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第186話 完結
どうにか悶絶を止めると、アゼルはへの字口で俺をキューンと見つめる。
不機嫌そうな顔だが中身は真逆だ。そんな顔つきである。
まったく……アゼルの前振りなく奇声を上げて悶え始める発作は、いつになったら完治するんだろう。
そうは言っても、素直に静止しつつも黙って震えたままのアゼルがやはりかわいい。よしよしと優しく髪をなでる。
「早く悶絶癖が治るといいんだが」
「あわぁ……ふ、かわいい……っよしよしされてる俺、幸せすぎて死ぬ……!」
「ふっ」
けれど結局プルプルと余計に震え始めたアゼルに、つい笑みが漏れた。
「それじゃあお前が幸せすぎて死にたくなくなるよう、これからいつでも好きなだけしよう。忘れたのか?」
「グ、グルル」
アゼルは返事の代わりに喉を鳴らし、次いで眉を垂らしたままそろりと俺の様子を伺う。
昨日言ったじゃないか。
俺が言って、お前は頷いた。
だから今度はアゼルからちゃんとした言葉を聞きたくて、ん? と茶目っ気たっぷり首を傾げる。
アゼルはもごもごと口元を不自由そうにさせるが、ややあって息を吐き、その次にはもう観念したらしい。
「……死んでも忘れるかよ」
ふ、と今を噛みしめるように優しい笑みを漏らして囁き、眩しそうに瞳を細め俺を見つめた。
それに同じ笑みを贈り返す。
お互いに少しずつ首を伸ばし合って距離を埋め、そっとキスをする。
触れるだけのキスを。
愛情を込めて、離れ難いまま長く。
──首を伸ばせば愛しい人と唇を触れ合わせられるこの距離は、見た目ほど近くないと知っている。
真逆なのに似ている俺たちは、同じような辛苦を、孤独を、葛藤を、よく知っているのだ。
だからこそ、この結末を大切にする。
お前と出会ってから今日この瞬間までの道のりは、長かったようで短かったが……たくさんの初めてが転がっていた。
思えば理由なんてなかったのかもしれない。理由なんてなかったし、全てが理由でもあった。人に言えば笑われるだろうか。
それでも俺は恋をした。
そして俺はただ一人だけを愛し、彼もまたただ俺だけを愛したのだ。
思い返すたびに涙が出る。
笑みが浮かぶ。
愛しくて、恋しくなる。
アゼル。俺の心よ。
病める時も、健やかなる時も。
富める時も、貧しき時も。
お前を愛し、決して裏切らず、いつもお前の幸せを願おう。
お前が悲しむならそれを取り除き、涙するなら共に涙し、そしてその何倍も笑うのだ。
きっと俺はお前より早く死んでしまうだろう。
お前との間に、なにも残せず逝くだろう。
生まれついた理は二人を引き裂き、その瞬間お前は嘆き、俯くかもしれない。
だからこそ、愛するのだ。
共に生きる間、幸福と笑顔に溢れた世界を生きていけるように。
寂しくなったお前が記憶のページをなぞる時、脳裏に浮かぶ思い出は全て優しいものであるように。
何年も、何十年も、何百年も。
俺が尽きる最後の一秒まで、お前だけを愛すると誓おう。
お前はさよならのその先で、生涯かけて捧げた俺の愛をゆっくり平らげてくれればいい。
終わりが来るならいっそう強く。
こうして触れ合う一瞬の繰り返しを、しっかりと噛み締めて。
俺はお前と、生きていきたい。
「……俺と結婚してください」
「はい、喜んで」
了
──おかわり。へ続く。
(次ページ:後書き・番外編)
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