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第133話

「アゼル、手を離そ「駄目だ!」しかし街の皆さんにヒソヒソされているぞ」 「あぁん?」『黙れ、死なすぞ』  自分なりに気を使っておずおずと手を離そうと言ったらアゼルが食い気味に返事をし、その直後なぜか急にシン、と周囲が静まり返った。  俺のまだ知らない話だが、人間には魔物語という魔族の基本スキルがない。  なのでアゼルが魔力を乗せてテレパスしたセリフは、当然俺には聞こえていない。  シーンと静まり返る世界。  厳ついシャチ頭の魔族や、巨大なオーガまでもが青褪めて閉口している。動きも止まってる。静寂の周囲。呆然とする俺。 「フン」  時間が止まったのかと思い混乱していると、アゼルは静まり返った周囲を興味なさそうに一瞥した。  突然の異常事態に全く動じず俺に向き直り、すげない態度をコロッと切り替えて別人のように頬を赤らめるアゼル。  そしてほんのり桃色の浮かれたニヤケ顔すらかっこいいアゼルは、キュッと俺の手をしっかり握る。 「静かじゃねぇか。行こうぜ。この街一番の服屋はこの通りをまっすぐ行ったところだ」  ──ザザザッ! 「あ、あぁ」  アゼルが目的地を告げた途端、恐らく服屋があるのだろうルートの人混みがモーセの十戒の様に一斉に割れた。ナビゲートされているのかと言うくらいに綺麗に道ができている。  そこを当然のように進むアゼルに手を引かれながら、俺は連行される容疑者のような気分になっていた。  街の皆さん。  恐ろしいものを見るような目で俺を見るのをやめていただきたい。  恐ろしいのはこの状況でなにも異常だと感じていないこちらの最強魔王様だけである。  俺はただの一般的な捕虜勇者なのだぞ。  一人だけで来た時の物珍しそうな眼差しとざわつきとは違う現象に、視線を恥ずかしがりつつ歩く。  ルート案内されたおかげで、服屋にはすぐに到着した。  ガランゴロン、とドアのベルを鳴らして二人で店に入る。  入店時の街の皆さんの安堵と、店内の客と店主の絶望しきった顔が、天国と地獄そのものだった。  でもそうか。王様が街ブラしてたらこうなるのも頷けるかもしれないな。  アゼルは特にこの街にこれから行くと言うようなことを知らせてなかったが、反応を見るに基地から街全体に広まったのかもしれない。軍魔たちもたまには休みがあるだろうから、街にも降りてくるはずだ。 「アゼルは有名なんだな。凄いな」 「んっ別に、姿を知らない魔族は多いぜ。俺は姿現すの好きじゃねぇしな。でもお前が有名な男が好きなら、全世界に俺の顔を覚えるように宣戦布告してきてやる」 「宣、待て、しなくていい。いいからな? お前のことは俺だけが知っていればいいんだ」 「ふぐっ、ど、独占された……っ」  再度よろめくアゼルと俺のやり取りを見ていた客と店主が、黙ったまま驚愕しつつ俺とアゼルを交互に見る。  う、俺がアゼルをいじめたと思われていたらどうしよう。  実際は〝あの噂の人間、本当に魔王様を手玉にとっているぞ〟という態度だったのだが、アゼルの手を出したら殺す宣言も知らず手玉にとっている気もない俺が、気づくわけのないことだった。  気を取り直してショッピングデート。  店内の広さはコンビニくらいだが、前の世界の服屋さんのように既製品の形様々色とりどりの衣服が並べられている。  カウンターでは仕立てを請け負っているらしい。様々な種類の魔族たちに合わせて、素材も変えている。  壁に「翼、ヒレ、角などの為の加工承ります」と書いた立板があった。確かに尻尾の太さ等はそれぞれだもんな。  俺はアゼルと人型コーナーに並び立ち、購入する服をじっと吟味していた。  正確には服を見ているのは俺だけで、アゼルは服を見つめて悩んでいる俺を見つめている。 「これから寒くなるかもしれないから少し厚手のものがいいか、それともあの防具を兼ねたコートを返してもらう前提で、今の時期も着られるようなものにするか……そもそも四季の差が激しくない魔界で、寒暖差を過剰に気にすることはないのか? うぅん……」 「とりあえず全部買っとくか?」 「とりあえずじゃないだろう。それは王手だろう」  このあんぽんたんちゃんめ。  初手買い占めはよくない。他の魔族が買えないじゃないか。俺の蓄え、もといお小遣いもそんなにないぞ。

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