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背中合わせの僕と君5

*** 「何か……さっきまでのことが、夢の中の出来事みたいに思えちゃう――ずっと吉川のことを 求めてたせいかな」 「――ノリ、声が掠れてる」 「しょうがないだろ。一生分、吉川の名前を呼んじゃったんだから」 「あれが一生分、ね。まだ足んねぇぞ」  僕の耳元で甘く囁くと、優しくこめかみにキスしてくれた。 「というか吉川。誰も来ないからって、全裸はちょっといただけないと思う。そこにある服を、ちゃんと着てほしいんだけど」  汗とかいろんなモノでベタベタになるからと、はじまった途端に着ていたジャージとユニフォームをさっさと脱ぎ捨てた吉川。程よく筋肉がつき、均整の取れた体に抱きしめられるのはイヤじゃない。だけどそろそろ解放してほしいのは、僕自身も半裸に近い状態だったから。  誰も来ないであろう深い森の中だけど、一応ここは外なんだ。さっきまでの行為は置いておき、そろそろ羞恥心を持たなければ。 「体全部でノリのことを感じていたのに、つれないヤツ。あーあ、もう少しだけ、Hな気分に浸っていたいのに、さ」 「……吉川の格好いいユニフォーム姿を間近で見たいって言ったら、着てくれる?」  さっきしてくれた、こめかみのキスのお返しと言わんばかりに、吉川の左頬に音をたてて、ちゅっとしてやった。 「お前、離れてる間に、随分甘え上手になったんじゃね?」 「そうかな、変わらないと思うけど」 「いやいや、変わりまくってる。まさかノリの口から『抜かないでっ!』なぁんてセリフが、出てくるなんて思ってなかったし」 「やっ! それはそのぅ……」  久しぶりだからって、まさか自分の口からあんな大胆なセリフが出てくるとは驚きだった。   「ん~?」  そんな僕の気持ちを露知らず、困った顔をわざわざ覗き込む。  イジワルなイケメンの彼氏を持つと苦労します、はい。格好いいその顔をにゅっと近づけられただけで、無駄にドキドキしちゃうんだよ。 「だって、ずっと繋がっていたいって……。感じていたいって思ったんだ。煌の存在を一番近くで感じていたくて、その――」 「ノリに強請られて嬉しかったんだけど、無理させちまったかなって、ちょっとだけ心配になったんだ。大丈夫か?」  これ以上ないほど体がくっ付いてるのに、腰を抱き寄せて更に密着させる。夏の暑さと吉川の熱で、クラクラしそうだ。 「大丈夫、むしろまだ足りないかも……」 「まったく――。ユニフォーム着ろって言ったクセに、そんな顔して誘ってんじゃねぇよ」 「やっ、もうちょっとだけ、吉川を翻弄したかっただけだから。これじゃあ全然、話が進まないよ」  腰に回した腕を使って太ももに這わせる吉川の手を素早く掴み、キッと睨んでやる。 「さっきから、翻弄されまくってるっちゅーの。分ったよ、ちゃんと着るから怖い顔しないでくれって」  結局ノリのお願いを聞いちゃうんだよなーとブツブツ言いながら、手早くユニフォームを羽織る。吉川の着替えを確認してから、乱れまくってる身なりを整えた。 「あ、ノリのネクタイ、結びたい!」 「何だよ? いきなり……」  さっさと着替えた吉川が素早く僕の背後に忍び寄り、手にしていたネクタイを取り上げる。 「俺はノリに首ったけという意味でっと♪ こんな感じでいいか?」  手際よくネクタイを結んだ吉川を振り返りながら見上げると、相変わらずデレデレした顔して、僕をじっと見つめる。  ――デレデレした顔も無条件にドキドキするのは、相当やられてるよな……。 「あ、ありがと。このゆるい感じも、ちょうどいいよ」  どぎまぎしながら答えると、ふたたびこめかみにキスをしてきた。ぶちゅっとされたキスの勢いに、頭がくらりと揺れる。 「この髪型いいな。今まで隠れてたこの部分、メガネがないお陰で触れられるのがいい。キレイだ、ノリ……」 「そんなこと言って、また脱がそうとしてる、この手は何だい? いい加減にマジメな話がしたいんだけど」 「チッ、流されなかったか、しぶといな……」  その言葉に自然と右手がぐーになり、吉川の頭に目掛けて振り下ろされたのは言うまでもない。森の中に響く、吉川の空っぽな頭の音――。 「えっと吉川、来週の土曜って、やっぱり部活があるよね?」  殴られた頭を恨めしそうに撫でながら、横目でチラリと僕を見る。その目の悔しそうなこと! 「次の日が試合だから、今日と同じく軽いトレーニングのみのスケジュールだぞ」  それがどうしたといわんばかりの態度を何とかしたくて、吉川の右側にそっと寄り添った。待ってましたとばかりに、僕の体を抱きしめる。 「あのねその日、インターハイをかけての試合があるんだ。吉川に見に来てほしいって思って……」 「だけどお前、俺が見に行ったら、緊張して中らなくなるんじゃないのか?」  気遣うその言葉に、胸がじんと染み渡った。僕のことを理解してる、君らしい優しい言葉だね。 「吉川は大学、どこに行くか決めた?」  その質問をスルーして、質問で返してみる。今更何を言ってるんだと言いながら、僕の額に頬を寄せながらボソボソと呟いた。 「すぐ傍の大学に行こうと思ってるけど。だってノリ、そこに行くだろ?」 (――やっぱり、そう言うと思ってた……) 「ダメだよ、吉川。君のレベルなら、あちこちの大学からオファーがあるだろ。