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第101話(sideユリス)

 僕はユリス。  犬の顔を持つ大鯨の魔物、ケートスの魔族──ユーリセッツ・ケトマゴ。  ケートスっていうのは、正式には海に住む魔物全般のことをいう。  得体の知れない海の獣。  いつしかその意味を持つケートスは、無名の怪物である僕らのことを指すようになった。  そのケートス魔族である父は、魔界軍海軍長官だ。  だから父の二つ名は、無名怒将。  名の無い怒れた将。そのまんま。名付けの水晶もセンスないよね。  海戦となれば荒れ狂う海のごとく、僕のお父さんは恐ろしい。  戦場ではお父さんの周りから軍魔がみーんな離れていく。  全体攻撃の嵐だからね。  しかも地形変える系の威力ばっか。巻き込まれると最悪お陀仏だ。  ゴホン。まぁお父さんのことはおいておいて、僕の話。  僕は恋をしている。  相手は魔界のトップ、魔王様。  きっかけは至極単純だった。昔、まだ海軍が魔王城にあった頃だ。  生まれて初めて魔王様を前にした時──僕はひと目で、自分の全存在が服従した。  魔力が多ければ多いほど美しい魔族において、気安く触れられない孤高を極めた空気を纏う王様。  人らしさの欠けらもない。  神の意匠が作った骨董人形のように、それは完成された生き物に見えた。  柔らかい夜色の髪を揺らして、つまらなさそうな深い新月の瞳が幼い僕を射抜く。  嘆きの魔王、アゼリディアス。  彼は歴代一温厚な魔王だという噂だ。  どの国にも戦争を仕掛けないし、仕掛けられてもあしらうだけ。人間も天使も精霊も差異はない。  それを腑抜けだなんだと他の上位魔族に揶揄されても、無関心で一切お咎めなし。  誰になにを言われても言い返したりしないが、不意に呼吸が止まるほど冷たい瞳で睨めつける。  ただ睨まれるというわけじゃない。  極稀に生まれてくる魔眼持ちの彼と目を合わせると、意識が狩られるような恐怖に襲われるのだ。  一度味わった者は、二度と逆らう気が起きないと思う。  それでも言葉や行動で怒ったりしないので、〝王には感情がないのだ〟なんて新たな噂がたったりした。  間抜けかと思えば、仕事はきっちりと熟す。魔王が変わったばかりの頃だ。  魔族らしからない魔王に反感を持った城の者が嫌がらせに手を抜いてもなにも言わない。そのぶんは淡々と自らが一人で片付ける。  怒らない。泣かない。笑わない。  優秀な王。  けれど生温い戦争嫌いで平和主義かというと、そうでもない。  ある日、腕に覚えのある人間の冒険者たちが、竜を殺して卵を盗み出した。  竜を殺すほどの冒険者たちだ。  それなりの力があるのは明白で、魔王様は報告を聞いて静かに人間たちが逃走した方向へ、歩いて行った。  そして──冒険者たちを皆殺しにし、残骸を詰めた箱を人間国に送ったのだ。  散歩にでも行くような足取りで、ものの半時で肉屑をひきずって帰ってきた彼。少しも表情を変えずに。  甘いだけの王じゃない。  紋章に選ばれた、最強の魔族。  話を聞いた時は、紛れもなく無二の王に背筋が粟立ったよ。  穏やかで血なまぐさい、奇妙な感じ。  なのに、それほどなにもかもを持っている魔王様が、こんなにも辟易した顔で王座に座っているだなんて、誰がどう見たってわかるに決まっている。  これは──倦怠感だ。  纏わりついて拭えない倦怠感。  彼にとって玉座に祀られることは、倦怠でしかないのだ。  温厚なんかじゃない。  興味がないから。どうでもいいから。失望と無関心の心の読めない黒い瞳。  ゾク……ッ、とした。  ああ、彼に、求められてみたい。  空虚なその瞳に炎を灯して、余裕なんてないくらいにがむしゃらに求められたら、どんなにたまらないだろう。  感情をむき出しに求める存在になれたら、美しいあなたを独り占めにして、僕でいっぱいにできたら。  見てほしい、僕を。  なりふりかまわず愛してほしい。  ドクン、ドクンと高鳴る鼓動が心地良い。──あぁ、もう、僕はあなたの虜になった……!

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