 俺にじゃないからね!」
なぜかあたふたする水野さんが何だか可笑しくて、クスクス笑ってしまった。
「警察にですね、矢野さんの行動力を見れば分ります。街全体が平和になりそうです」
「そう言ってくれて嬉しいよ。翼のヤツ、警察官になるって決めたときに言ってたんだ。目標を持つと、先がしっかりと見えるって。何をしなきゃいけないのかが分ると、真っ直ぐに突き進むことができるって」
水野さんのセリフが、心の中にじわりと沁み込んでいった。
――僕の目標そして、しなければならないこと――
「本当は俺が先輩として、いろいろ導いてあげなきゃならないのに、一気に大人になっちゃって、手をこまねいているんだよ」
「交番でのやり取りを見てて、思わず笑っちゃいました。仲がいいんですね」
ふたりが恋人関係っぽいのを承知で、仲がいいと言ってみた。
「そうそう! 仲が良すぎて先輩後輩の壁を壊しちゃうくらい、仲良しさんなんだよ。あははは」
それ言っちゃって、いいのかな水野さん……。でも満面な笑みがすごく眩しいな。それがまるで、二人の関係を表しているみたいに見える。
「だからねノリトくん。好きな人の前で、強がることをしなくていいんだよ。ありのままの自分を、見てもらえばいいんじゃないかな」
「ありのままの自分――?」
「君の好きな人って、どんな感じの人なのかな?」
水野さんからの質問がきっかけとなり、頭の片隅で大好きな吉川のことを想う。まぶたの裏には僕のことを熱っぽい瞳で見つめる、吉川の姿が映った。
「えっと見た目以上に情熱的で、何をしでかすか分らない危うさもあって、とても繊細で目が離せなくて。その存在を感じただけで僕の心の中が、ぽかぽか癒されるっていうか……」
テレながら一生懸命に話すと、水野さんが口元をほころばせた。
「そのコのこと、大好きなんだね。青春してるなぁ」
「はぁ、まあ」
伝説の刑事さんに、吉川のことを喋るとは思ってなかったよ。すっごくハズカシイ……。
「口数の少ない君の話から、それだけそのコのことが語られるということは、きっとノリトくんの前で、ありのままの姿を見せてるからだよね」
「あ……」
「だったらさ君も思いきって、素直な自分を見せたらどうかな? 肩の力、ちょっとずつ抜いてみてさ」
俺みたいなダメすぎる姿だと幻滅しちゃうけどねと笑いながら、僕の肩を優しく叩いてくれた。その手の温かいこと――制服の上から、じわりと感じる。
「交番で逢ったときにね、緊張しまくってるなぁって、どことなく思ったんだ。でも今、好きなコの話になった途端に、すごくいい顔になったんだよ。受験とか将来なんかで見えない不安がいっぱいかもしれないけどさ、難しく考えず素直に行動してみたらどうかな?」
「水野さん……っ…」
気付いたら僕はボロボロと涙を流してしまって、感動で立ちすくんでしまった。
「うげっ! 俺、何か変なこと言っちゃった? ごめんごめん、泣かせるつもりなかったんだよ。う~ん、困っちゃったなぁ――」
「……ずみまぜん。水野さんの言葉がじーんと胸に響いてしまって、涙が止まりません……。さすがは伝説の刑事さんです、感動しちゃいました」
涙を拭いながらやっとのことで言うと、やめてほしいと頭を掻きながら恐縮する。
「感動してるトコ悪いんだけど、一応年上なワケだし人生経験が豊富なワケなんだしさ。いろいろとアドバイスができるってことで、そろそろ泣き止んでくれないかなぁ?」
困り果てる水野さんに一生懸命笑顔を作って、やっと顔をあげた。僕の笑顔を見て、水野さんもよかったと言って微笑む。
目標に向かって前に突き進むのに、吉川への想いが邪魔になると思っていた。それが違うことに気付かせてくれた水野さんへ、改めてお礼を伝える。
揺るぎない目標が見えた瞬間――僕は強い想いを持って、それに向かうことができる。
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