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第100話(sideアゼル)
旅の道中も全てが幸せだ。
シャルが第三形態の俺を気に入って背中でもふもふするから、テンションが上がって速度も上がり、それを凄い凄いと褒められ調子に乗ってグングン走った。
街中を浮かれスキップ。
シャルを乗せて走るのが楽しくて嬉しくて、もっと海軍基地が遠ければいいと思ったくらいだ。
だがそれからは、ちっとも面白くねぇオマケの視察。
前座もいいとこ。
仕事だから仕方ねぇ。
でも俺が視察してえのは、スウェンマリナでお買い物するラブリーエンジェルシャルだけだぜッ!
二人でてっ、て、手を繋いで……街を歩くんだ……!
任せろ、ライゼン。お前に頼まれた任務、シャルと二人っきりの海辺の行軍演習はきっちりと明日完遂するぜ。
「…………」
城で待つ腹心に心の中でサムズアップすると、バタバタモゾモゾと歓喜で蠢いていた体が、ピタリと止まる。
目を閉じると、脳裏にはすぐにシャルが浮かんだ。
頬が赤らんで、くっと唇を軽く噛む。
「会いてぇ……」
一人きりの部屋の中は静かで、口をついて出た心は思ったよりも切実に響いた。
今日はまだ、一滴もシャルの血を飲んでいない。
種族としての嗜好の問題だから飲まなくても死なないが、飲むと力が張る。
身体の疲労感はなくなるし、なによりも欲が──シャルを俺のものにしているという凶暴な欲が、満たされる。
こんな感情、シャルには絶対に言えないことだ。
俺の物や家畜だというのは便宜上で、そんなつもりは毛頭ないのにそう思う理由はわからない。独占欲。……というらしいが。
「…………」
すっとぼけてみてもダメだ。
胸がざわつくその感情を持て余して、俺は自分の胸に手を当てて拳を握る。
自分の城の中なら、シャルは逃げる気がないと言っていたし実際一人で出られないとわかっているから、なんとも思わなかった。
けれど、ここは俺の手の中じゃない。
あんなに魂ごと美しい男……誰かに攫われたら、俺はきっとそいつを殺してしまう。
歴代一温厚で理性的な魔王であるこの俺として、同族殺しなんて最近はめったにないことだ。
本当だぜ? 俺は従わせるための戦いで、相手を殺さない。
自分の意志をかけた戦いなんて、魔族にとっては当然殺し合いだ。
弱者はともかく魔族の強者が死ぬ理由なんて、長ったらしい寿命が尽きたか、決闘に負けたかだからな。
それでも俺はなるべく殺さないし、気に食わないことがあってもあんまり殺さないし、人間ですらちょっとは殺さないし、戦争だって起こさない。
大量虐殺や恐怖政治もしないぜ!
なんて優しい魔王なんだ。
そんな慈愛に満ちた俺を持ってしても、シャルを奪われたら、そいつを殺さずにはいられないのだ。
だって大罪だろ? 罰さなければ。
至極当然にそう思う。そうするしかねぇ、とうんうん頷く。
誰にも盗られたくないのだ。
盗るかもしれない存在なら、奪い返すだけじゃだめだ。
二度と盗られないように、息の根を止めないと。枕を高くして眠れない。
そう考えるとだんだん会いたい気持ちが高まって、それと同時に少し不安になって、ガバッと起き上がる。
──そうだ、会いに行こう。
魔封じのチョーカーの力を緩めてあるから第三形態で魔力の匂いを辿れば、軍魔がたくさん寝泊まりする広い宿舎でも、シャルの泊まっている部屋を見つけられるだろう。
突然会いに行くのは不躾だが、シャルはシャルなので俺を叱ったりしないはず。
仕方ないな、と扉を開いて、あのほほ笑みが受け入れてくれる。
そうと決まれば。
俺は浮かれた鼻歌を歌いながら窓を開け、飛び降りた。
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