ちゃんと環境の整ったところで、プレイしなきゃ」 「だってそしたらノリと、離れ離れになるじゃん」  そんなのイヤだと言って、僕の体をぎゅっと抱きしめる。その力に抵抗すべく両腕を使って、吉川の胸を押し返した。 「ノリ……?」 「よく聞いて、吉川。君は本当にすごい人だって思うんだ。1年から始めたサッカーを半年もしない内にマスターして、レギュラーになっちゃったんだから。元々の資質もあっただろうけど、影で努力してるのを見てきてるからこそ、ちゃんとしたところでトレーニングしたら、もっともっと伸びるよ。だから僕に合わせず、大学を決めてほしいんだ」 「そんなこと、いきなり言われても……」 「今度は僕が、君を追いかける。だから――」  不安そうな顔をした吉川に、そっと唇を重ねた。唇から伝わる熱が、何だか心地いい。告げることに対して躊躇っていた心が、解きほぐされていくみたいだ。 「吉川が僕を追いかけて告白してくれたように、今度は僕が頑張る。来週の試合に勝ってインターハイに出て優勝すれば、一緒の大学に行ける確率が少しは上がるかなぁと」 「お前……そんなことを考えて」 「見た目も中身も成績も平均点な僕が、今更勉強を頑張ったところで、一緒に行けないのは目に見えてたからさ。1年の時から頑張っていれば何とかなったのかもしれないけど、これに気がついたのは今年の春先でね」  情けなさ過ぎて俯くと、僕の頭を優しく撫でてくれる。 「ノリ……」 「君と一緒にいたいっていう道具に弓道を使うのは躊躇いがあったけど、これ以外の方法がどうしても思いつかなくって。恐るおそる昔、お世話になった藤城先輩に相談したら、快くコーチを引き受けてくれて、現在に至るってワケ。あ、大学選ぶならなるべく、弓道部があるところだと嬉しいな」 「何、笑いながらそんなこと言えるんだよ、お前……。感動して泣きそうだぞ、俺」  眉間にシワを寄せて泣きそうになる吉川に向かって、僕は満面の笑みを浮かべた。 「感動してるトコ、大変申し訳ないんだけど、前半の試合が正直ダメダメすぎてお話にならない状態なんだ。だから来週の試合で結果を残さないと、君とは将来一緒にいられない。後がないんだよ吉川」 「俺、藤城みたいに弓道のこと分んねぇし、何もできないけどさ。ノリが緊張しないように、お前の後ろにいてやるよ」 「僕の後ろ――?」  ワケが分らずオウム返しをすると、柔らかく微笑んでから僕の体をぎゅっと抱きしめる。 「ああ。ノリが緊張してるのを見ると俺も緊張しちゃうから、背中合わせでいようかなって、さ。だけどつらかったり苦しかったりしたら、遠慮せずに寄りかかってこいよな。振り返れば俺はいつでも、そこにいるから……。全力でお前のこと、受け止めてやるから!」 「っ、煌……」  どうして君は僕が求めることを、いつもしてくれるんだろう。欲しい言葉を言って支えてくれる君が、とても愛しく思うよ。  ぎゅっと吉川のユニフォームを掴んで顔を埋めると、背中を優しく撫でてくれる。 「こうやって向かい合わせなのに、背中合わせの話をしてるのって可笑しいよな。可笑しなことなんだから笑えよ、ノリ。泣かれると困っちまう」 「う……ゴメンね。僕がラビットハートだから、こんなことになってしまって」 「ラビットハート?」 「そう、僕のことをそう呼んだんだ。藤城先輩が、ノリトくんはラビットハートの持ち主だなぁって」  その言葉でなぜか、一気に不機嫌になった吉川。ウサギは寂しいと死んじゃうらしく、ひ弱な心を持ってるっていう意味で使ったと思うんだけど? 「ウサギってさ、一年中発情してる動物らしいぞ」  へー、それって吉川と同じだって言ったら、きっと怒るよね。 「お前、藤城のヤツにそういう素振りを見せたとか、イヤラシイ何かを見せたんじゃないのか?」 「イヤラシイ何かって、なに?」  言った瞬間ハッとして、しまったと思ったら遅かった。素早い行動で背後にある大きな木に僕を張りつけ、空いた手で下半身を弄る。 「イヤラシイ何かって、ココのことなんだけどさ。もしかして、藤城に可愛がってもらったとか?」 「なっ、何バカなこと、言ってんだよ……っ。僕に触れられるのは、君だけだって……分ってるクセ、に……んっ!」 「分ってるけどさ。だけどな、目の前であんな風に他の男とイチャイチャされたら、俺だって黙っていられないんだって。それに――」 「あっ、やだっ、ん……」  直に進入してくる手に、簡単に翻弄されてしまう。 「俺のことを追いかけるって、すっげぇ嬉しかったから。ノリを好きになって良かったって思ったんだ。今まで離れてた分も感じさせたい……。なぁ、気持ちいいか?」  耳元で告げられる熱くて甘い声に、ただ頷くしかできなくて――。 「癪に障るが藤城の命令を、きちんと聞いてやらないとな。ノリをとことん甘やかせてやる。覚悟しろよ」 「ダメだ、よ、あぁ……。君だって明日、試合、っ……あるでしょ……う、あっ!」 「そんなこと、気にするなって。足腰の鍛錬だと思えば、軽くこなせるっちゅーの」  余裕綽々な顔でさっさと自分の服を脱ぎ捨ててから、僕の服を脱がしにかかる。実際は吉川を甘やかしてるように感じるのは、僕だけなんだろうか……。  木漏れびの中、見上げた顔がすごく愛しくて、その背中をぎゅっと抱きしめた。僕の決心を受け止めてくれた君が、本当に愛しくて堪らなかったから。  そして――。

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